第15話:飛来
「……あん?」
「?? どうかしたか、弓子?」
肘川北高校では、もう二時間目の後の休み時間だった。
生徒達が思い思いに休み時間を過ごす中、幼馴染である弓子が、エロくない方の変な声を上げたのを聞いて健司は首を傾げた。
「……なぁ健司、恐竜ってよぉ……もういねぇよな?」
「……頭大丈夫か?」
「テメェ健司!! 今アタシにケンカを売ったのか!!? 今日の夕刊に載ったぞゴラァ!!!!」
「いや誰だってそう思うだろ普通!?」
まさかの幼馴染のプッツンに対し、健司はギョッとしつつ答えた。
※
「そ、そんな馬鹿な!」
悲鳴の聞こえた方向を見た瞬間、椎名は驚愕した。
なぜならその方向の上空に、すでに絶滅しているべき動物が。
三匹の赤いプテラノドンが、いたからだ。
「Sis!!」
異常事態であるにも拘わらず、真知子ちゃんの友人と思われる金髪少女が、なぜか英語で、プテラノドン共とは関係がなさそうな言葉を叫ぶ。
椎名は一瞬、どんな意味の言葉なのか分からなかった。
だがなんとなく『シスター』のシスの部分と、発音が似ているような気がして。そしてプテラノドン共を視認する前に女性の声が聞こえた事実を考え。もしや金髪少女の姉が、プテラノドン共の真下にいるのでは、という結論にすぐに思い至り。もしそうならば急いで助けなければと、彼は即座に、プテラノドン共の真下の道を目指し走り出す。
目的の道へと向かう最中、椎名はプテラノドン共が何度も何度も、まるでカツオドリのように降下しているのを見た。
いったい何をしているのか、椎名は疑問に思った。だがすぐに、その下に女性がいる可能性を考え……とても嫌な予感がした。
椎名は急いだ。
全力で走り、三分もかからずに、プテラノドン共が降下している道を視認できる場所に辿り着き……彼は思わず「ヒィッ!」と悲鳴を上げてしまった。
なんと彼の目の前には、彼の嫌な予感通り……おそらくプテラノドン共によって甚振られたのだろう。切り裂かれ、全身から血を流す金髪の女性がいた。先ほどの金髪碧眼少女をそのまま大人にしたかのような容姿の女性だ。そんな彼女へと向けプテラノドン共が再び降下する。女性は慌てて逃げようとして……ついに力尽き、転んだ。女性へとプテラノドン共が迫る。
だが、その時だった。
「お、おおおおおおお前らなんか!! お前らなんかぁ!!」
椎名は涙を流しながら、倒れ伏した女性へと向けて走り出した。
心の奥底から湧き起こる恐怖を必死に抑えつけ、彼は女性の前に立ちはだかる。
しかしいくら抑えつけても、心の中で芽生えた恐怖は簡単には消えてくれない。
それどころか、プテラノドン共のその鋭利なクチバシや歯、爪、さらには凶暴さを視認する度、それらを受けた場合の最悪のパターンが己の中で構築されて、死のヴィジョンが脳裏に浮かんでしまう。
実を言えばその恐怖と同じくらい、男として純粋に古代生物にロマンを感じたりしていたのだが、それでも若干恐怖の方が強かった。
さらに言えば、田井中と出会うキッカケとなった麻薬の売人よりも怖い。女性を甚振る、そんな翼竜とはできれば関わりたくはなかった。
だけどそれ以上に、彼は恐怖を覚えていた。
女性が傷ついているのにまったく助けようとしない……そんな最低な男に、今度こそ自分がなってしまうかもしれない恐怖を。
「くらえぇぇぇぇッッッッ!!!!」
だからこそ椎名は、参課特製の腕時計型麻酔銃から麻酔針を連射した。
降下しているプテラノドン共は突然の攻撃に慌て、翼をはためかせ急停止しようとするが、なかなか止まらない。発射された麻酔針を避ける事は急にはできない。
だが椎名は、現在十本中三本しか命中させられないほどの腕前だ。
冷静さを欠いた状態でそれらを連射したところで、いくら日本に『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』ということわざがあれど、本数が限られている以上、当たる確率は限りなく低いだろう。
そして案の定。
連射された麻酔針は、一本しかプテラノドンに命中しなかった。しかも当たった箇所が最悪で、相手をすぐに眠らせられる部位ではなかった。
すると、その事に腹を立てたのだろう。
麻酔針を当てられたプテラノドンとその仲間二匹が「シュシュシュシュシュ」と不気味な鳴き声を上げながら、攻撃目標を椎名へと変更した。
標的が自分へと変わった事で、椎名は嬉しさと恐怖を同時に覚えた。
おそらくこれで、女性は助かるだろう。しかしその代わりに、自分の人生はここで終わりなんだと。この後、プテラノドン共によって自分は惨殺されるのだと……その様子を、想像してしまったからだ。
「…………嫌、だ……」
しかしそんな絶望的な状況の中であっても。
「俺は……俺は、まだ……死ねない!!」
使命を負ってこの時代に来た椎名は、生きる事を諦められなかった。
しかし無情にも、プテラノドン共は椎名へと鋭利なクチバシを突き立て――。
「椎名、お前がいったい何を背負っているかは……敢えて訊かねぇよ」
――られる、その直前だった。
己が師事する男の声がすると同時、一番前に出ていたプテラノドンの頭部が突然吹き飛ばされた。頭部が欠けたその個体が即死する。死体はバランスを崩し、椎名のすぐそばの地面に墜落した。
仲間が射殺された事を理解するなり、残り二匹のプテラノドンは、すぐに椎名、そして彼の背後にいる男から距離をとった。
椎名は自分が助かった事、そして己が尊敬する人がようやく駆けつけてくれた事を嬉しく思い……その両目からさらに多くの涙を流した。
「だが、これだけは言わせてもらう。何かを乗り越えんとするその根性は立派だ。だが何を背負っていようと、まずは冷静になれ。そうでなきゃ……見えているモンも見えなくなるぞ」
椎名の背後に立つ男――田井中は、さらに話を続けた。
「それと……人であれ獣であれ、さらには翼竜であれ、レディを甚振るような連中には、速やかに消えてもらおうか」
そして田井中は、後退したプテラノドン共へ……再び銃口を向けた。
「初めに言っておく。俺は……無駄撃ちはしねぇ主義だ」




