第38話:同僚
あれだね。
悪魔のスマホみたいな(ォィ
田井中と如月は逃げていた。
頭痛や、謎の圧力に襲われながらも。
白目をむいたまま、自分達を殺さんと駆けてくる同僚達から。
「まさか……ヤツの精神波動は……相手を無力化、するだけじゃなく……マインドコントロールする事もッッッッ」
堕理雄の吹き矢が、クロダイのルアーが、如月に迫る。
彼はそれらを、刀身で同時に、正確に弾きながら毒を吐く。
吹き矢はともかく、もしもルアーではなく釣り糸の部分を弾いてしまえば、刀身にそれが巻きつき無力化されていたであろう紙一重な状況だ。
何度も言うように、頭痛や圧力……おそらくは、皇帝の精神波動が原因だと思われる症状に悩まされながらも、ルアーだけを弾くとは恐ろしい技能である。だが、そんな彼の痩せ我慢も……長くは続かない。
徐々にだが、肉体が疲労し始め、視界がぼやけ始める。
すると、そんな彼の背後を……同じくマインドコントロールを受けた、浅井兄の凶刃が――。
※
「そして、おそらくは……地上のUMAを含めた……いろんな生物もなッッッッ」
ゴンッ、と……背後に迫っていた椎名の後頭部へ、田井中は強烈な肘打ちを浴びせた。
椎名は即、うつ伏せに倒れた。
我が弟子ながら貧弱だと田井中は思ったが、その貧弱さに今は安堵した。
しかし、一人減らす事ができたのも束の間。
今度は左側から、ウニのウニクラッシャーアタックが迫る。
田井中は咄嗟に体をくの字に曲げる。しかし、なおも体を襲う頭痛や圧力の影響で回避が一瞬遅れ、腹部に浅い裂傷が走った。
※
迫る凶刃を、如月はギリギリ回避した。
髪の毛が少々切れた。だがすぐに、床屋に行く手間が省けたと考え直し、浅井兄の鳩尾へ拳をぶつけ、無力化した。
間髪入れずに、またしてもクロダイのルアーが如月に迫る。
ルアーを切断、もしくは破壊できなかったのは痛手だった。
(もしかして、それができないほど俺は弱体化しているのか?)
如月はふと思った。
だが今は戦いに集中すべきだとすぐに考え直す。
気を抜けば、同僚に殺される。
自分にとっても。
同僚にとっても。
最悪の結末が待っている。
《ビークックックッ。持ち堪えるなぁ侵入者共》
そしてそんな悪夢を、皇帝はまるでスポーツ観戦をするような調子で見ていた。
《我が精神波動に耐えるだけでなく、仲間の攻撃さえもいなすとは……これは貴様らという犠牲を覚悟で、本腰を入れねばならんかもなぁッッッッ》
――直後。
――さらなる頭痛と圧力が、田井中と如月に襲いかかった。
「「ッッッッ!?!?!?」」
《ビークックックッ!! 我が精神波動の出力を上げたッッッッ!!!! これで貴様らも……たとえ我が軍門に降る事はなかろうとも、同僚の手によって殺される事は必定!!!! さぁ覚悟を決めるがいいッッッッ!!!!》
田井中と如月は、体がさらに重くなったかのような錯覚を覚える。
しかしそんな中で、なぜかその二人は、口角を上げて薄く笑みを浮かべていた。
「覚悟を、決めるのは……」
「お前の、方だこの老害野郎……ッ」
《ッ!? なにっ!? 馬鹿なッ! なぜそこで笑みを浮かべられる!?》
しかも当の二人が、マトモな返答をしてきた事が信じられず……皇帝は、目視ができていればギョッとしていたであろう声を出す。
そして、そんな皇帝へと。
田井中と如月は一つの事実を告げる。
「どうやらお前は……上から俺達を見ているんじゃない、ようだな」
「その、証拠に……俺達が、徐々に、ピラミッドの、方へと近づい……ている事に気づかなかった」
「ッッッッ!?!?!?」
そこでようやく、皇帝は気づく。
彼はマインドコントロール下に置いた者……すなわち地上生物やUMAやIGA局員の目を通じて戦況を観察していた。
そして観察する際に彼は、網膜に映る映像に集中するため今の今まで目を閉じていて……だからこそ、気づかなかった事に。
直視できるまでに、敵が接近していた事に……ようやく気づくッッッッ。
「…………また猿かッ。というか頭のアレ……コントロール装置?」
「…………ゴリラにゃ、見えねぇな……ビッグフット? というか何だ……あの、頭のヤツ……変な、デザインだな」
相手が、己の正体がUMAの一つ――まるでクルリと一回転した口髭のような形の突起がついた帽子……おそらくはコントロール装置と思われるモノを被っているビッグフットであると視認できるほど接近した事にッッッッ。
「まさか、厨二病……いや、電波? そんな……敵じゃねぇだろう、な?」
「いや……普津沢から聞いた……地球人のルーツの話とも……合致する話だった。おそらく……本当だろう」
田井中の疑問に、如月はあまりに強烈な頭痛のせいで顔を歪めながら答えた。
ついでとばかりに「なんで、UMAなのかとかは……知らんがな」と補足をするのも忘れずに。
「き、貴様らァァァァァァ――――――ッッッッ!!!!!! よくも見やがったなァァァァァ――――――ッッッッ!!!!!!」
冷静に、相手の正体を考察している田井中達とは反対に、敵である皇帝――おそらくはビッグフットと思われる存在は激高した。
皇帝であると言っているクセに。なぜ姿を見られただけで怒るのか。まさか帽子のデザインが恥ずかしいのか。田井中達にはまったく分からなかったが……相手を本気で怒らせた事だけは嫌でも理解した。
さらにエグい命令を自分達の仲間にする可能性を考え、田井中はすぐにその手に持ったコルト・パイソンの銃口をビッグフットへと向け……引き金を引いた。
これでようやく、仲間に殺される最悪の結末を回避できると思いつつ。
そしてそれは、如月も思った。
強烈な頭痛や圧力に耐えながら、味方を、殺さない程度に攻撃して無力化し続けられるほど、彼も器用ではないのだから。
しかし、そんな彼らの安堵は……直後に驚愕へと変わった。
弾丸が、密林の木々の間を抜けて……百メートル以上は離れているビッグフットの額に命中する寸前で――。
――消滅したからだ。
「「ッッッッ!?!?!?」」
想定の範囲外の現象を目にして、田井中と如月は瞠目する。
するとそんな二人の反応が面白いのか、ビッグフットは……嗤い声を上げながら声高らかに説明した。
「ビークックックッッッッ!!!! 馬鹿めがァァァァ!!!! このピラミッドの周囲には我が生活する上で必要のない物質を分解消滅させるバリアが張ってあるッッッッ!!!! 弾丸どころか刃も通さんわァァァァ!!!!」
((なんだそのご都合主義なバリアはッッッッ))
田井中と如月は、さすがに同時に思った。
チートな特殊能力を持つ敵と戦った事は今までにもある。
だがここまで子供じみた発想のバリアには今まで遭遇した事はない。
「ちなみに……肘川市内の味方に助っ人を頼んでも無駄無駄無駄ァ!!!!!! 我が精神波動による催眠暗示で、肘川市内に住まう特殊能力者の全ての能力はすでに無力化されているからなァァァァ!!!!!!」
「なん、だと……ッ!?」
「そんな……馬鹿なッ!」
そして、ついに驚愕は……絶望へと切り替わった。
もしもという時の最終兵器。
普津沢堕理雄の家内でさえも無力化されている。
その事実は、田井中と如月の中の希望を打ち砕くには充分な威力を持っていた。
勝てない。
さすがにこの……三大チートの一つとまで言われている精神干渉系の技術を持つ相手にだけは。
百戦錬磨である、自分達でさえも。
ついに、田井中と如月の脳内に。
敗北の二文字が、浮かび上がり始めた。
「さぁ仕上げだ……出てこいッッッッ!!!!!! こやつら以外のアガルタへの侵入者共ッッッッ!!!!!!」
そしてさらに、絶望は続く。
ビッグフットの号令で……田井中と如月の周囲の森の影より、音信不通になっていた他のIGA局員全員が白目をむいた状態で出てきた。
どこからどう見ても。
彼らはすでに、ビッグフットのマインドコントロールの支配下に入っている。
「というワケで改めて……仲間に殺されるか我が精神波動に屈服するか……どちらか好きな方を選ぶがいいッッッッ!!!! かかれェェェェッッッッ!!!!」
そして、号令と共に……ついにIGA局員の全戦闘要員が、田井中と如月に襲いかかる!!
「フッ、では第三の選択肢を取らせてもらおうかッ!!」
だがその直前。
田井中達にとっては、聞き覚えがありすぎる……救いの女神の頼もしい声が響き渡るッッッッ。
と同時に、彼らの頭に。
まるでチョンマゲに同じ太さのスプリングが二つくっついたかのような、珍妙なデザインの謎の帽子が被せられたッッッッ!?!?!?
次回、下手したら長くなる(ぉ




