ウィッチをやっつけろ!
魔女の世界。ヴィクトリーの家。
「インチキ!ウソツキ!ズル!」
鳥かごのような檻の中で、真っ黒なローブに身を包んだ女の子がエックスに向かって騒いでいる。ウィッチだった。
「うるさいっ!負けたんだから大人しくしなさい!」
エックスはうんざりした様子でぴしゃりと窘める。つい先ほどウィッチを倒し、捕らえて、人間大のサイズに縮めた上で魔法を無力化する特性の檻に閉じ込めたところだ。ヴィクトリーは彼女らのやり取りを紅茶を飲みながら見つめていた。
「こんなの納得できるわけないもん!出せ!この卑怯者!」
「ひきょ……!……はいはい。100年くらい経ったら出してあげるからねー!」
「~~!今すぐ出せって言ってんのよこの貧乳!」
「なっ……!?」
理外の悪口にエックスは思わずたじろいだ。ヴィクトリーの噴き出す声が聞こえてくる。反射的に振り返り彼女をキッと睨んだ。ウィッチのおまけで縮めてやろうかと一瞬考えてしまう。
「チ、チビのくせに生意気なやつ……!」
エックスは檻の頭にくっついている鎖を掴んでぐるぐると回転させた。中でウィッチが悲鳴を上げている。二分くらいそうしてやってから止めてやった。中では彼女が目を回してぐったりしている。
「ぐぬぬぬ……。こんな身体じゃあなかったら……!」
「ふんっ。これに懲りたらもう二度とボクに逆らわないことだね!」
と、得意げに言ってみたはいいものの。こんなに体格差のある相手との口喧嘩の末に先にこちらから手を出したのでは、これは実質敗北と言ってもいいのではないのだろうか。言いようのない悔しさで胸の内がいっぱいになった。
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今から一時間前の事。ウィッチは人間世界に現れた。高度数キロメートルの地点から地上を舌なめずりしながら見つめている。
「ふっふーん。遂にこの時が来たわ!アタシの粘り勝ちってやつねー!エックスのヤツ何の用か知らないけどどっかに言っちゃったみたい!さあ今のうちにもう一度この世界をアタシのものにしてやるわ!」
ウィッチはゆっくりと地上に降りていく。彼女はエックスから身を隠しながらもその気配を常にモニタリングしていた。
「だけど今はアイツの気配を感じない。もう何時間も経っている」
エックスは何らかの事情で一時的に離れているのだろうと予想した。今すぐ戻ってくることは不可能なはず。つまり、ウィッチの魔の手から人間世界を守る者がいなくなったということだ。
「さあチビども!覚悟しなさい!」
地上はもうすぐ。ウィッチの持つ恐怖の残滓が、近付いてくる彼女を見上げる人々を少しずつパニックに落としていった。
この状況は人類にとって最大の窮地であり、ウィッチにとっては最大の好機だった。
「今日こそ……。ん?誰?後ろから肩を叩いているのは?」
──これがヴィクトリーの作戦通りでなければ。肩を叩かれたので振り返ると。
「やあっ!」
「……ん?」
エックスだった。
「ほわああああああ!?」
なんでなんでと混乱する。まだ自分の力ではエックスには勝てない。だから今の今まで隠れていたのに。だからすぐには帰ってこられないであろうタイミングで戻ってきたのに。
思わぬ事態にウィッチは冷静さを欠いていた。何の工夫もなく素直に上空へと飛び立ってしまったのである。前回と同様に地上へ弾幕を放ち、エックスを街の防衛に専念させておけば逃げ切れたかもしれない。それをしなかった時点で彼女の敗北は確定した。
「逃がすもんか」
エックスは『未知なる一矢』をウィッチに向けて放った。彼女の飛行速度を遥かに超える勢いで伸びていく光の線が、その背を撃ち抜く。
「あたっ!?」
「よっ、と!」
ウィッチが怯んだ一瞬。エックスは空間の裂け目を開き、彼女の眼前へと移動した。
「……うっ!」
「えいっ」
そうして彼女をぎゅっと抱きしめる。振りほどこうとウィッチは暴れるけれど、エックスはビクともしない。
「あ、あんた……!アタシと同じように気配を隠したのね……!」
「ご名答。キミ以上に完璧に気配を殺した。そうすればキミはボクが消えたと思い込んで、自分から人間世界にやってくるんじゃないかな、って思ってさ」
案を出したのはヴィクトリーだが。そんなことは決して言わない。
ウィッチは悔し気に舌打ちした。こんな単純なことに引っかかるなんて。自分はなんて間抜けなんだと。そんな彼女の耳元にふう、と息を吹きかける。
「いっ……!なにを……!」
「これでキミはもうボクから逃げられなくなった。だからもう放してあげるよ」
言うとエックスは力を緩めた。ウィッチは彼女の抱擁から脱出する。
「くっ……!」
舐められている。こっちの実力を軽んじられている。──だが。
(悔しいけど、こんなチャンスは二度とはない!)
今度こそ逃げ切って次の機会を待つ。ウィッチはエックスに向かってにんまり微笑んだ。
「なら!ありがたく逃げさせさてもらうわ!バイバーイ!」
言うや否や、ウィッチは魔法で人間世界から脱した。既に自らの気配を完全に消し去っている。誰にも追いかけることの出来ない状況だ。ホッと胸を撫でおろす。
「ああ……。助かった。アイツも大概呑気で助かったわ。しっかし次はどうやって……。あてっ!」
世界と世界の狭間で何かにぶつかった。暖かくて柔らかい、肌色の何か。こんな所に障害物なんてあるわけないのに、と顔を上げる。
「……え?」
その先で。ウィッチは自分と同じくらいの大きさをした緋色の瞳と目が合った。
「やあ。さっきぶりだね」
「いやああああ!?」
またしてもエックスである。違っているところと言えば一千倍に巨大化して、身長100kmになっていることくらいだろうか。先ほどウィッチが壁だと思ったものはエックスの手の平だったのだ。
先ほど息を吹きかけた時に、ウィッチの身体に自身の魔力を纏わせた。仮に彼女が完璧に気配を殺したとしても、自分の魔力を追いかけることでその位置を特定できるというわけだ。そうして逃げる彼女の目の前に回り込んだのだった。
ウィッチは遥かに巨大なエックスに包囲されて、焦りの色を浮かべた。ゆっくりと巨大な手の平が閉じられていく。
「言っておくけど。もう逃げようとしないほうがいい。大人しく掴まっておいた方が利口だよ。これだけ身体の大きさが違うと加減が難しいからさ」
嘘だ。公平との特訓ではこれ以上のサイズ差でやることもある。千分の一の大きさの相手に対する手加減だって慣れたものだ。
「う、うう……」
そうとは知らないウィッチは流石にたじろいだ。こんなところで事故みたいな形で殺されてはたまらない。……が。
「こんなところで捕まるのだってごめんよ!」
一か八か。もう一度逃げる。理屈は分からないが追跡されているという事は分かっていた。だからこそ行先は人間世界である。
(あの身体じゃあそのまま戻ってくることは出来ない。身体を元の大きさに戻す時に一瞬隙が生じるはず!)
ビルの立ち並ぶ街並みに転移したウィッチ。エックスが来る前に適当な人間を捕まえて、人質に使おうと考えた。ビルを覗き込んでみたり足元の道路を見つめてみたりする。
「……あれ?」
が、誰もいない。人っ子一人いない。人間の気配を探知してみる。どこまで遠くまで探ってみても誰の気配も感じない。
「ど、どういう……」
その時、彼女を深い影が覆った。嫌な予感がして空を見上げる。肌色の天井が空を覆っていて、それがゆっくりと近付いてきた。ビルも街も丸ごと押し潰されていく。ウィッチは慌てて逃げようとした。──だが。
「もう遅いよ」
ずうんという音。同時に聞こえた声。それを最後にウィッチの意識は途絶えた。
「ふう。終わりっと」
街が潰れるのがこそばゆい。エックスはそっと足を上げた。相対的に小さな小さなウィッチが目を回しているのを、潰さないようにと慎重に摘まみ上げる。緋色の瞳が蟻のような大きさの彼女をじいっと見つめる。
空間を捻じ曲げて、魔法で人間世界に入ろうとした瞬間に無人の『箱庭』に移動させる仕掛けだった。ワールドの得意技である。『箱庭』に追い詰めるまでがエックスの作戦。ここで決着をつけるのであればあらゆる意味で一番安全だからだ。
魔法で檻を作り、その中にウィッチを閉じ込める。この中に入っている限りどれだけ強力な魔女だろうと決して魔法も魔力も使えない。そしてこの檻はエックス以外に開けることは出来ない。これで完全勝利である。
檻の中で気絶しているウィッチを見つめる。こうして静かにしているとなかなか可愛いじゃないか、なんて思った。
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目を覚ましたウィッチは全然可愛くない。ぴーちくぱーちくとうるさいったらない。エックスは騒がしい檻を手にしてヴィクトリーに振り返った。
「悪いけど預かってて。ボクは『聖技の連鎖』に行くから」
「いいけど。……随分急なのね。少し落ち着いてからでも」
ヴィクトリーの言葉にエックスは首を横に振った。
「少しでも早く公平の記憶を取り戻したい。休んでいる暇なんか、ボクにはないんだ」
「……そう。それなら」
ヴィクトリーはウィッチの檻を受け取った。
「預かっておくから。安心していってらっしゃい」
「うん!」
そうして、エックスは空間の裂け目を通って、『魔法の連鎖』を飛び出していった。どうなる事かともう一度カップに口を付ける。騒がしい檻に軽くデコピンをして遊んでみた。
──五分後。ばつの悪そうな顔をしてエックスが帰ってきた。ヴィクトリーは怪訝な表情を浮かべる。
「どうしたの?何か忘れ物?」
「あ、いや、あの……」
エックスは躊躇いがちに続ける。
「その……『聖技の連鎖』ってどこにあるのかな?」
「……知らないわよそんなこと」
ヴィクトリーは呆れた顔で答えた。




