第22話:索敵
そして、ついに引き金が引かれる……と思われたその時だった。
ブルブルブル、と田井中のコッソリートが振動した。
まさかのタイミングでの着信のため、田井中は眉をひそめながら、コッソリートを手に取った。画面には『普津沢』と表示されている。
戦闘開始前に姿を消した堕理雄が、何かを見つけたのだろうか。
『田井中さん、撃つのは少し待ってください』
通話ボタンを押すなり、堕理雄はいきなりそう言った。
『撃った直後に目蓋を閉じるなんて、おかしいとは思いませんか?』
「……言われてみれば、確かにそうだが」
死角からマハンバを撃った時の事を言っているのか、と田井中はすぐに察した。
確かに堕理雄の言う通り、発射直後に目蓋を閉じるなど、あまりにもご都合主義な展開である。だが相手は生き物。次にどんな行動をとるかなど、時間をかけねば把握できないハズ。まさか堕理雄は目蓋を閉じたのが偶然ではないと言いたいのだろうか。
『それに田井中さん、ワニなのに口を開こうとしないなんて……それこそおかしくないですか?』
「ッ!! 確かに。それは明らかにおかしい」
だが堕理雄のその意見を聞き、田井中は考えを改めた。
尻尾も強力な武器である事に間違いはないが、ワニにはそれと同じくらい強力な武器――顎があるではないか。
種類にもよるが、ワニの噛む力は約五百四十キログラムだという。現存する生物の中では世界最強クラスの力だ。
ちなみに、陸上での史上最大の肉食獣たるティラノサウルスの噛む力は、およそ九百キログラムらしいが、ある研究チームの調査によれば、古代のワニの噛む力はおよそ千六百キログラムもあったかもしれないらしい。
もしも現在、田井中達が相対しているマハンバも同程度の噛む力を持っているとするならば……なぜ真っ先にそれを使おうとしないのか。
『これは俺の推測ですが……黒幕はこちらの飛び道具の事を、マハンバに教えて、しかも対処法を訓練させた可能性があります』
「ッ! なるほど。口の中から鉛玉をぶち込めば、一撃で仕留められるしな」
『ええ。しかも発射した瞬間に目蓋を閉じる……これがもしも偶然ではないとしたら、ヤツの〝目〟が、この大空間のどこかに存在するハズです』
「…………となると〝目〟がある限り撃っても当たらない可能性があるか」
『それどころか、敵にこちらの切り札を教えてしまいかねません。俺が敵の〝目〟を仕留めるまで、対戦車用ライフルなどは使わないでください』
「分かった。みんなには悪いが、再び接近戦をさせてもらうよ」
『お願いします。あと、梅ちゃんの「コッソリート」に、マハンバのデータを送信したと、参課のみなさんからの伝言です。ついでに伝えておいてください』
「ああ。普津沢、無茶だけはするなよ」
『ええ。田井中さんも』
堕理雄の返事を聞くなり、田井中はコッソリートを切った。
そしてすぐに「スマンが普津沢から連絡があった! 作戦変更だ!」とみんなに大声で告げ、戦闘を再開した。
※
大空間の中を、堕理雄は動き回る。
音を立てず。それどころか己の気配を……周囲の気配と一体化させながら。情報収集を主な任務とする弐課局員の得意技だ。彼はその状態のまま、田井中達が相手をしているマハンバの〝目〟となっているだろう何かを慎重に探した。
焦ってしまう事で、黒幕に自分の気配を悟られてしまい、探す対象である〝目〟に逃げられたり、マハンバが、田井中達の制止を無理やり振りきって、自分を襲撃したりするかもしれないからだ。
しかしいくら探しても、その〝目〟らしきモノはどこにも見当たらない。
監視カメラのような物があると思ったのだが、まさか本当に偶然に、マハンバは田井中が撃った弾を、目蓋を閉じて防いだのか。もしくは〝目〟の正体が、堕理雄が想像しているモノとはまったく違うモノなのか。
「……キャスさん、ちょっと『ミツケレール』を貸してください」
少し逡巡した後、堕理雄はコッソリートを手に取った。
通話の相手は自分達のサポート役として同行した、梅の部下の一人であるキャス子こと、肘大卒業生の帰国子女キャサリン・後藤だ。
『?? 了解デス、タリオ課長』
「いや、だから俺は復讐代行者じゃないですってば」
海外で育った故か、それとも堕理雄の名前がいろいろと凄いせいなのか、彼女は時々堕理雄をタリオと間違えて呼んでいた。
なので一応、堕理雄は訂正をしておき、それと同時に彼女の差し出した参課製の忍具『ミツケレール』を手にして……再び気配を消した。
※
ミツケレールとは、人間の五感……どころか、第六感を用いても見つけられないような特殊な相手を見つけ出すために開発された忍具である。
バイザー型の忍具で、これを装着する事で、装着者の全ての感覚を強化するだけでなく、強化された装着者の感覚とリンクしつつ、忍具に備わっている各センサーも作動し、あらゆる情報を収集・整理。最終的に隠れた敵を、敵のスペックによるが大体五分以内で探し出す……あのスカ○ターもビックリのトンデモアイテムだ。
装着した瞬間。
堕理雄の感覚が数倍に跳ね上がる。
視覚はともかく、聴覚はヤバかった。
田井中達とマハンバの戦闘時の、金属音や銃声が、堕理雄の鼓膜どころか脳まで破壊しかねない威力で襲いかかってくる。
もしかして平成最初のライダーの、緑色の形態ってこういう感じなのか、などと思いつつ……堕理雄は周囲を観察した。
すると、その時だった。
堕理雄は視界の片隅に違和感を覚えた。
ミツケレールのセンサーが、彼の違和感を察知し、装着者よりも早くその空間の解析を開始する……実によくできた忍具である。
解析は、一分もかからずに終わった。
「ッ!? これは……」
バイザーに表示された解析結果を見た瞬間、堕理雄は驚愕した。
なぜなら、違和感を覚えた場所が……小柄な人間型に歪んでいたからだ。
(まさか、また透明な敵なのか?)
その存在へと、音を立てずに近寄りながら堕理雄は思った。
透明になる能力を持つ存在に、彼は今までにも何度か遭遇した。
そしてそれ故に、彼は三度目以降から、透明になれる、一部の存在の弱点を把握できていた。
それは、個体差があるものの……屈折率まで操れない事だ。
そしてそのおかげで、透明になれる存在が存在する空間は、まるでガラス製の食器の存在する空間の如く歪んでいるように見え、居場所が分かりやすいのだ。
透明になった存在へと、堕理雄は吹き矢の筒の先を向けた。
彼の上司であるIGA局長が、かつてボンバー爆間を捕まえる時も使った吹き矢用の筒と同じタイプの筒。
弐課の基本的な、敵性存在制圧用の武器である。
「フッ」
堕理雄が筒に息を吹き込む。
そして装填されていた、睡眠薬が塗られた矢は発射された……のだが。
透明になっている存在は、寸前で矢の存在に気づいたのか。
途中で凄まじい速さで振り向いた……ように見える動作をした。
そして肝心の矢は、堕理雄が見た感じでは、狙っていた首筋には刺さっていないようだった。透明だから詳しい事は把握できないが、相手は振り向くと同時に、手で顔を庇うかのような動きをしていた。
「ギギャアアアアッ!!!!」
透明になっている存在が、悲鳴を上げる。
どうやら幸運な事に、矢は命中していたようだ。
しかし不幸な事に、ミツケレールの解析によると……命中したのは首筋ではなく血管が細い手の部分だった。
「ギャキャアアアアアアッッッッ!!!!」
そして、そのせいで睡眠薬が回るのが遅くなったのか。
吹き矢を当てられた相手は倒れる様子を見せず、透明になったまま……勢いよく堕理雄へと飛びかかってきた。
「ッ!?」
思わぬ敵の攻撃により、堕理雄は反撃する暇もなく押し倒された。
さらにはその敵の、両手と思われる部位の、尖った先端部分が堕理雄の首筋へと迫る。堕理雄は咄嗟に、両手で相手の手首を掴んで止めた……が、相手はその速度だけでなく、腕力も彼を上回っていた。
堕理雄の抵抗も虚しく、徐々に徐々に相手の両手の尖った先端――おそらくは爪と思われる物が首筋に迫る。
堕理雄、何度目かのDIEピンチ!!
果たして彼は、このまま……娘が生まれた時点で時空矛盾は起きないから、時空規模の事件は起こらないだろうが……とにかく敵に殺されてしまうのか!?
そして、ついにその尖った先端が彼の首筋に到達した……その時だった。
突然その敵の力が、フッと消え……そのまま敵は、堕理雄へと覆い被さるように倒れた。ようやく睡眠薬の効果が出たらしい。だがそのおかげで、相手の獣臭さがモロに堕理雄の鼻を直撃。彼は盛大に咽た。
たまにはこちらも進めねば。




