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26. 夕暮れの炎

星花祭の様子は百合宮伯爵先生の『氷の女王に、お熱いくちづけを』の45話以降にも書かれていますので併せてお読みくださいませ。

 スライムができる原理を、わかながパワーポイントを使って説明する。研究所見学会でのプレゼンテーションでは、ことりは一番後ろの席に座っていたが、今は最前列だ。美しく整った顔が目の前にあり、アルトボイスを近くで耳にする。ことりにとってわかなの一挙手一投足が、全て輝いているように見えた。


「それじゃあ、基本的な作り方を説明しよう」


 材料はホウ砂とPVAのりと絵の具、それと水。まずはプラスチックコップの中でのりと、お好みの色の絵の具を適量の水で溶かす。同時にお湯も作っておく。次にホウ砂を別のコップに入れ、この中にお湯を入れてホウ砂を溶かす。それから二つの溶液を混合して、割り箸を使ってよく撹拌する。手につかない程度にまで固まれば完成だ。


 説明を聞いたら、すぐさま実践である。科学部員たちは童心に帰ったかのようにはしゃぎ、御神本の生徒たちも先程まで殺伐としていたのがウソみたいにはしゃいでいる。ことりたちの席も賑やかになっていた。


「うわー、ぷにぷにして気持ちいいー」


 優樹菜は赤色のスライムを作り、その感触を楽しんでいた。雪乃は白いスライムを作り、伸ばしたり縮めたりしている。


「まるでお餅みたいだわ。これを焼いてお醤油を垂らして食べたら美味しそうね」

「食べちゃだめですよ白峰先輩!」

「食べないわよ。でも、お餅に見えて仕方ないの。ああ、さっき食べたばかりなのにお腹空いてきちゃった」


 雪乃は健啖家としても有名だが、スライムですら食欲を引き起こす材料となるらしい。


 わかなは微笑ましげに各席を見回っている。


「基本的な作り方は大丈夫かな? では、次に応用に入ってみよう。材料と器具はこちらで用意してあるから、好きなだけ使っていいよ」


 予め配布されていたレジュメには、応用編が書かれている。もっと大きな容器を使って大型スライムを作るとか、泡ハンドソープを入れて感触を変えてみるとか。とにかくいろんなスライムのレシピが記載されていて、みんなそれに従って各々の興味に沿ったスライム作りが行われた。


「ホウ砂なしでもできるんだ。やってみよう」


 ことりが試したのは、ホウ砂のかわりに洗濯用洗剤を使う方法である。さらに泡ハンドソープを加えてみた。できあがったのは見た目がふんわりとして、もちもちとした感触のスライムであった。


「あら、美味しそうなスライムができたじゃない……じゅるり」

「白峰先輩、よだれが垂れてます! だめですよ!」


 ことりはスライムを両手で包み隠し、雪乃の魔の手から防ごうとした。


「かわいいスライムができたね」

「あ、先生!」


 わかなはしゃがんで、ことりと目線の高さを合わせてきた。たちまち、体温がどんどん上がっていく。


「あ、ありがとうございます。こうやって自分で作ってみるのって、楽しいですね!」


 ちょっと声が上ずってしまった。


「そう。科学の面白さは自分で手を動かしてみて初めてわかるもんなんだよ」


 わかなはそう言って、ことりが作ったスライムを触ってきた。


「ふむ、まるで君のようだ」

「え、ええ?」

「うん。見た目はふんわりで柔らかいけどしっかりとした強度があり、簡単に崩れないところがね」


 そう間近でさらりと言われたものだから、ことりの心臓はバクバクと高鳴りだした。


「あっ、ありがとうございます……」


 後ろの席から、男子の「先生!」と呼ぶ声がした。


「ちょいとごめんね」


 わかなは立ち上がり、男子のところに向かう。すかさず優樹菜が小突いてきた。


「ことりちゃん、ものすごいテンパってたねー」


 そう耳元で囁かれたことが、体温と心拍数増加にさらなる拍車をかけた。


「そんなことわざわざ言わないでよっ……」


 恋人持ちの雪乃も何か察したような面持ちになっている。恥ずかしくなったことりは二人から視線をそらしてわかなの方を見る。そこには彼女の弟の慎之介がいた。彼はことりと視線を合わせてきて、憎たらしい笑顔を浮かべた。「お熱いね」と言っているかのように。


「ああああっ……」


 ことりはたまらずスライムをぐにぐにとこねまわした。


 外ではライブの歌声と大歓声が響いていたが、ことりの耳にはほとんど届いていなかった。


 *


 史上最多の動員数を計上し、多少の混乱はあったものの成功を収めた星花祭。後夜祭もまた盛り上がりを見せていた。グラウンドではキャンプファイヤーの炎が夕暮れ時の空を焦がし、その周りでは生徒たちがジェンカを踊っている。その様子を遠巻きに見ている生徒もいるが、カップルとおぼしき子たちが手を繋いでいたり、肩を寄せあったりしている。


 わかなは今この場にいないが、仮にいたとしても公然にできない関係故に濃いスキンシップをすることはできない。その点だけが残念だったが、今年の星花祭でも次々とカップルが誕生したと聞く。それはそれで喜ばしいことである。だがその数が例年より多い気がするのは、やはりあれが原因だろうか。


「火蔵先輩と雪川先輩のアレ、凄かったよねえ」

「うん。あれは後世までずっと語り継がれる伝説になるよ」


 ライブは天寿のバックアップを受けて、全世界に向けて動画が流されていた。司会は氷の女王と恐れられる堅物風紀委員の雪川静流が担当していたが、ライブ終了後も動画中継が続くのを失念していた。その中で恋人の火蔵宮子とアレな会話を繰り広げ、事故に気づくと何と開き直って結婚宣言をぶちかましたのである。


「堅物と遊び人、水と油だと思っていたのに結婚を誓いあうまでになるなんて。恋愛ってわからないよね」

「ことりちゃんだって同じでしょ。ことりちゃんもどっちかと言えば堅物だし。それが遊び人だった永射先生と恋愛関係になるんだから」


 言われてみれば確かにそうである。ことりはうなずいた。


「私もいい加減に良い人を見つけなきゃ」

「優樹菜ちゃんだったらその気になれば簡単にできる気がするけど」

「それが難しいんだよねえ」

「何で?」

「私、女の子との恋愛に興味がないんだ」


 ああなるほど、とことりは納得した。星花女子学園では女の子どうしの恋愛が当たり前のように行われているが、生徒全員がそうではないのだ。


「優樹菜ちゃんは男の子の方が好きなんだ。確かに、ここじゃ相手はまず見つからないよねー……」

「でも、頑張って相手を探すよ。ことりちゃんに追いついてみせるからね!」

「うん、私も応援する!」


 二人は燃え盛る炎を眺める。それは優樹菜の決意の表れであり、ことりの恋心をも表しているかのようであった。

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