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第三十七話 夏服についてのあれやこれや

 舞香とともに教室に入ると、早く来ていたクラスメイトたちがどよめいた。

 可愛すぎる舞香の夏服姿に衝撃を受けているのだろう。

 その中で空気を読まない一人の女子が、元気よく手を振り回した。


「おはよーおふたりさーん!」


 彼女の隣に、俺の悪友たる布田がいる。

 つまり、布田と机を挟んで座っているのは、あいつの彼女の水戸南海さんだ。

 親しい人には水戸ちゃんと呼ばれており、小さくてショートカットで、中学生っぽい雰囲気をまとう明るい女の子だ。


「おはよう、水戸さん」


「水戸ちゃんが今日も元気だねえ」


「夏服の水戸ちゃん、ぱたぱた動くから小動物みたいでかわいい」


 周囲もすっかり、教室に迷い込んだ年下の子どもを見るような気持ちになってしまう。


「なんだとおー! みんなあたしより年下のくせにー!!」


 むきーっと怒る水戸さんこと水戸ちゃん。

 実は四月二日生まれなので、クラスで一番誕生日が早いのだ。

 布田が三月だから、あのカップルは実に一歳差ということになる。同じクラスなのに。


 ちなみに付き合い始めは、入学式で布田と水戸ちゃんがお互いに一目惚れして、翌日に告白というスピードで成立したカップル。

 二人とも気が早くて元気なので、まあいても立ってもいられなかったんだろう。

 ちょっと羨ましい。


「ついに稲垣、米倉さんと一緒に入室するようになったか……羨ましい」


「布田、彼女の前でそんな話をするものではない」


 俺が諌めると、水戸ちゃんも両腕を振り回して怒った。


「そうだぞー!! 唐人(からと)にはこんな可愛い彼女のいるのに!」


「水戸さん、本当に可愛いものね」


 舞香がニコニコした。

 すると、クラスの女子ヒエラルキートップ(すなわちそれはクラスの頂点ということだ)から褒められた水戸ちゃん、中学生男子みたいな笑顔になる。


「でしょー」


 水戸ちゃんも今日から夏服だが、あまり凹凸の無い感じでとても中学生っぽい。

 布田に言わせると、「ばか、そこがいいんだ」となるんだろう。

 布田がぬぼーっとして背が高めなので、並ぶと頭一個分以上違うカップルになる。見てて面白い。


「米倉さんも超かわいいよ! ってか、同じ制服なのになんでこんなに違って見えるの? 世の中不公平だわー」


 水戸ちゃんがネイビーのセーターを引っ張ってみせる。

 おお、生地が余っている。


「ありがとう。でも私、そんなにプロポーションがいいわけでもないし。……あれ、水戸さん、制服大きくない? あ、そうか、これから背が伸びるものね」


「そうそう、あたしは今成長期真っ盛り……ってちがわーい! 残念ながら中学からちょっぴりしか伸びてませーん!」


 米倉さんがくすくす笑った。

 相手が米倉グループの令嬢だろうが、付き合い方が変わらない女子、水戸ちゃんである。

 そりゃあ創作ダンスの授業で舞香の動画を撮ったりする。


 ちなみに、舞香と水戸ちゃんが話をするようになったのはごく最近のこと。

 それも、俺、布田を通じて知り合い、水戸ちゃんの人柄と、実は面白い人である舞香が意気投合した形だ。


「ダブルデート的な感じだな」


 ぼそっと布田が呟いた。

 ハッとする俺。


「布田……お前、いいことを言うなあ」


「そうか? フフフ、俺の知性が溢れ出てしまっているかな」


 布田の成績は中間テストで、クラスブービーである。

 目下、水戸ちゃんにスパルタで勉強を見てもらっている。


 ちなみにこの話を聞いていたらしい舞香。

 急に目が泳ぎ始めた。


「で、で、デート? ふうん。ふーん」


「米倉さんどうしたの? デートする? あたしとするか?」


「あ、水戸さんとだったらいいかもね。リムジンでデートする?」


「あひゃー! これはあたしもお大尽様だー!」


 水戸ちゃんどこでそんな言葉覚えてくるの。


 舞香が水戸ちゃんと楽しくお喋りしてるので、いつもの彼女の取り巻きたちもちょっとフランクな感じで会話に加わってくる。


「米倉さん夏服似合うー」


「水戸ちゃんかわいい。夏服、着てくる時ちょっと緊張しなかった?」


「したした! セーターもシャツも可愛いもんねえ。服に着られてなるものかーって気合い入れて」


「メイクしたーい」


 うちの高校はそこそこ偏差値があるし、女子の制服が可愛いことで知られている。

 そのため、この制服を纏うために女子達は死にものぐるいで勉強するのだとか。


 俺は家が近いから入った。


 舞香は取り巻きたちが、普段より崩れた感じでお喋りしてくるのが楽しいらしく、ニコニコしながらこれを聞いている。


「ま、あたしはあれかなー。どんなあたしでも唐人が褒めてくれるし! ね!」


 水戸ちゃんが布田に振った。

 布田が重々しく頷く。


「常に南海はかわいい」


「でしょー!!」


 堂々とのろける二人。

 俺も舞香もクラクラ来た。

 なんというハートの強さだ!!


 取り巻き女子達も、キャーッと沸き返る。


 とても賑やかな、朝のホームルーム前だ。


 そこへ……。



「おはようございます!」


 可愛らしい声がした。

 麦野の外行きの声だ。

 いや、こいつ、ざっくばらんな時もぶりっこな時も、どっちも素らしいな。


 そして、教室にいた男達からどよめきが漏れる。

 何事だ?


 俺は振り向く。

 そして真顔になった。


 クリーム色のセーターを押し上げる盛り上がり。

 暴力的……!!


「どうしたの? 春菜のセーターに何かついてる?」


 男どもがごくりと唾を飲んだ。

 立派なものがついてますな。


「おおう……戦闘力が違うねえ……」


 水戸ちゃんが流れてもいない汗を拭う仕草をした。

 色々小芝居をする子だ。


 麦野としては、自分の胸に注目を浴びていることは重々承知であろう。 

 その視線を平然と受け止めながら、実に堂々とした仕草でこちらまでやって来た。


「皆さん、ごきげんよう」


「む、麦野さんごきげんよう」


「麦野さんも夏服なのね」


「ええ。どうかしら」


「すげえ」


 布田が呟いた一言が、この場にいた全員の心を代弁していただろう。

 この中で割と冷静だったのは、俺と舞香くらいではないだろうか。

 舞香は親友の姿を見慣れているし、俺はこの前に舞香の絶対的な美を超至近距離で見ていたので助かった。


「麦野さん、かわいい!」


「米倉さんもかわいい!」


 舞香と麦野、二人で互いを褒めあって、きゃーっと盛り上がる。

 完全に二人だけの空間が生まれた。


 うーむ……。

 この二人、強すぎる。

 俺はよく、この二人とリムジンの中にいて正気を保てていたものだ……。



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― 新着の感想 ―
[一言]  つまり、布田と机を挟んで座っているのは、あいつの彼女の水戸南海さんだ。 ↑ 『みと・みなみ』で良いですか?(´ω`)可愛い小動物系、でもトラブルメーカーまでいかなくてもお騒がせキャラなのか…
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