お礼
「話は変わりますが、シシー先輩」
「ん?」
「改めてお礼を申し上げます、ありがとうございました」
「アタシからも礼を言うよ、ありがとう」
そう言って深々と頭を下げるミカに倣ってカトレアにも頭を下げられ、内心でちょっと反省するシシー。
シシーがした事は結果的に彼らの命を救ったのだが、その行動は正義感に駆られたものではなく、『アーラ』を名乗る者としての意地がそうさせた結果であるが故に、こうして面と向かって礼を言われてしまうと後ろめたいのだった。
「とりあえず頭上げて。礼を言う必要なんか無いよ、私が(利己的な理由で)勝手にした事だから」
「そういう訳にはいきません。先輩には3級ポーションなんていう高価なアイテムまで使わせてしまいましたし、すぐには無理ですが、いつか必ず代はお支払いします」
「そうだよシシー。アタシにしたって、風の上級精霊の紡ぎ糸なんて代物使わせちまったしね、値段分くらいは払わせておくれ。何よりあんたは単に腕を繋いでくれただけじゃなくて、アタシの職人生命を繋いでくれたんだ。いくら礼を言っても言い足りないくらい感謝してるんだよ。せめて今は、礼くらい受け取っておくれ。これはアタシらにとってけじめでもあるんだから」
カトレアは鍛冶を専門とした錬金術師(見習い)であるのだ、利き腕でもある左腕を元通りに治してもらった事は、万金にも勝る価値がある。
(言えない、『アーラ』の意地で動いた結果だなんて言えない。そもそも3級ポーションなんて興味本位で作った後は道具袋のこやしになってたし、紡ぎ糸は簡単に手に入るからその価値を忘れてたなんて言えない、言っちゃいけない気がする!)
シシーは、たまに人から言われる『非常識』『規格外』の言葉の意味をいま、しみじみと実感することになった。
「あー、うん、分かった。礼は素直に受け取っとく。けど、お金はいらない」
「ですが、」
「素材だけでなく技術料ってものがあるだろう、タダという訳にはいかないよ」
シシーは食い下がってくる二人に対して、真面目だなぁと思うが、こうして技術や労力に見合った対価をきちんと支払おうとする人間は好きだった。
カトレアは同じ生産職であるからこそ、こういった事を蔑ろにしないのだろうが、ミカは使用する側として物の価値を正しく理解しているからなのだろう。
シシーの店に来る者の中には、金銭的に余裕があるにもかかわらず、まだ学生なんだから安値で売れとか、良心的な価格であるのに難癖つけて値段を引き下げようとする輩が少なからず居たのだ。そういう輩は店から叩き出して立ち入り禁止にするのだが、気分の良いものではない。自分に作れる最高の物を、手ごろな値段で売っている自負があるだけに。
もちろんシシーとて鬼ではないのだから、相応の理由があるならば相談に乗るが、ああいう輩は総じて金を払うのが惜しいだけなのだ。
事情がある者は正直に話すし、『アーラ』相手に命知らずの真似などしないので、そういう輩は真症の馬鹿だと陰で笑われるのがオチである。
なので二人のような人物は好ましく、シシーの口元には知らぬ間に柔らかな笑みが浮かんでいた。
「やっぱりお金はいらない。そのかわり、手伝って欲しい事があるんだけど」
ただ受け取らないと言っても二人は納得しないだろうと、シシーが別の条件を提案してみると思った通りに二人は妥協の姿勢を見せた。
「手伝うって、何をだい?」
「先輩のおっしゃる事ですから出来うる限りの協力はしますが、場合によっては出来ない事もあるので即答は出来ません」
ただし、即答せずに条件を聞く所が、彼らが冷静であり愚者ではない事を示している。ここで「なんでもする」と答えてしまうのは身の破滅を招きかねない事なのだ。世の中にはそれを悪用して他人の人生を滅茶苦茶にする者だっているのだから……もちろんシシーにそんなつもりは毛頭無いのだが。
「無理難題を押し付けるつもりは無いからそこは安心してくれて良いよ。手伝って欲しいのは、私達をこんな場所まで飛ばしてくれやがった阿呆をボコボコにすることだから」
少し乱れたシシーの言葉に、二人は目を丸くしながら呆気にとられた。
「……あんたの言うボコボコって、実質、処刑宣言じゃないの」
絞り出したようなカトレアの声に、ミカも無言で首肯している。
「え?大丈夫だよ。ポーション叩きつけて死なないようにやるから。そもそも違約金含めた損害賠償と見舞金を払ってくれれば、そんな事しないし」
俗にいう、イイ笑顔とやらを浮かべてのたまうシシーに、しばし言葉が出ない二人であった。




