第31話:疑惑
「ッ!? 梅!!」
「「梅ちゃん!!」」
「梅先輩!!」
「梅ちゃん先輩!!」
「「う、梅さん!!?」」
「「「梅課長!!」」」
それは、誰もが想定しようとすらしなかった死角――仲間によって守られているハズの背後からの攻撃だった。
仲間の、己の名を呼ぶ声が聞こえる中。
梅は背中に走った激痛と、それに伴う熱により顔を歪めた。
しかし彼女はただではやられない。激痛を感じる部位の形状からして、おそらく己は斬撃、もしくは抉るような攻撃を受けたとすぐに分析した。同時に、その攻撃を受けたが故の衝撃によりうつ伏せの状態で倒れそうになる。だがすんでのところで……彼女は耐えた。さすがに立った状態を維持できなかったが、膝立ちになって周囲を観察する。攻撃してきた相手に、追撃された場合に備え、警戒を強めつつ。
(ま、まさか安心して預けたハズの背中を攻撃されるとは……ッ)
背中に負った傷から、おびただしい量の血が出ている事を自覚しつつ、梅は敵による正体不明の攻撃について考えた。
円陣を組むように背中合わせになる形で、背中を仲間に預けていた以上、敵の攻撃は、敵がなんらかの手段でその円陣の中心――ある意味、密室とも言える空間の中にいなければ絶対に実現できない不可能犯罪だ。
そしてその攻撃を、誰にも気づかれずに成立させる方法は限られる。
(一つは、上空か地下から現れる事。だがこれは……フッ、残念ながら除外だな)
上空から飛来すれば、その際にできる影で居場所を察知される。
地下を介しての移動も、移動の際の震動で誰にでも察知される。
どちらも不可能犯罪以前の攻撃手段。奇襲には向かない方法だ。
(ならば残るのは……次元移動、もしくは――)
「梅課長! 早く治療を!」
大ケガを負った梅を見て、一瞬表情が硬直したものの、すぐに彼女へとアカネは治癒系の発明品を使おうとした。だが梅はその前に「待て!」とそれを止めた。
「敵に我々の手の内を晒す事になるぞ!」
敵がどこにいるか分からない状況でむやみに手の内を見せると、敵がその対策を立てる可能性がある。そう思い止めた。だが一方で、梅は梅で己の負った傷をどうすべきか悩んでいた。敵に手の内を見せられない以上、発明品を使わない方法で、せめて応急処置をしなければ、出血多量で死ぬ可能性も出てくる。
「で、デスが……梅課長!」
傷ついた上司を見るなり、キャサリンは驚愕と困惑に満ちた顔をした。
いや、正確に言えば彼女だけではない。ハルキも椎名も同じ顔をしていた。
ついでに言えば浅井兄は、まだ梅が死にかけてすらいないのに「梅先輩! 俺を置いて死なないでください!」と言いつつ、様々な感情がないまぜになった顔で、大泣きしていた。
「使え、梅ちゃんッ」
そんな中、田井中は己の上着を脱ぎ、それを梅へと投げて寄越した。
「最低限、止血しておけ。敵の方は……俺達でなんとか見つけ出すッ」
※
梅が田井中の上着で応急処置をするのを、遠くから見ていた堕理雄は困惑した。
彼らが組んだ円陣の中心は、完全なる密室だった。
にも拘わらず、その中心にまるで敵がいたかのような攻撃があった。
(次元移動系の敵か……? それなら、今も響いている指パッチンの音源……敵が見つからないのも納得だ。だけど――)
敵の能力の正体については、彼も梅と同じ結論に至っていた。
次元を跳躍するような能力を持つ存在に、彼は何度か会った事があるからだ。
そもそも彼の家内は、堕理雄がその愛の告白を受け入れた直後に次元を跳躍して共に世界を一周したし、かつてその家内を苦戦させたやぎ座な異星人は特定の空間を切り取りそのままアブダクションするという神にも等しい科学力を持っていた。
なので、常識を疑うような事態も、堕理雄はすんなり受け入れられるのだが……そんな彼には一つ、気になる事があった。
(なんで梅ちゃんへの攻撃が、指パッチンと同時だった?)
たまたま、の可能性はもちろんある。
もしくは襲撃者の足音を気づかせない意図があったかもしれない。
しかし、彼は……想像してしまう。
梅も至った。
至ってしまった……最悪の想像を。
それが、敵の心理誘導によるもので。
実際には、そんな事はない可能性もあるのだが――。
「ッ!? う、ウニさーん!? な、なななな……何でござるかその、血がついたウニはッ!?」
――その、クロダイの悲鳴に近い声を聞いた瞬間。
――彼の中で、最悪なパターンの可能性がほぼ確定となった。
仲間の誰かが……ありえない事に、いつの間にやら。
誰にも気づかれず、仲間ではない何者かと入れ替わっている可能性が。
※
「ッ!? お、おほぉー!? な、なななな何ですかこれはー!?」
クロダイの指摘を受け、反射的に己の懐を見たウニは驚愕した。
いつも彼女が、武器となるウニを入れているそこから……血が滴っていた。
それも、今さっきついたかのように。まだ時間経過による、黒く変色するなどの変化が起きていない新鮮な血液だ。
「ッ! え、ま……さか……ウニ先輩が梅先輩を!?」
そしてその状況に、浅井兄は真っ先に反応した。
将来的にDTを奪ってほしい、愛しい存在が傷つけられた事へのショックが原因の混乱もあるかもしれない。だがそれ以前に……誰がどう見ても、そうとしか考えられない状況だった。
「ち、違ーッ!? な、なななななんで私が梅さんを傷つけなきゃいけないのですかーッ!?」
「ッ! そ、そういえば」
するとその時、椎名はふと思い出した。
「う、梅ちゃん先輩の背後にいたのって……ウニちゃん先輩だったような?」
「「「「「「「「「「ッッッッ!?!?!?」」」」」」」」」」
その衝撃の証言を聞いた、椎名以外の全員の思考が停止した。
そしてその一瞬の後。
彼らは、先ほど組んだ円陣の配置を思い出し……顔を強張らせた。
椎名の証言通り。
確かに、梅の背後にいたのはウニであったから。
「ま、さか……お前なのか、ウニ……?」
その場にいる全員を代表し、被害者たる梅が表情を硬くしてウニへと訊ねた。
するとウニは、必死の形相で「違います違いますッ」と、いつもの口癖を忘れるほど慌てつつ釈明する。
「さっきも言いましたけどなんで私が梅さんを傷つけなければいけないんですか! 私達仲間ですよね!? まさか私が敵に通じているとでも言いたいのですか!? そんなワケないじゃないですか信じてくださいみなさん!!!!」
いや、そもそもここは……IGA局員には不慣れな土地。
簡単に言えば、真夏の日本よりも過酷な自然環境の熱帯雨林。そこを延々と歩き続けてきた事によるストレスに加え、いつ敵に襲われるか分からない状況、さらには明らかに自分しか犯人と思えない状況と……常人ならば発狂していてもおかしくない状況が重なった事で、ついに精神的余裕がなくなったのだ。
「待て! ウニ、落ち着け!」
混乱の境地に陥ったウニに、梅は慌てて呼びかける。
「もしかすると、この混乱した状況を生み出す事こそ敵の狙いなのかもしれん!! お前は敵にハメられた可能性がある!! だから今は落ち着――」
「そう思うならなんで梅さん私に『私が傷つけたのか』訊ねたんですかーッ!?」
しかし、今のウニには何を言っても無駄だった。
梅はただその時は、一応の確認をしただけで、犯人だとは決めつけていなかったというのに。敵の策略のせいなのか、完全にパニックに陥っている。今のままでは話を聞かないかもしれない。話すとしても、頭を冷やしてからの方がいいだろう。
「というか椎名、事実であっても場合によっては言って良い事と悪い事があるぞ」
「浅井、お前も……まだ確定事項でもないのに勝手に結論を出そうとするな。敵の罠だったらどうする?」
一方、パニック状態に陥るウニと、攻撃された梅の会話の裏で、椎名と浅井兄はそれぞれの師匠からお叱りを受けていた。
そもそも、この犯人探しを加速させた原因は二人の余分な一言である。おかげで状況はさらなる混沌を極める羽目になったのだから仕方がない。
本来であれば……今回の場合、互いを監視できるように陣形を組んだ上で、相手の釈明の内容を含め、冷静に状況を分析しなければいけない場面である。しかし、それは弟子組のせいで当分先延ばしになるだろう。
敵の次の攻撃が、いつ来るか分からない状況の中で。




