第36話:黒幕
田井中達を圧力が襲う直前。
実は彼らは、脳のかすかな違和感を覚えていた。
まるで二日酔いにでもなったかのように、唐突に頭に痛みが走り、さらには平衡感覚が失われ、視界が歪むという……戦闘中であれば致命的な違和感だ。
そしてその正体を掴む前に、追い打ちとばかりに……まるで金縛りに遭ったかのように、そのままの姿勢で、体を上から押さえつけられるような、謎の圧力が襲いかかり……さらなる異変が起きた。
堕理雄、クロダイ、ウニ、椎名、そして浅井兄。
彼らの双眸が、ギョロリと、またしても唐突に……立ったまま白目になった。
それを目撃した田井中と如月は、まさかの事態であるため思わず顔を強張らせたが、次の瞬間には、改めて気を引き締める。
――敵の攻撃だ。
現在起きている現象の詳細から考えて、そう、すぐに結論を出したのだ。
だが脳の違和感と謎の圧力、そして仲間の双眸が白目に変わる、その原因の正体までは、さすがの二人にも想像がつかない。敵の攻撃の正体の手がかりがまだ足りない。
――もしや自分達も、いずれは白目をむく事になるのだろうか。
攻撃を浴びる中で、田井中と如月の脳裏をその可能性が過る。
思わず二人は顔をしかめた。格好をつけたいとか、そんなくだらない事を考えての行動ではない。もしもそうなれば、白目をむいた他の仲間のように、敵に無力化させられると分かったからだ。
「…………田、井中……」
頭に走る激痛と謎の圧力に耐えつつ、如月は残った仲間に問いかける。
「そこから、何か……見える、か?」
「いや……ピラミッド、以外……何も……」
田井中も、如月が味わっているのと同じ苦しみに必死に耐えながら答える。
「と、いうか……あの、ピラミッドが……みんなが、こうなった……原因じゃあ、ねぇのか?」
《ビークックックッ。ご明察》
するとその時だった。
なんと驚くべき事……いや、肘川市の一部住民からすれば、そこまで珍しい現象ではないかもしれないが。とにかく平凡な一般人の目線からすれば驚くべき事に、突然頭の中に初めて聞く声が響き渡った。
すると……さすがの二人も、理解した。
この状況下で、方法はどうあれ自分達に声をかける存在など……今回の事件の黒幕くらいであると。
《まさか、我の【精神波動】から逃れられるほど、ハードボイルドレヴェルが高い者がいるとは思わなかったぞ。大した愚民ぞ》
「……ハードボイルドレヴェル?」
敵の口から初耳の言葉が出たため……田井中は眉根を寄せる。
相手を攪乱させるための言葉かもしれない。だけど、もしかすると重要な言葉である可能性もないか。ふとそう思い、彼は己より肘川の事を知っている如月へ視線を向けた。
――いや、俺も知らん。
如月はすぐに頭を軽く横に振り、その声なき声を伝えてきた。
どうやら敵による攪乱、もしくは敵にしか分からないような言葉だったらしい。
「……いったい何を言っている?」
改めて、如月は……ハタから聞けばおかしな状況ではあるが、とにかく頭に響き渡る声に訊ねた。
ちなみに……精神波動、という言葉については分かる。
異能力者と日々相対している二人にとっては、聞き覚えがありすぎる……念力や精神感応を使う能力者が発しているとされる波動である。
そして、その言葉が相手の口から出てきたという事は。
おそらく、自分達の同僚が白目をむいた状態で無力化させられた……その原因であろうとも。
ちなみに、ハードボイルドについても……分かる。
第一次世界大戦後のアメリカで生まれた、固ゆで卵を語源とする文学のジャンルの一つ。
簡潔な文体で、非情なる現実を写実された物語の事である。
しかし時代を経れば、意味合いが変わるのが世の摂理。
その言葉はいつしかジャンルだけに留まらず、ハードボイルド要素のある物語の主人公の生き様――感傷や恐怖などの感情に流されず、自分の信念に従い行動する……そんな生き方ついても差し始めるようになった。
いやそれはそれとして、いったいなぜ相手は、今になってそんなハードボイルドという言葉を出したのだろう。
《ビークックックッ……そうだな。
どうせ貴様らは最後、我の精神波動の下に屈し……そして我が帝国再建のための手駒と成り果てるのだ。その前に我の正体を教える事が、せめてもの温情か》
田井中達が考察していると、黒幕は変な嗤い声を上げて、そう告げた。
まるで自分が、田井中達よりも立場が遥かに上の存在であるかのように。彼は、田井中達の心情などを気にしていないようだ。
――もしや相手は、王侯貴族の類なのだろうか。
ふと、田井中達が同時にそう思ってしまうくらいに。
すると敵は《ビークックックッ。察しがいい愚民だ》と、嬉しそうに、嗤い声を上げた。精神波動を使っているためか。田井中達の思考は、ある程度、丸わかりのようである。
《では教えてやろう。
我の正体は……一億二千万年もの昔にこの宇宙を統一した大帝国『アガルタ』の最後の皇帝であるッッッッ》
ハードボイルドレヴェルの元ネタは十九作目ライダーのハザードレベルです(ぇ




