第19話:侵入
ピチョン、ピチョン、と……水の滴る音が空間内に反響する。
肘川市の地下に存在する、地下放水路を通っている水の音だ。
水はその場に湿気を生み、水路内に雫を作り、水路をチョロチョロと流れる川に落ちる。全てがその場で完結している、見えざる水のサイクルだ。
そしてこの場には、それ以外に音は存在しなかった。
とても寂しい事に、生き物が一匹もいないのである。
――もしや例の、肘川市内の動物の生息数の変動のせいなのか。
戦闘準備を整えた田井中達は、そう心の中で思いながら、現在そんな地下水路を慎重に進んでいた。それも、今回の事件の黒幕に見つかる確率を、少しでも減らすために、できる限り水が流れていない乾燥した箇所を。
しかし地下水路である以上、当たり前だが狭くて暗いため……水が流れていない箇所のみを歩くのは、できなくはないがとても難しかった。
だがそれでも一行は、余計なエンカウントを避け、体力を温存するために、慎重に慎重に前へと進む。
ちなみに先頭から如月、浅井兄、ウニ、梅、クロダイ、椎名、田井中、そして梅の部下たる参課局員三名というメンバー構成だ。
と言っても、地下水路に侵入したのは彼らだけではない。
地下水路の出入口が大量に存在するため、敵性存在を逃がさないように、今回の事件に限り、IGAの全戦力が投入される事が決定。そして出入口の分だけ部隊が編成されたのである。
「なんだかこの部隊、IGAの中でも特に実力者揃いじゃねぇか?」
水路を歩き始めて、十五分は経った頃だろうか。
IGAで勤務する中で、それなりに局員達の実力を把握したため……つい田井中は、敵性存在に聞こえないよう小声で疑問をこぼした。
確かに言われてみれば、IGA正社員の中では最強の実力者たる如月と、かつて如月と殺し合いを演じて、一泡吹かせたほどの実力を持つ田井中。この二人が同じ部隊にいるだけでも充分にオーバーキルな戦闘力だろう。だが部隊にはそんな二人だけでなく、二人のそれぞれの弟子たる浅井兄と椎名、底が知れない天才科学者・峰岸梅、釣り名人クロダイ、ウニマイスタことウニもいる。
明らかにパワーバランスがおかしい。
他の部隊の方は大丈夫なのかと心配になるほどだ。
「フッ、心配するな田井中」
田井中の心配事に気づいたのか、同じく小声で梅は答えた。
「この道を先行して調査しているのは普津沢先輩だ。故に、オーバーキルや過剰な戦力には断じてならないッ」
「……ああ、なるほど」
そしてそれだけで、田井中は納得した。
「普津沢が♰カオス・オーナー♰だから、一番強力な刺客は必ずこの道で出現するという事か」
現IGA弐課課長である普津沢堕理雄は、IGAにより♰カオス・オーナー♰と名づけられた特殊な存在である。
詳しい詳細やメカニズムは、一切判明していないのだが、彼が存在する場所では必ず、おかしな事件が発生する。
IGAの調査によってその事実だけ判明した……まったくもって正体不明な存在なのである。
しかしそれは逆に言えば、巧妙に隠蔽され、未解決のまま終わるハズだった事件に彼が遭遇しやすくなり、それにより事件を事件化させる事ができたり、別の誰かを襲うかもしれなかった不幸を肩代わりする事ができる……という感じで、見方を変えれば、人の役にも立てるありがたい(?)避雷針的な存在という事でもある。
某幻想ブレイカーか(ォィ
故に現在、堕理雄が調査しているこの道に……敵性存在の持っている中で、最も強力な刺客が現れる可能性が高い。そして強力な刺客がこの道に集中しているが故に、他の道にはそれほど強力ではない刺客が送り込まれる可能性が格段に上がり、楽に進軍しやすくなるというワケである。
「にしても……くっせぇぇぇぇ~~~~」
水路を進む最中に、浅井兄は文句を言った。
「生活用水が流れてるような水路じゃないだけマシかもしれんけど……藻やカビの臭いがメッチャキツいぜぇぇぇぇーーーー」
「文句言わんでほしいっスよ浅井先輩ィィィィーーーー」
ジト目を浅井兄に向けながら、椎名は言った。
「俺だって必死に我慢してるのに臭い臭いと言わないでほしいっス。意識しちゃうじゃないっスか」
「うっせぇなぁいいだろぉがよ文句くらい言ったってよぉおおおおおおおお」
あまりに臭いせいか、浅井兄はイラついていた。
「つうか俺より後から入ったクセに生意気だぞ椎名テメェ! 俺の方がお前よりも長くIGAで働いてんだズゴォ!?」
「そろそろ静かにしろ、浅井」
しかし浅井兄の文句は、彼の師である如月のアイアンクローにより、途中で強制停止させられた。
「椎名。お前もいい加減、文句をスルーできるようになれ」
田井中も田井中で、呆れた顔で椎名にそう言った。
※
それから一行は、一時間弱も歩き続けた。
にも拘わらず未だに、コンガマトー、もしくはローペンの帰還場所らしき場所は見つからなかった。少なくとも巣は発見できると思っていたのだが、それさえ見つからないとはいったいどういう事か。
彼らは途中で休憩するついでに、その事について考えようとした。
するとまさにそのタイミングで、田井中達は見知った者と再会した。
「みんな、まだ無事で良かったよ」
先行していた弐課課長こと普津沢堕理雄だった。
「おほー、普津沢さーん」
「ドンドンパフパフ~♪ ご無事で何よりでござる~」
変わり映えがしない狭い環境にいた事によるストレスから、状況が変化した事で少しは解放され、ウニとクロダイは肩の力を抜いた。
「?? お前がここに来たという事は……」
「何か分かったのか?」
しかし調査をしていた堕理雄が、意味もなく仲間と合流するなどありえない。
その事にすぐ気づいた田井中と如月は、他のみんなと違って気を緩めず、小声で彼に問いかけた。
「ええ」
堕理雄は眉間に皺を寄せながら答えた。
「この先に、この道においての終点である広い空間があるんですが……みんなで協力しなければ勝てないような、超弩級の敵がそこにいます」
次回は書くのが大変そうだぞ(ぇ




