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二人のクリスマス

「鶏肉をゲットしたぞ!」


 クリスマス間近ということで丸鶏肉はなかなか手に入らなかったが、小枝の店長のツテでどうにか入手できた。今は冷蔵庫の中で保存されている。


「ケーキの材料はもう揃ってるし……。うん。バッチリ!」

「おお……ケーキも手作りか」

「勿論!」


 肩に乗っている公平に答える。


「ブッシュドノエルってヤツを作ろうと思うんだ」

「なんか難しそうじゃない?」

「調べたけど、要はロールケーキだから。簡単簡単」


 エックスはそういうけれど、公平には普通のケーキよりもずっと厄介なもののように思えた。そもそも普通のケーキの作り方からして知らない。一方で彼女は自信満々である。料理のスキルが高まっている証拠だ。


「それじゃあ俺も料理手伝うよ」

「おっ。嬉しいぞ。それじゃあ公平にはメインの鶏を焼いてもらおう」

「オッケー。他には何か手伝えるかな」

「ケーキはボクが作るから……。うん。大丈夫!」

「……ん?」

「ん?」


 エックスは公平を見つめる。怪訝な表情をしていた。何かおかしかったかしらと首を捻る。


「あ、そうか。ケーキとチキン以外はどこかで買ってくるのか」

「え?」

「え?」

「クリスマスはケーキと鶏を食べる日でしょ?」

「うん?」

「うん?」


 話が噛み合わない。エックスは公平を手にのせると顔の前まで持ってくる。こうなってくると肩に顔を向けて会話するのがいい加減じれったい。


「ボクなんか勘違いしてるかな?」

「いや……うん。ケーキと鶏だけでもいいんだけど」


 公平はクリスマスの本場で育ってきたわけではない。だから本式のやり方は知らない。ただ少なくとも彼自身は、ケーキとチキンだけのクリスマスは珍しいのではないかと思っていた。もうちょっとバラエティに富んだ料理が出てくるのではなかろうか。


「え?じゃあ公平の家ではクリスマスに何を食べてたの?」

「ケーキとチキンの他にだろ。例えばピザとか寿司とか。後はスーパーで買ってきたオードブル?」

「え。ええ……」


 冷蔵庫の中身を思い出す。中にあるのは丸鶏肉。それから卵。今夜の晩御飯のおかずにしようと思っていたシャケ。お昼ご飯のチャーハンの具材であるハムとピーマンとタマネギとニンジン。全く無いとは言わないが、ピザとか寿司を作れそうな材料は揃っていない。


「じゃあ全然準備できてないじゃないか!」


 突然の大声に公平は咄嗟に耳を塞いだ。『キーン』という音が残っている。エックスはハッとして思わず手で口を塞いだ。


「ご、ごめんごめん。それにしても困ったなあ……。材料は買ってくればいいけどさ。お寿司とかピザなんか作れるかなあ」

「いや……俺から言い出しておいてなんだけど、別になくたっていいよ?」


 エックスは頭を振る。


「どうにかする」

「どうにかって明日だぞ」


 今日は12月23日。クリスマスイヴは翌日であった。エックスは唇を噛む。流石にピザを焼いたりや寿司を握ったりする練習はしていなかった。


「あーどうしよう!?こんな事ならちゃんとお義母さんに聞いておくんだった!」

「……それじゃあ。他ので代用しよう」

「え?」

「俺が言い出したんだもんな」


 エックスの手の上で公平は空間の裂け目を開く。


「ちょっと材料用意してくるし、待ってて」


 そう言い残して、公平は人間世界へと。

 待っててと言われたので大人しく待つことにする。手持ち無沙汰な彼女は椅子に座って振り子のように足を振っていた。十数分して公平が戻ってくる。スーパー小枝のロゴマークが入ったレジ袋を持っていた。

 エックスは公平に言われるがままに人間大の大きさになっり、ハムとピーマンを持って彼の部屋にあるキッチンに入った。


「じゃあ。さくっと」


 まずお昼ご飯のために用意してあった白米を買ってきた焼きのりに適量のせる。そこに先ほど買ってきた刺身をのせて、くるくると巻けば……。


「はい。手巻き寿司の完成」

「あ、そっか。これでいいのか」


 何も握る必要はないのである。この方が簡単で、何より楽しい。クリスマスのパーティにはこちらの方が適している部分もある。


「ピザだって簡単に作ろうと思えば何とかなるもんよ」


 そういうと公平はピーマンとハムを適当な大きさに切った。それら買ってきた食パンにのせる。ピザソースを適当にかけて、チーズを適当にのせて適当に魔法で焼く。


「はい、ピザトースト」

「いやいやいや。これは流石に……」


 公平が適当に作ってくれたそれを一口齧る。


「あ、おいし……」

「そりゃあこんなもんクリスマスのメインにはならないよ。だけど、そもそも今回はローストチキンがあるんだからさ。他のヤツはちょっと手を抜いたっていいんじゃないかな」

「そっかあ……。そうかもね」


 言いながらもくもくとピザトーストを口に入れ、もくもくと噛んで、飲み込む。


「お昼ご飯これでいいな」

「じゃあ俺は手巻き寿司食お」


 先ほど作った手巻き寿司に口をつける。エックスは羨ましそうな顔をした。


「いいなーボクも食べたい」

「刺身はいっぱい買ってきたからエックスも作ればいいよ」

「あ、そうだ。ボクの分は公平が巻いてよ」

「手巻き寿司は自分で巻くから美味いんだぞ」

「でもボク公平の巻いたヤツが食べたいなー」

「……ったく。しょうがないなあ」


 そう言いつつもまんざらでもない気持ちだった。エックスのために手巻き寿司を作り、手渡した。

 昼食後、二人はクリスマスの夜の料理についてもう少し相談した。


「手巻き寿司やピザトーストもいいけどさ。もうちょっと色々あってもいいかもね」

「あ、それじゃあ……」


 話し合いの結果、追加でサラダやシチューを用意することにした。決定してからは早い。すぐさま買い出しに出かけて食材を揃える。準備すらも楽しい時間だった。

 ──一方で。人間世界に潜む敵への警戒は二人の心の中からは消えてはいなかった。


--------------〇--------------


 翌日。クリスマス当日の夜。公平の部屋のキッチンでクリスマスの晩御飯の準備をしていた。結局ガンズ・マリアを見つけることはできなかった。幸い今、敵は行動を起こしていない。何か悪いことが起きているわけでもない。ならばせめて束の間の平穏を精いっぱい楽しもうと決めたのだった。

 鼻唄を歌いながら鍋をかき混ぜる。鮭とほうれん草のシチューだ。小皿に少しだけよそって味見をしてみる。


「うん。よしよし。そっちはどう?」

「どうかなあ。こんなもんかな?」


 火の魔法でじっくり焼き上げたローストチキンは香ばしい匂いを漂わせている。まだ焼き上げたばかりの鶏肉は、ぱちぱちと油が弾ける音がしていた。


「うんうん。いい感じじゃない?それじゃああっちの大皿にのせて持っていって。他ももう完成したし」

「オッケー」


 公平はローストチキンを持ってリビングへと向かう。その間、エックスはシチューを白い皿によそった。それが二皿。それを持って少し駆け足で後を追う。


「おー。いいかんじじゃない!?」


 テーブルの中心で存在感を放つローストチキン。レタスとトマトに白いフレンチソースをかけたクリスマスカラーのサラダ。手巻き寿司のためのご飯と刺身とのり。薄い食パンで固めに焼いたピザトースト。そこにエックスが持ってきたシチューが追加される。


「まだケーキもあるからねー。冷蔵庫の中に」

「いい。思った以上にいい感じだ」


 言うとエックスは再びキッチンへ向かう。こっそり買っておいたシャンパンと、ワイングラスを用意する。お酒に酔ってしまうと公平は魔法を使えなくなる。だから普段は飲酒を控えていた。


「けど。今日くらいはいいよね」


 キッチンに来たついでに人間世界のマンションに間借りしている三人の神さまたちのためにシチューとサラダと手巻き寿司用の食材一式を送った。後でローストチキンとケーキも送ってあげるつもりである。

 食卓に戻ったエックスはグラスにシャンパンを注いで公平に手渡す。二人のグラスをカチンとぶつけて、同時に言う。


「メリークリスマス!」


 そして。談笑しながらグラスに口をつけようとした。その瞬間。エックスの携帯電話が鳴り響いた。公平の手が止まる。人間世界の外側にあるこの場所でも彼女の魔法で通信できるようになっていた。


「なんだろ。……吾我クンだ」


 二人の頭の中で嫌な予感がよぎる。


「……もしもし?あ、うん。あ、そうなんだ。うん。うん……分かった」


 通話を切って深く息を吐く。公平に向けられた視線はどこかしゅんとしていた。


「なんだって?」

「ガンズ・マリアが見つかったって」


 それを聞いた公平は乾いた笑いと共にグラスを置いた。


「WWって優秀なんだな……。クリスマスでも仕事してるのかよ」


 エックスは魔法で人間世界への道を開いた。向こう側から冷たい冬の風が吹き込んでくる。ガンズ・マリアは既に『聖技』を発動していた。力の気配からその位置を補足できている。


「行こう」

「ああ」


 二人は一緒に人間世界へと走った。

 大丈夫だ。料理は逃げないのだから。確実に終わらせて戻ってくればいい。そうすれば本当に平和なクリスマスを楽しむことが出来る。この時のエックスはそんな風に考えていた。

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