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聖女の夜

「はあ……。つかれたあ」


 クリスマスイヴの夜だというのに自分は一体何をしているんだろう。宮本はとぼとぼ歩きながら考えた。今日も仕事だった。普段よりも早く帰れたが、そもそもイヴにも働いているという事実が彼女の疲労を一層大きくする。せめて魔法を使ってさっさと帰宅したいところだが、ここ最近はそれも出来なくなっていた。


「会社から家まで帰るだけで人探しできるわけないのにな」


 ガンズ・マリアという異連鎖の敵を探すために事務方の職員も極力魔法を使わずに通勤することになっていた。普段の道のりでも目を凝らし、少しでも敵を見つけ出す可能性を高めるためだとか。だが、そもそも連日現場の魔法使いが日本全国回って敵を捜索しているのだ。こんな事で見つかるのならとっくの昔に捕まえている。


「ブラック企業よねえ」


 なんて呟いて百貨店に寄り道する。せめてクリスマスらしい美味しいご飯とケーキくらい買って帰ろう。家に帰っても自分一人だけだけど。


「うひゃあ。混んでるなあ。ま、いいや」


 地下の食品売り場へ進むエスカレーターに向かう。いいものが残っていればいいけどなあとぼんやり考える。明日も仕事だ。憂鬱になりながら地下へと流れされていく。反対側で一階へと上がっていく人とすれ違った。視線の隅に映るのは、銀色の髪。


「……え?」


 宮本は慌てて振り返る。銀髪の持ち主はそのまま二階へと上がって行った。咄嗟のことでキャンバスの有無も確認できていなかった。


「う、ウソでしょ!?」


 流れに逆らってエスカレーターを登ろうとするも、既にそこには人がいた。もう戻れない。慌てて携帯電話を取り出して吾我にかけようとする。と、そこで指が止まった。


「……いや。ないでしょ」


 きっと偶然だ。たまたま似ている人とすれ違っただけだ。こんなところで自分がターゲットに出くわすわけがない。報告したところで証拠不十分で取り合ってもらえないだろう。怒られるだけに決まっていると思いなおす。

 エスカレーターは地下に着いた。多種多様なお惣菜のいい匂いが漂っている。足がそれに釣られるように数歩進んで、そして止まった。


「まあ……一応報告しておこうかな」


 ほんの気まぐれだった。手に持った携帯電話を操作して、吾我に連絡をする。


--------------〇--------------


 ちらちらと雪が降る夜だった。


「さあて」


 百貨店のビルの屋上から街並みを見下ろす。大勢の人が行きかっている。ここから見ると小さな虫のように見えて、マリアは可笑しかった。このビルの屋上でもまだ、本来の自分の大きさには及ばないのに。


「さあ。遊んでやるよ虫けらども」


 胸に手を当て。『聖技』を発動させようとする。同時にふと思い出した。桑野はこの辺りにはいないだろうか。この街はあの店からは遠く離れている。きっと大丈夫だと思うが。

 そんなことを考えていたのはほんの少しの時間だった。その間、確かにマリアの集中は途切れた。背後から走る閃光が彼女の頬を掠めたのはまさにその瞬間である。


「なんだっ!?」

「……なるほど。キャンバスの気配はない。なら、お前がガンズ・マリアだな」

「……魔法使いっ」


 マリアは踵を返し、隣のビルの屋上へと飛び移る。吾我はその後を追いかけながらエックスに連絡する。


「エックス?俺だ。吾我だ。ガンズ・マリアを見つけた!」


 その言葉にマリアは舌打ちする。この男はエックスと通じている。と、なればもうすぐにここに現れる。まだ準備も終わっていないのに。


「仕方ねえ!『──聖剣起動──』!」


 マリアの手に『聖剣』が握られたのと同じタイミングで、吾我が矢を放った。マリアは『聖剣』を天に掲げ、引き金を引く。透明な弾丸が、空を覆う雲を目がけて真っ直ぐに伸びていった。


「ぐっ!?」

「なんだとっ」


 吾我は我が目を疑った。マリアはこちらの攻撃を避けることなくただ受けとめ、ビルから落ちた。我が身を犠牲にしてまで放った一撃はあらぬ方向へ。なにか、ある。そう考えた直後、地上から眩い光が伸びた。思わず目を覆う。やがて光が消えて、その代わりに魔女のような巨人が目の前に聳え立っていた。


「……出たな」

「この虫けらが……。テメエのせいで予定が滅茶苦茶だよ……!」


 言うとマリアは吾我の立つビルに向かって殴り掛かった。が、それが届くよりも早く、空間の裂け目から放たれた矢の一撃が彼女の拳を弾く。


「っ!?」

「遅れて悪いな、吾我!」


 公平が矢を構えながら吾我の傍に駆け寄る。


「……来たな」

「ああ。来てやったよ。言っとくけどな。予定が滅茶苦茶になっていうのはな!」

「あ?」


 次の瞬間、マリアの足元がカッと輝いた。視線を真下に落とす。そして、慌てて両腕で防御の姿勢を取った。


「ボクたちのセリフだよ!このバカ」


 マリアの足元に来ていたエックスは元の大きさに巨大化する勢いで下から殴った。四車線の広い道路に聖女の巨体が倒れ込む。その勢いで地面が、ビルが大きく揺れた。公平や吾我もそのせいでよろける。


「ぐっ……!テメエ……!」

「ふんっ!」


 腰に手を当て、胸を張って、エックスはマリアを見下ろす。

 神の力を持つエックスの攻撃は異連鎖の神ではない相手には届かない。マリアが吹っ飛んだのは攻撃からを受けた瞬間に発生する反発力の為である。裏を返せば、直接攻撃はできずとも攻撃する手段はあるということだ。


「よくもボクたちのクリスマスを邪魔してくれたな。ガンズ・マリア!もう逃がさないぞ!」

「……この」


 立ち上がろうと地面に手を付き、力をいれた時に気付く。先ほど大量にいた人が消えている。ハッと顔を上げるとエックスが得意げにしていた。


「ふふん。街の人たちはみぃんなキミが大きくなる前に逃がしたよ。これで思う存分暴れられる」

「……はっ。それはどうかなあ?」

「……なんだって?」

「よく。力の気配を探ってみなよ」


 何かある。エックスは念のため探知を開始した。そして、すぐに異変に気付く。


「……なんだこれ。あちこちに異連鎖の力が……?」


 マリアがクックッと笑いだす。


「さっきアタシは『聖技』の弾丸を撃った。それは人間に聖剣のレプリカを与える効果がある。聖剣を手にしたヤツはいつでもアタシの好きなタイミングで暴れさせられる。ソイツを雲に打ち込んで、雪としてこの島国全域に降らせた。その意味、分かるか?」


 三人がマリアを睨む。エックスがゆっくりと、口を開いた。彼女は既に同じようなことをされた相手と対峙している。相手の言葉の意味もすぐに分かった。


「この国の至る所の人たちが、お前の合図一つで聖剣を振りまわす暴徒になった、ってことか」

「そういうこと。さあ。……ゲームスタートだ」


 ぱちんとマリアは指を鳴らした。それを合図に三ヶ所の地点、半径10キロほどの地域で異連鎖の力の気配が大きくなる。公平と吾我もその気配を察知できた。敢えて位置を知らしめているとしか思えない。


「さあ。どうする?」

「……決まってるだろ」


 エックスはそう言うと振り返って吾我を握りしめ、空間の裂け目を開いた。


「公平!そいつは任せた!」


 そのまま裂け目の向こう側へと飛び込んでいく。公平は2、3回深呼吸して、マリアを睨んだ。


「任せとけ。リベンジだ。ガンズ・マリア」


--------------〇--------------


 エックスは最初のポイントに着くと、適当なビルの屋上に吾我を降ろした。


「じゃあ。ここは吾我クンに任せる。残りの二か所はボクがやる」

「待て。もうアリスを呼んである。アイツにもう一つのポイントを任せても……」

「……それならアリスちゃんはここに呼んでほしい。二人の方が確実でしょ?」

「なっ!?いや……」

「できれば早く終わらせて公平に合流したい。その時に少しでも心配事を残したくないんだ。キミたち二人なら心の底から安心して任せられる」


 淡々と言うエックスに吾我は口を噤んだ。街を見下ろす。透明な剣を振り回して暴れ回る人々から感じ取れる力は決して弱くない。この場を確実に治めるのであれば、確かに二人ほしい。


「……分かった。他のポイントは任せる」

「うん」


 エックスは微笑んで、空間の裂け目に飛び込んだ。その先は二つ目のポイントの上空。そこから街を見下ろす。至る所で聖剣を手にした人々が暴れ回っていた。全員が剣を持っているわけではなさかった。剣を持つ者が、持たない者に襲い掛かっているのだ。深く息を吐いて、一気に地上へと向かう。


「『風よ』!」


 風の魔法が人々を丸ごと吹き飛ばし、足が置けるくらいのスペースを作る。エックスはそこへ思い切り蹴り込んだ。地上の人々が埃のように巻き上げられる。正気のままの人たちが悲鳴を上げていてた。巻き込んでごめんなさい、と思いながら次の魔法を使う。


「『浮かべ』!」


 重力操作の魔法。これで彼らを空間に浮かせたままにする。すぐ近くの暴徒は無力化できた。


「よし。次」


 言うとエックスは急ぎ足で先へ進んだ。歩みを進める最中、彼女は別のことを考えていた。

 ──ガンズ・マリアは一度惑星級に巨大化して公平を倒した。それだけの力は神の領域に届きうるものである。


「でも、アイツは今その力を使えない。それを使えばボクに攻撃されるから」


 先ほどエックスの攻撃は直接マリアには届かなかった。それは即ち神の力を発動していないということと同じ意味である。で、あれば相手は魔女と同じだ。公平にも勝つチャンスはある。

 公平がマリアを追い詰めて、神の力を使わざるを得ない状況に持ち込んでもいいとエックスは考えていた。


(その瞬間にボクがアイツより早く攻撃して仕留めてやる!)


 人間世界に居る限り、敵がどれだけ離れていようともコンマ1秒以内に攻撃を撃ちこむ自信がエックスにはあった。


「……む?」


 足下に聖剣を手にした人々が集まっている。見たところ剣を持っていない者はいない。


「うおおおお!」

「え、え、え?」


 彼らは一目散にエックスに目がけて走って、跳びあがって、攻撃してくる。どうやら敵はやりかた変えてきたらしい。


「わあああっ!?ちょっと、やめてー!?」


 老若男女問わずに氷のちくちくとした攻撃がエックスの巨体を襲う。それらを振り払い、近付いてくる人を魔法で保護しながら叩き落して、次の手を考えた。

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