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ボウシとキリツネとムームー

 すうすうと。エックスは穏やかな表情で眠っている。アルル=キリルをやっつけて静かな日常を取り戻した。

 今日の予定はもう決めてある。公平が学校から帰ってくるまでお昼寝。公平が学校から帰ってきたらお昼ご飯を食べる。そこから二人で夕方までお昼寝。晩御飯を食べたらお布団にもぐって、公平と遊びながら眠る。

 パーフェクトに怠惰な一日だ。今日はこういう時間の使い方をすると決めていた。公平に事前に言ってある。問答無用で了承させた。忙しいことは終わったのだから一日くらい何もしない日があってもいいのだ。


「んふふ……。むにゃあ……」


 ベッドの上。お布団の中。エックスの巨体が寝返りをうつ。しゅるしゅると服と布団が擦れる音が響いた。

 彼女が動くたびにベッドが揺れ動き波が生じる。それに翻弄される小さな影が三つ。


「おおっと。これは立ってられないなあ」

「これがあのトルトル殿を倒した女神ですか。流石に大きいですね」

「むー。むー」

「ムームー殿もそう思いますか」


 三人の背丈はそれぞれ小学生の児童くらいである。緑の三角帽子に上下緑の服を着た男の子。キツネの耳を生やした巫女服の女の子。それから岩のような身体に単眼の怪物。

 怪物が男の子に話しかけた。


「むー。むーむーむー。むー」

「これを起こすのですか。起こせますかこれ。ちょっと大きすぎるじゃないですか」


 男の子はエックスの寝顔を見上げた。気持ちよさげに眠っている彼女の顔は見上げなければ全体を把握できないほどに巨大である。口を開けば飲み込まれそうで。ふうと息を吹きかけられたら簡単に飛ばされてしまいそうで。男の子は委縮してしまった。起こせる気がしない。

 女の子はそんな様子にやきもきした。


「四の五の言わずにやるしかないさ。話をしないといけないんだからね。ほら二人とも下がった下がった」


 男の子と怪物は言われるがままに後ろに下がる。女の子は懐から水晶を取り出すとぶつぶつと何かを唱え始めた。


「『星・月・空・風・雨・土。天儀六陣』!」


 女の子は水晶を前に出した。透き通った球体が七色に輝く光線を放つ。


「むー!」

「流石ですね。キリツネ殿の『天儀』!あの威力!私の『シンキ』でもあれほどは出来ませんよ」

「ふふふふ!もっと褒めていいのだよ!ボウシくん!ムームーちゃん!さあ起きろ起きろー!」


 キリツネと呼ばれた少女の光線は勢いを増して、遂に爆発を起こした。エックスの顔が煙に覆われて見えない。


「むー!むー!」

「ええ!すばらしいです!これならきっと起きたでしょう!怪我をしていないか心配なくらいだ!」

「むー!……む?」

「ん?どうしたのですかムームー殿。うん?あれ?」


 やがて煙が晴れる。


「……んう。むにゃむにゃ……。すう……」


 無傷。当然のようにエックスは無傷。キリツネはあんぐりとした。彼女の攻撃ではエックスに傷をつけるどころか起こすことすら不可能だったらしい。


「そ、そんな……。私の『天儀』で……」

「こ、困りましたね。これもう起きないんじゃないですか」


 三人ともそれぞれ独自の攻撃手段を持っている。だがその中で一番火力が高いのはキリツネの能力だった。彼女の攻撃でダメなら刺激を与えて起こすのは不可能である。

 ボウシは困ったように腕組みしながら次の手を考えた。ああでもないこうでもないと。その最中である。


「むー。む?」


 最初に気付いたのはムームーであった。しゅるしゅると布団と服の擦れる音がする。エックスの身体が動いている。眠って意識が無いままで。その危険に気付いたムームーは逃げながらまだ分かっていないボウシに呼びかける。


「む、むー!」

「どうしたんです。ムームー殿。急に……。ぎゃあっ!?」

「うわあ!?ボウシくーん!?」

「んにゃあ……」


 エックスは寝返りをうった。その結果ボウシは胸に押しつぶされる形で彼女の巨体の下敷きになる。キリツネが駆け寄って、胸の下に呼びかける。


「い、生きてる!?大丈夫!?」

「生きてますよー……。とっさに『シンキ』で身を守っていなかったら潰れていましたが……」


 言いながらボウシがずりずりとはい出てくる。


「よ、よかった……。まだ何もしてないのに一人犠牲になったかと……」

「むー……」

「ははは。ありがとうございます二人とも。仮にも私は『シンキの連鎖』の神です……。そう簡単にくたばったりはしませんよ……」

「……さいなあ……」


 三人は寝言を呟くエックスを見上げた。彼女の顔はそっぽを向いていた。大きな身体が呼吸と共に上下する。相変わらず彼女はすやすやと眠っていた。残念ながらどうやっても起こせそうにない。小さく固まってこそこそと話し合う。


「今日はもう、帰ろうか」

「私もそう思ってました」

「むー」


 キリツネの提案にボウシとムームーが頷く。どうしようもない。これだったら彼女が起きている時を見計らってくる方が安全そうだ。

 三人の話がまとまりつつある中で、エックスが顔を彼らに向けた。


「んにゃあ……。ん?」


 そして。幸か不幸か。半ば寝ぼけた状態ではあるがエックスは目を覚ました。片目だけ開いて、緋色の瞳でベッドの上の小さな影を見つめる。最初は公平が友達を連れてきたのかと思った。

 次第に頭がはっきりしてくる。公平の友達にしては小さい。変な帽子をかぶった緑色の男の子。キツネの耳を付けた巫女さん。それから単眼の怪物。


「……んんっ?」


 最後のは絶対おかしいぞと気付いたエックスは顔を起こした。夢でも見ているのかしらと思いながら両方の目でしっかりと彼らの姿を確認する。変な帽子をかぶった緑色の男の子。キツネの耳を付けた巫女さん。それから単眼の怪物。どうやら夢ではないらしい。


「それではここは一時撤退ということで」

「そうだね。起きている時にまた来よう」

「むー。むー。む?」


 全く身に覚えのない侵入者に対して怪訝な顔をしているエックスと。単眼の怪物ムームーの目と目が合った。蛇と蛙ではないが、ムームーは本当に動けなくなってしまった。


「……む。む……。む……」

「さて。そろそろ行きましょう。おやどうしたのですムームー殿。そんな恐ろしいものを見たという顔をして」

「なに?なにかあったの?」


 そう言いながらボウシとキリツネは振り返った。そして、固まる。巨大な緋色の瞳が自分たちを見つめている。決していい感情を抱いていないのが一目で分かった。

 三人は一斉に悲鳴を上げた。次の瞬間エックスの左手で彼らを叩く。手をどかすと布団の上で倒れて目を回している侵入者たちの姿があった。


「……なにこれ」


 一日中眠るという予定が狂った。ただ今はこの三人に対する興味の方が強い。エックスは彼らを拾い上げて布団から出た。


--------------〇--------------


「それで?キミたちはなんなのかな」

「その前にこの檻から出していただけないでしょうか。これはいくら何でも酷い。こちらに非があるのは認めますが問答無用でこの沙汰とは」


 ボウシはエックスが魔法で作った檻の鉄格子を握りしめながら言った。彼女は彼の懇願には答えずに、彼女の感覚で手のひらサイズの檻を掴んで、上下左右に軽く振る。中からわーわーきゃあきゃあむーむーと悲鳴がした。暫くそうやって遊んだ後、もう一度机に置く。


「それで?キミたちはなんなのかな」


 こっちは目を回して死ぬかと思ったのに。それを起こした彼女は椅子から立つこともなく疲れた様子もない。これはどうにも勝てそうにない。


「ま、まず答えろということですね……。わ、分かりました。私はボウシ。『シンキの連鎖』の神をやっております」

「神?神様!?うっそおっ!?そんな弱っちいのに!?」

「弱っちい……」


 エックスの心ない言葉にボウシはしゅんと俯く。


「ご、ごめんごめん。いや。ホラ。ボクに比べてね。あとはトルトルとか。えっと……アルル=キリルとかと比べて……」


 ちょっとかわいそうに思えてしまって慌てて取り繕う。そうすればするほどにやっぱりこの子たちちょっと本当に弱いなと思えてしまった。彼女の知るアルル=キリルより弱いということは公平より弱いということである。


「いえ……いいのです。それにしても驚いた。別の連鎖の力まで測れるなんて」

「そりゃあ……。もう二回やってるからね。いい加減ボクだって対応するさ」


 魔法と異連鎖の力なんて実数と虚数くらいの違いしかない。意味のある大小関係を定義することは出来ないが、力の大きさだけ比べることは可能だ。エックスはそうした。その結果この三人は全員公平より弱いということが分かった。もっと言うとナイトレベルの魔女よりも弱い。


「まあそれはそれとして。そっちは?」

「あ、アタシはキリツネ!『天儀の連鎖』の……」

「神さまね。じゃあ次」

「ちょっと!」


 正直エックスはこのキツネ耳少女にはあまり興味が無い。


「次……」

「むー」


 と、いうより。三人目のクリーチャーがさっきからずっと気になって気になって仕方なかったのだ。


「キミは……。なに?」

「むー。むーむーむー」


 言葉が通じないのは分かっているらしい。身振り手振りで何かを一所懸命に伝えようとしてくる。言葉はさっぱり分からないが頑張っているのは分かった。


「……見た目はちょっとキモチワルイけど可愛いかも……」

「むっ!?」

「なっ!?」

「き、き、気持ち悪い!?それはまさかムームー殿に言ったのですか!?」

「えっ。あ、ゴメン」

「ゴメンで済むと思うのか!?言っていいことと悪いことも分からないの!?」

「いくら何でも酷い!確かに我々とは違う姿で、言葉の翻訳も不得手ですが、ムームー殿はとても気のいい心優しい女神なんですよ!」

「女神!?女の子だったの!?」


 性別の概念がある事すら分からなかった。まずこのクリーチャーがどこから来たのかも分からないのに。

 ムームーは檻の中で体育座りをして落ち込んでいる。エックスは困ってしまった。


「え、ええと。ムームー?ちゃん?ね。うん。ゴメンね。ボクよく分かってなかった」

「む。むーむー……」

「全くもう!ムームーちゃんが優しいからよかったものの!」

「本当です!今後は言葉遣いには気を付けていただきたい!」

「ついでに檻からも出してくれると嬉しいな!」

「ご、ごめんってばあ……。今出してあげるから」


 そう言ってエックスは魔法を解除した。三人の弱い神様が檻から解き放たれる。


「今日はこれくらいにしておきましょう。今度は貴女が起きている時に来ます」

「はあ……」

「それではっ」


 そう言ってボウシ・キリツネ・ムームーは煙のように姿を消した。しんとした部屋の中でエックスは目をぱちくりさせて首を傾げた。はて。結局彼らは何をしに来たんだろう。


--------------〇--------------


「全く無礼な方でしたね!神になったばかりの、モノを知らない小娘というトルトル殿の評価も頷ける!」

「本当だよ!けどまあ……強いのは本当だもんなあ。そこがまたムカツクッ!」


 連鎖の空をボウシとキリツネがむかむかしながら飛んでいる。その少し後を着いてくるムームーがおずおずと言った。


「……む。むーむー」

「どうしたんですムームー殿?」

「むーむー。むーむーむー」

「え……?あっ!?しまった!目を覚ましたのだから話をすればよかった!」

「ああっ!も、もうっ!ボウシくんのバカ!次に『聖技』を誤魔化せるタイミングなんていつになるか分からないのに!」

「むーむーむー!」

「ご、ごめんなさ~い!」


 三人はあーだこーだと騒ぎながらそれぞれの連鎖へと帰っていった。帰る連鎖は違っていても彼らの目的はたった一つ。『聖技の連鎖』の女神、『聖女ア・ルファー』を倒すこと。

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