第21話:巨鰐
ひと狩りいこうぜ!(ォィ
ワニが尻尾を振るう時……その先端は音速に匹敵するという。
まさに我々で言うところの、鞭と同じような性質を持つ武器である。
しかしそれは、通常の数メートルほどのワニの話。
対する相手は十五メートルと、通常の三倍近い大きさだ。
ならばその分、尻尾は長くなり……先端の速度が、より速くなるのが世の摂理。
現在、田井中達は、その尻尾による攻撃に苦戦を強いられていた。
狙いを定められないように、それぞれが別の動きをとりつつ隙を窺い、その隙を見つけ次第すぐに攻撃に入る……のだが、なかなかうまくいかない。
別々に動き、マハンバを混乱させる事には成功した。
しかしマハンバは、そんな戦術にイライラしたのだろう。
なんと腹を支点として、その場で独楽のように一回転した。
尻尾の筋肉をあまり使わなかったためか、その先端は音速並みではなかったが、それでも田井中達とのリーチを広げるには充分だった。
物理的な攻撃だけではない。間接的に、巻き起こされた風が田井中達を襲う。体が軽い椎名が転倒する。浅井兄は尻尾攻撃を避けられず、攻撃が頬を掠った。首が一回転しかねない一撃だったが、参課が作り出した強化服『スゴクナール』を着ていたおかげで、彼は吹っ飛んだだけで、幸運にも致命傷には至らなかった。
「邪魔な尻尾でござる!!」
尻尾の動きを止めるべく、クロダイが動く。
彼は愛用の武器である釣り竿を振るい、射出したルアーをマハンバの尻尾へと、見事に引っかける。
と同時に、彼は踏ん張ったのだが――。
「ああああっ!! さすがにウェイトに差がありすぎたでござるーー!!」
――マハンバの動きは、止まった。
だが直後に、彼はマハンバの尻尾の力に負け……そのまま宙を舞った。
「ッ!! クロダイ!!」
クロダイが舞った先を見るなり、如月が思わず声を出す。
全員が彼の視線の先を見る。
するとそこには、大空間に何本も立っているコンクリート製の柱があった。このままでは、彼が柱に激突してしまう。
「こなくそでござるぅッ!!」
しかし、クロダイの武器は釣り竿である。
備わっている釣り糸の長さの分だけ、リーチを変えられる武器だ。
彼は慌てず騒がず、すぐにそれを操作。
すんでのところで釣り糸を伸ばし、彼は柱を回避……どころか勢いを利用して柱の周りを何周も回り、そのまま釣り糸を固定する!!
「ドンドンパフパフ~♪ これで尻尾をうまく動かせないでござる~~!!」
「おほー! ファインプレーですよクロダイさーん!」
「フッ、これで我々は思う存分ヤツを倒す事に集中でき……なにっ!?」
クロダイのおかげでマハンバの動きが限定された。
そう思い、ウニと梅はすぐさまマハンバへと接近しようとした。
すると、その直後。
マハンバは、なんと自身の動きを阻害する釣り糸を強引に引っ張り……そのせいで、柱が釣り糸の頑丈さに負け、バラバラに切断された。
「え、ええええええ!? なんて怪力でござる~~!!」
おかげで柱の破片が、柱のそばにいたクロダイに降り注ぐ。
彼は慌てて、さらに釣り糸を伸ばしつつ、急いでその場から退避した。
「やりやがったな」
田井中が愛用する銃の一つである、通常の弾丸が入ったコルト・パイソンが二度火を噴く。弾丸は真正面から、まっすぐマハンバの両目に飛んでいく。
しかし直後、残念な事に弾丸は硬質的な目蓋によって弾かれた。
「マッショメーン!? おいおいバカなのかあの田井中って人!」
浅井兄はマハンバの真後ろに移動しながら、田井中を残念そうな目で見た。
「真正面から撃ったら、発射のタイミングが分かって簡単に対処できるだろ!? いやあの化け物ワニの目蓋の頑丈さもビックリだけどよぉ!!」
「おい、気をつけろ浅井」
マハンバを背後から攻撃しようとする浅井兄に、マハンバの右斜め前へと走って移動した如月は忠告する。
「ワニの死角は真正面だぞ」
「………………ゑ?」
次の瞬間。
浅井兄は自由になったマハンバの尻尾で吹っ飛ばされた。
しかし、しつこいようだが参課が作り出した強化服『スゴクナール』を着ていたおかげで致命傷には至らなかった。
「何やってんスか浅井先輩!? そんな事も知らずに生きて――」
「おい椎名。そこ苔が生えた水たまりがあるから、一応気をつけろ」
「――うわっ!?」
「……特殊シューズ『スッベラーン』をはいていても滑るのか、お前は」
弟子の不甲斐なさに、田井中は呆れた。
「おほー! 私のウニのトゲも全然効かないですよー!」
大空間内の水たまりの上を慎重に走りながら、ウニは驚愕した。
彼女は隙あらば、マハンバの足元に、武器であるウニを投げつけていたのだが、そのウニは踏まれた瞬間にペシャンコになっていたのだ。
よくよく観察すれば、ウニから取れたトゲが数本ばかりマハンバの足に刺さっているように見えるのだが、痛がっているようには見えない。
「フッ、弾丸を弾く目蓋といいウニの武器が通用しない足といい……なかなか頑丈な体をしているなッ!」
そう口にしながら、梅はマハンバの隙を突き、その腹部を武器で斬りつける。例の落雷に匹敵する威力を誇るスタンガン・サーベルではない。
アレはさすがに、この場に水たまりが、マハンバのいる地点を始めとする地点に点在する以上、むやみに使えない。同じく水たまりに足を踏み入れている仲間まで巻き添えを食うからだ。
故に梅は現在、水場が戦場になった場合を想定して過去に開発していた、参課製忍具こと携帯電話型超高速振動剣『フルエテール』を使っていた。
携帯電話のバイブレーション機能による振動で、携帯電話の先端より伸びる刀身の斬れ味が増すという恐ろしい特性を持つ武器にして……某携帯電話捜査官を見て思いついた代物だ。
確かにこれならば、感電を気にせず戦える。
だが残念ながら、相手にその斬れ味は通用しなかった。
手応えは、ある。
数センチメートルは入る。
しかしそれだけだ。
致命傷には至らない。
「梅の開発した武器でもダメか」
何度か隙を見つけて斬りつけてみたものの、同じくマハンバに致命傷を与える事ができなかった如月は言う。
「幸いなのは、刃こぼれがしない事か。おそらく俺の刀と同じくらいの硬度なのだろうな、あの鱗は」
「え、師匠の刀……何でできてるんですか?」
吹っ飛ばされ、壁にめり込んだものの、なんとか壁から脱出した浅井兄が、顔を強張らせながら訊ねた。
「師匠! もっと強力な武器とかないんスか!?」
田井中達の武器が通用しない以上、逃げ回ってマハンバを攪乱させる事しかできない椎名が大声で訊ねた。
「あるにはあるが」
大空間を走り回りながら、田井中は渋い顔をした。
「メチャテラースはチャージ中だから肘川支部に置いてきた。カゲトメールはこの暗さだ。ヤツの影を影として判定できるか分からん。あと残っているのは対戦車用ライフルと狙撃銃とアレだが……よし」
田井中は意を決し、薄暗い大空間内で立ち止まった。
そして大空間内にいくつも立っているコンクリート製の柱へと背を預け、懐から出した、参課特製の対戦車用ライフル『ツラヌケール』を構えた。
「一か八か……これで撃つ! みんな、周囲を警戒しろ!」
「……え? なんで警戒をグゲッ!?」
「ドンドンパフパフ~! 意味が分からなかったとしても、まずは伏せるのが身のためでござる~!」
ワケが分からない浅井兄を、クロダイは強引に床に伏せさせた。
「え、なんで警戒しなきゃいけないんスか師匠!?」
「おほー! そう言いながらも伏せる椎名君は素直ですねー!」
すぐ近くで伏せた椎名を見ながら、ウニは苦笑した。
「通じればいいんだが」
「フッ、これが通じなかったら……現在の田井中にとっての最終兵器たる〝アレ〟を使うしかないですね!」
如月と梅も、周囲を警戒した。
対戦車用の弾丸が通じず、あらぬ方向に跳弾してしまった場合に備えて。
そして田井中は。
背を預けた柱のおかげで反動を気にせず……引き金に指をかけた。
ワニの死角。
最近知りました。




