決断
「では、私達もこれで失礼致します。いつ屋敷に盗賊達がまた来るかも分かりませんので」
軽い皮肉を交えてそう言うと俺達も立ち上がって扉へと向かう。
「あ!フジノミヤ様!」
急に帰ろうとする俺達に焦ったように席を立つセイラ。
「せっかくアジトを見つけて頂いたのに申し訳ありませんでした…
ですが、私はこのフレスベルクの街を治める領主なのです。この街とこの街に住む人々を守ることを最優先にしなくてはなりません」
…うん。ご立派だと思う。当然の心構え。きっと良い領主様なんだと思う。でも、それをここで言うならこっちも一つだけ言わせて貰おう。
「そうですね。立派な志だと思います。
元々は領主様のお屋敷だったのでご存知だとは思いますが、私達の屋敷は街からほんの少しだけ離れた場所にあります。ですが私達はフレスベルクに住む住民だと思っていました。でもあの場所はフレスベルクではなかったようですね。
では失礼致します」
俺の辛辣な言葉に初めて街の中に住まない住民がいるという事実に気がついたのか傷ついた表情を浮かべる領主を見てちょっとやり過ぎたかと思いつつも無表情を崩さないようにして淡々と部屋を出て行く。
「貴様!セイラ様に向かって無礼であろう!」
エルフっぽい女騎士が俺の背中に怒りの声をぶつけてくるが別に痛くも痒くもないので無視する。
部屋の外にはセイラから指示を受けて待機していたらしいエマと呼ばれていたかわいらしい侍女が綺麗に折りたたまれたローブを持って立っていた。
「うるさくしてごめんね。これは俺達が貰っていいのかな?」
「は、はい…そのように伺っております」
「ありがとう。ついでに外まで案内してくれるかな?さっき領主からの命令で館の住人に案内されていない不審人物はその場で拘束される扱いになったから」
「あ、はい。わかりました。ではご案内致します。こ、こちらです」
受け取ったローブをシスティナに渡して目の前を歩く侍女の背中をゆっくりと追いかけていくと隣を歩く蛍さんが侍女に聞こえないように抑えた声で話しかけてきた。
「随分思い切った行動にでたな」
「はは…やっぱり不自然だった?」
「まあな。確かに我らもフレスベルクの民の範疇だろうがあの場所に住んでるのは我らの勝手だからな。領主は領主なりに街全部を守るために最善を尽くしておる。庇護下に入りたければしばらくの間屋敷を離れればいいだけだ。
あの領主なら避難中の我らの滞在費くらいはぽんと出すだろうよ」
「だろうね。
むしろ俺達の屋敷を守るために屋敷の警護に人を割いたり、元を断つために全滅するのが分かってて討伐隊を出したりするのは今の状況だと領主としては問題だよね」
「でも桜はちょっとスカッとしたな。桜たちが頑張って盗賊退治したのだって自分達が住むこの街を守りたいって気持ちがちょっとはあったのに、桜たちは余所者~みたいな感じで。ああそうですかって感じだったからさ」
そう、まさにそこだ。なんとなくセイラのいうフレスベルクの中には俺達が含まれていない気がしたのだ。
確かに俺達はフレスベルクに来てからは日も浅い。日は浅いがこの街に住むつもりで家を買った。ごちゃごちゃしているが賑やかなこの街が気に入ってもいたのだ。
「ではソウジロウ様は別に怒っていたのではなく私達のことを気に掛けてくれなかった綺麗な領主様に拗ねていただけなのですか?」
おお!ズバッと核心を突いてきたね侍祭様。まあぶっちゃければそんな感じであることは否定できない。
「まあ、それに加えて本当に俺達のことを…っていうか街の中に住んでない人も領内に住んでいる人たちは皆同じフレスベルクの領民だってことを失念していたみたいだったからちょっとね。
あの手のタイプはああいう感じで指摘されるとこたえるタイプだと思うしいい薬になるんじゃないかな。
あとはついでにちょっとでも俺達に対して申し訳ないと思ってくれたらなんかあった時に助けてくれるかもしれないしね」
「ふん、なんのかんの理屈などつけるでない。結局の所ソウジロウはあの領主が気に入ったのだろう?金髪美人でスタイルも悪くない。多少視野の狭い所はあるが権力者にしては品行方正で優秀のようだしな。
それでもまだまだ若いソウジロウには眩しく見えるのではないか。教育実習に来た女教師に嫌がらせをする中学生かもしくは気になる女の子についつい意地悪をしてしまう幼稚園児などと同じだな」
あう!そう言われると言い返せない。それにしても蛍さんってばそんなあるあるネタをどこで仕入れてきたのか。謎だ。
「あ、あの!」
「おお!びっくりした。どうしたの大きい声出して」
「いえ、さっきからお呼びしてるのに誰も気がついてくれなかったので」
エマちゃんは俺の胸くらいの身長でふりふりのついてないメイド服的な物に身を包んだ子リスののようにかわいらしい侍女である。
「あぁそうか。ごめんごめん。それで?」
「いや、あの…門につきましたけど?」
え?と思って辺りを見回すと確かに目の前に門がある。しかも館の玄関の門ではなく領主館の外塀に設置された外門である。話に夢中になっている間にいつのまにか外に出ていたらしい。
「本当だ。どうもありがとうエマ。ちなみに盗賊団が片付いたらうちで働かない?給料倍出すから」
「働きません!」
ちっ!即答か。ちょこまかとよく働く子リスはいい癒しになると思ったのに。
「そっか。じゃあ帰るか」
とは言っても、もともと引き抜けるとは思っていなかったのであっさりと諦め門を開けて外に出ようとすると俺の上着の袖を誰かが引く。
「ん?」
「あんまりセイラ様をいじめないで下さい!セイラ様は前回、塔から魔物があふれた時の防衛線の時にお館様を亡くされて急に領主を継いで以来ずっと頑張ってるんです!
セイラ様をいじめたら私が許しませんから!」
エマは一気にそう言うとぷいっと踵を返して去っていく。ていうか一生懸命に怒ってる姿が可愛すぎて内容聞いてなかった。
「……ソウジロウ。あの娘を簡易鑑定してみろ」
「え?あぁ、了解」
『簡易鑑定』
『エマ・スン 業 -19
年齢: 15
種族: 平耳族
職 : 侍女』
「あ…あの子、平耳族だ」
「やはりな…案内をするあの侍女には聞こえぬように話していたのにどうも反応がおかしいと思ったのでもしやと思えば」
そっか、あの子は執務室の中での会話もさっきの俺達の会話も全部聞こえていたのか。だから俺に対してあんなに怒っていたと…
ということはこのままだと俺の悪行?が全部セイラに筒抜けになっちゃうってことか。
って別に知られたからどうってこともないんだけど。でも聞かれっぱなしも悔しいしちょっとくらい驚かしておこうかな。
(さっきの話は俺達とキミだけの秘密ってことでよろしくね。平耳族のエマちゃん)
去っていくエマの背中に小声で呟いてみるとビクッとしてエマが振り返る。その顔は驚きと盗み聞きしていたことを看破されたことによる羞恥で赤くなっている。
やっぱかわいいなぁ。一家に一台って感じだよね。
俺はぷるぷると震える小動物に笑顔で手を振ると今度は本当に領主館から出た。もう大丈夫だと思うが一応エマちゃんの可聴範囲から外れるまでは迂闊なことは言えないので黙って歩く。
あれ?そう言えば何か忘れてるような気が…
「あ!」
「え?どうしたんですかソウジロウ様」
「ウィルさん忘れてきた」
「「「!」」」
その顔を見ると3人とも忘れていたらしい。まあでもすぐに追いかけてこなかったところをみると領主とまだ話したいことがあったんだろう。また今度会った時に置いていったことは謝っておけばいいか。
さて、それはそれとして俺達はどうしたものか…
結局領主軍の討伐に便乗して殲滅するという案はご破算になった訳だが、このまま屋敷で生活して襲ってきた盗賊を撃退する方向で凌げるだろうか?
屋敷の防衛システムの情報はまだ盗賊達に漏れていないはずだから昨日と同程度の人数で襲ってきてくれるならなんとかなると思う。ただ倍の40人とかで来られるとかなり厳しくなる。というか普通に考えれば1人頭10人を相手にするんだから無理ゲーだ。落とし穴に半分落ちたって1対5なんて戦いはリスクが高すぎる。
無双系ゲームキャラのように群がる敵をばったばったと斬り飛ばして1人で千人斬りなんてのは現実ではあり得ない。まあこの世界には魔法という概念があるのでやりようによっては出来ないこともないのかもしれないが俺には絶対無理。
「さて、どうしようか」
街中を歩き民家の屋根に止まる鳥をぼーっと眺めつつ領主館から充分離れたのを見計らって先ほど思い浮かべた言葉を今度は口にしてみる。
「どう…と言われてものう。領主軍が兵を出さぬ以上は守るか攻めるかの2択なんじゃがな。もちろん我らだけで」
「だよねぇ。でも4人で100人はやっぱ無理でしょう。じゃあこっちサイドの戦力を増やそうって言っても『弟子』たちは巻き込みたくない。
ギルドに依頼を出して冒険者を雇うってのも有りかも知れないけどまだそこまでギルドが育ってないから人は集まらないだろうし、ある程度集まったとしてもその冒険者たちが死んでしまうようなことがあれば世間にまだ定着してないギルドは潰れちゃうかもしれないし」
もっとギルドが世界に浸透するまではギルドの依頼で死者が出たとかは極力避けたい。まあ、魔物の素材集めとかに出れば死んでしまう冒険者もいるかもしれないけどそこまでは考えても仕方ないしそのくらいは探索者だったときも同じ事だから別に問題はない。
『ですが依頼として十分な報酬を支払うのであれば自己責任だと思いますわ』
「まあね、確かにそうなんだけど…まだギルドに登録した人数もそこまで多くないだろうし登録した人が全員参加してくれるわけでもないよね。
報酬を高くすればある程度の人数はすぐ集まるかもだけどその全員が手練れって訳でもないだろうし…結局満足のいく戦力は集まらない気がするんだ」
「でもそうすると八方塞がりってやつだよねソウ様」
「一度屋敷を出て街に避難しますか?」
「出来ればそれはしたくないんだけど……」
ゴン!
「ええい!煮え切らない奴だ。ことここに至ればもう仕方あるまい。なるべく深入りはせんようにして我らで討って出るしかあるまい。
よしんば殲滅出来なかったとしても頭数を減らすだけでも良いし、倒せずとも山から追い出せれば領主軍の助けを借りることも出来よう」
ったぁ……エロ以外で脳天落とし喰らったのは初めてかも。
だけど蛍さんの言うことも一理あるな。別に0か100だけが結果じゃない。あくまで奇襲に徹しリスクを低く抑えながら少しずつ相手の戦力を削ぐというのも立派な戦術だろう。
それにアジトの状況次第では一気に殲滅も夢じゃない。例えば大きな洞窟に全員が入っていれば入り口を崩したり、魔法をぶっ込むだけで殲滅出来るかもしれない。
「1回行ってみようか?ただし、あくまで正面からは戦わない。ゲリラ戦が前提」
「うむ、その辺が落としどころかもしれんな」
「桜もそれでいいよ」
『わたくしも構いませんわ』
「システィナはどう?」
「はい。ソウジロウ様がそう決めたのなら良いと思います」
「えっと…生身の俺達は結構危険だと思うよ。もう少し抵抗していいんじゃないかな?」
「ふふ…私はソウジロウ様の侍祭ですから。ご主人様がお決めになられたことを全力でサポートするのが私の役目です」
システィナがいたずらな笑みを浮かべながらなんの迷いもなくきっぱりはっきりと言い切った。
からかわれているのは分かっているが、システィナもそれでいいならもう全員一致だ。となれば後は迷わずやるしかない。
「よし!じゃあ帰って少し仮眠を取って深夜に山に入る。今のうちに必要なものを買って帰ろう」




