剣聖の弟子
リュスティラさん達の工房を出ると、空が茜色に染まっていた。思ったより長居をしてしまったらしい。あれから葵の測量を終えたリュスティラんさんも交えて、いろいろディランさんと話してみたが結局のところモノがなければ判断のしようがないという結論に落ち着いた。
今まで塔は討伐するもので、中に湧く魔物達には魔石という価値があったものの塔自体に価値を見出すような人はいなかったらしい。
だが、システィナがレイトークの塔で言っていたように塔の壁や床は傷をつけても一晩あれば元に戻る。その壁材にもし利用価値があるとなったら塔は、ほぼ無限に利益を生み出し続ける金の成る木ならぬ金の成る塔だ。
仮にディランさんの推測が正しくて、うまくアイテムボックスを塔の壁から作れたとしても製法を一気に広めるようなことはしない方がいい。
塔の壁が金になると知れば、塔の一層は壁を剥ぎ取りにいく人達で溢れかえる。そして、安全に壁を剥ぐために一層の魔物は狩りつくされるだろう。そんな状態で壁を壊し続けられたら『塔』はきっとレイトークの時のように手痛い反撃をしてくる気がする。
まぁ、もっともその辺が問題になるのはまだまだ先のこと。俺達がサンプルとして集めてくる壁をディランさんがいろいろ実験してアイテムボックスが完成したらの話だけどな。今のところ素材の案が出ただけで作れるのかどうかも微妙な現状では転ばぬ先のなんとやらだ。
ただ認識としては、ディランさんも俺と同じ意見のようで、試作用の壁は大量採取する必要は無いから少しずつ持って来いと言われている。
「うまく行くとよいな」
「うん。俺のこだわりだけじゃなくて、アイテムボックスはあれば便利なのは間違いないからね」
「そんな道具があれば、今後蔵の刀達が増えても皆を連れて行けますわ」
そうか!アイテムボックスさえあれば、巨神の大剣も持って行けるし、桜だって魔法を使う時だけ例の杖を出せる。それに葵の言うとおり、擬人化出来ない蔵の刀達が増えても誰かを置いて行かなくて済むな。やばい!ワクテカが止まらない。
「ソウジロウ。宴会は明日だったか?」
「ん。明日の夕方から」
「では明日の午前中はトォル達を捕まえて塔の探索に同行しないか?」
「え?別にいいけど」
多分宴会の準備はシスティナが1人で全部やっちゃうだろうし、俺がいなくても問題ないはず。いればいたで多少の手伝いくらいは出来るだろうけどどうしても必要ってことはないだろうしね。
でも、わざわざトォル達と?
「なぁに、あいつらも5階層までは問題ないレベルになっているようだからな。現状を確認して問題ないようなら階層制限を外してやろうと思ってな」
俺の思考を読んだ蛍が理由を説明してくれる。確かにウィルさんが『剣聖の弟子』が5階層までを何往復もして魔石を稼いでるって言ってたっけ。ということは5階層までは十分に戦える力があるってことか。
レイトークよりもザチルの方が階層数が多いとされてるから階層あたりの魔物の強さも低いはずだけど、そこまで行けるならもう中級探索者に片足を入れていると言えるんじゃないだろうか。
俺が5階層まで行けたのはシスティナと刀娘達によるパワーレベリング的な攻略の側面があるけど、彼らはたった3人で戦い方や連携を工夫しながら実力で5階層まで行ったんだから素直に凄いと思う…………ていうかリーダーであるアーリの采配が良かったってことだ。トォルは関係ないだろう。
「そうだね。3人ともあのレイトークを知ってるから無茶な攻略はしないだろうし、5階層までで戦闘経験も大分積んだみたいだから」
「うむ、これ以上は奴らの為にもならないだろう。後はアーリを中心として彼ら自身が考えてやっていくべきだ」
「山猿にしては意外と真面目に考えているんですのね。ちょっと見直しましたわ」
葵が俺の腕に胸を押し付けるようにしなだれかかりながらほほほと笑う。
「ふん、お前のように飾られていただけの刀とは違う。後進の育成も我にとっては簡単なことだ」
「きー!珍しく褒めてあげましたのになんて可愛くない!こんな可愛げのない女は放っておいてさっさと行きましょう主殿」
葵が蛍に舌を出してから俺の腕を引く。最年長なのに意外と子供っぽい所がある葵だけどそのギャップが可愛い。蛍はそんな葵の態度に苦笑しつつ肩をすくめる。
おお、さすがは蛍。大人の女である。
と、思ったら葵に対抗するように俺の反対側の腕に胸を押し付けてくる。うちのパーティ内でシスティナとトップを争う高峰がぽよぽよと揺れて気持ちがいい。結局対抗するんかい!と内心で突っ込みつつもよく考えてみれば……どう考えてもこれって俺の1人勝ちです。ごちそうさまでした。
「フジノミヤ殿!次の角から数3」
「了解!」
フレイが音響探索で得た情報をすぐに教えてくれる。俺は目の前にいる蟻人の足を閃斬で斬り落とし、動きが止まった所を雪で眉間を貫く。
斬に特化した閃斬と突きに秀でた雪にかかれば6層レベルの蟻人の装甲も紙のように斬り裂ける。倒した蟻人の脇を素早く抜けるとフレイが言っていた角の先を見る。
『タワーキャタピラー(6階層) ランク:F』
『タワーキャタピラー(6階層) ランク:F』
『タワーキャタピラー(6階層) ランク:G』
そこには猪程の大きさもある緑と紫の混じったような色の芋虫がうにょうにょとこちらに向かってきていた。
「トォル、アーリ!タワーキャタピラーが3!」
「分かった!確かそいつは時間をかけると糸を吐く。吐かれる前に間合いを詰めなきゃならないから俺が行く」
「私も行く。アーリは糸を吐かれた場合の対処を」
「はい。ソウジロウさんはすいませんが後方の警戒をお願いします」
「わかった」
とは言ったものの、正直『剣聖の弟子』の成長ぶりに驚きが隠せなかった。
個々の実力も間違いなくあがっているが、とにかく3人の連携が凄いのだ。3人ともどちらかと言えば近接型なのだが攻撃の射程や質は違う。その質の違いを相手によって最も活かせるように陣形を切り替えているのだがその判断と陣形を切り替えるまでが恐ろしく速い。
「5階層までは弟子のみで、6階層からは念のため俺も入って戦って来たけど……」
「うむ。きちんと6階層以降の魔物の情報も調べてあるようだし、戦い方も大胆かつ慎重。問題あるまい」
「うん。盗賊共から巻き上げた【風剣】や【ロングレイピア】で攻撃力が上がったのも大きいね。一撃の威力が上がったことで戦闘時間が短くなってる」
赤い流星の兇賊から奪った風剣とメイザから奪ったロングレイピアは、うちのパーティでは使う人が居なかったので有効活用できそうなトォルとアーリに渡してあった。それまでは店売りの中でも中程度の装備しか準備できていなかった2人はやはり4層、5層での戦いに不安を感じていたらしい。
貰った武器の入手経路を聞いて、微妙な顔はしていたが自分のスタイルに合う良い武器は喉から手が出るほど欲しかったらしく物凄く喜んでいた。
戦闘の方は芋虫相手に危なげのない戦いをしていて間もなく決着がつきそうだ。周辺の警戒も蛍がしてくれているのでこの間に閃斬で塔の壁を斬り裂いて10㎝四方位ずつ剥がしておく。階層ごとの違いはないと思うが一応1階層から同程度のサイズのものを6枚ずつ別々の袋に入れて採集している。
「さて、確認はもう充分だが、今日はどの辺まで上がっておく?」
「午後からはまた依頼を受けに行ってくれるらしいから、そこまでかな」
「ふむ、となると10階層くらいか」
「いやいや、いきなり5階層も上がれないでしょ。7階層に行ってそこを狩場に時間まで戦って最後に階層主倒して8階層から出ればいいんじゃないかな」
蛍のスケジュールだとほとんど探索的なものをせずに最短で階層主だけを倒していくことになる。出来なくはないだろうけど、無理して上がる必要もない。
「我らがいるうちに高層の魔物と戦っておくのがよいかと思ったのだが、ソウジロウが言うことにも一理あるからな。それでもいいだろう」
「そっか…そういう考え方もあるのか。ん、でも今回はいいよ。アーリ達はちゃんと情報収集もしているみたいだし、自分達で階層を上げる判断が出来る様にならないとこの先困るかもしれないからね。もし心配なら日を改めて俺達だけで上の様子を見に行けばいいよ」
「……ふん、別に心配などしていない」
素直じゃないなぁ。そういう蛍はなかなか見られないから嬉しいけど。
俺は剥いだ壁を袋にしまうと袋に手元の墨で6と書いて腰にぶら下げる。流石に6個目になると重さはともかく邪魔だな。まあ、この先は俺達が戦うこともなさそうだし、まあいいか。
「よし!完勝!こっちは片付いたぜソウジ!」
「はいはい。アーリ、怪我とかないよね」
「はいソウジロウさん。大丈夫です」
「フレイも大丈夫?」
「だ、大丈夫だフジノミヤ殿。ちょっと糸を被ってしまったが怪我はない」
言われてみればフレイの髪に白くて粘着質のものがなんだが卑猥な感じに張り付いている。吐き出された糸も魔物の一部である以上まもなく消えるだろうが、なんとなく目の毒なので取ってあげることにする。
「あ……す、すまないフジノミヤ殿」
「うん。フレイも強くなったね。最初の頃の蟻人にわたわたしてた時とは比べものにならないよ」
「そ、そうか!私も少しは強くなっているのか!それは嬉しいな!……全部フジノミヤ殿のおかげだ」
「そんなことないよ。アーリやフレイが頑張ったからだと思うよ」
「お~い!いい加減俺の扱いが雑過ぎねぇかぁ」
俺がフレイと良い空気を醸し出していたのにうるさいのが邪魔してくる。
「ち!…さ、次に行こう。今日は夕方から家で宴会するからアーリとフレイもおいで」
「おい!隠す気のない舌打ちにあからさまな無視かよ!っていうかその宴会、俺も行っていいんだよな?」
「……」
「いや!そこはいいって言えよ!」




