第35話:暴走
「…………ぜってぇ……ぜってぇ……ぶっ殺してやる……ッ」
一時間以上かけ、田井中達は梅達を埋葬した。
そして改めて、彼らは今回の事件の黒幕を探すべく歩き出す。
だが肝心の、先陣を切っている浅井兄は黒幕への憎しみに囚われていた。
愛する女性の命を奪われたのだ。逆に憎しみを覚えない方が異常であろう。だがしかし、地味に疲れるだけの捜索中ならばまだしも、黒幕と戦闘になった場合……その感情は逆に命取りになる。
確かに憎しみから得られる強さもあろう。
だがそれは諸刃の剣。一時的に強くなれても、時が経てば激しく体力を消耗し、大きな隙が生まれてしまう悪手だ。
「浅井、落ち着け」
すると、いよいよ見ていられなくなったのか。
浅井兄の後ろを歩いていた、師である如月は弟子に告げた。
「相手が憎いと思うのはお前だけだと思うのか? 俺達も、相手が憎い。だが今はその憎しみを心の奥底に封印しろ。できずとも、せめて頭の中だけは冷静でいろ。今のままじゃお前、相手にひと太刀も入れられずに死ぬぞ」
「………………じゃねぇか」
しかし、憎しみに囚われた浅井兄には……師の言葉さえも届かない。
彼は肩を、怒りのあまり震わし、ポツリと、如月に小声で反論する。
聞こえなかったため、如月は、眉をひそめ浅井兄へと顔を近づける。
するとその直後。浅井兄は憎しみで歪ませた顔を師へと向け……絶叫した。
「耐えられるワケねぇじゃねぇか!! なんで師匠達はそう冷静でいられるんだよフザけんなよ!! こっちはまだまだヒヨッコだってのかよ!!? 師匠達のように都合良く冷静でいられるのが大人なのかよ!!?」
「………………浅井……」
真っ向から怒鳴り散らされるとは思っていなかったのだろう。如月は一瞬両目を見開き驚愕した。しかしすぐに、真剣な表情へと顔を戻し。
パンッ、と乾いた音をその場に響かせた。
その場にいる同僚達が、ハッと、息をのむ。
彼らの視線の先には、赤く腫れた頬を手で押さえ、呆けた顔をした浅井兄と、彼へと平手打ちを放った直後の姿勢のまま、弟子を睨みつける如月の姿があった。
「…………少しは頭が冷えたか?」
如月は、こめかみに青筋を浮かべながら……低い声で弟子に問うた。
「さっきも言ったが、俺達も……仲間を殺った相手が憎い。正直、冷静になるのが難しいほどだ。しかしそれでも、なんとしてでも俺達は冷静でいなきゃいけない。もしも、俺達が冷静さをなくして……殺されたらどうなる? 仲間を殺った相手にひと太刀も入れられずにだ。先に死んだ仲間達に顔向けできると思うか? 少なくともここにいる誰も、そうは思わない。というか、お前も知っているだろうが……梅達は、敵を倒せず死んだ俺達を見て、仕方がないとすぐに割り切るようなヤツらじゃないだろう? だから浅井、いい加減……冷静になる努力はしろ。梅達を想い泣く事は。相手を憎悪するのは……相手を完全に無力化してからでも遅くはない」
「…………………………ハイ……」
師の叱咤を受け、浅井兄は……まだ納得がいかないのだろうか。
未だに師を睨みつけてはいたが、それでも彼には勝てないと、確信しているからなのか。小さい声ではあるものの、渋々了承した。
※
「師匠、俺……怖いっス」
浅井兄が、とりあえずは落ち着きを取り戻し、再び黒幕の捜索を始めてすぐの事だった。田井中の前を歩いていた椎名がポツリと、今にも泣きそうな顔で呟いた。
「確かに敵も、怖いっスけど……それ以上に、誰かが死ぬのはもっと怖いっス」
「…………椎名……」
弟子の口から、改めて出た弱音に……田井中はなんと答えるべきか迷った。
椎名が怖がりだという事は、翼竜を相手にした時の彼の様子からして、分かっていた事だ。正直に言って、IGA局員には向かないのではないかと思うほどに。
しかし、その時の様子から分かった事はそれだけではない。
ちなみに、未だに椎名の正体は掴めていない。
だがそんな彼には、かつて何かを失いかけたがために……その時の恐怖を、乗り越えんとする。そして、二度と同じ事を繰り返さないよう、今の自分にできる事を精一杯やろうとする、意志の強さがある。
少なくとも、翼竜を相手にした時の台詞からして……IGA局員を貶めたりするような悪党には絶対にないモノを彼は持っている。
「…………椎名、その恐怖……絶対に忘れるな」
ならば、師である田井中が伝えるべき事はこれしかあるまい。
「先に、一応言っておくが……冷静になる事と恐怖を忘れる事は同じ事じゃない。たとえ冷静さを保っていても、怖いモノは怖い事もある。確かに恐怖っていうのはその人の動きを鈍らせたりと厄介なモンだ。むしろない方がいい、そんな事を思うヤツもいるかもしれん。だが、恐怖があるからこそ……油断せず気を引き締め直す事ができる。乗り越えんと、努力する事ができる。だから椎名、お前が何を、これから成し遂げんとしているかは知らんが――」
「あ、アレは何でござるかーーーーッッッッ!?!?」
しかし、師の言葉は突然のクロダイの絶叫によって遮られた。
思わず田井中は顔をしかめた。
そして彼は、クロダイへと文句を言おうとして……絶句した。
なぜならば、前方に広がる密林の果てに……ピラミッドらしき形の人工物の上部が見えたからだ。
「おほぉー!? ま、まさかー……梅さんが言っていた、敵の本拠地かもしれない『シャンバラ』でしょうかー!?」
ようやく索敵がひと段落ついたおかげもあるだろうか。
今まで歩き続けた事で、いい加減、足が棒になりかけていたウニも興奮した様子で叫んだ。
「な、んだ……ピラミッド?」
「……まさか、このアガルタがピラミッドの起源だとかじゃないよな?」
一方で田井中と如月は、信じられない光景を目にして思わず苦笑した。
今までもIGA局員として、信じられない光景やら事実やらを目撃してきた彼らではあったが、それらの大半は異星人や異世界人関係のモノだ。
まさか肘川の地下から来訪してしまったアガルタと思しき世界に、地球上にある建造物と同じ建造物があるとは……さすがの二人も予想外なのである。
「そもそもピラミッドは、フリーメイソンの起源である石工職人によって造られたモノらしいですけど」
同じくピラミッドを見て苦笑しながら、堕理雄も話に加わった。
「それでもピラミッド……エジプトだけでなく、南米やロシア……さらに火星にもあるそれらは、今でも謎だらけですからね。この世界にルーツがある可能性も充分考えられます」
「……火星にあるアレも、ピラミッドだと判明したのか?」
「……初耳なんだが」
堕理雄の話の中には、仲間に共有されていなかった情報があったらしい。
彼は思わず「あ」と間の抜けた声を出すと、すぐに「いや、以前アブダクションされた時に、火星の近くを通った事があるんですが……伝える必要はないかなぁと思って今まで忘れてました。嫌な思い出もセットですし」と慌てて田井中と如月に言い訳した。
♰カオス・オーナー♰はいろいろと大変だったのである。
「…………あそこかぁ……ッッッッ」
そして、意図せず和やかなムードになりかけた時だった。
散々、師から叱責を受けたにも拘わらず……浅井兄は暴走した。
文字通り、突然全力で走り出したのだ。
梅達を殺害したUMA達の統率者――今回の事件の黒幕が、おそらくいると思われる……ピラミッドに向けて。
「ッ!? あンの馬鹿がッ」
如月は眉をひそめ、馬鹿弟子を止めるべくすぐに後を追う。
「みんな!! 浅井君をすぐに止めよう!!」
堕理雄も、すぐに指示を出す。
「もう敵に捕捉されている可能性は高いけど、今の暴走した彼をこのままにしてはおけな――」
しかし、その指示は最後まで言えなかった。
突如、堕理雄……いいや、彼だけではない。
その場にいる全員が、目には見えない謎の圧力を受けたからだ。
なんだかスポコンな如月(ぇ




