第41話:突破
忍者の歴史は、神代にまで遡る。
例えば日本書紀に記されてる、後に初代天皇となる神武の東征に従った道臣命。
彼は『諷歌倒語の術』という、歌や言葉に暗号を組み込む術を用いて味方と連絡を取り合い、意表を突いた攻撃を仕掛けたという……日本における忍者の始祖だ。
ちなみに江戸時代に書かれた書物『伊賀問答忍術賀士誠』によれば、ここで使われた術が日本初の忍術とされている。
だが忍者というのは、日本だけの存在ではない。
国がある以上、大陸の方にも……当然だが忍者と呼ぶべき存在はいた。
中でも有名なのは、道臣命をルーツとする忍術に、ファンタジーな影響を与えた存在。徐福が日本を訪れた時代、彼に付いていく形で日本を訪れ、そして主に伊賀忍者の多くの忍術の起源となった御色多由也だろうか。
一説によると徐福本人ではないかとも言われる彼は、伊賀の者に己が得意とする多くの仙術を伝えたとされている。
※
UMAは基本的に人間よりも力強く、俊敏で、五感だけでなく第六感も鋭い。
普通に考えてみれば人間側が、数の関係からしても圧倒的に不利かもしれない。
しかしIGAについては、その理屈は当て嵌まらなかった。
攻撃してみれば、それは分身。
攻撃した瞬間には、別方向から攻撃されていた。
一撃必殺にはならなかったが、それでもダメージは入る。
麻酔針が多く飛ぶ。
さすがに体格の関係か、すぐに効くUMAはあまりいなかった。
だがそれでも、動きを鈍らせるのには役立つ、有効な攻撃手段だった。
一方で煙玉はあまり効果がなかった。
煙に巻いて分身をしようにも、ニオイで本物が判別されてしまう。空蝉の術なら使えそうではあるが、服の替えがないため連続では使えない。
しかし様々な制限があろうと、IGA忍者達は止まらない。
刀を、剣を、槍を、馬上槍を、薙刀を、槍鎌を、斧を、弓矢を、手裏剣を、鎖鎌を、クナイを、角指を、メリケンサックを、銃火器を、焙烙火矢を始めとする爆弾を、さらには傘に文房具に大工道具にボール類にトランプにフライパンに釣り竿にウニに、と……後半は、読者諸兄はご存じではあるが武器としてはどうかと思える武器も加え、彼らIGA忍者はUMA共へと立ち向かうッッッッ!!!!
「ドンドンパフパフ~~! 拙者に釣られてみるでござる~~!」
「おほー! 今度こそ行きますよー! 必殺、ウニクラッシャーアタックー!」
「これで、ゲームオーバーだ。ロイヤルストレートフラッシュッ!」
「シャッシャッシャッ! 箒は魔女だけの特権じゃないのじゃよぉ! ほぉれ!」
「行くぞ弟よ!」
「行こうぜ兄貴!」
「「とう! 必殺! 肉弾大車輪!」」
「こっちも行くぜ!」
「「ヘイ兄貴!」」
「「「局長直伝! ジェッ○ストリー○アタック!」」」
「イーガファイアァッ!」
「なんやて!?」
「レリーズッッッッ」
「カオル! パス!」
「行くよぉ……愛の電光アタック!」
「インゲン五十円~~♪」
「夫婦喧嘩で鍛えたアタシのフライパン殺法……受けてみよ!」
「イッテイーニョ!」
「トンボのように舞い! ネキリムシのように……斬るッ!」
「ニンジャァァァァ……キィィィィィクッッッッ!」
「倍返しじゃい!」
「セイッ、ハァッ!」
「それはアッシの目ん玉や」
「忍者が卑怯な手を使って……どこがワルいンでぃ?」
「いでよ我が神器! バール・ノ・ヨーナモノ!」
「無理無理無理無理無理無理ィィィィッッッッ!!!!!!」
いろんな意味で想像を絶する、IGA忍者達の猛攻。
それらは当初、圧倒的に多かったUMA共の数を、ガリガリガリガリと、確実に減らしていく。
野生生物であった以上、梅の言う通り彼らに罪はない。
だが下手をすれば自分達の生活圏が脅かされかねないと言うのであれば、たとえ相手が可愛い見た目であろうとも……自分達の未来のためにも、倒す。
そんな壮絶なる覚悟を以てして……IGAはとにかく前へ前へと進軍する!!
「んなっ……そんなっ、馬鹿な……ッ」
そしてその現状を、ビッグフットは認められずにいた。
数では圧倒的に勝っていた自軍が、なぜ人間如きに圧倒されるのか。
確かに不条理としか言いようのない戦況である。だがそもそもの大前提として、忍者の日常はほぼ戦いと共にあった。
IGA忍者の歴史は戦いの歴史、と言っても過言ではないほどに。
さらにその過程において、道臣命や、御色多由也でさえも想像がつかない戦術や武器が生まれ、発達するのは自明の理。
そんな彼らに、果たして負ける要素があるのだろうか?
「ありえない……ありえない!! なぜだ!! なぜ我が軍勢がここまで追い詰められねばならんのだッ!?」
しかし、やはりその事実……もはや神がかりと言うべき事実は……ビッグフットには認められなかった。
そして、そんな彼の混乱は。
「ありえないと、言われてもな」
「現実に起こっているんだから……いい加減、認めろよ」
彼自身に……大きな隙を生む。
直後、ビッグフットは……心臓を鷲掴みにされたかのような感覚を覚えた。
声は、足元から聞こえてきた。それだけは、すぐに理解できた。しかし同時に、やはり信じられないという気持ちになった。だが念のために、声のした方へと顔を向け……絶句した。
ピラミッドの足元に。
すでに田井中と如月が到着していた。
そしてそれぞれの銃口は。切っ先は。
すでに、ビッグフットへと向けられている。
戦いのドサクサに、ここまで一気に近づいたのだ。
まさかまだ疲労困憊状態であるこの二人が、最終局面において近づいてくるなど……IGA局員以外の者は、普通は考えまい。
そのまさかを狙った戦術だ。
だが、そのまま攻め込めばいいだろうに……二人はそのまま動かない。
その事を、一瞬だけ不審に思うビッグフット。
だがすぐに、今の今まで、IGAに逆に追い詰められていたせいで忘れていた事を思い出す。
「ビ、ビークックックッ! そうだったそうだった! このピラミッドの周囲には我の生活に必要ないモノを分解消滅させるバリアが張ってあったな! なるほど! 近づけないのにも納得だ……ならば!」
ビッグフットは余裕を取り戻す。
そして彼は、再び精神波動を放ち……二人の背後より、あらかじめピラミッドの周辺に配備していた複数のサマレを出現させようとして――。
しかし、その直後。
こちらの次元へと伸ばされたサマレの手が、斬られるか銃で撃たれるか、どちらかの運命を辿った。
「確かに俺達は、疲労困憊だ」
「でもだからと言って、お前を仕留められないほど余裕がないとでも思ったか?」
「ぐぅぅ……ッ」
まだまだ余力を残している田井中と如月に、鋭い眼光を向けられつつ告げられたその事実に……ビッグフットは歯噛みした。
これではどちらも、もう一方を仕留める事は不可能だ。
無論、その結論には補足として『普通の人であれば』がつくだろうが。
そして、それを証明するかのように……事態は動く。
「それに」
田井中の声が、静かに告げる。
「バリアに〝穴〟がないと……本気で思ったか?」
絶対の防壁だと思っていたバリアの欠陥を。
すると直後に、その盤石なる防壁の安全神話を崩壊させる発射音が、地下世界に響き渡った。
※
時は、数分前に遡る。
UMA共との戦いのドサクサに紛れて……田井中と如月、そして堕理雄を始めとする弐課局員数名は、戦いのドサクサにピラミッドに近づくという作戦を提案した梅と、その部下三名と共にピラミッドへと近づいていた。
「そういえば梅ちゃん、あのピラミッドの周囲には俺達には危険なバリアがあるんだが……破るための策はあるのか?」
「普通の弾く盾のようなタイプならまだしも、触れた瞬間に分解消滅させられるんじゃ近づく事すらできないぞ?」
そして提案したからには、バリアの攻略法を思いついたのだろう。
だが他の局員……田井中や如月と違い、頭を働かせる余裕がまだある堕理雄も、見当がついていなさそうな困惑した顔をしていたため、田井中と如月は質問した。
「…………本気で、言っているのか?」
すると当の梅も、困惑した。
「…………フッ、お疲れである田井中と如月先輩はともかく。普津沢先輩さえもお気づきではないとは……正直ショックだぞ」
「ええっ?」
名指しされた堕理雄が、今度はショックを受けた。
「フッ、今回ばかりは出血大サービスだ」
気を取り直し、梅は改めて説明した。
「私も遠くから確認したが、確かにあのバリアは、銃弾や刃物を持った存在などのビッグフットを害するモノを分解消滅させるやもしれん代物だな。だが逆に言えば害さないであろうモノならば通じるとは思わんか?」
※
そして、現在。
彼女の言う通り……バリアの安全神話には〝穴〟があった。
「……なるほど」
その手に握る、弐課局員から借り受けたメチャテラースを見て……田井中は納得した。
「確かに光は、ヤツの生活には必要だな」
「というか、よく考えれば」
ピラミッドが真っ二つに、縦に焼き切れるのを見ながら……如月は言う。
「光がなきゃ、俺達の姿すら見えないだろうな。UMA共は戦いの真っ最中だから目は借りられないだろうし……だったら肉眼に頼るしかない」
※
「ッ! UMA達の統率が、乱れてイマス!」
「精神波動……いや、電磁波の消失をロジカル確認!」
「やっぱり、ピラミッドが精神波動の増幅装置だったのね!」
「フッ、ビッグフットの帽子程度の大きさの精神波動発生装置で、ここら一帯の生物だけでなく、地上の生物まで操れるとは思わなかったが……やはりピラミッドが増幅装置だったか。という事は、あの帽子はピラミッドへと精神波動を送る端末のようなモノ……か。後で回収できたら回収しよう♡」
突如UMA共の動きが鈍ったのを見て、不審に思ったのだろう。
試しに参課局員が電磁波検知機で周囲を計測してみたところ、思った通り、精神波動と見られる電磁波は消えていた。
すると、その直後。
一斉に局員達は……サエギレール改を宙に放り投げた。
「ああ、恥ずかしかった!」
「やっと脱げる!」
「いや、あって良かったとは思うけどさ」
そして脱いだ局員からそんな台詞が出てきて……梅達は苦笑した。
やはりみんな、サエギレール改のデザインに不満を持っていたようだった。
※
梅達の報告を遠距離から聞き取り、同じくサエギレール改を脱ぎ捨てた田井中と如月は、ピラミッドの一角にある広間……ビッグフットが立っている場所へと一歩近づいた。
もう、バリアは存在しない。
ピラミッドを焼き切った時に発生した凄まじい熱気が、バリアがあった場所を素通りし、田井中と如月の方にまで伝わってきたため、間違いない。
――おそらく、ピラミッドにはバリアの発生機能もあったのだろう。
少なくとも田井中と如月はそう結論づけ、ついにビッグフットと真正面から対峙しようとして……驚愕の事実に気づいた。
「ッ!? オイ、嘘だろ?」
田井中の眉間に、皺が寄る。
あまりにも想定外な状況を前に……困惑する。
「田井中、確かにこれは驚きだが……そこまでか?」
如月は目の前に広がる、不可解な光景を見ながら訊いた。
すると田井中は、吐き捨てるようにこう言った。
「ヤツが侍らせてる猫の中に……最近受けた依頼で捜している猫がいるんだよッ」
梅「フッ、ちなみにニンジャーキックとは! まず初めに敵の周囲に可燃性の粉塵を充満させ、その空間内を亜音速で蹴り抜く事で粉塵爆発を発生させる当たらなくても死ぬ一撃だッ」
浅井兄「ナッンヤーテ!?」




