第43話:脱出
参考文献
秋田書店刊『ギャンブルフィッシュ』10ポイント・ポーカー編の解説
「ま、まさか田井中ッ!?」
UMAが、ビッグフットが放っていた精神波動から解放されて、混乱を始めたのを機に、梅は、そろそろ他の戦闘要員のIGA局員達にUMAとの戦闘を任せても大丈夫そうだと判断し、改めてピラミッドを登った。すると途中で、田井中が椎名を撃った場面を見て、彼女は驚愕し目を見開いた。
しかしそれは、彼が弟子を躊躇なく……かつての殺し屋時代の彼のように殺したからではない。
「フッ、私の予想が正しければ……ヤツめ、やってくれるじゃないか!!」
かつて、アメリカで起こった奇跡を……目撃したかもしれないからだ。
※
「……ぁ……が、な……ッ!?」
まさか田井中が、躊躇なく味方を撃つとは思わなかったビッグフットは、椎名を地面に落とし、胸元を押さえながら逃走を図った。
どうやら心臓にまで弾丸が到達しなかった、もしくは心臓の位置……どころか内臓の位置が■の■■のように左右逆――かつて某黒い無免許医も苦戦した内臓逆位という特殊な症状だったのか。とにかく彼は息も絶え絶えに逃走しようとし――。
「訃舷一刀流奥義……立冬雪月花ッ」
――たのだが、その隙を如月は見逃さない。
田井中が弟子を、躊躇なく撃った事に度肝を抜かれたものの……だからと言って敵を見逃すような真似はしないッッッッ!!
伝えられし奥義を以てして、納刀の姿勢で、彼はビッグフットの背後、であった場所に瞬く間に移動する。
かつて披露した奥義の一つ『雁渡』と同じく、居合系統の奥義である。
だがしかし、疲労困憊状態であったのが災いし……斬撃は入ったものの、戦闘が不能になるほど深く相手に入らなかった。
いや、そればかりか、動物としての反射神経と瞬発力を使えば、ギリギリ深手を負わない程度に、相手に躱されてしまうほどの速度しか出せなかった。
「ぐぁっ……ぐっ、お゛の゛れ゛ぇ゛」
だがそれでも、確実に相手を追い詰めていた。
ビッグフットの出血量は増え、回避の時の勢いのままに、彼はピラミッドの上を転がり続け……そのまま、ピラミッドに設置されていたボタンを押した。
「「「…………んん?」」」
今の今までまったく気づかなかったボタン。
それを視認するなり、田井中、如月、浅井兄は一瞬唖然とした。
だが直後に、激しい震動と共に……なんとピラミッドの一角に大穴が開き、そこから、ジェット機にしか見えない謎の、巨大な物体が少しずつせり出してきたのを見て……今度は口をあんぐり開けて驚愕した。
まさかの展開。
まさかのロケット。
そしてそんなロケットに……ビッグフットはすぐに乗り込んだ!?
『ビークックックッ!! ここは撤退するしかあるまいて!!』
すると今度は、ジェット機についているスピーカーからだろうか、ビッグフットの勝ち誇った声が響き渡った。
『だが貴様らだけは許さん!! 大昔!! ピラミッドの半径百キロ以内の、地面の奥深くに設置しておいた爆弾で跡形もなく消してやる!!』
「な、なにぃっ!?!? 爆弾だってぇ!?!?」
まさかの展開に次ぐまさかの……いや、下手をすれば王道かもしれない展開の連続に、浅井兄は絶叫した。
というか、IGA局員の誰もが逃げきれない設置範囲ではないか。
解除をしようにも、いくらこの場にいるボンバー爆間でも地下深くに設置された爆弾を今すぐ解除できるワケがない。
『ビークックックッ!! ではさらばだ忍者諸君!! 永遠に……え?』
そして、ジェット機が飛び立つ……その直前だった。
田井中は、新たな武器を準備し終えていた。
そしてその狙う先は……ビッグフットの乗るジェット機のエンジン部分!!
ドォン!! と新たな武器とジェット機、両方が同時に放たれた。
耳をつんざく凄まじい爆発音が耳に届き、如月と浅井兄は思わず耳を塞いだ。
さすがに田井中は、武器を発射していた関係上、その爆発音をモロに受けていたが……少々ふらつきながらもなんとか見届ける。
己の放った武器が、ジェット機のエンジン部分にめり込み……直後にジェット機がワープしたのを。
「……ただで、逃がすかよ」
耳が聞こえなくなりながらも、田井中は最後の仕事をやり遂げた。
だが仕事は終わっても、今度は帰宅するまでが大変だった。
敵を逃がしてしまった事は、他のIGA局員達を大きく動揺させた。さすがに、UMAに後れをとるほどではないが、それでも、いつ周囲が爆発するか分からない状況のまま相手を逃がしてしまったのは、それなりに精神的に響き……ほとんどの局員が逃げる事を諦めてしまっている。
「フッ、何をボサッとしているのですか如月先輩!! それに浅井!! 田井中もみんなも!! すぐに逃げるぞ!!」
だが梅だけは、最後まで諦める気はなかった。
まだまだしたい事が、彼女には山ほどあるのだ。
そしてだからこそ、こんな所で死を迎えるワケにはいかないと……梅は目をギラギラさせつつ己を、そしてみんなを叱咤した。
「フッ、もちろん椎名青年を忘れずにな!! 無論、それ以上傷が広がらんように注意しながらだ!!」
そして最後に……梅は良い意味で信じられない事を言った。
「えっ!? ま、まさか!?」
浅井兄が、信じられないと言わんばかりに目を見開き、死んだハズの椎名へ視線を向ける。如月も「そんな馬鹿な」と小声で言いつつ、遅れて椎名を見た。
「……さすがに、梅ちゃんは気づくか」
耳に大ダメージを負ったせいで、耳が聞こえなくなったものの、田井中は読唇術で、なんとか梅の台詞を把握した。
「えっ!? ど、どういう事ですか梅先輩!?!? の、脳天撃ち抜かれましたよねコイツ!?!?!? なんで生きて!?!?!?!?」
「フッ、実は脳には『大脳縦裂』と呼ばれる隙間があってだな」
梅は得意げに、混乱する浅井兄に……一応爆弾の事を気にして早口で説明した。
「そこは、弾丸一発がギリギリ通り抜けられるスペースだという。もっとも、脳が掠り傷を負う事は確実だから慎重に運ばんといけないが……実際アメリカに、夫に頭を撃ち抜かれたにも拘わらず、起き上がり、駆けつけてきた警察官にお茶を振る舞った女性がいたという情報が存在する。田井中はそれを再現したというワケだ。弾丸を確認する際に、口径がより小さい弾丸へと……中身をすり替えた上でなッ」
「……田井中、お前ってヤツは」
如月は、田井中に苦笑を向けた。
彼が成し遂げた奇跡が、あまりに凄すぎて……どう声をかけたらいいのか分からないのである。
「さぁとにかく!! 無駄かどうかはひとまず置いといて!! 椎名青年を連れてこの場から逃げるぞ!! ちょうどいい事に、残ったUMA共も危険を察知したのか……この場から蜘蛛の子を散らすように逃げているからな!!」
梅の指示を聞き、この場にいる局員全員がハッとした。
今の今まで絶望のあまり気づかなかったが、UMA共は逃げ始め、その数を減らしていた。UMAでさえも逃げているのに。生きる事を諦めていないのに。自分達が諦めてどうするんだと思い直し……すぐに彼らは走り出した。
※
「ところで田井中」
梅を先頭に、二番目を、椎名をおんぶした浅井兄が走り、そしてそのさらに後ろを田井中と如月が並走しながら……如月は改めて田井中に問うた。
「最後に撃ったアレは、いったい何だ?」
「ああ、アレか」
田井中は読唇術で如月の質問を把握し、少し間を置いてから説明した。
「参課特製の時限爆弾だ。ロケットランチャーのように撃ち出せて、いかなる衝撃を受けても……その時にならない限り絶対に爆発しないヤツだ。その名は――」
※
「ふぅ。冷や汗をかいたぞ」
ジェット機で地上――肘川市上空へワープし、とりあえず休める場所を探そうと目を凝らしたビッグフットは言う。
「どうやらあの男のロケットランチャーのような武器は、不発に終わっt――」
しかしその言葉は、最後まで紡げなかった。
田井中がめり込ませたロケットランチャー『アトデドカーン』が、その名の通り時間差で大爆発を起こしたからだ。
現実の、ロケットランチャーを始めとする爆弾は。
着弾と同時に爆発するため、空気中に衝撃が逃がされ破壊力が半減してしまっている残念な武器である。
だがもしも、ロケットランチャーが、破壊対象に充分めり込んだ上で爆発したとしたら……その本来の破壊力は、充分に発揮されるというワケであるッッッッ!!
※
――走る。
――走る!
――走る!!
――走る!!!!
息が切れようとも。心臓が張り裂けそうでも。ただただ生きるために田井中達は森を駆け抜ける。
だが半径百キロなど、短時間で走破できるワケがない。けれど、いつ爆発するか分からない爆弾が足元にあるのだ。
故に、少しでも、生き残れる可能性があるならばと……彼らは、疲労さえも無視しながら、走り続け――。
――ピラミッドから約一キロ離れた時点で、周囲が明るくなった。
『ふぅ。ようやく干渉できるッ』
どこからか、誰のものなのか分からない、そんな台詞が聞こえた気がするが……全ては光に包まれて、そして――。
※
「…………は?」
次に目を開けた時、田井中達はIGA肘川支部の目の前に立っていた。
何が何やら分からない超展開だった。
さすがの梅も、自分の体をペタペタと触ったりしながら「い、いったい何が我々の身に起きた!? まさか地下世界での爆発が、肘川と地下世界を繋ぐ時空の歪みを大きくして奇跡的に助かったとでも言うのか?」とブツブツ言っていたが、次の瞬間、その場に震度二相当の揺れが起こり……絶句した。
自分達の記憶が正しければ、爆発した瞬間に意識を失っていなかったか。
にも拘わらず、なぜその爆発の衝撃による震動が、今この場で起こったのか。
「ま、まさか時空の歪みは……我々を過去に飛ばしたとでも言うのか!? これは……今後のタイムマシン研究に使えるかも――」
「オイ、梅ちゃん」
すると、そんな梅を宥めるかのように……田井中はその肩に手を置いた。
「なんだ田井中ッ。お前もタイムマシンに興味があるのか?」
「違う」
即答した。
「アレ、お前には何に見える?」
そう言いつつ、田井中は親指で、ある方向を指し……その瞬間。
梅の興味は田井中が指差す……自分達を見下ろす形で宙に浮かんでいる、半透明の金髪美女の方へと移った。
『あぁ、よかった。私達の遺産のせいで余計な犠牲者が出なくて』
ちなみに金髪美女は、鈴のような声でそう言っていたが……梅は興奮のあまり、聞いてはいなかった。
田井中流探偵七ツ武器(現在)
コルト・パイソン二丁(実弾・ゴム弾兼用)
メチャテラース一丁(レーザー銃)
カゲトメール一丁(バネ式銃+矢)
ツラヌケール一丁(対戦車ライフル+弾丸の強化版)
トオクトーブ一丁(のちに、沙魔美を助けるために使われる予定の狙撃銃+弾丸(ジャガンジャの森参照))
アトデドカーン一基(時限式で爆発するロケット弾と専用発射機)




