報告(セイラ・マスクライド、大工さん)
ルスターの先導で案内されたのはこの前と同じ部屋だった。部屋の中では既に連絡を受けていたのだろう領主セイラが立っていて、親衛隊のミランダがその後ろで怖い顔をしていた。
前回の別れ際の対応を未だに根に持っているのかもしれない。
「………」
「…………」
と言ってもここで黙っていても仕方がない。こっちから話を切り出してさっさと終わろう。
「今日は報酬をもらいに来ました。まだこの後、挨拶に行かなきゃならないところがあるので手短にお願いします」
「あ……はい。そうですね。ミランダ、報酬を」
「はい、セイラ様」
どこか傷ついた表情のセイラが後ろに控えるミランダに指示を出す。ミランダはすぐに頷くとそこそこ大きな革袋を2つセイラに渡した。
セイラはその内、まず大きい方の革袋を俺に渡してくる。
「こちらが赤い流星を壊滅して頂いた分の壊滅報酬になります。大金貨で60枚です」
600万マール、日本円にして約6千万か。前にウィルさんに聞いたときは500万だったからまた上がってたってことか。
まあ、今は手持ちも尽きてるし増える分には問題ないな。
「それからこちらは、幹部のパジオン、シャドゥラ、頭目シャアズの賞金です。こちらは武器での証明はありませんでしたが、身柄をこちらで引き取り確認済みですので問題なくお支払いします。メイザの分は武器と身体いずれも確認できませんでしたので、申し訳ありませんが…」
「それは構いません。武器はこちらで使ってますし、身体は既に埋めてしまいましたので。ちなみにディアゴも塔内で倒しましたが放置してきてしまったので死体は塔に吸収されてますね。ディアゴが使ってた武器、獅子哮なら今私が装備してますが所有者登録は既に更新されていますからこれも難しいと思うので、そちらも結構です」
死体があれば賞金が貰えるとは知らなかったが、普通は死体を持って歩かないからどっちにしたって持ち込むのは無理だからそれは仕方ない。
そもそもディアゴは死んでないし。
「分かりました。パジオンとシャドゥラは大金貨5枚。シャアズは大金貨15枚です」
俺の手がふさがっているのを察して蛍が受け取る。
「ありがとうございました。では、失礼します」
素っ気ない気はするが、元々領主とかそういった人種とあまり近づきすぎないようにしようと思っていたんだからこれでいい。お互い利用出来るところはすればいいが必要以上に慣れ合う必要はない。
まあ、お近づきになりたくなかった訳ではない。むしろ金髪美女で、出るとこ出て、ウエストが引き締まってるとかとことんお近づきになりたかった。
「…いえ、こちらこそ。周辺の領主たちの間でも懸案だった赤い流星を壊滅して頂いたこと、心より感謝いたします」
「いえ、こちらも自衛のためでしたから」
「……そ、それと!先日の件ですが、申し訳ありませんでした。確かに私の治めているのはフレスベルクの街だけではありませんでした。フジノミヤ様の屋敷はもちろん周辺の村々で暮らす人々も私が守るべき領民です。あの時の派兵しないという決断自体が間違っていたとは思いませんが、そのことに思い至らなかった為、言葉に配慮が足りませんでした」
……そうなんだよな。一生懸命過ぎて周りが見えなくなるみたいだけど、基本的に真面目で善良な領主様なんだよな。
「セイラ様は良い領主だと思います。領民としてあなたが領主で良かったと思います」
俺の言葉に僅かに喜色を浮かべたセイラを置いて俺は部屋を出ていく。その際にルスター隊長に軽く頭を下げる。宴については既に伝えてあるのでもう言葉を交わす必要はない。ルスターも口元に笑みを浮かべつつ会釈よりも少しだけ深い頭礼を返してくれた。
「さて、後はどうするソウジロウ」
「そうだね…リュスティラさんの所にも行きたいんだけど、装備の件に関してはシスティナ関連がほとんどだから明日に回そうかな」
領主館を出て歩きながら次の目的地を考える。リュスティラさんの所はお礼という訳ではないが、システィナの魔断や手甲がかなりの損傷を受けているので修理が必要なのと、葵の装備の作成、後は狼たちにちょっとした物を作ってやりたいと思っている。
「そうだな、私もクナイを増産したい。桜もクナイをいくつか紛失したらしくてな。追加が欲しいと言っていたぞ」
となると、やっぱり後日改めて全員で行った方が良いな。
「じゃあ、大金も持ってることだし、後は大工さん達に宴の招待がてらお礼を言って、今日は戻ろう」
「はいですわ、主殿。わたくしも早く帰っていろいろ準備がしたいですし…」
「え?準備ってなんの…あ!」
頬を染めて、くねくねしている葵を見て気づく。それは俺も楽しみである。
「はは…了解。じゃあ早く帰ろう。でもお世話になった大工さんたちにはちゃんとお礼をしないとね」
「当たり前ですわ!この馬鹿山猿はともかく可愛い桜を助けてくれた上に、私達の危地に駆けつけて下さったのですから」
「すいません。親方は今日は終日現場の方へ出てまして」
ベイス商会の大工寮に向かった俺達を出迎えてくれたのは大工さん達のスケジュールを管理している参謀大工テッツァさんだった。
「構いませんよ。突然来てしまったのが悪いんですから」
「そうですか。それで、今日はどうされました?」
「はい、先日私達の無理なお願いを聞いて下さったばかりか、いろいろ助けて頂いたのでお礼を言いたかったのと、その時にゲントさんにまた温泉に招待して欲しいと頼まれていましたのでそのご招待に」
「それはどうも御親切にありがとうございます。先日親方達が持ち帰った武器の賞金だけで結構なお礼だったので申し訳ないです。親方が無理を言ったのではないですか?」
いつもゲントさんが無理を言って困らされているだろうテッツァさんだからこその言葉だろう。
だが今回は完全に的外れもいいところで俺達の感謝はそれくらいでは全く足りていない。
「とんでもないです!ゲントさんと、一緒に来てくれた大工さん達、そして彼らが仕事を抜けることで開いてしまう穴を埋めるために頑張ってくれた他の大工さん。皆さんがいてくれたからこそ開ける宴ですよ」
俺のその言葉を聞いてテッツァさんもようやく安心したのか笑顔を見せる。
「そういうことでしたら皆で伺わせていただきます。ところで、今日は桜お嬢さんはどうされたんですか?親方が助けに行ったと聞いていますが怪我でもされたりは…」
ゲントさんたちは同じ大工の皆さんにも詳しい説明はしていないらしい。桜達が武器の化身であることに気付いたのかどうか確認はしていないが、まだばれていない可能性があるならわざわざ自分達からばらす必要もないか。
「大丈夫ですよ。俺達に心配かけた罰に屋敷で窓の修理とか、新しく増えた仲間の小屋とかを作ってるだけですから」
「ほう…」
「あ、それと以前言っていたうちの故郷で使ってた木材だけで家を建てるやり方を、システィナにまとめて貰いましたのでこれを」
「おお!先日言っていた『木組み』ですね!……なるほど、『継手』や『仕口』ですか。木材同士を加工して接ぐんですね」
システィナから預かったメモに喰いつくテッツァさんの目がちょっと怖い。
「ソウジロウさん、確か桜お嬢さんが小屋を作っていると?」
「え、ええ…」
「窓はどこの窓ですか?」
「2階の私の寝室ですけど…」
テッツァさんはニヤリとした笑みを浮かべると背後の寮を振り返る。
「ミナト!ターク!テル!ロクジカ!トーレ!今すぐ道具と倉庫の試作木材を持ってソウジロウさんの屋敷へ行け!トーレは11番の枠型と窓材を忘れるな!ミナト!これを向こうに着くまでに完全に暗記しておけ!」
「「「「「わかりやした!副棟梁!」」」」」
にわかに慌ただしくなる大工さん達に呆気に取られているとテッツァさんが頭を下げてくる。
「旦那さんすいません。窓の修理はこちらでやらせて貰いますので、その小屋を私達に作らせてください」
「えぇ!小屋って言っても厩舎っていうか、犬小屋ですよ。ベイス商会の大工さん達にお願いするようなものじゃ…」
テッツァさんはそれを聞いてますます不敵な笑みを浮かべる。
「ますます好都合です。以前より聞いてた木組みの技法については大工達の間で大分研究していたんです。そこに、システィナ嬢から頂いたこれを見てしまったら…」
あぁ、分かった。これは…あれだ。『わくわくが止まらない』ってやつだな。新しい技術を試したくて仕方がないってことか。しかも犬小屋的な物なら丁度手頃だと言うことか。さすがにいきなり人が住む家屋や2階建てとかって訳にはいかないだろうしな。
「分かりました。こちらとしても、助かりますので是非お願いします」
「おぉ、すいません。無理を言ってしまって。では、申し訳ないですが私も準備して屋敷に向かいますのでまた後程」
テッツァさんはそう言うとそそくさとこの場を後にしてしまった。
「ふふ、どこの世界に行っても技術を追い求める者達は変わらぬのう。私が見て来た刀鍛冶共も毎夜のように議論を重ねていた」
「そうですわね。わたくしの周りにいた者達も同じですわ。新しい工法が1つ見つかる度に試行錯誤に半生を掛けるような者達ばかりでしたわ」
そういうことに夢中になれる国だったからこそ日本の中で日本独自の刀という物が産まれ、釘を使わない建築法なんてものまで産まれたのだろう。
「さて、予想外の展開だったけど一応今日の予定は終了かな。後は…宴の食材なんかはシスティナがベイス商会に発注するって言ってたから、適当に今日の食材と…大工さん達や一狼達と食べれるように屋台で串焼きでも買って行こうか」
「それはいいですわ!わたくし『買い食い』というのを一度してみたかったんですの!」
「蛍は飲んでばっかりだけど、葵は食べることが好きだね」
「はいですわ!いっつも私の周りで美食を尽くしている人達を見ることしか出来ませんでしたから、今は自分で食べられるのが嬉しくて仕方無いですわ!」
くるくると回りながら着物の裾を傘のように広げる葵は、とても800歳には見えない。本物の遊女のように艶やかで、見てるだけでドキドキしてしまう。
「そうと決まれば、さっさと買い物に行くぞ。ソウジロウ」
葵に見とれていたせいか幾分不機嫌な声を出す蛍も、こういう時は乙女な感じでとても可愛く見える。これが葵じゃなくて桜やシスティナだと微笑んで見てるだけなんだけどね。
「了解。でも宴に招待した人達が温泉に入るってなるとタオルとかももっといるよな…買って行くか」
「そうすると手が足りぬな。注文だけしておいて届けて貰うか?」
「そうなんだよね…この前の盗賊の武器を運ぶ時にも思ったんだけど…やっぱり『アレ』が欲しいよな。明日相談してみるか」
それから俺達は3人で楽しく屋台を回り、それぞれが持てる限界まで買い物をした。




