1年トップの呟き
もうダメか――――そう、思った時でした。
一条の閃光が、目の前にいた僕の命を刈り取ろうとしていた魔物を消滅させたのは。何が起こったのか分からずに呆然としていた僕は、その後に降り注ぐ光の雨を眺めながら場違いにも『美しい』と感じ、ただひたすらに見入っていました。
「無事か?」
凛とした声に呼びかけられて我に返った僕が目にしたのは、魔力の残光を纏ってほのかに輝く、白銀の長弓を片手に佇む、目隠しをした麗人。
「……シシーユ、先輩」
遠目でしか見かけた事のなかった人が、今、目の前にいる……。
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シシーユ・アーラ・アノーノル先輩。
学園生でその名を知らぬ者はいないであろう、透き通るような緑の、緩く波打つ美しい長髪を1つに括って背に流し、藍色の布で目隠しされているものの、他の整った顔のパーツから容易に綺麗な容姿だと分かるその人を、僕が初めて見かけたのは入学からひと月経った頃、新しい環境にも慣れ始めた時期でした。
例のごとく、先輩はあのフリージア教官との鬼ごっこの最中で校舎内を逃げまわっている所でしたが、僕に言わせてみれば、何故あのトラップと魔法攻撃の嵐の中を逃げ延びれるのかと不思議でなりませんでしたね。
1度でも教官の授業を受けた人なら分かってもらえると思いますけど、とにかく容赦ないんです。トラップの先にまたトラップ、それを辛うじて回避した所に直撃コースの風の刃が飛んできて、武器でとっさに無効化しても次が本命と言わんばかりに火炎弾の連射、これをしのいでも闇魔法の状態異常攻撃で……1年トップと持て囃されても満身創痍ですよ、教官の授業は。
ですから我が目を疑いましたね、最初は。
鮮やかな体捌きで華麗に避けながら、えげつない角度からの攻撃にも難なく対応して、いとも簡単に相殺していく先輩の姿に、あんな方法、回避の仕方があったのかと目から鱗でした。
あれは誰なのかと問えば『2年のトップだ』との答えはすぐに返ってきて、あの人が、と感慨深く思ったものです。入学当初から話題だったんです、2年のトップは戦闘職でなく、生産職の学科の人がなっているのだと。
トップの決め方ですけど、入学して2週間経たないうちに新入生全員で鬼ごっこをするんです、学園三大名物の1つですね。
鬼ごっことは名ばかりで、その実、武器と魔法を使用した時間無制限バトルロイヤルですが。色んな国から腕に覚えのある者ばかり集まりますから、必然的に衝突が起こるわけで……学園側としてはここで甲乙つけてしまえ、という事なんでしょうが。
それで昨年、先輩はご兄弟とパーティーを組んで参加されて歴代最短記録で圧勝されたそうです。まぁ、お三方とも『アーラ』を名乗られる方達ですから、当然といえば当然の結果ですよね。
パーティーを組んでいる者が勝者の場合はリーダーがトップという事になるんですが、この時、先輩達の誰がリーダーであるのか分からなかったそうなんです。なんでも学園側が書類を失くしたとかで。
その後、アトリエ生である先輩はあまり学園には来ませんし、後方支援に徹していたらしいので、ご兄弟のどちらかがリーダーだろうとの憶測が流れたそうなんですが、そのお二人が口を揃えて言うんだそうです。『シシー(姉)の方が強い』と。
どういう事なのか分からない所へ勃発したフリージア教官との鬼ごっこと、とある事件が起こった事で学園生は骨の髄までご兄弟の言葉の意味を理解する運びとなったそうです。
話を戻して、それからの僕は先輩と教官の鬼ごっこの際はなるべく見学するようにしています。本当に勉強になるんですよ、お二人の動きは。
ただ、技術が高度すぎて容易には真似できないんですけどね、格の違いを身に染みて実感しますよ。
僕にとって先輩は、素直に尊敬できる、憧憬すら感じる人なんです。
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そのシシーユ先輩は他の階に居た学園生を保護してきた上で、今は負傷者の手当てをしているんですが…………なんというか、改めて先輩の凄さを実感する事になっています。
なんでそんなに貴重で希少な素材を持っていらっしゃるんでしょうか? なんで惜しげも無く高価な錬金術の薬剤を、そうもぽんぽんと使えるのでしょうか?
いえ、先輩が優秀な錬金術師でいらっしゃるのは重々承知していますが……錬金術師の方は皆さんこうなのでしょうか?
それとも僕が可笑しいのでしょうか?
今切実に、常識とはどんな物であったかのかを問いたいです。




