最終話:家族
ピンポ~ン♪
???「はい?」
堕理雄「ごめんください。ケガをした田井中さんの代理で、逃げ出した猫ちゃんをお届けに来たのですけど」
依頼人「あらあら、探偵さんったらケガをしたの? 後でお礼も兼ねてお見舞いに行かなきゃ――」
ガラッ
依頼人「……って、あらっ?(まさかのイケメンさんが来たわっ。正直孫に欲しいくらい……後で住所調べ上げて、役所勤めだった死んだ夫のツテを使って戸籍とか変えちゃおうかしら?)」
堕理雄「ゾクッ」
「君が私の所に来る時って……いつも瀕死の状態だよね」
肘川総合病院の、入院患者用の個室の中。
そこで一人の医師が、ベッドに横になった入院患者にフランクな口調で話しかけつつ触診をしていた。
「最初に、IGA関連で会ったのは……君が入局する時だっけ? 確かに学生時代から君は強かったけど、まさか如月くんに掠り傷を負わせられるほどだったとは。彼の強さも知っているから驚いたよ。今回はその如月くんも、君と同じく一週間は入院だけど」
「肘川のIGA局員になれば、傷が増えるのは当然だろう……西条」
学生時代からの数少ない友人の一人……今やフリーランスの医師にして、IGAの民間協力者としても活動している西条へ、精神波動という名の電磁波を『サエギレール改』無しで、生身で受け続けた影響で、肉体が疲労困憊状態となった田井中は、溜め息まじりにそう言った。
「まぁね」
友人の意見を聞き、西条は肩を竦めた。
「ここは肘川市。いろんな意味で退屈しない場所。様々な勢力が日々激突し、いろんな事件……超常現象とも言える事件まで起こる場所。君はそこで、そんな事件を鎮圧する秘密警察だしね」
「ったく。今回も今回で、大変な事件だった。それにしても……まさか梅ちゃんの『ゲンキニナール』でも全回復できないとはな」
「アレは確かに、肉体の回復機能を補助するモノだけど」
梅に、いざという時に備え、サンプルを見せてもらっていた時の事を思い出し、西条は苦笑しながら言った。
「回復できる疲労には限度があるよ。でもだからって多く使用すると……飢餓状態の体に、いきなり栄養価がある食事を与えるのと同じような、危険な事が起こる。あとは休養と点滴でどうにかするしかないね」
飢餓状態からの回復は難しい。
体の臓器や免疫が弱っている状態であるにも拘わらず、栄養を与える事で、逆に体内のウイルスが活性化し、死に至る事があるのだ。
「……なぁ、西条」
すると田井中は、少し考え込んだ後……一応試しに言ってみた方がいいと判断しダメ元で言ってみた。
「今日は家族と食事に出かける予定なんだが」
翼竜が現れる前にメールで確認していた、家族との約束である。
「当分は歩き回ったり、飲食をしちゃダメだよ」
西条は即座に、医師として、友人として……釘を刺した。
「まぁ、向こうg「ししょぉ!!」
その後、さらに西条は何かを言おうとしたが、その声は突然室内に入ってきた弟子の声によって遮られた。どうやら梅の言う通り、本当に田井中は……椎名の大脳縦裂へ弾丸を通すという離れ業をやってのけたらしい。
「師匠ならやってくれるって、俺しんz「はぁ~い。君も当分安静だからね~」
しかしその椎名――さすがに少々手術しなければいけない事態が脳内で起こっていたのか、毛髪を剃られ、さらには撃たれた箇所にバッテンキズバンを貼られ……ほとんどの読者がどこかで見たかもしれないキャラっぽくなった彼は、話を遮ったお返しとばかりに西条に話を中断させられ、引っ張られていった。
「…………ほーすけ?」
田井中。
それは言わない方がいい。
『田井中、入って大丈夫かね?』
すると、その直後だった。
今度は主に機械音声で話す、一応田井中の上司に当たる存在――カゲさんが車椅子に乗ったまま、西条達が出ていってそのまま開いていた出入口から顔を出した。
「…………カゲさん」
なんとか顔を横に向けると、田井中は見舞いに来てくれた上司へと……苦笑いをしながら言った。
「この病院、動物が来て大丈夫なのか?」
そもそも人間ではない存在。
古くより人と共にあった動物。
この世界線の戦乱の時代では。
忍者としても仕込まれた動物。
IGA所属の忍犬の一匹……カゲさんへと。
『この階に関しては大丈夫だ。負傷したIGA局員専用だからな。なにせ通常の医学では解析できん……下手をすれば人類の歴史を変えかねない科学力が絡んだ被害を受ける者もいるからね。今の君と如月くんみたいに』
機械音声……代々の参課課長によって開発・発展を遂げてきた動物語翻訳機――現代では梅が開発し、そして装着した翻訳機『シャベレール』から発せられるそれがカゲさんの心を代弁する。
『それよりも田井中、約束を覚えているか?』
「……アガルタ絡みの事件が終わったら、話があるってヤツか」
『そうだ』
そこでカゲさんは、一度溜め息をつき……少々寂しげな顔をしながら、田井中に告げた。
『以前に出張った事件で、大ケガを負って以来……徐々に体力が衰えてきている事に加え、敵性存在ならば誰であれ、個人差はあるが一時的に動きを止められる私の吠え声が……なかなか出せなくなってきている』
カゲさんはIGAの課長職に就いた忍犬である。
ただしそれは、壱課、弐課、参課のどれにも当て嵌まらない課。
IGAの、わずかな局員しか……そもそも人間でなく、忍犬専用の課であるため知らない……というよりも知らせる必要がないとして一切伝えられない幻の課……その名も零課の現課長である。
忍者が神代より、多くの研鑽を積んで今があるように、忍犬もそれに負けないよう……より深い人語の理解や、退魔の力があるとされる吠え声を、いかなる敵性存在も一時的に無力化してしまう、RPGに登場しそうな特技と同じ領域にまで昇華するなどの進化・発展をしてきた。
しかし今の彼は、そのトップとしての力をなくし始めているらしい。
そしてそこまで言われると、さすがの田井中も、カゲさんがこれからどんな話をするのかを察した。
「……まさか、引退でもするのか?」
『そうするしかないだろう』
理解が早い田井中を見ながら、カゲさんは肩を竦めた。
だがすぐに、また表情を引き締めると『だが、さすがに引き継ぎなどがあるからすぐには引退しない』と釘を刺し、こう告げた。
『そしてここから本題なんだが……その引き継ぎの前に、私の後継者候補である、私の息子の一匹を君のもとで研修させたいのだが』
※
「…………事務所が賑やかになるな」
カゲさんが部屋を出ていった後、先ほど交わしたカゲさんとの会話を思い返し、田井中は思わず呟いた。
彼は最初、弟子を取る気などなかった。
銃器の手入れはともかく、物事を教える方向性に関しては……そこまで器用ではない。それに、元々殺し屋でもある。
そんな自分に、誰かに物事を教える資格はないと……そう思っていた。
しかし今は、監視目的として椎名を、そして今度は研修として、カゲさんの息子である犬を弟子として預かる事になった。
これはいったいどんな運命の巡り会わせだと、思わずにはいられない。
「まぁ、期待された以上は……やるしかないか」
しかし何の因果かそうなってしまった以上は、仕方ない。
彼はもう、普通の探偵や殺し屋ではなく、主に国のために動く秘密警察兼探偵である。少なくとも、よほどの理由もなく上司の指示に逆らえる立場ではないのだ。
だから田井中は一度息を吸って、気合を入れ直し……その時だった。
「父さん、入院したって聞いたけど大丈夫!?」
「堅斗さん! 大丈夫!? 死なないよね!?」
またしても、来客があった。
今回の事件で無理をしたせいで、年に数回の食事の約束を破ってしまった相手である、彼の後輩でもある妻と、二十歳になる娘である。
まさかの妻子の来訪に、田井中は心の中だけで驚いた。
この階はIGA局員専用であると、先ほどカゲさんは言っていなかったか。局員の仕事内容を知らない家族が入ってきて大丈夫だろうかと。
しかしすぐに、その前に西条が、椎名が乱入する前に何かを言いかけていたのを思い出す。もしかすると西条が、IGAに話をつけてくれたのかもしれない。
後で礼を言わなきゃな、と田井中は改めて友人に感謝しつつ……家族に対しては「ただの疲労だ。心配するな」と……嘘じゃあないが、絶対に納得がいかない事を言った。
「ただの疲労で倒れる!? それはそれでよっぽどだよ! いったい何したの!」
案の定、彼の娘はそんな言葉では騙されなかった。そして、何かを隠しているのではないかと、父親の表情を細かく確認したが、
「まぁまぁ郷美、そんなにしつこく騒ぐと治るものも治らないわ」
夫が無事であった事を、とりあえずは涙を拭いながら喜び……田井中の妻は娘を諭した。
「レストランでの食事はできなくなっちゃったけど……西条先輩の計らいで、今夜はここで……堅斗さんはできないけど、食事をしていい事になったし」
「……やっぱり西条か」
改めて、友人に後で礼を言おうと田井中は思った。
「それにしても、西条先輩もなかなか意地悪な事を考えるわよね」
しかしそんな彼とは違い、妻の方はなぜか微笑みを浮かべながら……否定的ではないものの、どこか不穏な雰囲気を覚える事を言った。
「どういう事だ?」
「詳しくは聞かなかったけど、堅斗さんは無茶をなさったんですってね」
夫の疑問に、妻は……なんだか凄みを感じる笑みを浮かべつつ答えた。
田井中は嫌な予感がした。
「私達に心配をかけた罰です。飲食厳禁の状態の堅斗さんの前で……次からは無茶しないようにするためにも……最高においしいモノを見せびらかしながらおいしく食べてあげますッ」
「父さん、今は食べれないんだってねぇ」
妻だけでなく、娘も凄みのある笑みを浮かべながら言う。
「無茶さえしなければ食べれたのにねぇ~~。父さんの知り合いの『スパシーバ』の店長さんから貰った料理を~~。残念だったねぇ、食べれなくてぇ~~♪」
「…………伊田目さん……ッ」
確かにこれは、最高レヴェルに自業自得な罰だと……今まで行ったレストランの中で『スパシーバ』が特に気に入っていたがために、田井中は思った。
しかし、田井中は……無茶をした事を後悔してはいなかった。
西条の言う通り……この肘川市では、常に何か事件が起こり。
そしてそれを食い止め、住民の安全を守る事ができるのは、田井中を始めとする力のある存在だけなのだから。
確かにこうして、罰を与えられるのは悔しいけれど。
結果的に、こうしたなんでもない日々を守る事ができたのだ。
だから彼に、後悔はなかった。
~Fin~
如月のいる病室
浅井兄「ウオオオオォォォォ――――ッッッッ!!!! 師匠ぉ!!!! 無事で良かったです!!!!」
如月「うるさいッ。疲労した体に響くからいい加減静かにしろ。というかここは病院だぞッ」
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
田井中のいる病室
郷美「???? なんだか聞き覚えのある声がしたような……?」




