第44話:報告
――まず、あなたは何者ですか?
『私は、ここ数年で滅亡したアガルタ帝国の民。皇帝たる……あなた方が、ビッグフットと呼ぶあの猿人の圧政に苦しみ、クーデターを起こした者の一人の……幽霊です』
突如ワケが分からないまま自分達が転移した先――IGA肘川支部の空中に現れた霊的存在へと、堕理雄が優しい声色で問いかける声がする。
そしてその問いに……霊的存在は鈴のような声で答えた。淡々と。その場にいるIGA忍者達……その心の中へ直接、語りかけるように。
霊的存在ならでは、の技である。
――なるほど。先ほどおっしゃっていた、私達の遺産で犠牲者~とかの理由は、そこにありましたか。
『はい。遥か大昔に宇宙の果てよりわざわざやってきてまで、この惑星の原生生物に……私達の都合で、これ以上迷惑をかけるワケにはいきませんでしたから』
――ですが、戦時中には……地上の軍がお世話になったとか?
『痛いところを突きますね』
霊的存在は苦笑した。
『あの時の私達は愚かでした。皇帝の命令は絶対と考え、この惑星を、陰から支配する事に執着するあまり……あのような悲劇を。もし時間を数十年規模で超えられたら、生きていた頃の自分を殴りつけたいくらいです』
――…………(黒歴史みたいな感じ?)。
『何か?』
――いえなんでも。(鋭いなこの人。もはや恒例となった女の勘ってヤツか? というか、その時から猿皇帝がいたとすると……あの猿皇帝、いったいいくつだ? っていうかなんでこの人は人型で、皇帝が猿なんだ? ギャグなのか? いやこの二次創作の原作は基本的にラブコメだけどさっ)それよりも、あの爆発から助けていただき、ありがとうございます(幽霊としての特殊能力かな?)。
『いえいえ、こちらこそ……念で重力を歪め、ワームホールを作って助ける事が、今までできなくて申し訳ありません。皇帝の放つ精神波動のせいで、こちらの力がうまく働かなかったもので』
――ね、念?? 念力の事?? テレポートじゃなく??
――フッ、なるほどッ。相対性理論を応用した転移技だなッ。
堕理雄は理解できなかったが、梅はそうではないらしい。
『それと、あなたの奥様に……素晴らしい作品をどうもありがとうと伝えておいていただけますか?』
――ヒクッ(顔が引きつる音)。
『私達クーデター組は、彼女の作品の衝撃により……人の真の在り方というモノを悟ったのですッ』
――(沙魔美の信者かッ! 素晴らしい作品ってところからそんな気はしていたけどさッ! というか心読めるのさっきから!?)う、ウチの家内が、あなた方のお役に立てたようで……はい。嬉しいです。
『それと、探偵さんと、その助手さん』
――?? 俺と椎名か?
突然話を振られ、田井中は混乱しながらも声を出した。
『はい。あの時は翼竜から、クーデターの時に地上に逃がした私の娘を助けていただき……どうもありがとうございました』
そして、最後にそう言って……全てに満足したのか。
それとも現世に留まるのがそもそも限界だったのか。彼女の姿は薄れ……溶けるように消えた。
――……娘? …………もしかして?
霊的存在の最後の言葉を思い返しつつ、田井中は首を傾げた。
しかしすぐに、この事件が始まったばかりの頃に襲撃してきた、あの猿人皇帝の放った刺客と思われる翼竜の事を思い出す。
まず三匹の翼竜が現れ、田井中が一人になった瞬間に襲いかかってきた。
しかし田井中は、数分かけてそれを殲滅すると、椎名の方もコレに襲われているのではないかと思い、すぐに駆けつけ……そこには予想通り三匹の翼竜と、椎名、そして彼が守ろうとしていた一般人であろう、血だらけの外国人女性がいた。
あの時は幸か不幸か。まず初めに三匹を倒し、癖を覚えていたからこそ、田井中は翼竜をすぐに殲滅でき……椎名も、彼が守ろうとしていた女性も無事に救出する事ができた。
だがなぜ、IGA局員だけでなく、一般人であるハズの女性まで翼竜に襲われたのか。それも、IGA局員の前に現れた翼竜の数からして、当初は椎名を襲う予定であっただろう三匹の翼竜に。
今の今までそれは、田井中にもずっと解決できなかった謎だったのだが……ようやく彼はその答えを得た。
――なるほど。あの子が、さっきの幽霊の娘。おそらくあのビッグフットは、精神波動を使って、プテラノドンの目を通して……その事を知って襲撃したんだな。私怨なのか。それ以外の何か、なのかは結局わからずじまいだが。
※
「…………う~ん。これは直接、報告書と一緒に局長に出すべきかなぁ?」
霊的存在――かつてのアガルタ帝国民への質疑応答の様子を収めた、記録媒体の中身を己の執務室で確認しながら、堕理雄は眉間をほぐした。
今回の、市内には存在しないハズの動物の出現事件が、いつしか市内の動物の数の変動事件、さらにはUMA出没事件へと名を変え……ついには戦時中どころか、この宇宙に、己も知るショタジジイが知的生命体を生み出した時点から続く、長い長い因縁が絡んでいた事実が発覚した……いろんな意味で凄まじい事件の全てを、上司に事細かに報告するのは少々無理があった。
彼の知る局長なら、よほどの事情さえあれば、多少の粗も許容してくれるだろうが……今回、堕理雄が心配しているのは、報告する内容の質ではなく量である。
下手をすれば、アメリカやロシアのような、戦時中に幅を利かせた存在の秘密の計画までわざわざ調べなければ事件の全体像が掴めないような、大規模な事件なのである。中には間違って捨ててしまった資料などもあるかもしれないため、最終的には日本政府の役人まで見る事になるその報告書は……確実に穴だらけになろう。
そんな半端なモノは、今やプロのIGA忍者となった彼には許容できなかった。
「少しは事件の全体像を、日本政府に分かってもらえるといいけど――」
『普津沢、入るぞ』
するとその時、来客のノックがあった。
よく知る同僚の声だったので、堕理雄は「どうぞ」と優しく声をかけた。するとドアは開かれ……そこには案の定、同じく課長であるカゲさんがいた。
『報告書は書けたかね?』
乗っている車椅子を器用に操り、ドアを閉めながら彼は訊いた。
「それが、調べる事が多すぎて」
堕理雄は苦笑しながら答えた。
「下手をすると、戦時中の、秘密の計画も資料として添付しないと……日本政府の役員には理解する事ができませんよこの事件」
『そうだな。私も同時に強制転移させられ、その場にいたとはいえ。そしてIGA肘川支部の監視カメラ映像があるとはいえ……報告が事実だと証明しうるだけの力が、添付資料にはまだ足りないな』
そう言うとカゲさんは、車椅子の籠から一枚の封筒を出した。
『だがそんな現状をどうにかしうる資料が、昨日届いた。局長一家が、家族旅行と称しおこなった、麻薬捜査のための米国遠征……その成果をまとめたレポートだ』
「なんだって?」
堕理雄は封筒を受け取ると、中身を取り出し……目を見開いた。
「こ、これって」
『ああ、私もビックリだよ』
カゲさんは肩を竦めながら言った。
『コレは……アレだな。最近、小説業界で流行りのヤツだろう?』
※
クーデターに敗れた後……我の意識は、極彩色の渦の中を彷徨っていた。
そこには時間や、空間の概念はなく。ついでになす術もなく。ただ単に……我はされるがままに流され続け……いつしかそれに、終わりが訪れた。
目覚めた場所は、手術室のような所だった。
後で知ったが、そこは一九七〇年代のアメリカ……マサチューセッツ州。霊魂に時間も空間も関係ないという事実はアガルタにて判明していたが……それ故なのかまさかのタイムスリップ!! 我がクーデターで亡くなる、三十年以上前ではないか!! それを知るなり我は……アガルタの皇帝である我は、うまくいけば歴史を変えられるのではないかと考え、なんとか脱出しようと考えたのだが……その前に薄汚い地上人による数々の辱め――人体実験を受けた。
しかし我は皇帝。
数々の大戦を生き抜いた……最後は、創造主や民により殺害されたが、それまでは無敗を誇っていたアガルタの王族。その手術室や、別室の、我にあてがわれた無機質な部屋の構造、さらには地上人共の行動パターンを把握し、ついに脱出した。
そして、偶然見つけた鏡を見て……我は驚愕した。
どういうワケだか。
我は小猿に……後々、地上人によって『ドーバーデーモン』と名づけられる存在になっていたッッッッ。
そして、これも後で知ったのだが。
どうやらアメリカ政府は、アガルタが起源の、現在は北米西部の山岳地帯を主な活動拠点としている野生生物……地上ではサスカッチやビッグフットと呼ばれる存在のDNAサンプルを秘密裏に回収し、それに『マジピードイヒーヌードンピー』なる秘薬などを注入し、猿人型の生物兵器を生み出そうと企み……生まれたのが我だそうな。
――どうやら我は、我の知る猿に転生してしまったらしい。
しかし我は、猿になった程度で諦めない。
再びこの宇宙を支配し、創造主に今度こそ……アガルタ人こそが一番であると、認めさせてくれるッッッッ。
そう意気込み、なんとかアガルタへの出入口の一つを見つけ……たのだが、時空の修正力のせいなのか、出入口に着いたのは、この時間軸の我が死んだ後だった。
だがそれでも、気を取り直しいろいろと準備をしたが……精神波動を介して、頭の中を細かく覗けなかった忍者共の中でも、特に頭の中を覗けなかった二人の男の内の一人から、最後の最後でまさかの爆撃をされて――。
※
「ッ!?」
最後の瞬間を思い出したショックで、過去の夢からようやく目覚めた猿人皇帝は……燃え盛る森の中にいた。
いったいなぜ森が燃えているのか。
目覚めたばかりで混乱した頭で、彼は一瞬考え……そして直後、自分が現実世界で撃墜された事を思い出した。
――もしかすると、森が燃えているのはジェット機が墜落したからか?
周囲の状況と、夢の中で思い出した最後の光景が頭の中で結びつき、そう結論を出すなり……彼は、炎に照らされ顔が赤くなりながらも青ざめた。
――逃走手段は失った。
――そして己は、追われる立場にある。
――アガルタに置いてきたIGA忍者は始末できたが、地上にも、彼らの仲間はいる。深手を負った今の状態では、すぐに彼らに捜し出され……報復される。
一瞬にして、そこまでの状況を把握したためだ。
――だが創造主に一矢報いるためにも、まだ死ぬワケにはいかない!!
しかし、未だに残るその野望が、思いが皇帝を突き動かす。確実に追い込まれているというのに。まだ逃げきれると思っている。
そして彼は、すぐに立ち上がろうとして――。
――前後左右、そして上方からいくつも飛来して、その全てが見事命中した麻酔針により……彼の意識は再び途切れ――。
※
「――フッ、さすがは普津沢先輩が率いる弐課局員。ビッグフットの正確な居場所を、幽霊との対話終了から十分程度で突き止めるとはなッ」
次に皇帝が目覚めた場所は、最初に目覚めた場所に似た部屋だった。
違うのは、最初に目に映ったのが米国の研究員ではなく……己の野望を潰した、始末したハズの忍者の一人であったところか。
「さぁ覚悟しろ? 我々の仲間の人権をこれでもかと侵害したんだ。今度は我々がお前の人権……いや猿権? とにかくそれを侵害してやろう♪」
そして忍者――峰岸梅は、皇帝へと謎の薬品を注入して……。
※
「……こ、ここはどこウホ? ボクは誰ウホ?」
次に皇帝……いや、彼はもはや皇帝ではなかった。
「どこって、ここは肘川市民動物園に決まっているウホ」
そんな彼に、話しかける存在がいた。
ハッとして、彼は声がした方へと振り向いた。
すると、そこにいたのは……なんとも逞しい体つきと顔をしたゴリラ。その名もウホ夫くんだった。
どういうワケだか、かつて皇帝であった存在は……ゴリラの檻の中で、新入りのゴリラとなっていた。
※
「フッ、最近参課で開発した新薬こと『モノワスレール』の効果は……うまく出ているようだなッ」
そんな元皇帝の残念すぎる姿を、梅は檻の外から観察していた。
元皇帝へと注入した、注入した対象の記憶を消してしまう新薬の効果、そして外見をゴリラのそれに変える整形手術の経過観察のためにである。
「だがこれは、人間相手に使うには危険だな。下手をすると、猿並みの知能になるどころか……理性が消えて野生猿としての狂暴性まで出かねん」
しかしかつて皇帝であったゴリラが、他のゴリラと取っ組み合いの喧嘩を始めたのを見て、彼女は少々結果に落胆し。再び、その四○元ポ○ットならぬ四○元谷間へと……手に持った禁断の新薬をしまい込んだ。
マジピードイヒーヌードンピーは、米国の研究所の、金に困ったヤツが、小遣い稼ぎとして世間に流通させた薬品……という裏設定です(ぇ
そういえばゴリラも、明治時代になる前まではUMAでしたね(ぉ




