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24. 混雑の裏

『第65回星花祭二日目、ただいまより開催いたします!』


 生徒会長の開会宣言が号砲となり、正門前で待ち構えていた一般客たちがどっと敷地内に流入してくる。不測の事態に備えて天寿から百戦錬磨の警備員が大勢派遣されたが、彼らでも捌ききれるかどうか微妙なところである。


 生徒たちは大量の客を目にして喜ぶ者、恐怖におののく者、開き直って覚悟を決める者などなど、様々な反応を見せたが、「星花女子の歴史に残る文化祭になることに間違いない」という共通認識を持っていた。


 その中でもことりはただ、自分の仕事をするだけだと悠然と構えていたのだが。


「誰も来ないね……」

「うん……」


 第一家庭科室で催されている、保健委員による健康診断。例年であれば中高年の一般客が大勢やってくるし、今日は尚更だと思っていたのにも拘らず、閑古鳥が鳴いていた。


 それでも校舎の外は相変わらず人の声で賑わっていて、時折校内放送で混雑に対するお詫びや注意喚起が流れている。美滝百合葉とアイドル研究会OGのグループ「クリスタル*リーフ」との合同ライブ目当てで来ている客が大半と聞くが、それにしたってついででも顔を出してくれないのは薄情すぎると、ことりは相方の優樹菜に愚痴った。


「多分、高等部の出し物に吸われているのもあると思うよ。特に高等部一年生のね」

「あー、喫茶店の三国志ねー。昨日は行列が出来て凄かったもんねー」


 高等部一年一組と二組が執事喫茶、三組が猫耳メイド喫茶という、クラス間のバランスを一切考慮していないこの喫茶店群は、新聞部が「喫茶店の三国志」と喧伝したことでこの三クラスに生徒が殺到し、たちまち売上上位を占めたのである。


 ことり達はさすがに三つとも回れず、二組の執事喫茶だけに顔を出した。とにかく混雑ぶりが酷くて優樹菜が転倒しかけたのだが、執事に扮した写真部の某先輩に抱きとめられてメロメロになっていた。その一方でことりは「ここにわかな先生が燕尾服姿でいたらもっと映えるだろうなあ」と、執事に扮したわかなを想像して悦に浸っていたものである。とにかく、一年生の三つの教室からは黄色い声が絶えなかった。


「私たちも対抗して、来年からナース姿で健康診断をしようかなあ」

「優樹菜ちゃん、目が据わってるよ……」

「だって本気だもん。ことりちゃん、ナース服似合いそうだしいけるかもよ?」

「いくら看護師志望でもコスプレのはちょっと……」


 多分優樹菜が思い浮かべているのはナースキャップになぜか丈の短いスカートの制服姿だろうが、今どきの看護師はナースキャップなんか滅多にかぶらないし、パンツスタイルが主流だ。


「あれ、誰もいない」

「わかな先生!」


 わかなが約束通り顔を見せに来てくれて、陰鬱だったことりの気分がたちまち明るくなった。その横で優樹菜が笑いを堪えていたことは知らない。


「いろんな項目が測れるんだって?」

「はい。先生の健康状態をばっちりお測りします!」


 天寿と繋がりのある健康機器メーカーから種々の測定機器をレンタルしているが、いずれも最新式でレンタル料金だけでもかなりの金額がかかる代物である。それらを使ってわかなを測定したところ、体脂肪率とBMIはモデル並の数値で、骨密度と脳年齢は20歳と、実年齢より若い結果を叩き出した。脈拍、血圧はともに正常で血管年齢に至っては18歳。視力は裸眼で左右ともに1.5。どれもことり達を驚かせる数値であった。


「先生って正直、失礼ですがあまり摂生しているイメージが無かったんですけど、凄い結果ですね……どんな努力をしているんですか?」

「努力ねえ。特に何もしてないんだけど」


 ことりは愕然とした。食事面では肉よりも魚。野菜は多めに摂る。ジャンクフードはNG。運動面は自転車で片道40分もかけて通学。休日は朝早く起きて散歩する。睡眠時間は最低でも7時間以上。これだけ健康に気をつけた生活を送って全測定項目を正常値範囲内に収めているのに。


「ずるいなあ……」


 ことりは心底妬ましかった。そんな彼女の気持ちをよそに、わかなは窓の外から中庭を見つめている。


「しかし酷い人の量だな。私が現役だった頃なんかスカスカだったのに。アイドルのライブをやるなんて贅沢になったもんだ」

「せやろ」


 どこからか声が聞こえてきた。


「何か言った? 優樹菜ちゃん」

「何も」

「君たちじゃないのか?」

「ワシや」


 小柄で赤いワンピースを着たブロンドの少女が、何の前触れもなしに唐突に教室の真ん中にパッと現れて、ことりと優樹菜は椅子から転げ落ちそうになった。


「ムンロ所長!?」


 わかなも目を剥いている。


「暇やから来たったでー」

「それは良いんですけど、いつの間にどこから来たんですか……」

「これや」


 スカーレット=ムンロは身に着けているデジタル式腕時計のスイッチを押すと、たちまち姿が消えた。


「まさかこれ、光学迷彩ですか?」

「さすが永射、その通りや。ワシ、人類史上最高レベルの天才やから来日前はいろんな国の諜報機関に狙われとってな。姿を隠すために作ったんよ」


 スカーレットの鈴のような関西弁の声のみが家庭科室に響いている。


「何かサラリととんでもないことを言ってるー……」


 ポカンと口を開けていたことりだが、不意に胸に気持ちの悪い感触が走った。


「やあっ、何っ!?」

「お嬢ちゃん、この前の研究所の見学会に来てくれとったなあ。見た目に反してなかなかの逸品や」

「ひぃっ!?」


 敏感なところを責められて電気を流されたような感覚に陥り、ことりは悲鳴を上げる。間違いなく、透明人間と化したスカーレットがいたずらをしているのだ。


「何してるんですか、所長!」


 わかながことりのところまで詰め寄るが、そのときにはすでにスカーレットの笑い声は、今しがたわかなが立っていた窓辺の方からしていた。


「ワシを捕まえたら下期のボーナスを1ヶ月分足したるで~」


 憎たらしい声で挑発するスカーレット。そこへ一人の生徒が入室してきた。


「むっ、賊の気配!」


 生徒は突然、何やらボール状のものを無人の空間に向かって投げつける。するとそれは破裂して、赤い液体を撒き散らした。同時に「うぎゃあっ!」という悲鳴が上がる。


 液体は地面に落ちずに、スカーレットの顔を象った。まるで血まみれの生首が宙に浮いているようで、ホラーチックな様相を見たことりは「うええ」と声を漏らす。


「いっ、いきなり何さらすんじゃい!」


 生首状態になったスカーレットが激怒する。


「おや、貴女でしたかムンロさん」

「ヤナギハシ!」


 第67期生の一人、柳橋美綺。NASAからスカウトを受けた天才少女は臆せずスカーレットの生首と対峙する。


「やはり光学迷彩でしたか。申し訳ありません。今日はこの人出ですし、痴漢やスリの類が出たときに備えてカラーボールを持ち歩いていまして」

「お、おう。気にせんでええよ。それにしてもよう居場所がわかったのう……」

「教室に舞っているホコリの動きがおかしかったからです。光学迷彩は見た目を消すことはできても存在そのものは消せませんからね」

「なんちゅー観察眼や。さすがやわ」


 人類史上最高レベルの天才を唸らせた美綺に、ことり達はただ称賛するしかなかったが、声に出すこともできなかった。


「ご高名はかねてより伺っております。よろしければ宇宙開発の今後についてお話ししませんか? UFOについても聞きたいことが山程あります」

「おお、そうかー。ワシもヤナギハシと対消滅エンジンと亜空間航行の実現化についてお話ししたかったんや」


 スカーレットは光学迷彩のスイッチを切って、首より下の姿を見せる。顔から服装まで、名前の通り真紅に染まりきっていた。


「ちゅーことで今からヤナギハシと茶ァシバきつつアカデミックな話をしてくるわ。ほなサイナラ」

「ああ、ちょっと待ってください。僕、健康診断を受けにきたのを忘れてました」

「おおそうか。ほなワシも一発やってみるかのう」


 ということでいろいろと測定したのだが、二人ともほぼ平均的であった。ただし脳年齢だけは「測定不能」という結果が出てきて、ことり達を大いに困惑させた。


「ほななー」


 改めて、スカーレットは美綺を連れて出ていった。


「やれやれ、天才の頭には敵わないんだな」


 わかなは苦笑するが、すかさずことりがフォローする。


「それでも他の項目は先生の方が優れていましたよ。健康面では先生の勝ちですね」


 健康診断に勝ちも負けもないのだが、そう答えた方が良いだろうとことりは思った。


「ありがと。じゃ、私もお暇するよ」

「はい、お疲れ様でしたー」


 わかなの姿が見えなくなると、優樹菜がすかさず声をかけてきた。


「今のことりちゃんの脈拍、測ってあげようか? 140ぐらいはありそうだけど」

「そんなことしなくていいからっ」


 天才少女たちに驚かされたのを考慮したとしても、心臓の鼓動は普段よりかなり高めなのは間違いない事実である。このドキドキ感を抱えたままで、今度はことりからわかなのところに赴く番だ。

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