妖魔、白昼に王都を襲う()
第21回書き出し祭りに参加した書き出しの連載化です。仕事案件での執筆などもありますので更新はやや間空き気味になるかと思いますがよろしくお願いします。
「デレク、まだ道は空かないのか?」
ギリアムは馬車の窓を押し開け、御者台に座る従者へ呼びかけた。
モールダウンの王都であるクロルダに入って、すでに三十分ほどになる。だが馬車はしばらく前から、一向に先へ進む様子がない。
川に沿って緩やかにカーブした大通りを見渡せば、貴族たちが外出に使う豪勢な四輪馬車が切れ目もなくえんえんと並んでいる。
「駄目でございますねぇ。一時間でも抜けられるかどうか……」
「ひどい渋滞だ。ラドヴァでもこんなことはなかったぞ」
王国の西に国境を接する、ニステルという文化先進国がある。
ギリアムはその中心たる学術都市・ラドヴァでの、三年に及ぶ遊学を終えて戻る途上だったが――かの地でもこれほどの数の馬車を、いちどきに見たことはない。
もっとも、あそこの住民は馬車などほとんど使わないのだが。
「まるで国中の馬車が集まったみたいだな……なんか祭りでもやってたか?」
「ええ、まあそうですねえ。ギリアム様はいま『国中』と仰いましたが、あながち間違ってもおりません。お迎えに上がる途中で小耳にはさんだ話なのですが……確か今日は王宮で、重臣の方々のご令嬢が何名か、お披露目に臨まれるとか」
「ははぁん」
ギリアムは面白くもなさそうに鼻を鳴らした。令嬢の披露目とはつまるところ、年頃になった娘の《《婚姻市場》》への参入を、王国の貴族社会に告知するものだ。
「つまり、これはその席に集まろうというお歴々の車でございましょうね」
「なるほどな。開拓団から成りあがった、うちのような新興の『辺境伯家』にはまあ関係のない話だ」
ギリアムの家は歴史が浅い。さかのぼってもせいぜい三代。
もともとはザリアの開拓のために集められた農民や傭兵くずれを束ねた、度胸だけが元手の冒険商人であったと言われているが。
「いやいや、そうとばかりも限りませんよ。現にザリアの塞外、東のキルディス族からは、長の娘をザリアに輿入れさせたいという申し入れが届いておりますからね。つまり相手が誰だろうと、先方に得るものがあるなら、当家と婚姻を結ぶことも視野に入るというわけでしょうから」
「ふうん、そんなもんかな。まあその話自体は、実務肌のハーマン兄上あたりなら喜びそうだ。以前から『娶るなら丈夫な女が良い』と仰ってたし」
「はい。とはいえ、まだ非公式の書状が来たばかりで何も進んではおりませんがね」
「……爺さんの代から衝突が絶えなかった相手だ、向こうも簡単にはまとまるまいさ――ええい、まだ動かんのか、この車列」
窓へもう一度にじり寄って、外を見る。先ほど見えた道路沿いの並木はそのままの位置にあり、尻の下で車軸が軋む音も途絶えたままだった。
「これなら荒れ地を馬で通る方がよっぽど楽だな。さっさとこの通りを抜けて、東クロルダの別邸で休みたいもんだ」
そう言いながら憮然として窓の外を眺めていたギリアムだったが、急に視界の中に起きた変化に、はっとして目を見開いた。
車列の前方、二つ先の位置を占めた馬車のドアがぱくりと開き、そこから一人のうら若い少女が車外へ出てきたのだ。
色白で、癖のない黒髪を肩のあたりで切りそろえた姿。もう少し肉付きが欲しい感じの痩身を深藍色の簡素なドレスに包み、決して華やかではないが――不思議と目を惹かれる。
(……おや。用でも足しに出たんだろうが、ずいぶん無造作というか、不用心だな――)
そんな印象を抱いた次の瞬間、うつむき加減だった少女が顔を上げ、周囲を確認するように見まわした。その視線がギリアムの視線とぶつかる。
この距離からでもそれとわかる長いまつ毛の奥に、焼いた鉄のようなやや暗い青の瞳。一瞬、彼はその瞳に吸い込まれるような錯覚を覚えた。
(なんだ……っ!?)
ドクン、と心臓が跳ねた。我知らず固まったギリアムをよそに、微妙に貴婦人らしからぬ速足で少女は馬車から離れていく。
(おい、君――)
頭が言葉を形作り、呼ばわろうと息を吸い込んだその刹那。
ズドン、と重く爆ぜる音が響き、件の馬車が炎をあげながら拉潰れた。
――何事だッ!?
周囲の馬車から一斉にどよめきが起こり、乗客たちが窓を開いて周囲を目探しした。
「上だ!」
ギリアムはいち早く異変の正体を掴んでいた。なにか翼の生えたもの――人間より一回り大きく、まばらな鱗と体毛に覆われた怪物が虚空に羽ばたいていた。ギリアムは知っている。これは「カルキドリ」の名で知られる下級の悪魔だ。
――まま、魔物だぁー!
貴族たちの車列から上がっていた声が、悲鳴に塗り替わる。
「ギリアム様、ここは危険です! お逃げを……!」
「いや。それじゃここの貴族たちがひどいことになりかねん」
ばたん、とドアを開けて馬車の外に飛び出すと、ギリアムは腰のベルトに意識を集中した。バックルがほのかに輝くと、軽装の甲冑一式が《《一瞬のうちに》》出現して体に装着される。そして仕上げに右手に現れた、豪壮な造りの長剣。
「ギリアム様!?」
デレクが驚愕の声を上げる。
「何ですか、それ!?」
「ああ。俺はラドヴァで学問の傍ら、冒険者をやって稼いでいてな。これはあそこの魔術師ギルドが管理してる迷宮で手に入れた、魔法の武具と、それを瞬時に着脱できる『騎士の護符』だ」
「なんてことだ。学問をしに行かれてたんじゃないんですか……?」
デレクが頭を抱えた。
「今からでも聞かなかったことにしたいですよ、お館様への報告に苦しみますので」
「まあ見てろ、ちょっと行ってくる。」
「ギリアム様は本当に、もう!」
デレクはかぶりを振って御者台から飛び降りると、付近の貴族や通行人たちの避難誘導に向かった。
ギリアムは馬車の屋根から屋根へ飛び移りながら走り、飛行悪魔に斬りかかる。最初の一匹を一太刀のもとに斬り捨てて次の標的へ――移動しつつ、はて、と首を傾げた。
(こいつら、何をしに来たんだ?)
悪魔たちは魔法を駆使して空中から爆発性の小さな火球を打ちおろしてくる。だが、被害らしきものといえば先ほどの馬車が一輌のみだ。
貴族たちの何組かは馬車を飛び出して右往左往しているが、火球は一つとして彼らにはあたらず、ただ空しく大通りの敷石を焦がしていた。
(おかしいな。してみるとどうやらこいつらは陽動かなにか、か……?)
であれば、おそらくどこか別に本命の目標があるのだ。ギリアムが着地しつつ周囲に視線を走らせると、建物の間に伸びる細い裏通りの方へ降りていく、一体のカルキドリを見つけた。その降りていく先に、先ほどの少女がいる。なるほど――それが目当てか?
「どういう陰謀なのか知らんが、させるか!!」
鋭く叫びながら悪魔の翼と片腕を切り飛ばし、返す一振りで首をはねて倒した。迷宮で戦いなれたギリアムにとっては、どうということもない相手だ。ギリアムは空いた左手を少女へ差し延ばし、警戒を解こうと微笑みかけた。
「おい、君。怪我はないか? 立てるな?」
「え!?」
少女の顔に驚愕の表情が浮かぶ。同時に背後に羽ばたきの音。
ギリアムは振り向きざまに、後ろに迫っていた新手のカルキドリを斬り捨てた。
「まだいたか……ここは危険だ、安全な場所へ!」
少女の手を引いて走り出す。彼女は予想外に身が軽く、足をもつれさせることもなくギリアムに追従していたが、その足が不意に止まって彼をその場に縫い留めた。
「どうした?」
肩越しに振り返って少女の顔を見る。
先ほどの驚きの表情は落胆のそれに変わり、そして次第に怒りの色を露わにしつつあった。
「……あなた、何者なの?」
「はあ?」
悪魔に狙われ、あるいは拉致されたであろうところを助けたのに、なんでこんな顔をされるのか?
「こちらの都合は知りようもないでしょうけど……ああ、もう台無し。準備にひと月かけたのに……」
(なんだって……?)
ギリアムは顔をしかめた。どう考えても窮地を救われた相手に対する物言いではない。それにこの口ぶりだと、どうやら今の襲撃は――
「君は一体――」
「あなた、見たところ騎士のようですが、名前くらいは聞かせていただけるでしょうね?」
「んっ?」
ギリアムの問いは発する途中で、少女の剣幕に潰された。
知っている――こういう時には相手の出方に合わせるのが得策だ。
「あ、ああ。俺はギリアム・ラッセルトン。しがない田舎貴族の三男坊だ――そういう君は?」
「ラッセルトン? たしか東の辺境、ザリア地方の一角を預けられた新興貴族の名がそのような……」
「そうだ。一応うちはザリア辺境伯で通ってる」
「そうでしたか。ではこちらも名のりましょう。私は、ニルダ。ニルダ・ハイベリン」
ギリアムは目を剥いた。ハイベリン家といえば王室とも血縁のある、富裕かつ有力な大貴族だ。
「……驚いたな、ウィルスマースの伯爵家じゃないか。そのお嬢さんが一人で馬車を降りて、あんな路地の入口で何をやってたんだ?」
ギリアムは明確な返答を期待したが、あいにくとそれは与えられなかった。深藍ドレスの少女はなにか妙案を得たというような顔でギリアムを見つめ、微笑みながらふうっと息を吐いただけだった。
「……いいわ。この先を考えることにしましょう。ここは確かに危険だし、人目につきますね。うちの別邸まで送ってくださる?」
「構わないが。俺の馬車でいいのかい?」
「……ええ」
道路のあちこちからまだ煙がくすぶり、逃げまどっていた人々が呆けたようにたたずむ中、ギリアムとニルダはまるで初めから約束があったかのように、よどみない動きで馬車に乗り込んだ。
「……なるほどな。さっきの馬車、どこかで見た紋章だと思ったんだ」
納得顔でうなずくギリアムに、ニルダはクスクスと笑って返した。
「その紋章から逃げたいの。父が後妻に入れあげて、私を相続から外すと言い出したから……多分、そのうちどこかへ幽閉されると思います」
ギリアムはひどく居心地の悪い気分に襲われた。当主の再婚に伴う家庭内のいざこざは、貴族社会では珍しくない、という認識は彼にもある。
だが、自身の経験に照らせばごく無縁なものだった。そもザリアでは、そんな余裕は誰にもない。
「……もしかして俺、凄く余計なことしたのか?」
仕組まれたものだとすると、あの悪魔どもは突発的に襲って来たのではなく、この少女が呼び寄せたのだろうか――ギルドの体系から外れた「妖術」と呼ばれるものの中に、そういうことが可能なものがあるとは聞いたことがある。だとしたら、ギリアムの「助太刀」は彼女にとって全く不本意だったに違いない。
「そうね。でも、おかげで別の展望がひらけるかも――ねえ、ザリアってどんなところ?」
「ザリアか? ……そうだな、まあ田舎だよ。ろくでもない田舎だ。ふた月に一度は異民族との小競り合いがあって、畑より開墾地の方がまだ広くて、街道ぞいには野犬や山賊、たまには魔物も出る。おかげで親父は椅子が温まる暇もない」
半ば笑いながらそう答えたが、父や兄の心労を思えば内心ではため息が出た。ギリアムがせっかくの遊学中にまで迷宮で鍛えたのも、その辺の事情が彼に文弱を許さなかったからだった。
「……大変なのね。でもちょっと楽しそう」
「そうか?」
今の話にどんな楽しそうな要素があったのか、とギリアムは訝しんだ。まあ、恐らく違う世界の話が珍しいのだろう。
「ええ、聞く分にはね……でも私が実際に身を寄せるとしたら、どんな具合かしらね」
ますます妙なことを聞く。流石に眉をしかめたが、すぐに今しがた聞いた相手の事情に思い至った。
生家の居心地が悪いばかりか、身の自由まで奪われそう、とあっては、何もかも放り捨ててどこへなりと逃げ出したいというのも、分からなくはない。
「そうだな……まあ、案外なじめるかも知れないが。で、今日の送り先はおたくの――伯爵家の別邸でいいのか?」
ふうっとため息をつくと、ニルダはあきらめ顔でうなずいた。
「今日はそうしないとしょうがないわ。私がこの馬車に乗り込むところは何人かに見られてるでしょうし、前後の状況を考えれば……あなたに迷惑が掛かるでしょうし」
「そうなるか」
「次はもっと綿密に計画を立てるわ」
どうあっても大人しく親の意のままになる気はないらしい――それはそうか、とギリアムもそれ以上何かを言うのは控えた。
路上の混乱はどうにか収まりはじめたようで、王都の衛兵たちが人手を集めて飛び散った瓦礫や馬車の残骸を片づけている。それがあらかた終るとようやく渋滞は解消され、馬車の列がゆっくりと動き始めた。




