第12話:被害
小牧梨乃は困惑していた。
バスケットボール部の練習の帰りに、愛しの樋口涼真と一緒に下校して、途中の十字路でそれぞれの家の方向の関係で分かれた……と見せかけ、やっぱりもう少しだけ涼真を見ていたいと思いこっそり彼の後を尾けていた途中で……彼女の視界が揺らいだからだ。
今までの涼真に関する情報の収集の皺寄せが来たのかと思いつつ、それとは何かが違うような気がしたが頭がぼーっとして思考がまとまらない。というか、この道はこの時間帯おにゃのこ一人じゃあいろんな意味で危ないんじゃないかもしかして私の貞操は通りすがりのケダモノに散らされるのではないかと……なぜだかとてもネガティブな思考に陥り始めた。
するとその時。
「小牧!? おいどうした!? しっかりしろ!」
その愛しの涼真が、梨乃が倒れる音に気づき慌てて駆け寄ってきた。
梨乃は、感動のあまり泣きそうになった。
胸の中が……残念な事にあまり大きくない胸の中が涼真への愛しさでいっぱいになる。ああ私、この人を好きになって良かったとなぜだかネガティブな方向に思考が陥っているせいか、心中の彼女は彼女らしくない口調であるが、とにかく梨乃は涼真が気づいてくれてさらには看病してくれる事をとても嬉しく感じた。
「くそっ! まさか熱中症か!? ええと、こういう時は確か濡れたタオルとかで冷やせばいいんだったか!?」
そんな中で、急いで涼真は、バスケットボール部の活動で使わなかったタオルを取り出すと、次に冷えた飲み物を売っている自動販売機を探した。冷えた飲み物をタオルで包んで梨乃に当てるつもりなのだ。
「あった! えぇと冷たい飲み物は……って、何だこの棒?」
するとすぐ近く――梨乃が隠れていた曲がり角の近くに自動販売機があるのを彼は発見するが、ついでにその自動販売機の影に木の棒のような何かが突き刺さっているのも発見した。
「この位置に刺さってたら、邪魔で買えないだろ。誰だよ、こんなトコに棒を突き刺したヤツは――」
「お兄さん、これを彼女に飲ませなさい」
木の棒を邪魔に思った涼真が、梨乃をおんぶしつつそれへと近づく。するとその直後、横から誰かに話しかけられた。
ギョッとして、涼真は声のした方向を見た。
するとそこには、夏になりたてだというのに黒いスーツと黒い帽子を身に着けた男が立っていた。見るからに怪しい男の登場に涼真は警戒した。
「ああ、怪しい者ではないです」
男は咄嗟にそう言うが、怪しい人はみんなそう言うのがテンプレだ。
「私は通りすがりのセールスマンです。スポーツドリンクを販売していまして……よろしければ彼女にどうぞ。お試し用ですから無料です」
そして、続けて男がそう言った時だった。
無料
緊急事態のハズなのに、涼真はなぜだか不謹慎にもその言葉に惹かれて……彼は「あ、どうも」と言ってから、男が差し出したスポーツドリンク『ゲンキニナールSD』を素直に手に取った。
そして涼真は強引に梨乃の口を開けると、少しずつ中に『ゲンキニナールSD』を流し込んだ。するとすぐに、梨乃の顔色が良くなってきた。なんとも早い効果に涼真は驚いたが、すぐに安堵し、通りすがりのセールスマンに礼を言おうとしたのだが……。
「あれ? いない……というか」
彼がいなくなっている事に気づくと同時に、涼真はもう一つの異変に気づく。
「棒が突き刺さっていた地面が……新しくなってる?」
※
「こちら参課局員の磨黒。報告にあった『シャドーピープル』の捕獲は成功です」
白装束を着たIGA局員数人を引き連れた磨黒は、手にしたコッソリートで上司である梅……ではなく、田井中が捕獲した『シャドーピープル』の研究で忙しい梅に代わり、一時的に参課課長になっている局員にそう報告した。
白装束を着た局員達は、協力して細い板状のモノを運んでいた。
その上には木の棒のようなモノ――涼真が目撃した『カゲトメール』が刺さっており、その下の板のようなモノは、シャドーピープルを縫いつけた自動販売機の下の道路をベリベリ引っぺがした上で、運んでいる途中で折れないよう、参課が発明した特製凝固剤『カタクナール』で固めたモノである。
「あと、一般人に被害が出ましたので、持ち歩いていた『ゲンキニナールSD』を与えておきました……ええ、はい。効果は抜群です。では」
報告を終えるなり、彼は溜め息と共にコッソリートを切った。
「やれやれ。まさか一般人にも被害が出るとは」
続けて険しい顔で、彼は呟いた。
目の前では『シャドーピープル』が縫いつけられた道路を、IGA所有の大型車へと載せる作業が同僚達の手で行われている。
彼はそれを見て手伝おうかと思ったが、見た感じ大丈夫そうだったので、すぐに気持ちを切り替え……改めて今回の事件の事を思った。
「もしかしてシャドーピープルは……何かを調べてる人にだけ攻撃を仕掛けているのでしょうか? だとしたら早く事件を解決しないと……どれだけ被害が拡大するか分かったモンじゃありませんねぇ」




