三種の神器
蛍が刀をぶら下げたまま前に出ると、それに呼応するかのようにシャドゥラが目を開け静かに立ち上がった。
立ち上がったがそれ以上は近づいてこようとはしない。まあ魔法使いにしてみたら立ち合いの間合いは少しでも遠い方がいいだろうから当然と言えば当然か。
そういう意味ではシャドゥラは自分の戦い方を知っている。
「やはりパジオンの言うことなど無視して、さっさとあなた達を殺し移動をすれば良かったですね。そうすれば兄上の組織に対する意識を知ってしまうことも無かったし、精鋭だけを残した赤い流星はまだまだ名を上げ続けたでしょうに」
「ふん、それはどうだろうな。結局のところお前らはたったの3人を仕留めきれなかった。多少の時間稼ぎをされたとは言え圧倒的戦力差を擁していたにも関わらずな」
「……」
「認めてしまえ。お前らは100人いてもソウジロウに勝てなかった。それだけのことだ」
シャドゥラは懐から魔石のような石が填め込まれた短杖を取り出して構える。上にいる時は見えなかったがあの特大の火球を産み出したときもきっと持っていたのだろう。あれがシャドゥラの魔法を底上げしている可能性が高い。
距離的にはギリギリだがいけるか?『武具鑑定』
『憎炎の魔杖(呪い)
ランク : C- 錬成値 ―
技能 : 火魔法増幅++
特殊技能: 他魔法使用不可(永続)
所有者 : シャドゥラ 』
うわ…初めて見た。呪われた装備だ。
どうやら火魔法に凄い恩恵がある代わりにその他の魔法は一切使えなくなるらしい。しかも永続とかあるから装備を外してもこの特殊技能は消えないんだろうな。
確かにいくら好条件が重なっていたとはいえあれだけの火の魔法はやり過ぎだと思わなくも無かったけどこんな絡繰りがあったのか。
でも火魔法限定とはいえ補正がほぼ『極』に届くレベル。その効果は見逃せないよな。桜が火魔法以外を使う予定がないなら装備させて背中に背負わせておくのも有りかもしれない。うまく回収出来たら聞いてみるか。
「…いいでしょう。認めますよ、確かに負けです。
シャアズの率いた赤い流星は今日ここで完全に潰えるでしょう。ですがシャドゥラはここでは終わりません」
「ほう?」
「私はあなたに勝ち、必ずここを離脱します。
そうしたら今度は私が1から団を編成します。その再結成させた赤い流星で私達はまた名をあげるのです」
まだ諦めて無いのか……あれだけ非道なことをしてきたことの報いを今受けようとしているのに、それでもあんなことを続けたいって言うのか?
駄目だ……こいつは絶対にここで。いっそ俺が!
『ソウジロウ』
『はっ!……うん。分かってる』
危ない…こうしてのんびり観戦しているように見えても俺の中ではあいつらの悪事に対する怒りが蓄積し続けている。だが、その気持ちを今は内に押しとどめてシャアズとの戦いに備えている状態だ。今までの経験から言うと既に半分近く光圀モードに入っている感じだ。
このふつふつとしたこの激情を爆発させて力に変えるような人もいるのかもしれないが、どうやら俺はそうじゃないらしい。感情的になっても結局は動きが雑になってしまい害になることが多い。戦闘系のスキルも無く、格闘技の知識も経験も無い俺が命のかかった戦いをするには、むしろどんな時よりも冷静になる必要がある。
それを俺の師匠でもある蛍は良く知っている。だからシャアズとの戦いに備えて俺の心理状態がベストの形になるように注意をしてくれたのだろう。
「ご主人様…」
そして後ろからそっと俺の左の小指を握ってくれたシスティナも。
「うん、大丈夫」
あいつの処理は蛍に任せればいい。俺はシャアズとの戦いに備えて集中するだけ。
なんとなく蛍の戦いは長くはかからない気がする。俺の番は近い。
「いいだろう。私に勝てるのならば好きにすればよい。
魔法が得意なのだろう?私はこの刀という武器で戦うのが主な戦い方なのだが……
あえてお前の得意な魔法を主体に戦ってやろう。それで負ければ、お前ごときがいかに大それたことを言っているのかよくわかるだろうよ」
「……後悔しますよ」
「はん!それは楽しみじゃな」
シャドゥラの刺すような視線を全く意に介さずに受け流した蛍はシャドゥラの攻撃を誘うように刀を下げたままゆっくりと近づいていく。
シャドゥラは魔杖を手に既に詠唱に入っている。うちのメンバーは特殊なので詠唱をして魔法を使う人がいない。システィナですらいつの間にか詠唱をしないで回復術を使うようになっている。魔法はイメージ力が全てだと理解してからは叡智の書庫から地球の人体の知識を貪欲に吸収していたのでそのせいだろう。
『火炎連弾!』
そんなことを考えている間にシャドゥラからバレーボール大の火の玉が4つ放たれる。その魔法が凄いのかどうか俺にはよくわからないが、俺に向けられていたとしたら素の俺では撃ち落とせないのでかわすのに必死になっていたと思う。
『蛍刀流:八咫鏡』
だが蛍は違う。光を纏わせた刀を一振りするたびに光の壁が現れ、ピンポイントで火球を迎撃していく。それどころか受けた角度次第では火球を跳ね返している。凄い!いつの間にあんなことまで。
「なんですかその魔法は!くっ…ならば」
シャドゥラはおそらくこの世界では見たことも無いであろう蛍の魔法に驚愕しながらも、跳ね返ってきた魔法を避ける為に立ち位置を変えつつ再び詠唱を始める。
『火爆陣!』
シャドゥラの持つ杖から放たれた魔法は蛍の目の前で地面に吸い込まれ、地面から蛍を囲むように炎が吹き上がる。
即座に反射されないような魔法を選択してきたか!さすがに魔法が得意だと言うだけのことはある。
「ほう…魔法使いというのも伊達じゃないな。では…」
蛍は着物の隙間から白い太腿を露わにするとそこに装着されていた特製のクナイを取り出すと地面に刺しその上に乗った。
『蛍刀流:八尺瓊勾玉』
と同時にシャドゥラの魔法が完成し陣が爆発する。
「くっ!蛍!」
離れていても激しい音と熱波がこちらまで届く。蛍なら敢えて受けずとも持ち前の速さで陣から逃れられたはずなのに。本当に魔法合戦で勝つつもりらしい。
爆発で巻き上げられた土砂がパラパラと地面に落ちる音が続くなか、土煙に覆われていた爆心地の視界が徐々にクリアになってくる。
「なんです?火爆陣を避けるでもなく敢えて中心で受けておきながら…無傷?」
シャドゥラの呆然とした呟きが聞こえる。特に心配はしていなかったがようやく姿が確認出来てきた蛍の姿を確認して一応安心する。
蛍は地面に刺したクナイの上につま先で立ち、刀を正眼に構えた姿で全身が勾玉の形状をした光の繭で覆われていた。
おそらく魔法を防御する膜のようなモノなのだろうが、髪さえも揺れていないことから考えるとかなりの防御能力がありそうだ。
シャドゥラもまさか設置型の魔法をど真ん中で受けられるとは思っていなかったのだろう。思わず思考停止に陥ってしまったらしく驚愕の表情で立ち尽くしている。
「ぼんやりとするな。その程度なら終わりにしてしまうぞ」
そんなシャドゥラに蛍は容赦のない言葉を投げかけ、威嚇のつもりかおいしそうな太腿から更に数本のクナイを取り出すとシャドゥラの周囲に投げつけた。
自分の周囲にざすざすざすと刺さっていく刃物の恐怖に我に返ったシャドゥラは、冷や汗を拭いながら三度目の詠唱に入る。いくら瞑想のようなものをして魔力を回復させていたとはいえもともと消耗していた状態である。そろそろ奴の残魔力もこの辺で限界ラインな気がする。
つまりはこの戦いでの最後の魔法ではないだろうか。葵が手元にないため俺の目にはシャドゥラの魔力は全く見えないが、俺の小指を掴むシスティナの力がちょっと強くなっていることからかなりの魔力を使った魔法を詠唱しているらしい。
本来なら壁役のいない魔法使いなんて、そんな悠長な詠唱をしている間に潰されてしまうのだが蛍は敢えて最後まで唱えさせるつもりのようだ。
「もっと!もっと吸いなさい魔杖!これで私は自由を勝ち取ります!『炎帝の拳』」
シャドゥラが今までの自分の行動も省みずに自分勝手なことを言いながら魔法を発動する。
するとシャドゥラの頭上に炎の渦が巻き起こる。そしてその渦はすぐにその形状を拳の形状に変えていく。まさかあの炎の拳をぶつけるという魔法か?ファイヤーボール的なさっきまでの魔法と形が違うだけで何が違うんだろう。
「いきなさい!炎帝!」
そんな俺の疑問は解消されないままシャドゥラの作り出した拳は蛍さんへと振り下ろされる。
「ふ、形が変わろうと同じこと。『蛍刀流:八咫鏡』」
蛍は再び光魔法で盾を産み出して拳を反射させるべく受け止める。
「く!」
だが、炎の拳は八咫鏡に当たっても反射することなくそのまま蛍を押し潰そうと圧力と熱を掛けている。
もしかしてあれはぶっ放し系の魔法じゃないのか?火魔法にプラスして物理攻撃乗っけましたみたいな感じか?
「ほう…なかなかやるな。だが!」
蛍は八咫鏡で受けきれないと判断すると拳の下から抜け出して拳をかわす。
「くぅ!まだです!追え!炎帝!」
シャドゥラの苦痛に満ちた声に従い炎の拳がその軌道を変えて蛍を追いかける。
…これはちょっと凄い魔法だ。葵の魔力操作による魔術と違い、魔法は魔力を起爆剤に結果だけを導く。葵やシスティナに聞いた感じから推測すると一度発動した魔法を後で遠隔操作するのは最低でも同じ魔法をもう一発撃つのと同じくらいの負担がかかると考えられる。
「む……足りない分の魔力は生命力を削っているのか?どうせ負ければ死ぬのだから正しい命の使い方と言えるな」
蛍は意外なほどに速度のある炎帝の拳をひらりひらりとかわす。その度にシャドゥラは軌道修正を行い、その度に頬が削げていく。
「がはっ!くそ……当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ!たれたれれれれえぇぇ!」
意識が朦朧し始めたのか吐血しながら意味の分からないことを呟き始めたシャドゥラの目がカッと見開いた。
「なんと!」
するとそれまで拳のまま追い続けていた炎帝の拳が蛍の避けた方に向かって拳を開いた。ギリギリで拳をかわしていた蛍にはその張り手打ちはかわせない。
まずいか?いや!蛍なら大丈夫。
『蛍刀流:草薙』
一瞬。蛍の魔法のキーワードと共に光の線が炎帝の手を斬り裂き、次の瞬間炎は雲散した。
「凄い…蛍は1人で特訓してあんな魔法を…」
日本の三種の神器に見立てた蛍の光魔法は多分…
対魔法反射用障壁 『八咫鏡』
対魔法絶対防御障壁 『八尺瓊勾玉』
そして
対魔法切断用属性刀 『草薙』
いずれも今まで自分の周りに無かった魔法という力に対応するためのものだ。 魔法というイレギュラー要素さえ潰せるのなら後は自分の刀術で戦えるという刀としての強い自負が現れたオリジナルの魔法。くそっ、やっぱ蛍は格好いい!最高だ。
「礼を言おうシャドゥラとやら。おかげで私の魔法がこの世界の魔法使い達にも通用するということが分かった」
光を纏い二回りほど大きく見える蛍丸を手に悠々と歩く蛍。その先にいるシャドゥラは既に膝をつき顔を上げるだけの力も残していないようだ。
「お礼に私が考えた今の私が撃てる最高の魔法で仕留めてやろう」




