第32話:裂傷
弟子二人がそれぞれの師匠に叱られ、シュンとなる中。
師匠たる田井中と如月は、なんとか平静を保ちつつ状況を分析していた。
梅が傷つけられたのと、同時に響いたフィンガースナップの音。
そして傷つけられた後にその存在が発覚した、梅の背後に立っていたウニの武器たる……なぜか血のついたウニ。
どう見ても、ウニが梅を攻撃したとしか思えない状況だ。
もしや彼女は裏切り者なのか。
しかし彼女は……演技とは思えないほど完全なパニック状態。
まだ完全に彼女の疑惑が晴れたワケではない。
しかしだからと言って、彼女が犯人であるとも断定できない状況だ。
もしも彼女が犯人であるならば。
パニック状態はやはり演技なのか。
それとも、フィンガースナップの音が、やはり催眠暗示的な何かで、それにより彼女は操られたのか。
もしも彼女が犯人でないのなら。
フィンガースナップの音を響かせる敵によりハメられたのだろう。
おそらくは、敵が梅を攻撃した際についた血を……そのまま彼女の武器につけた事によって。
そして、これは誰もが考えたくないのだが……彼女が犯人ではあるが、彼女自身が犯人というワケではない――つまりウニがいつの間にか、先日、彼女達が戦ったシェイプシフターのような、誰かに化けれる偽者な敵と入れ替わっているのなら。
偽者であれば。
誰にでも化ける事が可能であれば……あの密室内で襲撃をする事も、今の状態のウニを演じきる事も不可能ではない。
そしてもしも三つ目が正解であったならば。
偽者が化けた相手が、彼女だけであると断言するのは難しい。
どの可能性も、捨てきれない。
もはや真実を見つけ出すには……攻撃された瞬間をしっかり観察するしか方法はないかもしれない。
だが、敵はこのような状況で……誰かを攻撃するだろうか。
仲間割れを誘発する事が目的であるならば、今のこの状況を見れば、任務完了と判断し撤退するかもしれない。もしそうなれば、この混乱の境地によって生まれた仲間内の溝は永遠に埋まらず……田井中達はこのまま自滅する可能性もある。
それだけは、絶対に避けねばならない。
なぜなら自分達が肘川市……いや、日本の最後の砦かもしれないのだから。
「ッ!! ま、まさかみなさん……私をシェイプシフターだと思っていたりするのですかーッ!?」
しかし敵の次の攻撃が来る前に。
なんとウニが、最悪の考えへと至ってしまった。
「いや、待てウニ! 落ち着け! まだそれは確定していない!」
梅は慌ててウニを落ち着かせようとする。だが彼女は、心身に蓄積したストレスのせいで、壊れてはいないが壊れる寸前まで追い詰められていた。おかげでシェイプシフターが喋れない事さえ忘れている。今はまだ、彼女を宥める事は難しい。
――マズいな。
田井中、如月、梅、そして堕理雄は同時に焦りを覚える。
今はまだウニだけで済んでいるが、次に誰かが攻撃されれば、それこそ仲間同士が疑心暗鬼に陥る事態になりかねない。
いや、それ以前に。
もしも先日、シェイプシフターが出現したのが。
この疑心暗鬼になりかける状況を生み出すための布石だとすれば。
敵が、仲間割れを狙ってシェイプシフターを出現させたのだとすれば。
――くそっ! やられたかもしれない!
田井中、如月、梅、そして堕理雄は、まんまと敵の罠に嵌まってしまった可能性に思い至り、同時に歯噛みした。
UMAも出始めた事件だから、シェイプシフターが出現する可能性もあったではないか。ならば、コンガマトーやローペンが逃げ込んだ地下水路へ侵入する前に、飲み込むタイプの発信機を……あらかじめ飲んでおくなどの対策を講じておくべきだったじゃないかと、今になって後悔する。
しかし、もはや後の祭り。
今彼らにできる事は。
生き残るための方法は。
どうにかして敵の正体を暴く……それ以外にない。
(考えろ、考えろ……まずは分かっている事実の整理だッ)
梅は、田井中の上着を使って止血しつつ、激痛と熱のせいでうまく回らない頭を必死に回して情報の整理を開始した。
(梅ちゃんの傷は……斬られた、というよりは抉られたような感じだな)
梅と一緒にウニを宥めつつ、田井中は己の上着の隙間からかすかに見える、梅の受けた傷――縦に三本走る裂傷を観察し、思考する。
(…………これは……本当に、ウニによる傷か?)
梅と田井中と一緒にウニを宥めつつ、梅の傷を観察していると……如月は奇妙な点に気づいた。
(確かにウニの武器には血がついてはいる。だが……梅の傷は広い。ウニの武器で本当に傷つけられたとすれば、その針の太さから考えて……もっと狭い傷ができるハズだ)
今さら言うまでもないだろうが。
ウニにはトゲがある。主に天敵から身を守るために。
ならばそれにより抉られた場合、狭い傷になるのが正しい。
ちなみに深く刺さらない場合は、それこそさらに、幅が狭い傷になるだろう。
ならば、梅の背に走った三本の裂傷は何なのか。
※
(…………あれ? なんかあの傷……似たようなヤツを知っているような……?)
すると、その時だった。
遠くから田井中達を観察していた堕理雄は、頭の中で何かが引っかかり……首を傾げた。
記憶を辿ってみる。
少なくとも己の目で同じモノを見た記憶はない。
だが、似たようなモノなら知った覚えがある事を思い出す。
(…………アレって、まさか……ッッッッ)
そして、その記憶まで思い出せた瞬間。
彼の脳裏に、かつて義理の母から聞かされた怪異譚の事が過った。
それは、義理の両親が、家内が生まれる前……かつて己と家内が告白直後に世界一周に出かけたあの時と同じように世界一周に出かけた際、アフリカで起き――。
「普津沢!!」
しかしその回想は、突然の田井中の声によって中断された。
ハッとして、堕理雄は現実に戻った。
慌てて田井中の方へと視線を向けると、彼は表情を強張らせながら堕理雄に呼びかける。
「お前の意見も聞きたい!! 一度戻れ!!」
「ッ! はい!」
もしや、解決の糸口でも見つかったのか。
それとも、本当に何も分からないからこそ話を聞きたいのか。
どちらかは、分からない。
だが少なくとも、遠くから田井中達を見ていた堕理雄の証言は、判断材料としては重要ではあるし、さらに言えば……先ほど思い出した、義理の両親の話。もしかするとそれが、この状況を変えるキッカケになるかもしれない。
そう思い、堕理雄はすぐに田井中達がいる場所へと向かい――。
――その、数秒後。
彼は田井中に、コルト・パイソンの銃口を向けられた。
「…………え?」
味方の、まさかの攻撃の意志を感じ取り、堕理雄は表情を引きつらせた。
まさか田井中は、誰が裏切り者か分からないから、手当たり次第に誰かを撃って本物と偽者を区別しようなどという、無茶苦茶な手段に打って出ようと考えているのだろうか。熱帯雨林という過酷な環境と、誰が犯人か分からないこの極限の状況が彼をそこまで追い詰めてしまったのか。
「ま、待ってください田井中さん!!」
まだ死にたくないし、それに己が死んだせいで家内が暴走し、世界が滅びる事になってはいけないので慌てて堕理雄は田井中に呼びかけた。
「俺、思い出したんです!! この状況と似たじょ――」
「伏せろ普津沢!!」
「伏せろクロダイ!!」
しかし、その言葉は最後まで告げられる事はなく。
田井中と如月の謎の指示が……その場に響き渡った。
※
それは、数分前の事だった。
いくら考えても、誰が攻撃したかが分からなかった田井中は……如月へと、一つの奇策を提案した。
「…………それで、相手が現れると思うのか?」
その内容を聞いた如月は、怪訝な顔をした。
もしそれで失敗すれば、余計な体力と弾丸を使う事になるのだから当然か。だが田井中は「やる価値はある」と断言した。
「敵がもしも、俺達の仲間割れを狙っているのなら……その状況を変えうる存在、すなわち、遠くから俺達を観察していた普津沢が合流する状況を、スルーするとは思えん。もしかすると、犯人の姿を見ていた可能性があるからな」
「…………分かった」
田井中の言う事にも一理ある。
そう判断し、如月は田井中の奇策――相手の攻撃を誘発する危険な行動をとる策に乗る事にした。
※
そして、現在。
田井中と如月による謎の指示が響き渡り……堕理雄と、なぜかクロダイまでその場に伏せた。
すると、その瞬間。
局員全員が……彼らの背後の
〝異常〟
を観測した。
〝孔〟
そして、そこから出ている謎の……小枝のように細い
〝手〟
としか表現できない
〝何か〟
が堕理雄達の背後の空間にあった。
梅「フッ、ちなみにこのUMAは……専門書にも詳しく書かれていない謎多きUMAだッ」
田井中「だからその詳細については、ほとんどが作者のオリジナル設定だそうだ」
如月「まぁフィクションだから問題ないだろう」
堕理雄「詳しく知りたい方は自分で調べてみてくださいね」




