第23話:死突
恐竜<塩漬け原人<武蔵
ちょっとこの構図に物申したいのだが。
再び始まった、マハンバとの近・中距離戦闘は熾烈を極め始めた。
田井中のコルト・パイソンが、常にマハンバの両目を狙う事で、マハンバに目を開けるのを躊躇わせる。それを見ていたウニは、目になら通用すると思い立ち、己の武器をマハンバの目へと投げつけ牽制する。近距離戦闘も得意とする彼女であるが、さすがにまだマハンバの動きを封じ込める手段がないため、近距離戦における必殺技にして、使用中頭部以外は隙だらけになる『ウニクラッシャーアタック』を控えていた。下手に近づけば尻尾の餌食になるので仕方がないが、彼女は悔しそうだった。如月の刃が、またしても死角より、マハンバの体を斬りつける。しかし数センチ程度しか刃が入らない。そしてそれは、梅の武器である『フルエテール』も同様だった。さすがは、恐竜が生きていた時代のワニの生き残り……もしも本当にそうだとすれば『生きた化石』と言うべきマハンバ。並の武器ではまったく、歯が立たない。それどころか、田井中達の動きを覚え始めたのか……マハンバの動きが徐々に良くなっていく。未だにクロダイが放ったルアーが引っかかっている尻尾が田井中達の動きを的確に捕捉し始めた。躱せた、と思ったら、途中で動きを変え、危うく直撃しかける事態が増えてきた。このままでは、いつか誰かに、浅井兄以外の誰かにも尻尾が直撃してしまうだろう。もはや戦局は……田井中の対戦車用ライフルでなければ変える事は不可能かもしれない。
そんな様子を、弟子組は一歩引いた場所から見ていた。
ちなみに、時々マハンバの攪乱をしたりして師匠達を援護しているのでサボっているワケではない。
((に、人間の戦いじゃねぇ(っス)!!!!))
その脳内で、揃ってどこぞのシコル君みたいな事を思っていたが。
「フッ、これはこれは」
マハンバの尻尾を、なんとかバク転で躱しつつ。
己の部下から送られてきたマハンバのデータを、己の持つコッソリートとリンクさせたモノ――堕理雄が装着している物とは別の、メガネ型の『ミツケレール』で閲覧していた梅が、冷や汗をかきつつ苦笑した。
ちなみに、キチンと度も入っている梅専用の『ミツケレール』だ。
「フッ、田井中。やはりマハンバは対戦車用ライフル『ツラヌケール』でなければ傷すらつけられないぞ! キャス子達が用意したニュートリノスキャナー『ミトオセール』によれば、こいつの鱗は鋼鉄並みに硬い!!」
「……そうか。しかし普津沢、事後報告が遅ぃ――」
まさかの事実を知り、驚愕しつつも、田井中は思わず堕理雄に文句を言った……その時だった。
ブルブルブル、と懐に入れていたコッソリートが振動する。
反射的に、田井中は動いていた。
コッソリートを出すため……ではない。
対戦車用ライフル『ツラヌケール』を出すために。
田井中は、信じていたのだ。
必ず堕理雄は、やり遂げてくれると。
だから田井中はコッソリートの着信を、そのままツラヌケール使用の合図であると判断して行動を起こした。
マハンバの攻撃を躱す事がキツくなってきた今になって、ようやく連絡が来た事には一言文句を言ってやりたかったが……あの如月でさえもバテ始めているため、コッソリートに出るのは後回しにした。
堕理雄ではなく、彼と戦っていた敵が使っている可能性もあるが、コッソリートにはDNAレヴェルで持ち主を識別する機能があるため、おそらく大丈夫だろう。
そう判断し、彼は安心して『ツラヌケール』を取り出した。
「みんな!! 一応伏せてろ!!」
すぐに取り出すと、田井中は再び背を大空間内に立つ柱に預けて声を出す。
すると今度は、浅井兄も素直にその場に伏せた。
田井中はそれを確認すると、目の前で、今まさに横向きになっているマハンバの腹にツラヌケールの照準を合わせ――。
――――ッッッッ!!!!!!!!
耳をつんざかんばかりの衝撃が、大空間内に響き渡った。
「ぐぅっ」
衝撃から一瞬遅れて、田井中が苦悶の声を漏らす。
至近距離で、火薬が炸裂する音などを聞いたがために耳をやられた……ワケではない。鋼鉄をも余裕で貫通する参課特製の忍具『ツラヌケール』の、緩和しきれなかった分の反動のせいで体にダメージが入ったのだ。
「ッ!? 師匠!」
田井中の様子に気づいた椎名が、心配で慌てて駆け寄ろうとする。
「ッ!? 馬鹿野郎! まだ来るな!」
しかしそれを、田井中は慌てて止めた。
すると、その直後。
再び、地面を大きく揺るがすほどの震動が起こった。
「……へ?」
椎名は驚愕した。
すぐに田井中へと視線を移したがために、今さら確認できなかったが……この震動には覚えがある。
――先ほどから戦っている、マハンバの起こす揺れではないか。
まさか、先ほどの『ツラヌケール』による一撃が効いていないのか。
マハンバが動けるという事実が、そのような最悪の可能性を連想させる。と同時に、今マハンバから目を背けた自分は、マハンバからすれば、格好の餌食だろうなと……ふと思った。
そして、次の瞬間。
鮮血が、その場に飛び散った。
※
「な、なんてヤツだ」
田井中がツラヌケールを撃った後、浅井兄は驚愕した。
なぜならば彼の目の前には、ツラヌケールをその身に浴びて、腹の部分から血を流しながらも……未だに意識すら失っていないマハンバの姿があったからだ。
「ッ!? 師匠!」
「ッ!? 馬鹿野郎! まだ来るな!」
「ッ!?」
すると、その時だった。
彼の耳に、椎名と田井中の叫びが届いた。
気になった彼は、すぐに声の主を捜して……青ざめた。
現在マハンバが目を向けている方向に、己の後輩たる椎名がいるではないか。
「あンのば、か……?」
すぐさま浅井兄は、椎名を助けるため走り出そうとするが……それよりも早く、己よりもマハンバに近い位置にいた如月が動いた。
※
(田井中の撃った弾丸は、発射された角度と、命中した位置からして……俺の記憶が正しければ、確実にワニの心臓部分を狙って放たれたモノ)
マハンバの傷口を、マハンバにさらに接近しながら如月は分析する。
彼はなぜか執事服を着ているが『訃舷一刀流』と呼ばれる剣術を継承する侍でもある。
そして訃舷一刀流を習う際には、一部の武術流派と同じく、ある程度の手加減もできるよう、人や、人が敵対する可能性がある……熊などの害獣の肉体の構造も、師から教わる。
かつて肘川市で自爆テロを起こしかけた新興宗教『救国の光』の教祖を、奥義を以てして斬り捨てたものの、かろうじて生かす事ができたのはそういう理由だ。
(そして、貫通したように見えないという事は……体内にまだ弾丸が残っている。しかも心臓付近で。ならばッ)
倒すなら今しかない、と如月は判断した。
田井中の弟子を囮に使うのは正直気が引けるが、田井中の弟子にマハンバが注目し、しかも己の目の前に先ほど田井中が空けた傷口がある……この好機を、そしておそらく、ツラヌケールを使った反動で、肉体に大ダメージを受けただろう田井中の犠牲を……決して無駄にはできないッ!!
「フッ!!」
如月は愛刀を……その傷口へと勢いよく突き込んだ。
ビリヤードの原理で、体内の弾丸を心臓まで飛ばすために。
ツラヌケールの威力がメチャクチャ凄まじかったのか、傷口にはすんなりと刃が入るだけの余裕があった。傷口からさらに血が溢れてきた。バシャッと鮮血が如月に飛び散り、彼の執事服が赤く染まる。
しかし、突き込むには……一瞬遅かった。
刃が弾丸へと至るまでの、ほんの刹那。
マハンバは攻撃対象を如月に変え、すぐ動……こうとしたが、できなかった。
「ドンドンパフパフ~♪ 拙者がただ逃げ回っていただけだと思ったら大間違いでござる~~!!」
とその時だった。
マハンバの周りを未だに走り続けているクロダイが叫んだ。
彼は時々、大空間内に立つ柱や、マハンバの体の隙間を経由しつつ動いていた。無論、武器である釣り竿の釣り糸を伸ばしながら。そしてその釣り糸は、よく見るとIGA局員達の背よりも高い位置で、まるで蜘蛛の巣の如く縦横無尽に大空間中に張り巡らされ、マハンバはその釣り糸により動きを阻害されている。
まさか逃げ回る間に、この絃結界を張っていたというのか。
「今でござる如月先輩ー!」
「クロダイ……感謝する!」
邪魔が入らなくなった今こそ好機。
如月の突きが、ついに田井中が放った弾丸へと至り……そして弾丸は心臓を貫通した。
こんな技が存在するのでしたら技名を追加しようと思います。




