アイテムボックス
翌日、午前中は葵を除く全員で訓練をして汗を流す。
まず序盤はみっちりと筋トレ。全身の筋力をバランスよく鍛えていかないと重結の腕輪×4を全解放した時の反動が怖い。筋トレと言ってもボディビルのような筋肉では意味がないらしいので、もっぱら蛍から指示された戦いの中の型を一回一回集中して繰り返すことで必要な筋肉を鍛える。
それが、ひと段落つくと今度は模擬戦である。最近は対人の模擬戦だけではなく、狼達の協力の下に対魔物戦の模擬戦も出来るのでいろんな形の戦いの経験が積めるのはありがたい。
訓練を終えると全員で温泉に向かい汗を流す。この時、特にその後の予定がなければいろいろ脱線していくんだけど、今日は工房に顔を出すので洗いっこだけして終わる。
さっぱりした後、システィナが準備してくれていたサンドイッチを軽く平らげてから蛍、桜、システィナと工房へ向かう。
「さて、アイテムボックスはどうなったかな。葵は大分手応えを感じていたみたいだけど」
リュスティラさんの工房に到着したのでこんちゃ~と声を掛けながら扉を開けて中に入る。
「主殿!いいところへおいでになられましたわ!」
とんとんとん と奥の階段から降りてきた葵がすっと俺の腕を抱えて極上の微笑みを浮かべる。
「え?」
「とにかく早く上へ上がってください主殿」
葵の胸の感触を楽しむ間もなく、葵に引きずられるように2階へと連れて行かれる。作業場は1階のはずだから炉を使ったりするような大掛かりな作業はしてないのだろう。
「来たわね。あんたに言われたアイテムボックスってやつ、なんとか形になったわよ」
階段を上がった俺の顔を見たリュスティラさんが腕を組んで仁王立ちしている。見事などや顔だが、リュスティラさんも興奮しているのだろう。笑い出したいのを堪えているかのように口元がひくひくと震えている。
ということは……
「本当に完成したんですか!さすがはディランさん!」
「ちょ!ちょっと待ちなさいよソウジ!あたしだって協力したんだからね!」
「ちょっと今は後にしてくださいリュスティラさん」
俺はリュスティラさんの抗議をとりあえずスルーして応接テーブルを前にどっしと椅子に座っているディランさんの前にテーブルを挟んで立った。
間に挟まれたテーブルの上には10センチ四方ほどの立方体に近い箱が置いてある。もし本当にアイテムボックスが完成したのだとすればこれが第一号ということになる。
「出来たんですね……」
「まあ、座れ」
ディランさんの勧めに俺は目の前の椅子を引いて座る。続いてリュスティラさんがディランさんの隣に、葵が俺の隣に座る。蛍、桜、システィナは俺達の後ろで立ち見状態だ。
「お前の案で作成を始め、お前が材料を集めて、そこの葵嬢ちゃんの協力があったからこそこいつはここにある」
「いえ、ご夫妻の豊富で多岐に渡る知識と繊細な技術が無ければとても無理だったと思いますわ」
ディランさんの言葉に被せる様に賞賛の言葉を口にした葵にディランさん夫妻の口元が弧を描く。
「ああ、そうだな。いい仕事が出来た。ここまで満足のいく仕事が出来たのは俺達も初めてだ。だからこそ、このアイテムボックスに関して俺達とお前達の間にほんの僅かな秘密もあっちゃいけねぇ」
「ソウジ。つまらないかもしれないけど、こいつの制作方法について全部説明するから聞いておくれ」
完成したアイテムボックスは間違いなく莫大な利益を産む。アイテムボックスを作る方法を見つけ出したディランさんはその知識を明かさないことでその利益を独占出来る。でもディランさんは案を出した俺、そして制作の過程の……
「ソウジロウ。深く考えるな。ディランはそんなこと考えていないだろうよ」
「え……」
「言ったではないか。『いい仕事が出来た』と。いい仕事をした仲間同士の間にほんの僅かな隠し事もしたくない。ただそれだけのことだ」
蛍の言葉にはっとしてディランさんを見ると、ディランさんが頷く。そっか……そうだよな。みんなで作り上げたんだ。だからみんなで喜ぶために隠し事がないことをちゃんとわかって欲しかった。それで良かったのか。
「わかりました。説明をお願いします」
「ああ。と言っても一緒にやってたんだ。葵嬢が全部知っているんだが、制作課程を聞いて気が付いたことがあれば言ってくれ。改良出来るならどんどん改良したい」
「わかりました。魔道具製作については素人ですが気が付いたことがあれば遠慮なく言わせて貰います」
それから無口のディランさんが珍しく饒舌にいろいろと作り方を語ってくれた。細かい部分は省くが、検案だった壁材同士の接合についてだけ説明すると、どうしてもできなかった壁材同士の接合。これの解決にディランさんは重結の腕輪やパーティリングに使われている重魔石を使うことにしたらしい。
1つの重魔石を細かくして壁材の各所に計算して埋め込み、魔断に施したような魔力回路で繋いで引き合う力を循環させることで互いが引き合うようにして固定した。だから厳密に言うと接合はされていないらしい。
「ま、とりあえずそんなところだ。待たせちまったな。ほら試してみろ」
「はい……」
説明がひと段落ついたところでディランさんが卓の上のアイテムボックスを俺の方へと押し出す。俺は内心では興奮しつつもなるべく冷静を装ってそれを手に取る。
「軽い……ですね」
「壁材の重さのみだ。後は中に何を入れても重さは変わらん」
手に持った約10㎝四方の立方体はその周囲に線を組み合わせた不思議な紋様が一面に描かれている。この線の1本1本が魔力回路で全てに微弱な魔力が通されているらしい。
その中で本当に必要な回路はごく少数のようでその他は全部ダミー。本当はダミー部分は魔力回路にする予定は無かったみたいだが、魔力が通ってないと壁材が傷と判断して治してしまうので仕方なかったらしい。
「ここが、取り出したりするところか」
そして六面体の上部の面だけ造りが違う。面の中央部分に漏斗状の飾りのような物がついているのだ。よくよくその中を注意してみると中心部分に僅かな穴がある。
俺はゴクリと唾を飲み込むと未知の物に対する不安と、それに倍する期待感で訳の分からない昂揚を感じながらそこへ右手を伸ばす。
「おお!!」
その漏斗状の中の部分に手を伸ばすとその手の大きさに合わせて穴が広がった。凄い!試しに思い切ってその穴に手を突っ込んでみる。
「ご主人様!」
システィナが慌てた声を出す。そりゃそうだろう。僅か10㎝の立方体に俺の手が肘まで隠れている状態は異様な光景に見えるはずだ。
「大丈夫だよシスティナ……ここが底か」
ぺたぺたと底部分を触ってから手を動かすと箱の中の空間内を俺の手は滑るように移動する。なんだか不思議な感触だ。そして中はかなり広い。
俺は一旦手を抜くと、閃斬を鞘ごと抜いてアイテムボックスの入口に近づけてみる。
「凄い……ちゃんと持っている物が入るサイズに入り口が変化する」
「そこが苦労したところですわ主殿」
「ああ、取り出し口周辺には変遷型のダパニーメの塔と、対応型のミレストルの塔の壁材を組み合わせてある」
「開口部のその仕組み……まさに神業でしたわ。ディランさんは本当に素晴らしい腕をお持ちですわ」
葵がディランさんを絶賛している。ちょっと妬けるが確かにこれは凄い。理屈は分かる。入って来た人間の強さに応じて塔の内部を調整する対応型の塔特性と、気ままに外観すら変えてしまう変遷型の塔特製を組み合わせ、近づけた物の大きさを察知して、それに『対応』して必要なだけ『変化』して物を受け入れる。
そういう仕組みを作ったということだろう。
その設定をディランさんは魔力回路でプログラミングしている。まさに天才だ。魔力回路という概念ですらディランさんが最近実用化した技術なのにそれをもう完全に自分の物にしている。
試しに閃斬をアイテムボックス内の底に置いて手だけを抜く。箱を持ちあげてみるが確かに重さは変わらない。もう一度手を入れて中に置いた閃斬を探す。残念ながら思い浮かべただけで中の物が出てくるような便利空間ではないらしい。
すぐに閃斬を見つけてそれを取り出す。入り口はごく自然に形を変えて閃斬をなんなく取り出すことが出来た。
中を探るのは簡単だがどの辺に何を入れたかは覚えておく必要がありそうだ。イメージ的には小さくて持ち運びが出来る蔵を持って歩いていると考えればいいだろう。
今の段階ではそれなりに不便はありそうだが、それでもこのアイテムがもたらす有用性はこの世界の常識を変えると思う。
「凄いです。ディランさん……僅かな時間でよくここまでのものを」
「ふん、葵嬢の力も大きい。魔力に関しては葵嬢の力はずば抜けている。葵嬢にいろいろ指摘して貰えなかったらここまでの物にするためにあと100日はかかっていたかもしれん」
「そっか…葵。ありがとうね」
「いえ、主殿のためですわ。いかほどのこともございません」
葵は本当によくやってくれたらしい。そのせいで昨日は葵だけ一緒に遊べなかったりもしたから、今度埋め合わせに葵と2人でどこかに買い物でも行こう。
「取りあえずそれは持って行け。まだまだ改良すべき点はあるだろう。しばらく使って気になった部分を教えてくれ」
「はい、では早速。持ち運びがしやすいようにベルトなどに取り付けられるような仕組みが欲しいです」
「わかった。検討しておこう。それと急がんがレイトーク、ダパニーメ、ミレストルの壁材をある程度まとまった数仕入れて来てくれ」
俺は頷く。後は実際に使ってみてからだろう。
「わかりました。数日中に準備して持ってきます。お代の方は?」
「これに関してはお前から金は取れん。それにそもそも試作品だ」
「すいません、ありがとうございます」
ようし、これで巨神の大剣も持って歩ける。早くこれを持って塔探索とかしてみたい!
っと、その前に明日の性戦士との決闘があったか。なんかもう、心底どうでもいいが……仕方ない。それでも間違っても負ける訳には行かないししっかり頑張らないとな。




