第30話:背後
長くするのはやめました。
代わりに今回の戦いの終わりまで一気に書きます。
――パチンッ ――パチンッ
――パチンッ ――パチンッ
――パチンッ ――パチンッ
突如、アガルタの密林に……謎の音がこだまする。
それは、何かが弾ける音のようだとみんなは思った。
風船が割れる音。伸びたゴムが元に戻ろうとする時に響く音……様々な可能性がみんなの脳裏を過る。しかしすぐに、全員があの音に近いと同時に思った。
フィンガースナップ。
俗に言う指パッチン。
何かに失敗した時や、相手への合図などで、日常的に使われる事もあれば、音楽業界において、体を使った楽器の一つとして使われる事もある動作の際の音だ。
――まさか、敵が発している音なのか。
田井中達は反射的に、背中合わせに円陣を組んで周囲を観察した。
壱課局員と梅は全員、武器を構えた。梅の部下達は、音源を探すべく持ち込んだ機器類を作動させた。そして弐課局員である堕理雄は、音を発する敵を探すべく、すぐに……毒性のある植物があるかもしれない可能性を考慮し、慎重に動きながら気配を消し、周囲に溶け込んだ。
「何だこの音は? 耳障りだな」
「相手が誘っているのか。それともなんらかの催眠暗示的な意味があるのか。意図が読めない分、不気味だな」
「催眠暗示的な意図があるんなら、こっちはその効果が出る前に相手を見つけるかこっちがより、大きな音を出すか……最悪、自分の鼓膜を破んなきゃいけないか」
意図が読めない、不可解な音を聞かされ続けたせいで顔をしかめつつ、田井中と如月は音源について思考する。
しかしどれも憶測の域を出ない。これ以上の答えを得るためには、敵と接触するなどの、新たな展開を迎えなければならない……可能性もある。
「いや、もしかすると鼓膜を破らせる事が目的の可能性もある。フッ、まさに相手との頭脳戦。かつて、群雄割拠な大昔の日本でも行われ……故に、我々忍者が必要とされた戦いだなッ」
「おほー! そう言われるとさらに緊張しますねー!」
「ドンドンパフパフ~♪ 適度な緊張のおかげで感覚が冴え渡るでござる~!」
一方で梅、ウニ、クロダイは苦笑を浮かべていた。
梅の言う通り、これは忍者の本領の一つたる頭脳戦。まさに、死と隣り合わせの騙し合い。その状況が生物の野生の部分を目覚めさせ、クロダイの言う通り、感覚が鋭敏になり、適度な緊張をもたらしたのだ。
「ど、どどどどどどどこだ相手はッ!?」
「ま、ま、まままままままったく姿が見えないっス!?」
しかし一方で。
まだまだ修行が足りない浅井兄と椎名については……必要以上に緊張を覚え、困惑していた。
ただでさえ熱帯雨林特有の暑さや、暑さがもたらす喉の渇き、正体不明の相手と対峙し緊張した事による喉の渇き、さらには滝のように流れ出る汗の不快感など、数々のストレスを受け。さらに言えば修行途中、すなわちIGA局員としての芯の通った覚悟が、まだ形成しきれていない時点でこの頭脳戦が始まったのだ。
言うなれば、新人に対し、中間管理職が扱う仕事を押しつけるような、ブラックな仕事をしているにも等しい状況だ。しかも失敗すれば死という……罰にしては、かなり過激なモノまでついてくる。もはや、ブラックどころかダークな状況。困惑しない方がおかしいのだ。
「梅課長! 音源、特定できマセン!」
「そ、そんな……周囲一帯から同じ音程パターンの音が!?」
「馬鹿な!? ロジカルワケ分かんない! というかなんで未だに普津沢課長から連絡がないんだ!?」
一方で、梅の部下達は驚愕と困惑をしていた。
今回の事件の解決にどんな道具が役に立つか分からないため、彼らはありったけの機材を持ち込んだ。そしてその中には、TVなどでも見かける、音源を特定するための機材も含まれている。
彼らはそれを用いて、フィンガースナップの音源を特定しようと思っていた。
だがそれらの機材が示す結果は、上下前後左右、あらゆる方向から同じパターンの音が響いているという不可解なモノだった。
――もしや分身の術を使った透明な敵がいるのか。
――それも普津沢課長にも捉えられないような敵が。
梅の部下の一人であるハルキは一瞬そう思ったが、すぐにそれを否定した。
なぜなら堕理雄は、このアガルタと思われる世界に来る前――マハンバとの戦いの時から、参課製の忍具『ミツケレール』を持ったままだと思い出したからだ。
『ミツケレール』は、装着者の感覚を強化した上で、その装着者が怪しいと思った箇所を自動的に解析し、数分とかからない内に目に見えない敵を見つけ出す、驚異の忍具だ。正体不明どころか居場所が不明な敵を相手に、堕理雄がそれを使わないワケがない。にも拘わらず、なぜ未だに彼からの連絡が来ないのか。まさか相手は『ミツケレール』でも捉えられないような、恐ろしいスペックを持っているのか。
「馬鹿な! 周囲から同じ音が聞こえるだと!?」
その結果を聞いた梅が、驚愕する。
十人十色、千差万別という四字熟語の通り、人と、その他の存在との間には必ず差異が生まれる。その要因には生来の性質が関わるだろう。だがそれだけでなく、その存在が今までに辿った道筋――生きた環境と、その過程で何を思い、どう行動したのか。その些細な違いも必ず影響する。
なら、周囲から聞こえるフィンガースナップの音程には。敵の数だけ差異が存在しなくてはならない。だが実際に出た結果はどうだろう。敵の分身が周囲に数多くいるとしか思えない、あまりに不可解すぎる状況だ。
(もしや、分身の術? フッ、まさか相手は忍者か?)
図らずともハルキと同じ結論に至る梅。
しかしなぜ今になって、UMAではなく自分達の同業者が現れるのか。まさか、忍者のような能力を持つUMAがいたりするのか。それとも……。
(……まさか、とは思うが)
思考の末、梅の脳裏に嫌な予感が過った。
(田井中の、予想が当たった……? だとすると、これからの戦いはさらに苛烈な次元に突入しかねんぞッ)
※
一方その頃、堕理雄は困惑していた。
この世界の植物が、己の皮膚を引っかいたりしないよう注意しつつ、彼は木々を乗り越え、周囲の状況を探っていたのだが、敵影らしきモノを見つける事ができなかったからだ。一応『ミツケレール』も使ってはみた。だが、それが示すモノは、梅の部下達が作動させた機器と同じ結果だった。
(そんな馬鹿な。音はするのに姿はないって……相手は幽霊かッ?)
彼は今までに、多くの異星人未来人異世界人異能力者と対峙してきた。
それこそ、どこぞの憂鬱気味JKが狂喜乱舞しかねないほど多く。しかし、姿を一切捉えられない幽霊の如き敵と対峙するのは、今回が初めてだ。
いや、そもそも対峙しているのかさえ不明な状況ではあるが。
さらに言えば、幽霊に近い存在にはかつて……さそり座な異星人が襲来した際に出会ってはいるが。
(くそっ。そんな敵とどう戦えばいいんだ? 早く姿を見つけるなりして攻略法を見つけないとみんなが――)
そして田井中達が心配になった堕理雄が、思わず彼らへと視線を向けた……その時だった。
――彼は、とても不可解な場面を目撃する。
円陣を組んだ局員達。
その背後で、何かが動いた。
堕理雄は最初、誰かの腕だと思った。
背中に武器などを隠し持っている仲間がいないワケではないのだから。
ただし、その隠し持っている、奥の手とも言える武器の詳細については、課長である堕理雄にも梅にも分からない。たとえ仲間内であろうとも、内緒にされている場合があるからだ。
誰かがその武器の事を敵にうっかり喋ってしまう可能性があるのだから、当たり前と言えば当たり前の事である……のだが。
――パチンッ ザクッ
今回ばかりは。
その武器の秘匿が裏目に出た。
フィンガースナップの音と同時に。
梅の背中が、背後にいる何者かによって斬りつけられた。
まるでフィンガースナップの音が。
敵を攻撃するサインであるかのように。




