起死回生
ちょ!待て待て待て!こんな……こんなタイミングで俺が一番聞きたかった声が聞こえる筈がない!
神様が最後に俺の願いを叶えてくれたとかそういうオチなのか?
「ソウジロウ。お前達の打った布石と時間稼ぎは無駄ではなかったぞ」
「ソウ様。勝手した私達の為に苦労させてごめんね」
システィナと葵に押し付けていた顔を恐る恐る上げて首を巡らせる。
ぁぁ……ああ……ああっ……ああっ!!
「ほだ…るざん、ざく…ら…良かった…いぎててよがった!」
そこには懐かしい着流しの後姿に黒髪を泳がせた背の高い影とやや小柄な身体を忍び装束に包んだ影。
信じてはいた。生きていることは信じていたけどこの場に間に合うことはないとも思っていた。それでも万が一に賭けて…2人が来てくれることを信じてありとあらゆる時間稼ぎをしてきた。そしてそれは無駄じゃ無かった!
「いろいろ言わなければならないこともあるのだが…今はお前やシスティナを安全な場所に逃がすことが先決だろう」
「葵ねぇは自分で走れる?」
俺の腕の中から抜け出した葵は立ち上がってほつれて顔にかかっていた髪を払った。
「走るのは問題ないですわ。
ですが来るのが遅過ぎですわよ、山猿。この件は貸しにしておきますわ」
「ふ、今回ばかりはやむを得んな。お前がいてくれたお蔭でソウジロウを死なせずにすんだのだからな」
「で…でも!今の状況で安全な場所なんて!」
今は急に包囲網の外から蛍さんと桜が飛びこんできたことで盗賊達の間に混乱が起き動きが止まっているが既にパジオンが声を飛ばしてるので間もなく態勢を立て直してくるだろう。
「ソウ様。ソウ様を助けに来たのは桜達だけじゃないんだよ」
「………え?」
「今に分かる。さ、システィナを寄越せ。私が背負って行く」
そう言って気を失ったままのシスティナの顔を優しくひと撫でした蛍さんがシスティナを背負う。
「そろそろだな。行くぞソウジロウ遅れるな。ボーっとして巻き込まれるなよ。桜、先頭を頼む」
「お任せ!」
なんだなんだ?何が何だか分からないままに蛍さん達が柵の隙間へと向かっていくので俺としては言われるがままに付いていくしかない。
え?待ち構えていた盗賊達はどうしたかって?
『火遁:豪槍』
はい。桜の火魔法により生み出された特大炎の槍で出口付近のやつらはミディアムレアになりました。それを見て狼狽し道を開けた盗賊達の間を俺達は走って抜ける。あれだけ絶望的だった囲みをいとも簡単に…
【構え!!】
まあ俺達だって魔力も体力も万全だったらきっと抜けられていたと思う。でもなんだろうこの呆気なさは。
【射てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!】
「来たな。流れ矢に気を付けろよソウジロウ!」
「へ?」
蛍さんの言葉の意味を計りかねて思わず間の抜けた声を出してしまった俺の視界にさっき見たような矢の雨が見えた。
あぶな……いと叫ぼうとしたが、どうやら矢は全て俺達の後方へと飛んでいく。どういうことだ?俺達の後ろには盗賊達しかいない。仲間割れかもしくは幻術でもかけられでもしたか?
混乱する頭のままとにかく言われるがままに必死に走った俺はいつのまにか止まっていた蛍さんの背中にぶつかって止まった。
「ここまでくればひとまず安心だろう。システィナを治療しておまえも少し休め」
ぶつけた鼻の頭を押さえながら周囲を見回すといつの間にか俺の周りは軍服を来た兵士達に囲まれていた。
「これって…フレスベルク領軍?」
「そうだよソウ様。あそこにルスターのおっちゃんがいるでしょ」
桜の指し示す方向には1人ラーマに跨り、先頭で指揮を執るルスターがいる。
「…どうして?」
「け!水くせぇぜ旦那」
「ゲ…ゲントさん!?」
そこにいたのはちょっと引くくらいの大槌を軽々と肩に担いだベイス商会大工頭のゲントさんだった。
「どうしてゲントさんまでここにいるんですか!」
「おいおい。俺達に助けを求めに来たのは旦那だろうが」
「そ、そうですけど、俺が頼んだのは土砂の下から蛍さんと桜を掘り起こして貰いたいってことですよ」
「まぁな。だが事情は若社長に聞いていたしな。
しかもやっと助けた桜嬢ちゃん達が話を聞くと同時にすっとんで行くじゃねぇか。こりゃいよいよヤバいんじゃねぇかと思って俺らの中でも戦闘経験のあるやつだけを集めて大急ぎで追いかけてきたのさ」
ゲントさんの後ろでベイス商会の大工さん達が笑って俺達に手を振っている。
そう、俺の打っていた布石の1つがこれだった。俺はウィルさんに魔石の購入を依頼すると同時に頭を下げてベイス商会の大工さん達を借りたいと頼み込んでいた。
俺達が盗賊達を引き付け時間を稼いでいる間にあの現場に赴いて蛍さん達を助け出して貰いたかったからだ。俺達との交渉に盗賊達が全員出てくることはパジオンの手紙(本音)に書いてあったので俺達がちゃんと現場に向かえば蛍さん達がいるであろう場所にはもう盗賊達は残っていないことは分かっていた。それなら大工さんたちにあそこへ行って貰っても危険はない。
しかも大工さん達は建築の基礎工事の関係で穴を掘ったり、岩をどけたりすることに精通しているはずなので作業も安全かつ効率よくこなしてくれるのではないかと考えたんだけど…うまくいったみたいで良かった。
「ほら、パーティリングを返すぜ。これはパーティにとっちゃ大事なもんだ。そうほいほいと人に貸し出すもんじゃない」
ゲントさんがぽいっとパーティリングを放り投げて来た。
ゲントさんも昔は塔に入っていたこともあるらしいのでその辺の知識も豊富なのだろう。
「だが、それがなきゃ確かに桜嬢ちゃん達は見つからんかったな。お前が『離れた場所の2つの地点からリングがそれぞれ引かれる方向の重なり合う場所に嬢ちゃん達がいる』と教えてくれたのも良かった。
おかげで手当たり次第に掘り返す必要が無かったからな」
「あ…有難うございました。おかげで蛍さんと桜が…」
「いいってことよ!旦那には風呂を教えて貰った借りがあるし、桜嬢ちゃんには新しい建築技術の手がかりをもらった。システィナ嬢ちゃんにはうまい飯も食わせてもらったし、蛍のネェちゃんは俺達の大事な飲み仲間だ。困ったら助けるのは当たり前じゃねぇかよ!」
照れくさそうに鼻をかきながらゲントさんが手を振る。
1日以上も土砂と岩石の下に埋もれていた筈の蛍さんと桜がぴんぴんしていることに疑問が無い訳はないのにそのことに対して触れようともしない。そんなのは関係ないと態度で示してくれている。
くっ棟梁が男前過ぎて涙が出てくる。
俺は返してもらったリングをシスティナの腕に填めた。このリングが棟梁達を蛍さんの所に案内し、このリングが蛍さん達を俺達の所へ導いてくれた。
そして今、俺の大事な人達との繋がりをしっかりと腕から感じることが出来る。ゲントさんが言っていた言葉の意味がよく分かる。
メンバー全員の存在を感じ取れる。それだけで疲れていた身体にみるみる力が戻ってくるような気がする。物欲しそうに見ている葵にもリングを渡せるようにこの戦いが終わったらウィルさんにお願いして5個セットの物を準備して貰おう。
「…ソウジロウ様」
「気が付いた?システィナ。俺達の時間稼ぎが最高の形で報われたよ」
「はい…感じます。蛍さんも桜さんもご無事だったのですね…本当に良かった」
システィナが目を覚ましたことに気が付いた葵以外の刀娘達がシスティナの手をそれぞれ握る。
「システィナ。お前がいてくれてよかった」
「シス!桜のお願いを聞いてくれて有難う。ソウ様を守ってくれて本当にありがとね」
「…はい……はい!でも私は当然のことをしただけです。
それに、お2人はきっと来て下さると信じていましたから。だから頑張れたんです」
「遅くなってすまなかった。後は任せておけ」
「はい」
蛍さん達が立ち上がったのを見計らって、まだちょっと涙声のシスティナに最後の魔力回復薬を渡すと自分の回復をしておくように『命令』しておく。こうしておかないとシスティナは自分のことを後回しにしちゃうからね。
「葵、システィナを頼む」
「行くのですか蛍」
「ああ、そろそろ領軍が動くようだからな。奴らには私自身が借りを返さなければなるまい」
「桜も行くよ。桜もちょっと怒ってるし」
2人から溢れる殺気が怖すぎる。
「2人共、分かってるよね」
「分かっておる。二度と同じ轍は踏まぬ。己の力を過信して無茶はせぬ」
「うん…桜も約束する。もしまたソウ様があんなことになったら…」
「分かった。信じる」
俺は2人の頭を撫でるとその手を身体に回して抱き寄せる。
「俺達もちょっと休んだら行く。それまでフレスベルク軍と大工さん達になるべく犠牲が出ない様に守ってあげて」
フレスベルク軍はまだしも大工さん達は完全に俺達が巻き込んでしまった形だ。誰かが死んでしまうような事態は絶対に避けたい。
2人は俺の腕の中で小さく頷くと前線へと駆けていった。
戦場はいつの間にか弓での斉射から接近戦へと移行しつつあり、フレスベルク軍は戦線を押し上げている。その中にさっきまでここにいたはずの大工さん達も合流していた。っていうか『ベイス商会の戦う大工』の異名は伊達じゃなかったらしく大きなハンマーをぶんぶんと振り回す大工さん達は盗賊達を圧倒していた。
……助けはいらなかったかもしれない。あの人達ってもしかして俺より強いんじゃないか?
「主殿。わたくしたちはどういたしますの?」
「俺達も行く。システィナはもう大丈夫?」
「はい。傷の方はもう塞ぎました」
「でも結構出血もあったはずだから今度の戦いではもう前に出ることは禁止する。いいね」
「……はい。でも!ソウジロウ様や皆さんの近くからは離れませんから」
まぁ、逆の立場だったら俺もそうするからそれは強くは言えないか。それに関してはシスティナに頷いて了承しておく。後は…
「葵、今回の件。出来れば俺が決着をつけたい」
「……主殿…でもあの男は強いですわ」
「うん。分かってる」
「………理屈じゃありませんのね。わかりました、協力致しますわ」
「ありがとう葵。よろしく頼むな」
葵の了承を得られれば後は機を見て動くだけだ。戦場の方は……うん、完全にこっちが押してるな。盗賊達も背水の陣状態だからかなり頑張っているみたいだけど前線で兵士達を助けながら縦横無尽に動き回る蛍さんと桜がやばすぎる。
2人が行くところには必ず赤い花が咲き、散っていく。この調子なら遠からず盗賊達を殲滅出来るだろう。
そろそろ盗賊達の腰も引けつつあるみたいだが、俺達を包囲していた石切り場の高台は今度は盗賊達の逃げ道を塞いでしまっているので逃げるに逃げられないようだ。
だが、それでもなりふり構わなければ斜面を駆け上って逃げ出すことは可能だろう。
だから先手を打っておく。やつらをここで完全に欠片も残さず潰す!
『桜!高台の上に逃げようとする盗賊を1人も逃がさないために上に行け。上がってくる奴がいたら1人残らず仕留めろ!』
『了解!ソウ様』
『但し、絶対にシャアズには手を出すな』
『……』
『俺が信じられないのか?』
『そんな訳ない!…ずるいよソウ様。そんなこと言われたら頑張ってって言うしかない』
『それが一番力になるよ』
『うん…頑張ってねソウ様』
正直自信がある訳じゃないが桜を安心させるためにもしっかりと頷いておく。
つまらない意地だとも思うが俺の女達をここまで傷つけられて黙っている訳にはいかない。彼女達の仲間であり、主であり、夫であるために俺がけじめをつけてやる。
「じゃあ行こう。システィナ」
「はい」




