第42話:弾丸
梅「フッ、元ネタはだいたいわかった」
浅井兄「ディッ○イード!?」
「な、なんだってッ?」
そんな田井中と如月の様子を、遠くから確認している者がいた。
もしもという時に備え、伏兵として潜伏していた堕理雄とその部下達である。
田井中の声を聞き取るなり、堕理雄はビッグフットの周辺でたむろする猫達……おそらく、彼の趣味であろうか。とにかくその猫達を、目視で確認する。
猫好きの堕理雄にとって、それは、とても羨ましすぎるパライソな光景であったため、嫉妬心が若干芽生えたりもしたが……すぐにその猫の中から、事件発生初期の頃、田井中に見せてもらった写真に写っていた猫と思しき猫を見つけた。
「…………田井中さんの依頼のためにも、ビッグフットが田井中さんと如月先輩の武器に気を取られている今の内に……人質ならぬ、猫質にされかねない猫達を確保するッ」
上司の指示に、部下達は首を縦に振って応えた。
※
「お、お前らは……お前らはいったい何なんだぁ!?」
精神波動増幅装置、そしてバリア発生装置を兼ねていたピラミッドを機能停止に追い込まれ、ビッグフットは、驚愕と絶望のあまり顔を歪ませながら、田井中達に問いかける。
「ただのしがないIGA忍者だ」
「覚えてもらわなくても、結構だけどな」
それぞれの武器の先、そして鋭い眼光をビッグフットへと向け、田井中と如月は言葉を返す。ビッグフットの注目が、自分達へと……潜伏している堕理雄達の存在に気づかないくらい集中するように。
猫達が全て確保される、その時まで。
田井中と如月に睨みつけられ、ビッグフットは竦み上がった。
しかしそれでも、降参はしない。かつて創造主にもしなかった事を目の前の相手にしてしまえば皇帝として失格であると己を鼓舞し……冷静になってふと気づく。
(なぜ、未だに攻撃してこない?)
自分を無力化・拘束するつもりであるならばとっくにしているハズだ。
なぜなら彼らは先ほど、自分を仕留められるほど余裕は残ってると言ったばかりではないか。
(……まさかっ)
ビッグフットはすぐに田井中達の狙いに気づく。
そして本当にそうなのかを確かめるため、眼球だけを素早く動かし、周囲を確認して……猫が少なくなっている事に気づいた。
一匹一匹、慎重に慎重に……堕理雄達が確保していったのだ。
「き、貴様らぁ……我を謀ったなぁ!!」
ハメられたと分かった途端、ビッグフットは逆上した。
田井中と如月は、自分達の狙いがバレた事に一瞬動揺した。
もしかして長く脅かしすぎたかと反省したが……時すでに遅し。
ビッグフットはあろう事か、田井中が捜していた猫へと手を伸ばす。
咄嗟に堕理雄も、その猫を確保しようと手を伸ばす……だが遅い。一瞬早く、猫はビッグフットのその毛深い腕の中に収まってしまった。
「ビークックックッ!! 形勢逆転だなぁッ!!」
黒猫を優しく抱きながら、ビッグフットは声高らかに告げた。
「どうやら貴様らにも、我と同じ美的センスがあるようだなぁ。ならば……この猫は充分、人質ならぬ猫質として使える!! 貴様ら!! この猫を傷つけてほしくなかったらすぐに武器を捨てて……改めて我に降るがいい!!」
「んなっ!? あのヤロウ……猫好きの風上にも置けないッ!」
ビッグフットの行動に堕理雄は憤慨した。
自分と同じ猫好きであるのならば、まずは猫の幸せを考えるものではないのか。そんな猫好きが、その猫を猫質に取るとは何事であろうかと。
だが、そんな彼にも……この状況をどうにかしうる手段はある。
例の眠り薬付きの吹き矢だ。
すぐに彼は、それを懐から取り出し……絶句した。
矢が、切れていた。
実は堕理雄……いや、彼だけではない。
弐課局員全員、まったく覚えていないだろうが、吹き矢は自分達が操られているその間に、ほとんど発射し尽くしてしまったのである。
万事、休す。
まさかこんなにあっさりと、形勢を逆転されるとは。
同僚たる田井中の『表』の仕事が関わっているとなれば、彼の顔に泥を塗らないために……さすがの如月もそう簡単に手出しができない。
その気になれば、猫が傷つけられる前にビッグフットを斬り捨てる事は可能かもしれないが、今の彼は田井中と同様、疲労困憊状態。己とビッグフット……双方が下手に動けば、その斬撃に猫まで巻き込んでしまいかねない。
※
その状況が遠くからでも分かったのか、戦闘中であったIGA局員達はいつの間にやら、彼らの動向を見守るために防戦一方となっていた。
「お、おいおい……これはさすがにピンチじゃ、ん?」
そんな中、かろうじてブラジリアンビッグフットを斬り捨て、最終決戦の大舞台たるピラミッドに登らんとしていた浅井兄は……そこで、予想外の光景を目にして唖然とした。
※
「…………くそっ。どうしたら……んっ?」
浅井兄が唖然としたのと同時。
田井中も、浅井兄と同じ光景を目にして眉をひそめた。
果たして、その光景は。
なんとビッグフットの背後から、気配もなく、彼を腕時計型麻酔銃で狙っている椎名の姿だった。
※
椎名が田井中から盗み取った探偵の技術の内、最も早く習得したのは体術系ではなく……尾行のための、己の気配を完璧に殺す技術であった。
とはいえそれは、元々高い気配察知能力を、本気で使った田井中や如月を始めとする局員には一切通用しないレヴェルであったのだが……それでもプロの探偵や、忍者を始めとするスパイに充分匹敵するレヴェル。おかげで椎名がビッグフットに近づいている事に、ほとんどの者は気づかなかった。
そしてそのおかげで、椎名は腕時計型麻酔銃の射程圏内へビッグフットを入れる事に成功していた。
(……まさか椎名、麻酔針でヤツの動きを鈍らせて猫を確保する気か?)
弟子の行動から、すぐにそう察した田井中は……師として覚悟を決めた。
弟子を守るため、弟子の存在を相手に気づかれないように、銃口を向けながらも自然な調子でビッグフットに話しかける。
「オイ、落ち着けよ。お前、普津沢と同じく猫好きなんだろ? 本当は猫を傷つけたくなんかないんだろ?」
「ッ!? あれぇ!? なぜその事を!?」
堕理雄は田井中に、自分が猫好きである事を教えた覚えはなかった。
まさか餌をやっているところを見られたか、もしくは表情から察せられたかと、様々な可能性が浮かんだが、そんな彼の事などお構いなしに田井中は話を続けた。
「お前が大人しく、猫を置いて投降してくれれば傷つけたりはしねぇよ。ちょっとばかし監禁されたりするかもしれねぇがな」
「大問題だろォがそれはッ!!」
さらに逆上するビッグフット。
下手をすれば、猫を傷つけられるかもしれない窮地ではあるのだが……これが、田井中の狙いだった。
これは、忍術で言うところの『恕車の術』。
人心操作系の基本忍術である『五車の術』の内の一つ。
相手を怒らせる事で冷静さを失わせ、周囲の様子すらも分からなくさせるモノである……のだが、田井中は、さらにそこに上げて落とすという鬼畜とも言える要素もさりげなく組み込み、ビッグフットの冷静さをガリガリ削っていく。
だが先ほども言った通り、ビッグフットの冷静さを失わせる代わりに、猫の危険度が増していくワケだが……その前に、弟子はやってくれたッッッッ!!
プスッという気の抜ける音と共に、麻酔針……おそらく操られて早々に田井中に無力化させられたおかげで無駄遣いせずに済んでいたそれが、ビッグフットの首筋に命中する。
「ぐぅっ!?」
まさかの奇襲によって、そして麻酔針の効果によって、ビッグフットに大きな隙が生まれ……その隙を、椎名は見逃さない。彼はすぐにビッグフットへと近づき、捜していた黒猫を確保する……のだが、
「チィッ!! 作戦変更だ!!」
黒猫を奪り還され、またもや窮地に陥ったかに見えたビッグフット。
だが彼はすぐに、躊躇なく猫質から人質に変更……つまり椎名を確保した。
「うぁ!?」
黒猫を抱えたままビッグフットに抱えられ、途端に恐怖を覚える椎名。
でも、だからと言って、そのまま素直に人質になるワケにはいかない。飼い猫を捜していた依頼人……彼女には会った事がないが、それでも、家族が近くにいない者同士、その気持ちは痛いほど理解できるから。
だから椎名は。
ビッグフットが確保できないであろう、遠くの方へと……ちょうどピラミッドを登っている途中の浅井兄を見かけるなり、そこへと……動物愛護団体辺りが猛抗議しそうなほどの勢いで猫をぶん投げたッッッッ!!!!!?
「浅井先輩!! パス!!」
※
「アイツ、なかなかやるじゃねぇかッ」
椎名の大胆な行動を見て、浅井兄は知らず知らずの内に口角を上げつつ……落下する猫を追いかけた。
思えば、そもそも彼が椎名を目の敵にしたのは……梅の一言が原因だった。
『フッ、興味深い。あの椎名とか言う少年……いや青年? ヤツは我々と同じ構造のDNAを持っているが……若干異なるッ。しかしそれはどの異星人とも異世界人とも合致しない。 こ れ は 研究する価値があるなッ』
この台詞を偶然にも、椎名が確保された日に聞いてしまった浅井兄は、想い人たる梅の興味が、未来人である椎名に向かってしまう事に焦りを覚え……以来、彼と会う度に衝突していた。
だが、そんな椎名にカッコ良いところを見せられてしまったら……自分もカッコ良いところを見せなければならないじゃあないかッッッッ!!
「よ……っと、ふぅ。無事確保だz……ギニャアアアアッ!?!?」
参課特製の強化スーツであるスゴクナールのおかげで、すぐに猫を確保する事はできた浅井兄。だがその直後、彼は目を猫に引っかかれた。
さすがのスゴクナールも、目のような柔らかい箇所までは強化できないらしい。
※
「ビークックックッ!! 猫の時よりも、我の体を隠せるぞ!! この状態で……果たして貴様らに攻撃ができるのかぁッッッッ!?!?」
椎名を人質にした事で、再び形勢を逆転したビッグフット。
彼はそのせいで調子に乗り、声高らかに田井中達を挑発する。
「…………椎名……」
しかし、そんな中。
田井中はコルト・パイソンの弾の状態を一度確認してから……なぜか、躊躇なくその銃口を椎名とビッグフットへと向けた。
「「「「…………え?」」」」
そしてこれには、さすがにビッグフットだけでなく、椎名も、堕理雄も、如月も唖然とした。何かの冗談ではないか、という思いが、頭の中で過る。だが田井中の目は……どう見ても本気だった。
田井中は、そんな目を椎名に向け……静かに告げる。
「依頼者の猫を確保してくれて、感謝する」
トリガーに手をかけ、銃の照準を椎名の額のど真ん中――その向こう側にある、ビッグフットの心臓部へと合わせながら。
「だが、ここは戦場だ。何かを救おうとして、自分が窮地に……いや、仲間までも窮地に陥れかねない状況になる可能性があると理解していただろう。なら……当然仲間のために撃たれる覚悟はしていたよな?」
「……し、しょう…………」
師が本気である事に、己を殺す気である事に、椎名は深い絶望を覚えた。
だが、よくよく考えれば……こんな事になるのは当然だと、すぐに思い直す。
なぜならば、彼は未来人――時空の異端者。
下手をすれば、因果律を崩壊させないために……世界の修正力や復元力、抑止力と呼ぶべき〝見えざる力〟が働く可能性もあったのだ。
椎名という存在を、この時間軸から消すために。
しかし、だからと言って椎名は諦められなかった。
過去からの干渉を阻止するために、未来から来たというのに。
その使命を全うしないままに…………死にたくなかった。
だから、彼は。
死ぬ前に……涙声で、あがいた。
「し、しょぉ……俺の部屋、片付けといて……もらえますか?」
自分のいた、未来のために。
自分がこれまでつけていた日記を……未来の情報を、田井中に託すという手段をとった。
「ああ。任せろ」
乾いた声で、田井中は弟子の……最後の願いを了承する。
その直後。
乾いた銃声がしたのと同時に……椎名の頭部に、紅い花が咲いた。
田井中「もしもという時は、俺が撃つ。そう言ったハズだ」




