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混乱は恐怖を拭い去る

 風の上級精霊の紡ぎ糸、聖魔銀の針、6級ポーションを、魔導光球石で照らされた室内で用意していくシシー。


「あー、シシー? これから何するのかアタシには予想できるけど、他の面子が驚きすぎて呆けてるから説明してやっておくれ」

「何って、縫うんですけど」

「ちなみに何を?」

「カトレア姐さんの切断された左腕」

「だそうだ、分かったかい? あんた達」


 カトレアと呼ばれた左腕の肘から下が無くなっている妙齢の女性がそう呼びかけるが、呼びかけられた方の10数名は完全に固まってしまっている。少し前まで彼らを支配していた死への恐怖は綺麗に拭い去られ、今はシシーが齎している衝撃で表情は驚愕に染まっていた。

 ダメだねこりゃ、と胸中で呟きながらカトレアは、彼らを茫然自失の状態に追いやった張本人であるシシーを見やる。

 絶体絶命の場に颯爽と現れて魔物を文字通りに粉砕し、血の臭いで魔物が寄ってくるかもしれないからと上級ポーションを惜しげも無く使って怪我人を回復させ、天井に開けた穴から移動をして魔物が作ったこの小部屋に避難させると、ふらりと小部屋を出て行ったかと思えば他の階に居た学園生を保護して戻ってきた。

 そして今は応急処置だけ施してあったカトレアの腕を繋げようとしているのである。


(驚くなって言う方が無理か)


 シシーは周囲など気にせず魔物に切断されたカトレアの腕を、鼻歌を歌いながら目では追えない速さで手を動かしてあっという間に縫合を終え、最後に縫い合わせた個所にポーションをかけていた。

 この間、あらかじめ麻酔を打っていたため、苦痛でカトレアの顔が歪む事は無かった。


「はい終了。どう姐さん、違和感とかない?」


 カトレアは手を動かして確認してみる。手に力を込めて握ったり、左右に捻ってみたり。


「ああ、大丈夫だ、切られたのが嘘みたいに元通りだよ。ありがとうね」

「どういたしまして。……ところで姐さん、皆どうしたの?」

「気にしないでおやり。自分の常識を疑っているだけだから」


 シシーは納得がいかないものの、カトレアに「すぐ元に戻るさ」と言われて放置する事に決めたらしく、使った道具の片づけを始めた。


(免疫の無い奴にとって、あんたが取り出す道具やら素材やら薬やらは規格外すぎるんだよ、と言っても意味分からないだろうからねぇ。6級ポーションは普通だけど、紡ぎ糸と聖魔銀なんて一般の年収の半分は消える値がするのに、使い道が縫合糸と針だもんねぇ)


 通常どちらもそんな使い方はしない、勿体無くて出来ないというのが正しいか。

 婀娜っぽい彼女には似合いの悩ましげな溜め息を吐きながら、カトレアが憐れな学園生の様子を見てみれば、石化状態は解かれているものの「ありえない、ありえない」「何で? これってマジ?」「3級とか、3級って」とぶつぶつ呟いており、もうしばらくはこのままかと思ったのだが、1人だけ正気に戻っている者が居た。その者をカトレアはよく見知っていた。


「ミカ、混乱するのはもういいのかい?」


 銀髪碧眼、端整な容姿と丁寧な物腰で女生徒から人気の、今年の1年トップ、ミカ・エルヴァスティ。

 大怪我を負っていた彼は、国家予算の4分の1の値がする3級ポーションを使われて全快していた。制服は無残にもボロボロだが、身体にはかすり傷1つなく、大量の血を失って青白かった顔色も元に戻っているようだった。

 彼はカトレアのからかうような声色の問いに、肩をすくめるような仕草をしながら「ええ」と答える。


「なんだかもう、突き抜けてしまいまして。シシーユ先輩だから、で全ての答えになると帰結したんです」

「そりゃ賢い。そう考えるのが妥当だよ」


 ケラケラ笑うカトレアにミカは気を悪くするでもなく、「おそれいります」と返すだけだった。

 本来なら慇懃な態度を崩す事のないミカが、目上の存在であり初対面でもあるシシーを名前で呼ぶ事は無いのだが、『アーラ』を名乗る者が師の名の後に家名を名乗らない場合、それは師を、己の両親よりも尊び敬愛している事の顕れであるため、名前呼びにするのが普通なのだ。


「そういえば、エスピル先輩はシシーユ先輩と親しいんですね。シシーユ先輩が取り出す物にもやる事にも、まったく動じていらっしゃいませんでしたし」

「ああ、そりゃ同じ学科で同じアトリエ生だからねぇ。横の繋がりで必然的に仲も良くなっていくし、その過程でシシーがやらかす事にも慣れたよ。もっとも、下級ポーションを飲み水替わりにしていた時は思わず突っ込んだし呆れもしたけど」

「……ポーションって、総じて不味い物だったと記憶しているんですが」


 ミカのもっともな言葉に、カトレアは目を遠くして語る。


「フフ、あの子はね、不味い物なんざ飲みたくないってだけでポーションの味を改良したんだよ。普通は品質とか効能に悪影響が出るから挫折するもんなのに、その問題をとっとと解決して、無駄に味の良いポーションを作ちまったんだよ。しかも味は複数あるんだ」

「…………50年に1人の逸材という評判は伊達じゃありませんね」

「素直に才能の無駄遣いって、言っていいんだよ」


 疲れた様子でそう評するカトレアに、ミカは無言を貫いた。

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