第26話:包囲
「梅課長、私達以外の生体反応……今のところ確認できマセン」
「梅課長、大気成分については、ロジカル大丈夫みたいだぜ」
「梅課長、私達の周辺の植物……どれも、日本には存在しない未知の植物です。帰還する時は日本の生態系を壊さないように、服に種子などがついていないか細かくチェックする必要がありそうです」
慎重に周囲の気配を探ったところ、敵意や殺意や悪意を持つ存在は特に確認できなかった。その事を知るや否や、まずは梅の部下である、参課局員三人が動いた。キャサリン・後藤、夏咲ハルキ、優月アカネの三人だ。
各々の持参するセンサーで周囲の状況を把握した三人の報告を聞いて、梅はひとまず、外来種問題以外については安心すると、次に空を見上げた。
見上げた空は青かった。
ただし、先ほど自分達を襲った霧と同じくピンク色の雲が浮かぶ空だ。
夕方であれば、まだ理解できる色だが、残念ながらこの世界の光源たる、太陽と思われるモノは真上にある。正直言って違和感バリバリな光景だ。
いやそれ以前に、もしもここが本当に地底世界であるならば、太陽のような光源がある時点でおかしいが、アガルタ人が、地上人よりも高いレヴェルの科学力……それも、度々肘川市に襲来する異星人クラスの科学力を有しているなら、人工太陽を開発していてもおかしくはないかもしれない。
「フッ、人工太陽……もしくは天井に青い空や太陽を映すシステムでもあるのかもしれん。もし飛行機がこの場にあれば運転して、直接触って確認したいところだ」
ジリジリと降り注ぐ光を手で遮りながら、梅は言った。
「密林である時点でおかしくはないと思うが……暑いな」
「太陽が映像なら、空調の設定が熱帯地域並みなのかもしれねぇな」
如月と田井中は汗を拭った。
道の先に危険なUMAがいる可能性を考えたが故の緊張の汗も、もちろんあるだろうが……それ以上に、この世界はとても暑かった。
「あ、暑ひぃ……ス……」
「ま、真夏どころの……暑さじゃねぇ……」
それも、真っ先に弟子組が音を上げるほどだ。
「おほぉ……帰ったら真っ先に水風呂に入りますよ私ぃ」
「ドンドンパフパ……フぅ。拙者はこのまま、川でもいいから入るでござるぅ」
ウニとクロダイに関しては、暑さに耐えてはいるものの……脂汗が出た事による不快感をあらわにしていた。
「…………ダメだ。コッソリートが使えない」
一方で堕理雄は、地下世界に移動したせいか、コッソリートが未だに圏外である事に、暑さも手伝い、苛立ちを覚え始めていた。
「いざという時は、沙魔美が女の勘でここを突き止めるかもしれないけど……それまで生きていられるか、俺? もし死んだら地球の終わりだぞ」
しかし同時に、己が死亡した結果起こる事を想像した事で、苛立ちが引っ込み、代わりに恐怖と、地球の命運という重圧を覚えたが。
「フッ、普津沢先輩。とにかく歩きましょう」
そんな堕理雄に、梅は彼の気分転換も兼ねて提案した。
「まずは黒幕なり出口なりを見つけなければ……今の状況を変えられるとは思えませんからね」
※
それから田井中達は、密林を歩き続けた。
先頭は、訃舷一刀流の復習も兼ねて浅井兄である。
なぜかと言えば、彼の復習も理由の一つなのだが、参課局員の一人であるアカネの言う通り、この世界に存在する植物が未知の存在だからだ。
もしかすると、掠っただけであの世行き……になってしまうような危険な植物もあるかもしれないので、その刃で道を作ってもらうためである。
ちなみに、二番目は如月なのでマズい事にだけはならないだろう。
「そ、それに……しても……」
歩き始めて、一時間近くは経っただろうか。
いい加減疲れてきた上に暇になってきた椎名が口を開いた。
「敵がいるなら……そろそろ、出てきてほしいっスよぉ。もう疲れたっス」
「…………まさかとは思うが」
弟子の意見を聞き、田井中は嫌な予感を覚えた。
「俺達をこの世界に閉じ込めて、その隙に肘川に侵攻しようとか考えているんじゃねぇだろうな……今回の敵は」
「ありえなくは、ないですね」
堕理雄はそう言ったが、平静な口調だった。
「ですが、肘川にはIGA局員以外にも多くの猛者がいます。ウチの家内も、その猛者の一人ですから……そう簡単に陥落するとは思えませんね」
「…………それもそうか」
堕理雄の意見を聞き、田井中は安心した。
そして同時に、疑問に思った。
いったいなぜ敵――おそらくはアガルタ人、もしくはそのモデルとなった存在と思われる存在は、自分達をこうして、この密林へと転移させたのかと。
しかし、その疑問について考える暇はすぐになくなった。
「「「「「「ッッッッ!!!!」」」」」」
歴戦の猛者たる田井中、如月、梅、堕理雄、クロダイ、ウニの顔が突然強張り、同時に戦闘態勢をとった。するとそれを見た、気配察知がそこまで得意ではない弟子組や参課局員にも緊張が走り、彼らも、一瞬だけ遅れたが戦闘態勢をとった。
自分達へと殺意を向ける敵の気配を察知したのだ。
「ッ!! 梅課長、囲まれていマス!!」
そして、その場にいる全員が戦闘態勢をとった瞬間。
キャサリンが、持参していた生体反応レーダーに自分達を取り囲む敵影が映っている事を確認して、声を張り上げた。
「フッ! いよいよ敵のおでましか!」
梅は、胸の谷間から取り出したスタンガンサーベルのスイッチをオンにした。
本体の上部につけられた電極から放たれた電流が、刀身を形作る。刀身が充分に伸びきったところで、梅はスタンガンサーベルを、まるで曲芸師の如く振り回し、最後はフェンシング選手の如く、その先端を己の目の前へと勢いよく突き出した。
「いよいよか」
「待ちくたびれたぜ」
「おほー! どんな敵だろうと返り討ちですよー!」
「ドンドンパフパフ~~! 釣って釣って釣り上げまくって……えっ!?」
梅に続き、如月、田井中、ウニ、クロダイも己の得物を構えた。
そしてクロダイが声を発した次の瞬間に、自分達の周囲に現れた敵の正体にクロダイは……いや、クロダイ達は瞠目した。
「え、ええええっ!?」
「な、ななななんででっスかぁ!?」
弟子組が困惑する。
「……これは何の冗談だ?」
「おほぉー!? な、なんでッ!?」
「ドンドンパフパフ~!? ど、どうしてここに~!?」
「フッ、これはこれは……趣味が悪いな」
「…………オイ、なんで俺達の世界の人間と同じ姿をしているんだ?」
田井中達も、思わず顔を強張らせるほど動揺する。
なぜならば、ついに現れた新たな敵は、なんと自分達と似たような姿をした老若男女だったからだ。
アガルタに招かれた事があるバード少将の報告によれば、アガルタ人は地上人と同じ姿形をしていたらしいが……残念ながらそういう次元の話ではない。
この世界は、田井中達がいた世界とは異なる世界だ。
次元座標からして違う、かのロコドルの一人がいた世界のような異世界なのか、本当に地下に存在する世界なのかは不明であるものの、少なくとも電子雲付きの霧でなければ行き来できないような世界のハズ。
ならば、それなりに文化に隔たりが存在していてもおかしくないハズだ。
にも拘わらず、なぜ目の前に現れた刺客は、まるで、田井中達の世界の住民だと言いたげに、自分達と同じようなファッションをしているのか。
「ッ!? 来るぞ!」
しかし、その謎の答えについて考えている暇はなかった。
自分達を包囲した敵が、ついに自分達へと襲いかかってきたからだ。声を出した如月、そして田井中達は応戦した。敵の得物である剣や刀、斧や槍などの刃物が、田井中達の武器と、嫌な金属音を響かせながら激突する。
梅のスタンガンサーベルに関しては、敵の方が感電してしまったが。
(九……いや、十人か?)
一方で田井中は、敵の武器を得物である拳銃で受け止め、同時に相手の額にゴム弾を浴びせながら、冷静に状況を分析していた。
(まさか、俺達の世界の住民と同じファッションをする事で、動揺させようとでも思っているのか? 作戦としちゃ良いかもしれないが……俺達はIGA局員。その程度の動揺なんてすぐに――)
しかし、その思考は。
次の瞬間。
ほんの一瞬だけだが……途切れた。
己へと、遠くから殺意を向ける者へと、反射的に視線を向けた事で。
向けた先にいたのは、浅黒い肌をした、一人の少女の姿をした敵。
某国で起きたクーデターの鎮圧作戦に、かつて関わった田井中と知り合った少女の姿をした敵だった。
そして、次の瞬間。
少女が構えていた狙撃銃が火を噴き。
田井中の体を、一条の光が貫いた。
優月茜さん、ご出演のほど、ありがとうございました<(_ _)>
なお、ハルキの「ロジカル~」については某Zな光の巨人の「ウルトラ~」な、口癖から取りました(ぇ




