研究者の街 インタレス
「なんだか静かな街だね」
「研究者の街というくらいだ、勉強が好きな奴が集まっているのだろうよ」
神経質なくらいにしっかりと区分けされた街区、綺麗に舗装された道、ほとんど同じ形の家々。なんかもう歩いてるだけなのに迷いそうな錯覚に陥ってくる。
確か平城京とかって敵が攻めて来ても迷わせやすくするためにわざと碁盤の目のように 京を作ったとかって聞いたことがあるけどここもそうなんだろうか。
でもこの世界はあんまり戦争とかはないんだよな。そもそも国という形態がなくて、それぞれの街の領主が周辺を治めているだけ。
都市レベルじゃ離れた余所の街に遠征に行ける程の人員もお金もないし、塔があればそれだけでそこそこ潤うから戦争は割に合わないらしい。
そして、塔のない街が大きくなることはめったにない。俺達が最初に行ったミカレアの街のような場所は少ないみたいだ。
そういう街も高いお金を使って戦争するなら、そのお金で転送陣を設置して塔の恩恵を受ける方を選ぶので小競り合いのような戦いすらほとんどないらしい。
そのためこの世界の兵士達の役目は対人相手というよりも、魔物相手の為という一面の方が強い。
ということはやはり、この街の几帳面な作りは外敵対策というよりは住んでいる人達の性格によるものなんだろう。
ここはインタレス。選択型の主塔を持つ研究者の街と呼ばれる街。その街のきっちりと区画整理された道を俺達は塔に向かって歩いてる。
ちなみに結局、昨晩の話し合いはシスティナの意見を取り入れ桜が性戦士に少しずつ情報を流し、5日後くらいに俺達に勝負を挑んでくるように誘導するということでまとまった。
その間、システィナは屋敷の管理と自主トレ。葵は引き続きリュスティラさん達の工房に通う。桜はもちろん性戦士殿の監視と情報操作だ。
で、俺達はと言えば……訓練も兼ねて、壁材集めの為に各塔を回る作業を続行することにした。今回のメンバーは俺、蛍、一狼に加えて三狼と四狼を連れてきている。本当は今回一狼は屋敷の警備に残すつもりだったんだけど、進化後の動きを実戦で試したいとのことだったので同行を許可した。
進化した後の一狼は戦っていなくても、その動きは滑らかかつ俊敏で実力的に数段レベルアップしたのが分かる。その優雅な身ごなしには気品すら感じる。
今日の戦いを見てみないと分からないが、1対1で戦ったら負けるかもと内心思ってしまっている。
一狼の主としては情けない話だが、地球なら狼と人間が1対1で戦ったら銃でも使わなきゃそうそう勝てない筈だと思うことで俺の安いプライドを保っている。
「ソウジロウ。この街についての説明をシスティナから聞いていたな。酒に夢中で聞いてなかったから教えてくれ」
「へえ、珍しいね。蛍がそんなことを気にするなんて」
「ふん。そうかもしれん。ただ、ここ最近フレスベルクを拠点にしていたからな街中というのは賑やかなものだと思い込んでいたのにこの街は人通りも少ない上に、音に乏しい。一体何をしているのかと思ってな」
俺は蛍の指摘を受けて改めて街を見る。確かに人通りが少ない。各種の店も開いていない訳では無いが質素な服を来た小間使い風の人達がたまに買い物にくるだけ。多分引きこもり気味の研究者の世話をする召使達だろう。
その他には、ここにも塔があるため冒険者の姿はちらほらと見える。
冒険者関係の施設は塔にほど近い所に集中しているらしいから、もう少し行けばそれなりに賑やかになってくるとは思う。
「……俺もそんなに真面目に聞いてた訳じゃないんだけど」
俺はそう前置きして、昨晩システィナから聞いた話を思い出す。
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「インタレスは研究者の街なんです」
「研究者?何を研究してるの?」
システィナは苦笑しながら首を横に振る。
「分かりません。あそこにはたくさんの学者や研究者と呼ばれる人が住んでいます。この人達は学ぶことや追究するのが好きな人達で、そのための能力に優れている人がたくさんいます」
システィナはそういうとローブの胸元を引っ張る。おぉ……双子山の白い山肌がチラリズムで威力を増している。
「ご主人様が作った冒険者ギルドに似ているかもしれません」
システィナはいつの間にか胸元から取り出したギルドカードを俺に示す。
「え?ギルドに?」
「はい。各街の領主などがインタレスに研究して欲しいことを依頼するんです。 それを見た学者達が自分が向いてる研究の依頼を受けてその研究をします。そして、その研究の費用や成果物に依頼者がお金を出すんです」
「なるほど……お抱えの研究者じゃなくてインタレスに頼むんだ。例えばどんなものを依頼するのかな?」
「そうですね……私が聞いたことがあるのは、魔法の研究、農作物の品種改良、魔物の生態、神話や伝説の検証、魔石用品の開発、書籍の編纂や気候の研究などですね」
確かにギルドっぽい。そうやって競争意識を常に煽ることで研究者のレベルも上がっていくのかもしれない。
「俺も依頼出してみようかな」
「え?……何か調べたいことがあるんですか?ご主人様」
「あるある。でも、依頼を出す前にまず出来る限り自分で調べないとね」
「きゃ!」
そう言って俺はシスティナを抱きかかえると寝室へと運んでいく。
「あの……調べたいものって」
システィナが俺のにやけた顔を見て全てを理解したらしく、口元に手を当ててくすっと笑う。
「調べつくしたら依頼だしちゃうんですか?」
いたずらな目を向けてくるシスティナは反則級に可愛い。ええ!ええ!誰にも渡しません!システィナを調べていいのは俺だけの特権だ。
……結局システィナの神秘は一晩では研究し尽くせなかったとだけ言っておこう。
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「ほう、面白そうな街だが私とは合わなそうな街だな。それにしても、昨晩気が付いたらリビングから消えていたのはのはそういう流れだったのか」
しまった!流れで余計なことまで漏らしてしまった。まあ、蛍だってその後乱入してきたんだから別に隠すようなことでもないんだけどね。
『我が主、塔につきました』
おっと、そんな話をしている内に塔に着いたらしい。
「これって……」
その塔の外観を見た俺は思わず固まってしまった。何故ならその外観は塔とはかけ離れた形、でも俺でも良く知っている形だったから。
「どう見てもピラミッドだなこれ……」
エジプトのものよりくたびれた感じは無いけど、見た目だけは綺麗な四角すいのピラミッド型だ。まあ、不思議建造物の塔に常識を期待してもしょうがないから別に構わないんだけどね。
再起動した俺は気を取り直して、インタレスの塔のロビーへと入って行く。
ロビーに入って中を見回すと、冒険者達がちらほらと動き回っている。ここも冒険者景気で混んでいるのかと思っていたけど、それほどでもない。やっぱりこの塔によく出てくる魔物の系統が不人気の理由だろうか。
それでも人がそう多くないなら俺達も動きやすいから別に構わない。
「ソウジロウ、どうやらあそこが1階層の扉のようだな」
「了解。じゃあ行こうか。一狼、三狼、四狼もいいかい」
『はい、我が主』
『『ガウ!』』
1階層の扉を開けて中に入ると、すぐに蛍が周囲の気配を探ってくれる。
「こっちに行けば人気が無さそうだな。そこで準備してからいこう」
蛍に案内されてしばらく進むと、袋小路に出る。そこで一狼に見張りを頼んだ。
「なんだか実戦で一緒に戦うのは久しぶりだね」
「そうだな。訓練では毎日使っているがな。いくぞ」
淡い光と共に大太刀名刀蛍丸に戻った蛍を手に取り鞘ごと腰に差す。今日は蛍と雪の二刀流で戦闘をこなす。性戦士殿との戦いに備えての準備の一環である。
「確かに最近は閃斬の斬補正に頼ってたところもあるしな。しっかりとした動きを再確認しておく必要はあるよね」
『まあ、心配はしておらんが一応危ない時は声をかけてやるから安心して戦え』
「うん、ありがとう蛍」
『では、行くぞ。まずは右だ』
蛍の指示に従って通路を行くと……聞こえて来た。地球にいた頃はよくやっていたゲームに出て来てた呻く奴だ。
『タワーゾンビ(1階層) ランク:H』
『タワースケルトン(1階層) ランク:G』
おっと骨の方も一緒でしたか……いやぁゲームなら、こわ!って叫んで銃を撃てばいいけどリアルゾンビは本気でひく。肉とか骨とかそんなにあけっぴろげにしてもう少し慎みを持って欲しい。
俺は、保健室前とかによく貼ってあった火傷や傷の写真とかだって見てしまうとテンション下がるタイプだ。
骨の方は……まあ、動く人体模型だと思えばいけなくもない。どっちも動きは鈍そうだから戦い自体は問題なさそうなのが救いと言えば救いか。
この塔はアンデッド系の魔物が多いらしいから避けて通れないらしいから慣れるしかない。
「まずは、一狼がスケルトンを倒せ。三狼と四狼は今回は待機。俺がゾンビをやる」
結果として、戦闘はあっという間に終わった。まず、一狼が瞬足でスケルトンの首を噛み砕いて瞬殺。続いて俺も動きの鈍いゾンビを雪で袈裟切りにした後、蛍で首を刎ねて終了だ。
弱い、弱すぎるぞゾンビ。そして学習。倒してしまえばすぐに塔が死体を吸収してくれるので長い時間見たくなければすぐ倒せばいいということを。
これならなんとかなりそうだ。
俺達はアンデッドを主体とした魔物達をざっくざっくと倒しつつ、1階層の主ゾンビナイトを撃破して2階層へ。
2階層も問題なく戦闘を続けて2階層の主、ゾンビドック(群:7匹)を倒して3階層まで到達。だけど、あえてここまで気が付かない振りをしてごまかしてきたけど、さすがに鼻のいい狼達が腐臭に耐え切れなくなってギブアップしたので壁材を採取して撤収した。
ああ、早く帰って温泉に入りたい。一狼達も念入りに洗ってあげよう。




