桜の提案
「ウィル殿、ステイシアもシャフナーと同じようにギルドで裁定して処分してください」
「よろしいのですか?」
「はい、彼女も未熟ではありましたが、立派な侍祭です。侍祭であるならば最後まで契約者と共にあるべきです」
「……わかりました。では人を呼んで参ります。それまでここをお願いいたします」
ウィルさんが訓練場からギルドの方へ人を呼びに行く。シャフナーは気を失っているため、身柄を拘束して運ぶには人手が足りないからだろう。別に俺が手伝ってあげてもいいんだけど、律儀なウィルさんはそれを良しとはしないはずだ。
「システィナ、同じ侍祭だけど本当にいいの?」
「はい。先ほどステイシアから聞いた話は後でお話し致します。正直、彼女がこうなった境遇には同情すべき点が多々あるのですが……それでも、彼女は最後まで侍祭であることを望みました。私はそれを尊重したいと思います」
システィナがステイシアから何を聞いたのかは今は分からないが、それなりの事情があったことは間違いないらしい。で、あるなら本当は助けてあげたいとシスティナは思っているような気がする。
でも、侍祭には侍祭同士でしか分からないプライドのようなものがあるのかもしれない。それなら俺はそれを尊重してあげたい。
その後、ウィルさんたちギルド職員に性戦士たちを引き渡した俺達は性戦士の毒気に当てられたのか、はんなりとした後味の悪さを感じながら屋敷へと戻った。
とりあえず、沈んだ空気を払おうとみんなで露天風呂に行く。蛍はずっと湯船で酒を飲んでいたけど、システィナ、葵、桜とかわりばんこに身体を洗ってきゃっきゃうふふして青空の下、湯船でくつろいだら全員気分の切り替えが出来たようで風呂から上った後は皆いつも通りだった。
「さて、これでひとまず今までの懸案は全部片付いたことになる」
全員さっぱりとした状態でリビングに集まり、システィナの淹れてくれた緑茶を飲みながら現状確認をする。赤い流星の戦いが終わってから、俺達がやろうとしていたこと。
1つ目は、お世話になった人達への挨拶回りとお礼の宴会。
2つ目が狼達の戦力確認。
3つ目がアイテムボックスの制作。
そして、予定外の事案として絡まれた性戦士の撃退。
厳密に言えば新規でディランさんに壁材の追加を頼まれていたりもするが、その辺は急ぐものでもない。
「だから、何か問題ごとがあるなら俺達全員で対処できる。その前提で何かある人はいる?」
「はい!」
「うあ!」
すぐ隣で元気の良い声がして思わず仰け反ってしまう。まさか桜から手があがるとは思ってなかった。なんとなくシスティナが厄介ごと抱えたっぽいから、その辺をシスティナが切り出しやすくするためのフリだったんだが……
「えっと……何かな?」
「桜、奴隷が欲しい!」
おぉ……とんでもない角度から変化球が飛んできた気分だ。
この世界に奴隷制度があることは、実は結構最初の頃から知っていた。でも、異世界初日にシスティナと出会えてこの世界の知識に困ることはなかったし、蛍も人化することが出来たから、奴隷を買って戦力増強しつつハーレムという考えは全くなかった。
奴隷制度自体は禁止されている訳ではないのに、奴隷商がそんなに多くないというのも今まで奴隷と言うものに関わってこなかった理由の1つだ。稀に街中で職業の後に(奴隷)という人を見かけることはあったけど、奴隷商自体を見たことはなかった。
「一応確認するけど、桜はどうして奴隷が欲しいの?」
「う~ん……今回の件で思ったんだけど、特定の相手に張り付いちゃうと全体の情報収集が出来ないんだよね。ソウ様の近くにも全然いられないし……少なくても後2人くらいは斥侯役として欲しいかな。二狼達も忍狼として良い感じに動けるようになって来てるけど、監視とか情報の伝達とかはやっぱり言語の壁があるとね」
なるほど……確かに桜にはいつも情報収集や裏の仕事を任せっぱなしだった。
これからもそんなにしょっちゅう桜に動いて貰う事態が頻発するとかは考えたくない。考えたくはないけど、いざという時の為には桜の言う通り情報は大事だ。
それに、システィナは何も不平不満は言わず完璧に家事や屋敷の管理をしてくれているが、この広さの屋敷を1人で管理するのはやっぱりきついはず。更に裏庭の花壇やちょっとした畑まで管理していることを思えばやはり人手が必要だろう。
だけど、うちには絶対に公に出来ない秘密がある。システィナが侍祭だってことも出来れば知られたくないし、なにより刀娘達のことを不特定多数の人達に知られるのは絶対に避けたい。
となれば、人を雇い入れるにしても知りえた秘密を絶対に漏らさないという保証が欲しい。システィナの『契約』を使えば相手を縛ることは出来るが、あくまで契約に反したら罰が降るので『〇〇を言うな』と契約をしても罰を覚悟で〇〇を暴露することは可能だ。
そう考えると一種の呪いであるらしい奴隷術による束縛は禁止した行動自体を縛るので秘密を守らせるには最適かもしれない。
「家事手伝い兼業だったら有りか……」
「本当に!家事手伝い兼業でも全然いいよ!昼間はメイドで夜はくノ一とか格好いいし!」
いやいや桜。それじゃあ寝る時間ないから。少しは休ませてあげてよ。
「ご主人様、私は別に1人でもなんとかなりますから」
「だめだめ。『なんとか』とか言ってる時点できつくなってきてる証拠だから」
「あ……はい、すいません」
「謝らなくてもいいよ。今回魔断が修理中で使えないからって理由で塔巡りのメンバーから外した時にあっさり同行しないことを了承したよね。その辺から多分限界ぎりぎりの仕事量なのかなとは思ってたんだ」
そうでなければ治療だけでも十分役に立てるシスティナが俺に同行しないことをそんなに簡単に了承するはずがない。侍祭として家事仕事を完璧にこなしたいという意地があったからこそ武器がないことを理由に屋敷に残ることを了承した。
「侍祭としてお恥ずかしいところを……」
「恥ずかしいことなどありませんわ。システィナさんがいらっしゃるおかげで私達はこの家の中で何一つ不便を感じたことがないのですから」
「そうだぞシスティナ。屋敷の管理をしながら私の飲酒のタイミングを逃さずに完璧に酒を出してくれる者などお前しかいないだろうよ」
ていうか蛍は暇さえあれば酒を飲んでるな、全く。
「はい、ありがとうございます」
「うん、じゃあ桜からの意外な申し出だったけど明日にでも奴隷商に見に行ってみるか。買うかどうかは予算との兼ね合いもあるけどね。確かすぐに行けるのはダパニーメだっけ」
「そうですね、後はフレスベルクの転送陣からは行けません。そしてダパニーメにも奴隷商は1つしかありません」
ん?ダパニーメにも奴隷商って1つしかないの?っていうか、ダパニーメの奴隷商ってフレーズ、今日聞いた気がするんだけど。
「え、じゃあもしかしてその奴隷商って」
「はい、多分シャフナー達が改変した契約書に縛られていた方だと思います」
なるほど……これも何かの縁かもしれないな。なんだったらシャフナーの件をダシにすれば値引きとかも出来るかもしれないし、良いタイミングだったか。ついでに塔の壁材も採集してくれれば一石二鳥だ。明日のダパニーメ行きは決定だな。
後の問題は……また水差されるのもあれだからこっちから聞いてしまうか。
「システィナ。例のステイシアから聞いた件を教えてくれ」
「……はい」
システィナは一瞬ためらうように息を飲んだ後、決意したように頷いた。
「その話をする前に、少しだけ侍祭の秘密をお話ししたいと思います」
「え?」
「世間一般に侍祭が訓練をしたり、契約者を待っている場所をなんと言うか覚えていますかご主人様」
「うん、最初に会った時にシスティナが説明してくれたよね【神殿】にいたって」
俺が初めて会った日の会話を思い出して答えると、俺が初めて会った日のことをちゃんと覚えていたことが嬉しかったらしくシスティナが可愛らしく微笑む。
「はい。その通りです。それは事実ですが、正確ではありません。神殿にいるのは侍祭として世にでても構わないと認められたものだけなのです」
え……と、どういうことだろう。
「まだ侍祭として世に出せない者達が侍祭としての修行をする場所は他にあります」
つまり、ステイシアはそこから抜け出してきた。それなら未熟であったことの説明は出来る。出来るけど……じゃあ、どうやってそんなところから抜け出してこれたのかという理由は分からない。
「その場所は侍祭達の間では【御山】と呼ばれています」




