第29話:幻想
再び辺りが明るくなったタイミングで、田井中達は地底世界アガルタと思われる世界の探索を再開した。獣道はあるが、大きく開けた道はない。もしかすると人体に悪影響を及ぼす植物があるかもしれないため、昨日と同じく、その植物を浅井兄に斬ってもらいながら先に進む。
彼が斬った植物および通った獣道に生える植物は、植物学と薬学のエキスパートである参課局員の一人ことアカネがサンプルとして回収した。
遠くない未来にて、必ず起こる戦闘で……主に回復系の効果を持つ薬品が大量に消費されると思われるので、その補充に使えないか調査するためだ。
※
太陽が完全に顔を出す前後の時間帯で、再び不快な暑さが襲ってきた。
転移先の熱帯雨林に相応しい、まとわりつくような猛烈な暑さだ。常人であれば途中で、夏バテや熱中症を起こしかねないレヴェルの環境の中で、まだまだ鍛錬が足りない椎名と浅井兄の足取りが、まず遅くなる。他の局員についてはまだ余裕があるものの、いつまで持つか分からない。
「バード少将関連の情報によれば、アガルタの密林を抜けた先には首都シャンバラ……宝石のように美しい理想郷とやらが存在するらしいのだが、未だに着かんな」
敵がいるのがシャンバラで、そしてここよりは快適な場所であろうと、バード少将関連の情報からして目星をつけていた梅でさえも、なかなかそこに辿り着かない現状と暑さのせいでイライラし始めた。
「おほぉ……巨大凧で、上空から周囲を見渡せればいいのですがぁ」
「ドンドンパフパフぅ……さすがにこの密林の密度では、凧揚げは難しいでござるよぉ」
ウニとクロダイが、いつもよりも低いテンションで声を出す。
田井中、如月、梅、堕理雄などの局員よりは、確かにIGA局員としての勤続年数は短いが、それなりに強い二人でさえも、この暑さは耐えられる限界ギリギリのようだ。
「もしも、昨日戦ったマハンバもこの世界の存在なら、もしかすると川もあるかもしれないけど……あっても寄るのさえやめておいた方がいいね。水生UMAの餌食になりかねないし」
あまりに暑いため、持ち込んだ食料や水の補充のためにも、ある可能性がある川に寄る事も考えた堕理雄だったが……暑さでみんなバテ始めている現状で、水生のUMAに勝てるとは限らないため諦めた。
「持ち込んだ食料と水が持つか、心配になってきたな」
「もし尽きたら……アカネちゃんと梅ちゃんの植物関連の知識だけが頼りだな」
「せ、責任重大ッ。が、頑張ります」
「フッ、その辺は任せておけ。一番良いのは尽きる前に元の世界に戻れる事だろうがなッ」
如月と田井中の心配に、アカネと梅は苦笑しながら答えた。
暑さのためイライラしてはいたものの、頼りにされた事で気持ちを切り替える事ができたのか、その言葉にトゲはない。
「ああ、そういえば」
とここで梅は、精神的余裕ができたためか、唐突にある事を思い出した。
「チュパカブラが、UMAの中ではメジャーな存在なのは、誰もが知っている事実だが……実はこのチュパカブラが存在しないUMAだという事を知っているか?」
「え、ええええっ? 梅先輩、何言ってるんですかぁ?」
「お、俺でさえ知ってるメジャーなヤツじゃないっスかッ。そ、存在しないって、どういう事っスか梅ちゃん先輩ッ?」
まさかの発言に、浅井兄と椎名が反応する。
だが暑さのせいでそこまで勢いのある声は出せなかった。
「フッ、ところで質問を質問で返すようで悪いのだが……キャス子、チュパカブラと言えばどんな見た目だ?」
「え、ええと……赤色や灰色の毛があって、グレイ型エイリアンみたいな顔で……トゲトゲしていた、ような……?」
話を振られたキャサリンは、いきなりな質問であるにも拘わらず、なんとか思い出しつつ答えた。
「フッ、正解だ。そしてハルキ、チュパカブラが最初に目撃されたのはいつどこか知っているか?」
「えっと……一九九五年、場所は……プエルトリコだったかな? ロジカル自信はないですけど」
ハルキの方もうろ覚えだったが、なんとか思い出す。
「フッ、正解。そう、一九九五年なんだよ諸君!」
「いや、梅ちゃん。いきなりそう振られても何が何やらだよ」
意味不明な発言だったため、さすがの堕理雄も頭上に疑問符を浮かべた。
「……普津沢先輩、本気で言っているのですか?」
「え?」
すると今度は、梅ちゃんの頭上に疑問符が浮かんだ。
「その年に、いったい何があったのか……弐課局員として、タイトルすらもご存じないとは言わせませんよ?」
「いや、そうは言われても……」
何も思い浮かばない弐課課長であった。
「タイトル? …………もしかして、アレか?」
如月の頭の中に過るモノがあった。
「如月先輩はご存知でしたかッ」
知っている者がこの場にいた事に、話を振った者として、梅は安堵した。
「当時はまだ子供だったから、記憶が曖昧だが」
そう前置きした上で、如月は話を続けた。
「当時公開された、スピー○ーズ、とかいう映画のポスター……アレに、背中からトゲが生えた半裸の女性が写っていたような」
「ああ、アレか」
年代的に知っていなければおかしい田井中も、ようやく思い出した。
「映画自体は見ちゃいないんだが、学生時代にクラスメイトがその映画を見たとか話していた気がするな。SF映画だったか?」
「ああ、あのポスターからしてエッチそうな映画? ……え、ちょっと待って?」
そしてその田井中の友人であるアカネも、ようやく思い出す……と同時に、彼女はチュパカブラに関する、ある可能性に思い至った。
「フッ、ご想像の通りだ。アカネさんッ」
すると梅は、己と同じ結論に部下が至った事が嬉しいのか、ニヤリと不敵な笑みを浮かべつつ……ついに告げる!!
「プエルトリコでその映画の封が切られたのは一九九五年の七月ッ。チュパカブラ目撃の一ヶ月前だッ」
「にゃ、ニャッポリートぉ!?」
ここまで来ると、さすがにまさかの事実に気づき……浅井兄は驚愕した。
「ま、まさか……チュパカブラは元々映画の中の怪物だったんスかぁ!?」
「いや、確かにそうだが……微妙に違うぞ椎名」
しかし椎名は、全てを理解しているワケではなかった。
おかげで彼の師匠は、苦い顔で頭を押さえる羽目になった。
というかそれでは、チュパカブラが映画の中から出てきた二次元の存在とも解釈できるではないか。
「椎名君、どうやらチュパカブラは、みんなの幻想で……本当は野良犬とかだったかもしれないんだよ」
弐課課長としてその結論に至れなかった自分の不甲斐なさを恥じながら、堕理雄は言った。
「フッ、もしかすると……先日戦ったシェイプシフターが、映画鑑賞者な目撃者の頭の中から、作中のエイリアンのイメージを読み取って、そのエイリアンに化けていた可能性もあるかもしれんがなッ」
「まぁ、そういう見方もあるか」
如月は顎に手を当て、納得した。
「ま、まさか……チュパカブラがエロい半エイリアンだったとはッ」
「いや浅井。お前も理解していなかったのか」
己の弟子のバカさ加減に対し、如月も頭を痛めた。
「おほー。という事はー、これから先チュパカブラが出てきてもー、先日と同じくシェイプシフターの可能性があるんですねー?」
「ドンドンパフパフ~♪ 空を飛ぶとか聞いてたから、幻想であるならとりあえずは安心でござる~~」
一方でウニとクロダイは、梅の豆知識のおかげで気が紛れたのだろうか。ほんの少しだが、いつもの調子を取り戻し始めていた。
(まさか梅ちゃん、みんなのモチベーションを上げるために……?)
堕理雄は、暑さのあまりみんなのモチベーションの管理をすっかり忘れていた事を反省しつつ、同僚がモチベーションを気にかけていた事を嬉しく思った。
日本を陰から守護る秘密警察IGAの弐課は、諜報担当の課だ。
そしてそれ故に、所属する者の戦闘能力は、戦闘能力が高い者で構成される壱課の局員に比べると……若干低めである。
仕方ないと言えば仕方ないのだが、その一方で、見ているだけではダメだと弐課局員は思うため、時に彼らは他の課のマネージャー的な役割を果たす事もある。
そして、そんなマネージャーとしての役割を他の課の者に取られると……自分にできる事が少なくなるため、堕理雄は、次こそは自分が動こうと心に決め……。
――パチンッ
――パチンッ
――パチンッ
……その、直後だった。
周囲から。
不気味な音が聞こえてきた。
梅「フッ、次回は少々シリアス多めな話になるため……先に言っておく。次回の敵は平成ラ○ダー第一作に登場した、あの残虐非道なヤマアラシ型の怪人っぽいヤツだッ」
田井中「さらに言えば、どこぞの馬鹿大学卒業生の変わった友人っぽい敵でもあるぞ」
堕理雄「シリアスなシーンでこんな余談は言えないからねぇ」
如月「…………どっちの紹介もある意味ホラーなネタだな」




