責任の取り方
『葵、重結の腕輪を適正段階まで解放』
『承知しました……出来ましたわ』
四肢にかかっていた負担がほとんど無くなったのを確認してからシャフナーに告げる。
「準備はいいですよ。やりましょう」
「……ふん」
俺の5メートルくらい隣でも魔断を構えたシスティナが侍祭ステイシアとにらみ合っている。こちらも準備は出来ているようだ。
「ウィルさん、合図を」
「は、はい。それでは始め!」
ウィルさんの開始の合図と同時にシャフナーが斬りかかってくる。その動きはかなり速いがシャアズ程ではない。
もしかしたら相手も本気ではないのかもしれないけどこの程度ならなんとか対処できる。シャフナーの斬撃を蛍仕込みの歩法を使ってぬるっとかわして、すれ違いざまに蛍で斬りつけた。が、これはシャフナーの回避と鎧に防がれてしまう。
蛍が当たっているのに傷がついたように見えない辺り、あの鎧もそこそこの逸品らしい。
あいつの剣を鑑定してみる。
『魔銀の剣
ランク: D+ 錬成値 MAX
技能 : 魔力補正
所有者: シャフナー 』
魔工技師の腕が悪かったのか、総魔銀製の剣なのにランクはD+止まり。リュスティラさんが作ればきっともっといい剣が出来たと思うが……問題はそこじゃない。あの剣が魔銀製ということは、あの軽鎧も多分魔銀製だろう。
魔銀は魔材の中でも更に高価な素材で、魔銀が含まれた装備と言うだけで買おうと思ったらものすごい金額になる。そんなものをあいつがどうやって手に入れたのか……正直まともな手段で手に入れている光景が全く思い浮かばない。
「く!」
シャフナーは素早く回避で乱れた態勢を立て直すと、俺への評価を改めたのか大振りな攻撃をやめて速さと技を使った連続攻撃に切り替えてきた。
それでも腕輪の負荷を解放し、蛍の刀術や身体強化の補正を受けている俺なら問題なく防御できる。蛍の言うとおり俺も少しは強くなっているらしい。
だんだんと必死の形相になっていくシャフナーの顔を冷めた目で観察しながら淡々とシャフナーの攻撃を捌いていく。
「……なんなんだ一体、なんでお前みたいな弱そうなやつに俺の攻撃が当たらないんだ!くそ!」
なかなか攻撃が当たらないことを愚痴りつつ距離を取るシャフナー。俺は敢えて追わずに見に回る。もう少し戦いを続けて確認したいことがある。
『主殿、何か魔法を使うつもりですわ!』
シャフナーから魔力を感知した葵が注意をしてくれるが、距離を取られてしまっているため魔法の発動までにシャフナーに一撃を加えることは難しい。だが逆にこれだけ距離があれば、ぶん投げ系の魔法には対処できるはず。
「聖戦士シャフナーの威光よ集え!そして愚民共を照らせ!『後光』」
呪文なんてイメージを補完するだけのものとは言え、なんちゅう呪文を……と考えた瞬間俺の目を強い光が貫く。
ぐぁ、ヤバい!目をやられた。こいつもリアル太陽○を使うのか!ど、どこだ!
『焦るな!ソウジロウ。お前の目が見えなくても私がいる。落ち着いて私の情報を受け取れ』
『……そうだった。俺には蛍さんがいたんだ』
パニックになって振り回す寸前だった2刀を、小さく構え直して心を落ち着ける。そうすると真っ暗な世界の中に白い影が……
「ふっ!」
「な!」
右側からの斬撃を身体を捻ってかわす。
一瞬驚愕の声を漏らした白い影は、すぐさま音も立てずに俺の背後へと回る。どうやら今度は低い体勢で俺の足を斬ろうとしているらしい。足さえ止めればじわじわと俺をいたぶれると思っているのだろうか。残念ながらそれは甘いと言わざる得ない。
……それにしても、これが蛍達が使っている『気配察知』の世界。その片鱗。蛍の気配察知が+になったことで劣化で恩恵を受けている俺でさえこれだけのものが感じ取れる。
俺は足元の攻撃を体を捻りながら最小限で跳んで回避すると、着地と同時に回し蹴りを放つ。自分の攻撃が回避されるとは思ってなかったのだろうシャフナーはその蹴りをもろにこめかみに受けて硬い地面に頬ずりしながら吹っ飛ばされる。
「ぐあぁあぁぁ!俺の、俺の顔がぁぁ」
俺は目をゆっくりと開ける。まだ少しちかちかするが、視力は大分戻ってきているようだ。その回復した視界の中でシャフナーは左頬を押さえてうずくまりながらこちらに憎しみの目を向けていた。
「……よくも!よくもこの聖戦士様の顔を足蹴にしやがって、しかも傷までつけやがった……もういい。くそ、変な見栄を張らずに最初から使っておけば良かった」
ゆらりと立ち上がったシャフナーが歪んだ笑みを浮かべる。その醜い笑みに加えて左頬を押さえた左手の隙間からは血が垂れているため陰惨な雰囲気が更に増している。
「いいか、これから使う俺のスキルはお前に一方的に想像を絶する痛みを与えることが出来る。その痛みから逃れたければお前は俺に跪き、敗北を認め、泣いて許しを請わなければならない!わかったか!お前ごときが聖戦士たる俺に逆らったことを後悔するがいい!ふはははははは!」
高笑いをしながらシャフナーが血に濡れた左手で髪をかきあげる。
「ぐぎゃあぁぁぁぁぁ!!痛い痛い痛いぃぃぃ!イタイぃぃぃぃ!」
もちろん、叫んでいるのは俺ではない。シャフナーだ。
もともとの契約書には、『シャフナーが髪をかきあげたら、フジノミヤ ソウジロウは敗北を宣言する』という契約内容があった。それを俺は書き換えて『シャフナーが髪をかきあげたら、フジノミヤ ソウジロウが【解除】と言うまで正直に質問に答え続けなければならない』という契約にした。
そして、今は俺が質問をしてないから質問に答え続けられないシャフナーは契約不履行の罰を受け続けているという訳だ。
これでも俺は、最後の慈悲としてシャフナーが正々堂々と戦うならば最初の条件通りの決闘にするつもりだった。そのための条件はちゃんと契約書に記してあった。
だが、シャフナーがその卑怯な手を使おうとするなら完全に悪人として対処しようと決めていた……まあ、絶対にこいつは使うと思っていたし、使わせるためにわざとすぐに勝負を決めに行かなかったんだけどね。
「シャフナー、俺の質問に正直に答えるんだ。質問に答えている間だけその痛みを止めてやる」
「な!……ぐが!馬鹿な!……そ、それは俺が!俺の!」
「今までに何人の相手を侍祭の契約書を使って騙してきた?」
「は!侍祭の契約書は絶対だ!騙してなんか……う、ギャイイぃぃぃぃいてぇぇ!」
痛みにのたうち回るシャフナーを俺はただ見下ろす。既に痛みから逃れる方法は教えている。それでもそれをしないのはコレの勝手だ。
「シャフナー様!!」
苦しむシャフナーを見て侍祭ステイシアが悲痛な叫び声を上げている。分かってはいたがやっぱり動きを抑えられたのはシスティナではなくステイシアの方だった。
「やはり……ステイシア。あなたは弱すぎる。侍祭に必須であるはずの『護身術』ですらまともに使えていない。その様子では侍祭になるために必要な残りの技能も身に付けていないのではないですか?」
「な……何を言っているですの……そんなこと何であなたが」
確か侍祭になるためには、家事全般の技能の他に護身術を身に付け、更に交渉術、回復術、護衛術のいずれかを修得しなくちゃいけなかったはず。3つのうち二つを修めた者が高侍祭、システィナのように3つ全てを修めた者が聖侍祭と呼ばれるようになると言っていた。
既にシスティナは、ステイシアが持っていたメイスを弾き飛ばしている。あまりの力の差にステイシアはがくがくと震えているだけだ。
「あなた、まだ侍祭補になりたてですね。どうやって【御山】を抜け出してきたのですか」
「な、何故一般人が【御山】のことを!……まさか!あなた……も?」
システィナの口から出た初めて聞くフレーズにステイシアが震えすら忘れる程の驚愕を見せる。おそらく侍祭にしかわからないような符丁なのだろう。
そしてその言葉を出したことでようやくステイシアも気が付いたようだ。
「私も侍祭です。私の名はシスティナ。ステイシア、聖侍祭システィナがあなたに問います。【御山】からどうやって抜け出してきたのですか」
「ひっ……あなたが聖侍祭システィナ様……」
ステイシアはがっくりと膝をつくと土下座をするかのようにうずくまってしまった。あれ?システィナってもしかして侍祭の世界じゃ有名人なのか?
「ぎぃひぃぃぃぃぃ!!分かった!分かっイイィィィィう、全部言う!俺が侍祭の契約書を悪用して騙して全てを巻き上げたのは、し、7人だけだ!」
と、いいところでこっちが限界を迎えたか。
「……その人達はどうした?」
「し、知らねぇ!全部巻き上げた後はああああぁぁぁぁぁ!!!いてぇぇぇぇぇ!よ、4人は殺した!ダパニーメで大勝ちしてたやつをカモにした。身ぐるみ剥いだ後は塔に連れて行って……」
「……残りは?」
「の、残りの奴は生きてる!羽振りの良い商人と、ダパニーメの奴隷商の奴と、貴族のガキだ……こいつらには定期的に金と女を貢がせている」
桜が調べた下衆い性癖……連れてこられた女達を自分本位に弄び、飽きると放り出す。しかも巨乳が好きなのかステイシアには手を出さず自分のプレイをひたすら見せて、欲情したステイシアを言葉と暴力で嬲るだけという変態ぶりだったらしい。
「まだ、勝負はついてなかったよな」
「いぎぃぃ!もう、戦えねぇ!お、俺のま、げぇぇぇぇ!!こ、こう、ざんにぃぃぃ!」
「ま、『シャフナーはこの戦いにおいて敗北宣言はしない』という契約があるからお前からは降りれないけどね」
のたうち回るシャフナーの右腕を斬り落とす。
「ぐあああああぁあぁぁ!!!」
「ちなみに『痛みでは気絶しない』契約になってるから痛みで気絶しそうになったら、気絶できないような罰が降ると思うから頑張れ」
「くひぃぃぃぃ!もう……ゆ、ゆるじでくださいぃぃぃ」
「安心しろ、殺しはしない。そういう決闘条件だったからな。このまま失血していけば気絶出来る。そうしたらお前は負けられるから。あ、質問の方の契約は【解除】しておいてやる」
俺は血まみれで転げまわるシャフナーを放置し、強張った顔になっているウィルさんの所へ行く。
「聞いてましたか?」
「はい……侍祭の契約を悪用した場合、それが発覚したら問答無用で死罪です。仮にこのままシャフナー様が亡くなられてもフジノミヤ様が罪に問われることはないでしょう」
「そうなんですか。ですが、せっかくですからここはギルドの為に役立てて下さい。節度を弁えない冒険者にはギルドから制裁がある。制裁を与えられるだけの戦力をギルドは持っていると宣伝出来ると思います。それが抑止力になれば今後こいつらみたいな奴らが少しは減ると思います」
「フジノミヤ様……そこまでお考えでしたか。ありがとうございます」
こいつらがこんなにも悪いことをしていなければ普通に、ギルドに迷惑をかける冒険者にギルドは罰を与えることもあるぞ、みたいなデモンストレーション的なものをやるだけのつもりだったんだけどな。
おっと、気を失ったか。
「システィナ!あいつを死なない程度に治療しておいて。腕は戻さなくていい」
「はい」
「そっちは終わったの?」
すぐにシャフナーの治療に向かうシスティナに声をかける。
「……確認したいこと、聞きたいことは大体」
魔断の増幅も使ってシャフナーを治療したシスティナが表情を曇らせながら俺のところへ戻ってくる。
「そうか…後で聞かせてくれる?」
「……はい」
「うん、ありがとう」
「ソウ様、シス!お疲れ!楽勝だったね」
1人で観戦していた桜が飛びついてくる。
「で、あの子はどうするの」
「一応、あの子は侍祭として従属契約を結んでいました。そうであれば、契約書悪用の罪が直接問われることはありません。ただ、侍祭としてはそうはいきませんので然るべきところに連行して罰を受けることになると思います」
「ふぅん……そうなんだ。侍祭っていうのもいろいろあるんだね」
「ふふふ、そうですね」
システィナは悲し気に微笑むといつの間にかシャフナーの下に移動していたステイシアの所へと歩いていく。
「侍祭ステイシア。あなたはやむを得ない事情があったにせよ、契約者を誤り、契約を悪用し、尊い命や財産や尊厳を奪いました」
「……はい」
「あなたには2つの選択肢があります。1つは【御山】に戻り罰を受け、今後は【御山】のために身を捧ぐ道。もう1つは」
「システィナ様、ありがとうございます。私はもう1つの選択肢を選びます。どんな形であれこの方は私が選んだ契約者です。最後まで共にいたいと思います」
そう言って頭を下げたステイシアを見てシスティナは今日初めて本心から笑って頷いた。




