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欠片だけが届いた。

 公平は空を駆けていた。ガンズ・マリアの巨体の周囲を旋回しながら、手にした『断罪の剣』の斬撃を放った。


「ちょこまかと!」


 マリアは公平の動きに反撃できずにいた。両手に構えた二丁の『聖剣』も意味を成さない。


(相手が銃の使い手ならば銃が上手く使えない近距離まで接近する!)


 エックスと考えた戦い方だった。一方で、公平の攻撃も効いているようには見えなかった。舌打ちしながらもマリアとの距離を維持する。これ以上の攻撃となれば『完全開放』を出すしかない。


「羽虫の分際で!」


 幾度となく撃たれる公平の攻撃に苛立った様子だ。マリアは両手を大きく上げると、その状態で『聖剣』を撃った。透明な弾丸が何発も空に撃ち込まれる。


「何を……」


 と、そこでハッとした。咄嗟にマリアから離れる。


「逃げても無駄だ!」


 氷の矢が雨のように降ってくる。先ほどマリアが使った『心を凍らせる雪』と同じ技だ。雲の内部に『聖技』を仕込んだのだ。速度を上げながら氷の攻撃を避けていく。だが、降り注ぐ矢は更に数を増していた。避けているだけではいずれ貫かれる。


「『星の剣・完全開放』!」


 剣を手にしてくるりと転回した。空を睨み、腕を大きく振る。輝く斬撃が駆け抜けて、雨のように降る氷の矢を全て粉砕した。


「よしっ!」


 マリアの氷は『業火の嵐』すら凍結させる。迎撃できるのは完全開放クラスの魔法。逆に言うなら完全開放の魔法であれば対抗できるのだ。

 氷の矢の第二波は既にすぐそこまで迫っていた。公平は剣を握り直す。


「なんど来ようが……」


 その時にようやく気付いた。マリアの姿が消えている。あの巨体が隠れられるような場所なんてない。


「あ、いや。それより……」


 空に意識を戻す。そうして目にした光景に、我が目を疑った。氷の矢が一点に集まり、一つになって形を成す。それは、『足』だった。氷が砕け散って、内部から靴底が現れる。


「おりゃあ!」


 ずん、と音がして、マリアは地面を踏みつけた。そうしてにやりと嗤う。


--------------〇--------------


 彼女の反撃は公平が空に気を取られた一瞬のうちに終わっていた。自分自身を氷に変えて雲の中へ撃ち込んだのである。そして、第一波の氷の矢と同じようにして降ってきた。適当なタイミングで元に戻り、直接攻撃を仕掛けたのである。


「……へえ。虫けらにしちゃあ反応速度は遅くねえな」


 ぜいぜいと荒い息を吐く。公平はマリアの踏みつけを躱していた。だがそれは、辛うじて踏みつぶされずに済んだというだけの話。突然のことで魔法を使うことが出来なかったために、衝撃で大きく吹き飛ばされてしまった。そのダメージは決して小さくない。

 息も絶え絶えの状態でどうにか身体を立たせ、マリアを見上げる。彼女は一歩一歩、ゆっくりと威圧するように近付いてきた。やがて公平のすぐ目の前まで来ると、しゃがみこんで身体を近付けてくる。その姿に嗤った。


「所詮人間だな。アルル=キリルを倒したとは言ってもよ」


 圧倒的なまでの身体の大きさの差。ほんの一撃でも与えてしまえばそれで十分。


「今なら死に方を選ばせてやってもいいぞ?踏みつぶしてやろうか?握りつぶしてやろうか?それとも食ってやろうか?」

「……どれもお断りだよ、バカ!」


 言うと公平は光る魔法の矢をマリアに撃った。が、それは服に引っかかっただけで彼女を傷つけることは叶わない。舌打ちしながら空間の裂け目を開いて、その向こう側へと逃げる。

 マリアは公平の姿を嘲笑いながら立ち上がった。見たところ周囲に彼の姿は無い。もしかしたらビルの中に隠れたのかもしれないと考える。


「どこに逃げても無駄だっての」


 探知する必要はないと判断した。再び『聖剣』を空に向け、発砲する。それによって撃ち込まれた『聖技』が雲の中を伝播して、半径数キロに及ぶ氷の矢を降らせた。高速で落下するそれらはビルを貫いて大穴を開け、やがて砕いた。無事なのは魔女に匹敵する肉体を持つガンズ・マリア自身だけである。

 どこに逃げても逃れることはできない状況。追い打ちをかけるようにマリアは歩き出して、近くにあるビルを雑に蹴り倒していった。


「ここはハズレかな。じゃあ次だ」


 そうやって順番にビルを破壊していく。そうでなくとも氷の矢のために逃げ場がない状況だ。このまま遊んでいるだけで仕留めることが出来る。

 と、突然にマリアの身体にもぽつぽつ当たっていた氷の矢がなくなった。怪訝に思い顔を上げる。


「……あ?」


 彼女の目の前で広がるのは途方もない眩しさの光だった。


「……うおおおおお!?」


 咄嗟に両腕で防御するも、光の力はあまりにも強い。耐えきれずに片膝をついた。腕が焼けるように、痛い。顔を上げると雲が円形に晴れていた。そこで公平が不敵に笑っている。


「油断したな。ガンズ・マリア」

「……雲の上に逃げたのか。地上が見えない状態でどうやってアタシを撃った」

「さっき撃ち込んだ矢を目印にしたんだよ」

「……そういうことかよ」


 ゆっくり近づいて。無意味にしゃがみこんで。どう見ても油断している。公平はその瞬間をチャンスと見た。強大な力を持つ者は勝利を確信した時ほど大きく油断する。魔女との戦いで学んだことだった。再び『荒神の引き金・完全開放』をマリアに向ける。


「もう一発喰らえ!」

「……舐めるな!」


 より強い『聖技』の力を聖剣に込め、迎撃する。放たれる氷は光にぶつかり合って、相殺する。思わずマリアの口から「うっ」と声が漏れる。これでも、互角。


「オラオラオラァ!」


 公平の勢いは止まらない。マリアは更なる力を『聖剣』に送った。最早、全力をぶつけているに等しい状態である。


「はあっ!」


 その氷の弾丸は、ついに光を貫いて、『荒神の引き金』に着弾した。巨大な銃が凍り付いて、砕け散る。


「どう、っだ!?」


 次の瞬間、マリアを襲う背後からの一撃。巨体が宙に浮かぶ。辛うじて首を動かし、視線を向ける。公平が『未知なる一矢・完全開放』を撃っていた。既に彼は空を離れ、彼女のすぐ傍まで近付いていたのである。


「もう一つ!」


 追撃の矢を撃つ。マリアは咄嗟に振り返り、『聖剣』の弾丸で迎撃する。彼女の弾丸が公平の矢と幾度となく衝突し、対消滅する。信じがたいことだった。


「『氷の聖技』を極めたアタシの攻撃が……届かないだと!?」

「悪いな!エックスの為なら、俺は誰にも負けないんだよお!」


 『レベル5』を発動させ、『未知なる一矢』の力を高める。それによって、遂に公平の矢がマリアの氷を砕いた。その光景に一瞬彼女の動きが止まる。矢は勢い衰えることなく、標的の肩を貫いた。彼女の内部に流し込まれたエネルギーが爆ぜる。


「ぐ……!?」


 マリアは舌打ちした。咄嗟に『聖剣』を空に向けて引き金を引く。公平はもう一撃矢を放った。が、それが当たるより早く、彼女の身体が氷になって砕けた。破片は傷ついたビルよりもずっとずっと高い空へと逃れていく。


「……アイツ、何を!?」


 マリアの身体が変化した氷は、大気圏を超えて宇宙空間へと至った。そこで一つになって、元の姿に戻る。空気のないこの空間では公平は追跡できない。そう思ってここまで逃げ延びた。それを選んだという時点で敗北に等しい。悔しさに奥歯を噛み締める。


「……仕方ねえ。こんな決着不本意だが……!」


 聖剣を地上へ向ける。

 ファミレスで見かけた時の様子。大学ごと攫った時のこと。先ほどの言葉。マリアはこれまでに見てきた公平を思い返した。


「きっとヤツはあの女神と何か深い関係にあるんだ。だとしたら。ムカツクが。アタシにはアイツを殺せない」


 そんなことをすればエックスは怒り狂う。あらゆる物事を全部無視して殺しに来るのではなかろうか。或いは『魔法の連鎖』の事を無視して『聖技の連鎖』に乗り込んでくるか。そうなれば戦えるのはルファーだけ。自分を含めて、他の聖女では太刀打ちできず、八つ裂きにされるだろう。


「が、逆に言えば。アイツが女神とそういう関係だって言うなら。それがアイツの力の源なら。無力化する手段はある……!」


 『聖剣』にルファーから借り受けた彼女の力の一部を送る。その力はマリア自身が持つものよりも遥かに大きい。神の領域に手をかけるほどの力だ。

 問題があるとすれば一つだけ。来たる痛みを堪えるようにマリアは奥歯を噛み締めた。次の瞬間、空間を超えてやってきたエックスの矢が彼女を貫いた。


「ぐ、あ……!」


 マリアの全身を『未知なる一矢』のエネルギーが駆け巡り、あちこちで爆ぜていく。神の領域に僅かでも至るということは、即ちエックスからの攻撃を受けてしまう状態になるということ。たった一撃で彼女の意識は朦朧とした。


「こ、の……!」


 だがそれでもマリアは意識を失うことは無かった。エックスの一撃を受ける覚悟はできていた。だからこそ、引き金を引くまでは堪えられる。


「おおおおおお!」


 遠のく意識の中で放たれた氷の弾丸は直径10キロ・長さ50キロの超巨大なもの。公平のいる街に向かって落ちてくる。程なくしてマリアは意識を失った。同時に彼女の身体が光に包まれて、消える。


--------------〇--------------


「なに!?」


 公平は空を見上げた。地上に近付いてくる巨大な氷の塊。あんなものが落ちてきたら大変なことになる。被害はこの街だけでは済まない。


「……だったら」


 先ほど発動させた『レベル5』に更なる魔力を送る。その状態で弓を引く格好を取った。刃に送った魔力量と呼応するように公平のキャンバスは広くなっていく。同時に、その身体にかかる負荷も大きくなっていった。やがて、痛みは最高潮に達する。


「今だ……!『流星の一矢』!」


 だが、この痛みは二回目のものだ。一度受けた程度の痛みなら、耐えられる。公平の構えに浮かび上がるように『流星の一矢』が現れた。以前の時のような、痛みに負ける形で射るのとは違う。しっかりと狙いを定めて手を離した。

 放たれた矢は真っ直ぐに巨大な氷に向かって伸びていく。そこで限界が来た。公平は膝をついて、それでも顔を上げる。矢に向かって、『行けえ!』と叫ぶ。

 そして、矢と弾丸がぶつかり合う。最後の一撃同士の対決はあっさりと終わった。矢は容易く氷の弾丸を貫き、粉々に砕いていく。


「……やった」


 そう呟いくと、公平は震える足をどうにか立たせた。他の地域から感じていた『聖技』の気配が消えていく。マリアが倒れたのだろう。最後にとどめを刺したのは恐らくエックスだ。自分は最後の一撃を止めただけである。


「まだまだ修行が足りねえな」


 そう呟いて振り返る。

 その時だった。先ほど砕いた氷の一欠片が、公平の背中にこつんとぶつかった。次の瞬間、彼を猛烈な寒気が襲う。


「な、なんだ。冬だからって急にこんな……」


 全身ががたがたと震える。やがて一歩も動けなくなって、遂に倒れてしまった。


「なん、だよ、これ……」


 内側から凍り付くような感覚。公平の意識も遠くなっていった。

 最後のマリアの一撃。公平には欠片だけが届いた。ルファーの力が籠められた欠片だけが。

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