対魔物戦
「やった!凄いよ葵!」
周囲の狼達が戦意を喪失していく様を見て思わずテンションが上がってしまった俺は子供のようにはしゃいでしまう。これがうまく行かなければ正直かなりやばかったので仕方ないと思って欲しい。
「主殿」
「ん?なに?」
「申し訳ありませんが思ったよりも効きが悪いですわ。別人に支配されている状態だと威力が十全に発揮できないみたいです」
「え?」
若干しょんぼりとしながら申し訳なさそうな声を出す葵。おいおいさっきまでの高飛車キャラはどこいった?まああれはスキルだから葵が本当に高飛車女という訳でも無いのだろうが。
葵の言葉を確かめるべく注意深く周囲の狼達を見ていくと動きは鈍くなっているが確かにまだ戦意を失っていない狼もいる。熊系に関してはあまり効果が無かったのか目に見える変化はない。
簡易鑑定してみると
『山狼(従魔) ランク:H』
『強爪熊(従魔) ランク:G』
熊の方がランクの高い上位の魔物らしいのでそのせいもあるだろう。
じゃあ狼の中で効果が分かれるのはなんでだ?
「………あいつのせいか」
葵のスキルに耐えている狼の分布をよく見ていくとある場所に近づく程に数が多い。
そしてその中心にいたのは他の狼と比べても二回りは大きい灰色の狼だった。
『アッシュウルフ(従魔) ランク:F』
「あいつがパジオンの狼たちの群れを統率してるんだ…」
「…となればあの男がしっかりと掌握している狼はあの狼だけかもしれません。後の狼達は仮契約のような形にしてあの灰色の狼経由で支配すればテイマーの負担はごく軽いもので済むと思います」
「分かった。じゃあ隙があったらあいつを狙う方向でよろしく」
「はい」
「はいですわ」
【ええい何をしている畜生ども!さっさとかかれ!】
【あんな下衆の言うことを聞く必要はありませんわ!死にたくなければそこに這いつくばっていなさい!】
魔物達の制御を奪い合う熾烈な口喧嘩の中、アッシュウルフが直属で率いているっぽい精鋭の狼達が葵の束縛をいち早く抜け出して飛びかかってくる。
葵に大分抑えられているとはいえそれでもその数は二桁以上である。1匹1匹に丁寧に対応していたら脇を抜かれてしまう。
だから無理にとどめは狙わず後ろに通さないことを念頭に置きつつ対処していくことにする。
先頭をきって飛びかかってくる狼の横面を獅子哮で覆われた裏拳で殴りつけ弾き飛ばす。 ぎゃん! と叫んで飛ばされる狼には眼もくれず次の狼に閃斬を叩きつける。その一撃は肩から前足の一部を斬り裂くがやはり深追いはせず足で蹴飛ばして遠ざけ、更に次の狼に対応していく。
そんな感じで息つく間も無い程に慌ただしく狼を退けていく。
後方のシスティナの戦いぶりは見えないが度々 ブゥォン!! という大きな音と同時にギャン!キャン、ギャフ!と言った悲鳴が聞こえてくるので魔断を大きく振り回しつつうまく領域を確保しているのだろう。俺よりもよほど安定した戦いをしていそうだ。
「主殿危ないですわ!」
突然俺の耳のすぐそばに風切り音が響き ぎょっ! として思わず身をすくめる。
どうやら背後から葵が俺のすぐ脇をかすめるように刀を斬り上げたらしい。
キィィィィ!
と、同時に俺の頭上で甲高い鳴き声とばさばさと騒がしい音がしたのでどうやら葵は空から俺の隙をついて急襲してきたニードルホークの攻撃を防いで撃退してくれたらしい。
「やべ、忘れてた。葵ありがとう」
「まだ仕留められていませんわ。お忘れ無きよう」
「了解!っと!」
視界の隅でニードルホークがよろめきながらも上空に逃げていくのが見える。まだ攻撃をするだけの余力はありそうだ。
いつもは蛍さんか桜がいてくれるから『気配察知』で死角からの攻撃も完璧に対処出来るけど今、2人はいないんだから自分でちゃんとやらなきゃ駄目だった。
「ご主人様!熊が動き出しました!!」
システィナの切羽詰まった声が響く。このタイミングで熊!しかも俺とシスティナに1頭ずつ向かってきてる。重量級の熊の魔物と戦い始めてしまったら後ろの葵を守る為には足を止めて戦う事になる。でもそれじゃあ狼たちを止められない。
「主殿、心配いりませんわ。わたくしだって刀。戦いは苦手じゃありませんのよ」
確かにニードルホークを打ち返した一太刀は背後からの一撃だったが俺にはほとんど見えなかったな。うん、刀娘達の技量に関して俺が心配をするのは100年早かった。
でも戦えるからと言って葵を前に出せば今抑えて貰っている狼達も動き出すかもしれない。そうなれば俺達はじり貧だ。
「問題ありませんわ。今、地に伏せている狼に関しては完全に心を折っておきました。敵の支配があるためこちらの命には従いませんが私達を襲ってくることもないはずですわ」
なるほど。葵のスキルはなかなかに強力だ。それなら…
「よし!じゃあ葵も頼む。システィナ!立ち位置を変えるよ。それぞれの背後を守るようにして絶対前に出すぎて孤立しないように気をつけて!」
俺の指示に従って葵が俺の左後方、システィナが右後方に位置を変える。これはそれぞれが正面の敵に対応して背後の三角形のスペースには敵を入れないようにする位置取りである。
思い切って3人それぞれが自由に突っ込んで乱戦するという作戦も取れなくはないが、それだと葵とシスティナはともかく俺の命が危ない。それに魔物とだけ戦っている現状では再び矢の一斉射や魔法を放たれたら葵以外は防ぎきれずに死んでしまう。
盗賊達が前に出てきてくれるなら同士討ちを躊躇わせることが出来るはずなので乱戦に持ち込むという作戦も選択肢に入るのだが……いや、それでもやっぱり俺が生き残るビジョンが全く見えない。気配察知の恩恵が無い状態での乱戦は怖すぎる。
「葵、熊は俺とシスティナで止めるから残りは頼む!弓の再攻撃や魔法攻撃もあるかもしれないから警戒しておいてくれると助かる!」
「了解ですわ!」
葵の返事と同時に間合いに入ってきた熊が右の爪を振り下ろしてくる。強爪熊の名に恥じない立派な爪である。だが俺はそんな馬鹿げたモノと力比べをするつもりはないので僅かに身を振って爪をかわすと閃斬をがら空きの胴体へと突き刺す。
「なぁ?かたっ!!」
腹部を突かれた熊は僅かに身を折り、2歩ほど下がったが特に出血を要するほどの傷はない。毛が堅いのか、筋肉が堅いのかとにかく胴体への攻撃は効果が薄いらしい。
しかし、熊の方は一撃を避けられた上に反撃まで喰らったことに腹を立てたらしく怒りの雄叫びを上げるとどすどすと間合いを詰め、今度は横凪に爪を振るってくる。
うおぅ!怖い!でもあんまり後ろに下がれば葵とシスティナを巻き込む。なるべくこの場で避けなくちゃ駄目だ!そのために蛍さんと厳しい修行をしてきたんだ!
腰よ引けるな!いつも夜はお楽しみなんだから昼間も働け!!
自分でも良く訳の分からない理屈で逃げ腰を抑え込むと熊から視線を切らないように身を屈めて爪をやり過ごす。頭上をおっそろしい音が通り過ぎていくが安心するのは後!
『身を切る思いで攻撃を避ければぎりぎりで避けた分だけ自分の攻撃が出来る。 by蛍さん』
蛍さんの教えを脳内で再生しながら教え通り避けつつも相手から眼を離さなかったおかげで大振り後に態勢を崩している熊がはっきりと見える。
「突いて駄目なら……斬る!」
俺は身体を起こす動きに合わせて閃斬を下から斬り上げて熊の右腕の肘関節辺りを薙ぐ。
ぐごぉぉぉぉ!!
「おぉ!今度は斬れた!」
目の前をくるくると回りながら飛んでいく熊の右前腕部を見ながら歓喜の声を漏らしてしまう。でもさっきは全然刺さらなかったのに何故だ?腹よりも腕の方がやわい?
いや………違う!うわぁ、俺は馬鹿だ!いくらなんでもテンパリ過ぎだろ!閃斬を高ランクたらしめているのはスキル『斬補正(極)』じゃないか。だったら突いた方が威力がありそうだとかっていう地球の常識に縛られたら駄目だ。閃斬は斬ってこそ真価を発揮する名剣。…そうと分かれば!
俺は右腕を斬られて痛みにもがく熊を追撃すべく間合いを詰める。ここで熊を1頭倒しておけば後が楽になる。だが、もがき苦しんでいた熊は俺が近づいてくるのを見ると怒りに満ちた眼で俺を睨みつけてくる。
どうやら怒りが痛みを超えてしまったらしく血走った眼で斬られた右の前足を傷口ごと地面に叩きつけて咆哮している。
うわぁ…完全にブチ切れてるなぁ。でも蛍さんはキレた奴はこちらが落ち着いてさえいれば逆に扱いやすいって言ってた。俺のようにキレることで逆に冷静になる奴はほとんどいないらしい。
とにかくあのまま無駄に突進してこられると2人の邪魔になる。
「葵!システィナ!ちょっと前に出る。フォローよろしく」
ひと声かけて前に出る。熊は『お前から来るならここで殺してやんよ』と言わんばかりに仁王立ちになって吼える。
立ち上がられると優に俺の身長を超えてくる相手に自分から突っ込むなんて何をしてるんだ俺はと思わなくもないがシスティナや刀娘達を守るためなら多少の無茶くらいしてみせる!
懐へと飛びこんでいく俺を左腕の爪と牙で引き裂こうと覆いかぶさってくる熊。俺は恐怖で止まりそうになる足を叱咤して更に速度を上げると前足が無い側へと僅かに進路変更し牙と爪をかわしつつ熊の右足を閃斬で斬り飛ばすことに成功する。
背後で吼え声を上げながらもんどりうって倒れ込む熊の気配を感じつつすぐさま反転。なんとかうまくいったことに安堵の吐息を漏らしつつ、もがく熊の首を斬りつけて止めをさすとその足でシスティナ達の所に戻る。
その際に確認したがシスティナももう1頭の熊の攻撃をしっかりと護身術で防御しつつ斧槌術で少しずつ傷を与えて有利に戦闘を進めているし、葵の前には既に数頭の狼の死体が横たわっていた。
………ていうかマジで俺ってばいらない子かも。軽くへこんだ。




