第八十七話 シネコンで会いましょう!
シネコンのある駅で待ち合わせ。
とても心が躍る響きだ。
シネマコンプレックスは、ショッピングモールに併設されている。
モールの一階大通りは屋外フードコートみたいになっていて、レストラン棟とショッピング棟が向かい合ってUの字を形作っていた。
あの辺で食事をしてもいいし、屋内の普通のフードコートでもいいな。
夏休みには、家族連れやカップルがたくさんいる。
中学の頃はちょっとうらやましく思ったものだけど……。
今は、俺もその仲間なのだ!
誇らしい……。
ちょっと胸を張りながら待っていたら、ロータリーに見覚えのあるリムジンが到着した。
芹沢さんが降りてきた。
「あ、今日も仕事ですか」
「それはそうよ。君達は夏休みだけど、私は社会人だから平日は働いているの」
そうだった。
今日は平日なんだよなあ。
夏休みだと、ついつい曜日の感覚が無くなってしまう。
そんな休みももうすぐ終わり。
今日は、この特別な夏休みの締めを飾るイベントだ。
「お待たせ、穂積くん……!」
芹沢さんが扉を開けるより早く、自分から出てきた舞香なのだ。
淡いブルーのワンピース姿の彼女は、真っ白な肌が今日も眩しい。
着てるものは凄くいいものだろうに、中の人のレベルが高すぎてそっちに気が回らない……!
「どうかな? スイスで買ってきたの。一品物だって」
「うん、凄く似合ってる」
でも、個人的には舞香は和服が似合うと思う。
浴衣とか凄く良かったし。
「穂積くんは半袖シャツ? Tシャツくらいラフでも良かったのに」
「日々のインターンで、ついつい出かける時はビシッと決めてしまいまして」
「そうなんだ?」
舞香がくすくす笑った。
そんな俺達を交互に眺めて、肩をすくめる芹沢さん。
「じゃあ、夕方五時に迎えに来ますから。存分にお楽しみくださいませ、お二人とも」
わざとらしい礼をして、彼女はリムジンの中に消えていった。
走り去る黒塗りの車。
うーん。
周囲の注目を集めてしまった。
ショッピングモールまで高級リムジンで乗り付けてくる人ってあんまりいないもんな。
「じゃあ早速……行く?」
「行こう!」
舞香が元気に答えた。
ちなみに、上映まであと二時間ある……!
二時間前にシネコンに行く理由は簡単。
ロビーに大画面で流れる、映画の予告映像を見たり雰囲気を楽しんだりするためだ!
チケットは予約でもう買ってあるからね。
「それじゃあ……」
俺が歩き出そうとしたら、舞香がすすすっと近寄ってきた。
なんか無表情だ。
「……ん」
彼女の手が、スーッと差し出される。
あっ、こ、これは。
「じゃ、じゃあいこう」
彼女の手を、ぎゅっと握った。
「うん、い、行こう」
二人で手をつなぎ、ぎこちなくロボットみたいな動きをしながら、俺達は歩き出す。
うおお、意識すると、手を繋ぐってなんて緊張するんだ!
しかもこれ、昼日中!
たくさんの人が行き交っている中で、手を繋いでいる。
まるでカップルじゃないか……。
いや、恋人同士なんだった。
うぬぬ、まだ慣れないなあ。って言っても、彼女と会うのが夏祭りの日以来なんだけど。
横断歩道で信号が変わるのを待つ。
無言。
これはまずい。気まずい。
必死に話題を探す俺。
よし、最近の放送の話を……。
「あのさあ」
「あのね」
被ったーっ!!
顔を見合わせて、言葉を失う俺と舞香。
よりによって同じタイミングで口を開いてしまった!
あー、あるよねこう言うこと。よくある。
よりによって、というタイミングで出鼻をくじかれたりするのね。
でも、なんでこの状況で起こるの!
いやいや、待て待て。
俺と彼女の考えたり話たりするリズムが同じだということでは?
それはむしろ悪くない……ような……?
「ほ、穂積くんからどうぞ」
「じゃあ、お言葉に甘えまして……。先日のライスジャーがやっぱり良くて」
「私もその話しようとしてた。良かった……凄くよかった……。チョウリュウジャーとコダイジャーの仲間割れからの、理解し合う展開……。お決まりだけど、だからこそやっぱりいい……」
「尊いよね……」
「尊い」
すっかりオタクの顔になって頷き合う俺達。
そうこうしていたら、あっという間にシネコンの前だ。
看板には、どーんとライスジャー・THE・MOVIEの文字。
やばい。
テンションが上がる。
横目で見たら、舞香も口角を釣り上げて、湧き上がってくる笑みを必死に堪えている様子だった。
そうだよなあ。
俺達みたいな人種は、こういうところに来ると思わずウキウキして笑っちゃう。
やっぱり、俺と彼女は同類なのだ。
入り口をくぐると、右手にはずらりと並んだカミングスーンな映画のポスター。
そして左手が自動ドア。
いざ、シネコンの世界へ!
踏み込んだ俺達を出迎える、大音量で流れる予告編。
CG使いまくりの洋画ヒーロー物で、まあ悪くない。
ちょっとアメリカっぽい感じが鼻につくけど、特撮の次の次くらいには好きだ。
ちなみに、舞香は全く興味が無いようだった。
流れる予告編の空気だけを楽しんで、すぐにスクリーンから目を離す。
そしてきょろきょろ、物珍しげに周囲を見回した。
「……プライベートなシネマ以外は実は初めてで……」
「舞香さんの世間離れも凄いところまで来てるなあ……。でも確かに、個人用映画館みたいなのがあるなら、そっちの方が落ち着いて見れるのかあ。舞香さん、シネコンは凄いぞ。特に特撮映画まつりは凄い。何が凄いと思う?」
「何が……凄いの?」
舞香が、真剣に分からないと言う感じで首を傾げた。
俺が手のひらで指し示した先は、物販に群がるお子様たちだ。
「ライスジャーすげー」
「ぱんふれっとほしい!」
「うおー、クックオーバー!!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐお子様達……!!
「あの子達も同じ場所で映画を見る! つまりどうなるか分かるかい」
「どう……なるの……?」
「応援上映になるんだ……!!」
「未知の世界だ……!」
何故か、瞳をきらきらと輝かせる舞香なのだった。




