第14話:訪問
【TO:郷美
件名:生きてる?
本文:父さん、3日後の約束、忘れてないよね? ちゃんとお店の予約してる? してないなら私が予約するけど? 母さんも父さんと会えるのを楽しみにしてるんだから、ちゃんと忘れずに来てよね?
※
かつて堕理雄の部下が調べた『他県の動物出現事件』改め『市内の動物の数変動事件』の事件発生範囲の中心地たる小高い丘。
そこをもう一度、同僚を疑うワケではないが一応調べている最中であった田井中の携帯電話に、そんな内容のメールが届いた。
内容を確認するなり、田井中は渋い顔をして「三日後までに、終わるかなぁ」とぼやいた。
未だに敵の目的が見えないのだ。
だがメールは、内容から察せられるように娘からのモノ。
父親としてその約束を破るワケにはいかないだろうが、しかしだからと言って、同僚に任せて自分だけ家族と会うワケにもいかないし、もしも自分が抜けたせいで戦力不足となり、肘川市に大規模な何かが起きた場合、取り返しがつかなくなる。そしてそうなれば、結果的に妻子を危険に晒す事になってしまう。
それを防ぐためには、一秒でも早く事件を解決しなければならない。
しかし堂々巡りをするようだが、その事件の全貌が、未だに見えないのだから、田井中は悩むしかない。
「?? どうかしたっスか師匠?」
そんな師匠の心境を知ってか知らずか、椎名が話しかける。
「なんでもねぇよ」
田井中は、素早く携帯電話を懐にしまいながら言った。
「それよりも何か見つかったか? 例えば、鳥獣が嫌う臭いを出す仕掛けとか」
「まったく何も見つからないっス」
椎名は肩を落とした。
「となると……事件の犯人は、市内を常に移動しているのか? 他県の動物の運び屋のような存在が暗躍している? いや、だとすればなぜ今までの証言の中に運び屋のような裏家業の者の情報がない? 動物を運べばそれなりに目立つ。今まで俺達が回って話を聞いた人達の証言の中に、そんな怪しい存在に関する情報があってもいいハズだ。……これは、下手をすれば梅ちゃん達参課の領分だな」
田井中はさらに考えたが、どう考えても梅の領分の調査になるような気がした。
確かに田井中にはツテがあるが、さすがに監視カメラのように、二十四時間三百六十五日も監視し続けられるような者はいない。当たり前だが。
なので彼は梅へと、コッソリートを用いて連絡をしようとしたが……その寸前で椎名によって「あ、待ってください師匠!」と止められた。
「肘川の郊外にある山は、生態系がいろいろと謎な秘境になってるって聞いた事があるっス! きっと犯人はそこから他県にいる動物を持ち込んだんっス! ならば郊外に近い方々の意見を集めれば!」
「それは俺も考えた」
弟子の意見に、田井中は淡々と返答した。
「家内が肘川出身だから郊外の山の事は大体知ってる。そしてその郊外の山には、昭和初期に調査に入った者達の報告によれば〝ヌシ〟のような存在がいるらしく、そのおかげで人界には滅多に動物が下りないらしい。黒船来航の時はその山の特異性に惹かれ、複数の外人の猟師が密猟しようと山に入ったらしいが……同じく調査のために入山した当時のIGA弐課の記録によれば、山の動物達は、その外人猟師を森の奥へ、意図的に誘い込み、遭難・餓死させたと。状況証拠からして、そうとしか思えない外人猟師の死体が、何体も……何度も見つかっているそうだ。だから運び屋が、山中に入ったとは考えにくい。捕まえようとすれば死ぬからな」
「…………え、そんなに怖い所だったんスか? 肘川の山」
椎名は青ざめながら言った。
その話は、もはや『誰も知らない肘川市~山の怪異篇~』などのタイトルで本にしても申し分ないレヴェルである。
「まぁそんな話より……今度は他県の動物の出現現場を回るとしよう」
しかし椎名と違い怖くないのか、田井中はいつもと変わらない様子で歩き出す。
「もしかすると、今度はより黒幕に近い存在が出てくるかもしれねぇしな」
※
田井中達が最初に立ち寄ったのは、肘川市内に存在する保育園の一つだ。
弐課が集めた情報によれば、ここには外来種のアムールハリネズミが出現したという。
「保育園児が近寄ったら危ないっスねぇ」
保育園周辺を一人で調査しながら、椎名はぼやいた。
ちなみに田井中は、不審者と間違われないようにと、保育園の先生に己の身分を明かしに行っている最中だ。
「というか早くこの事件を解決して、本命の調査も始めたいところっス。いやこの事件も重大って分かってるっスけど」
今も変動を続けている、己の生きていた未来の事を思い椎名は気落ちした。
――全然解決する事ができなくて、情けないって私のおばあちゃんに思われてもいいなら……椎名君が行く時代にいる私のおばあちゃんを訪ねてみて。
とタイムスリップに協力してくれた普津沢嬢に言われてはいたが、そう言われては男として、普津沢堕理雄の娘であり未来人であり魔女でありアイドルでありヤンデレであるという、いろいろとテンコ盛りな少女のもとを訪れるのは躊躇われた。いや、いつかは同じ未来人として会いたいとは思うのだが。
「おにひたん、なんでぶつぶついってりゅのぉ?」
するとその時だった。
金網越しに、一人の少女が椎名に話しかけてきた。
なぜか裾がクルクルと巻かれているズボンをはいている保育園児だ。
「まちこちゃん、それはあえていっちゃあだめよだめだめよぉ」
そして、ズボンクルクル少女に椎名が返事をする直前。
普通にスカート姿の金髪の少女が、運動場の端からわざわざ近寄ってきて、椎名に話しかけた少女にそう言った。ズボンクルクル少女の友達だろうか。
よく見ると目が青い少女だ。外国の子だろうか。なんだか、ひと昔前のギャグを言っていたような気がしたが……未来人の椎名にそのネタは分からなかった。
「あ、あははは……お兄さんはね――」
しかし何はともあれ子供に話しかけられたのだ。
無視するワケにはいかないだろうと思い、椎名は彼女達へと自分の事を話そうとした――その時だった。
「Yikes!」
突然近くの道路から、女性の叫び声が聞こえたのは。
椎名は驚き、反射的に声が聞こえた方向へと視線を向ける。
すると、その直後。
彼はさらに驚いた。
「ッ!? う、ウソだろ……あ、アレは……!!」




