第八十四話 男三人恋愛談義
何か特別なことをするでもなく、ひたすら肉を焼いて食ってお喋りする。
こういうシンプルなイベントってどうしてこんなに楽しいんだろうか。
正直、舞香に出会う前の俺だったら、ウェイの者が好むイベントだろ、くらいの感覚だったと思う。
バーベキュー……。
開放的な屋外で、クッソ暑い中、ワイワイと肉や野菜を焼いて集団で食べる。
お喋りの内容はくだらないことでいい。
それだけで、妙にテンションが上ってくる。
「仕事先の親方がさ、夏のうちからやりに来てみろよって言うんだよね。若いうちから手に職つけとけば、後々家とか車とか考えた時に有利かなって」
「そうだねえ。将馬くん結構手堅いから、職人やるのはかなりいいと思うなあ。職にあぶれることってまずないっしょ」
俺の目の前はとっても真面目な話をしているが。
稗田将馬は、高校三年で、卒業とともに就職するらしい。
話を聞いたら、総合高校の生徒。
あそこの普通科だと、偏差値はあまり高くない。
「大学行くか行かないかは半々ってとこだね。トモロウくんのところなんか、ほぼみんな大学行くでしょ」
「99%だねー。穂積くんもそうっしょ? 大学いくっしょ?」
「そりゃあ、まあ」
稗田将馬は、別の世界の住人だった。
俺の今までの生活環境にはいなかったタイプ。
「将馬さん、色々考えてるんですね。だったら粟森さんと別れないほうがいいんじゃ?」
「んー。そりゃそうなんだけどよ。半年付き合ってみて合わないってのが分かったから」
「ひえー、将馬くん、半年持ったのかよ。今までで一番長いじゃん」
「そうなんだよねー。だからイケるかなって思ったけど、ヤッパリダメだったわ。何がいけないんだろうなあ」
稗田とトモロウが並んで首をひねっている。
面白い光景だ。
ちなみにトモロウも、一人一人とは長続きしないらしい。
なので、何人かキープするんだと。
すげえ考え方だ。
「まあまあ二人とも。肉です、肉」
「おー、サンキュー! ちょっと焦げてるの好きなんだよな俺」
「穂積くんは気が利くなあ。いいお婿さんになれる」
目の前にいる二人は、割と女の敵みたいに言われるようなタイプなんだが、どうも俺にはフレンドリーなのだ。
俺なんか、舞香に告白するまでは、付き合った人数がゼロ人だった非リア充なのだが。
ふと気づくと、二人ともじーっと俺を見ている。
「な、なんすか」
「君さ、この間告白して付き合い始めたって言ったじゃない」
稗田が真剣に聞いてくる。
「はあ、言いました」
「その娘とうまくいきそうな感じある?」
「いや、自信とかそういうのは分からないですけど、やるしかないですよね。なんかこう、周りも凄い勢いで外堀埋めてくるし。逃げられないっつーか、逃げる気はないっていうか」
「おー」
「おー」
おおっ、二人ともなんか感動している。
「家族の圧力だな」
「外圧かあ……。確かに俺ら、積極的に自分で動くじゃん? 成功率は高えけど、そっからの維持はセルフだもんな」
「あー……。モチベの維持がきつい。ナンパしまくって手に入れるまでは超楽しいんだけど」
なんたる肉食系男子どもだ。
「俺、もしかして今までに本命を取りこぼしてたかも……」
シリアスな顔になってトモロウが呟く。
「……ちょっとやり方変えよ……。長めに付き合う方向に行ってみるわ」
「そうだな。俺もそうするかなあ……。君はさ、どうやって告るところまで行ったの? 部活のマネージャーとか?」
「うーん。一言で表すなら、同じ志を持った相手ですかねえ。同じ言語が通じるんですよ彼女」
稗田の顔が疑問符で埋め尽くされた。
「日本人なんだから、お互い言葉通じるの普通じゃね……?」
「いやいや、将馬くん、これヤバいんだって。俺が好きなアニメとか、将馬くんが好きなバイクとかあるでしょ」
「おう。心愛のやつ、後ろに乗ってツーリングするのは好きなくせに、バイクのことを全然覚えねえ。興味ないんだな」
「そう、それ。これ、穂積くんの場合、趣味が100パーマッチしてんの。趣味の話が全部通じるのよ」
「マジか……! やっべえ……。その女、神じゃん……」
衝撃を受ける稗田。
「運命の出会いだなあ……。そんなの本当にあるんだ……。俺信じて無かったわ……」
おお、稗田までシリアスな顔になった。
「出会ったきっかけはなんなの? クラスメイトだから自然にか」
トモロウまで深く聞き込みしてくる。
「ええと、特別なことはなくて。屋上の鍵がその日たまたま開いてて、俺が屋上に出たら舞香さんがいてですね。そこで秘密を共有したっていうか」
「はあ!? 運命じゃん」
「やべえ、俺ら女子みてえなこと言ってる。でも運命だわ」
「ずるい……。俺も運命の出会いしてみたかった」
「これが持つ者と持たざる者の違いか……」
二人とも打ちひしがれてしまった!!
何だ、何が起こってるんだ。
「稲垣くんは自分の特別さを意識した方がいいかもねえ。春菜はそう考えるなー。あ、お野菜とお肉こっちで余ってるじゃん。お兄ちゃーん」
「はいはーい」
麦野兄妹が加わり、この場の話題は恋愛のことから、麦野家の優雅な食卓の話になった。
食材めっちゃこだわっている家だった。
だから二人とも肉付きがいいんだな……!
「は? 春菜は食べすぎてお肉ついてるんじゃないんですけど! ウエストは気合い入れてエステして絞ってるんですけど!」
「春菜はマンガみたいな体型だよね! その辺、僕はお腹も肉がついてるからねー」
「お兄ちゃんみたいにあちこち柔らかい触り心地、春菜は好きだけどなー」
麦野が秋人さんのお腹をむにむに摘んだ。
ふわふわの触り心地らしい。
「腹の肉……!? その考えはなかったわ」
稗田が呟くけど、それは止めといたほうがいいと思うな……!
そんなわけで、にぎやかなバーベキューも終わりに近づいていくのだ。




