ギルドへの報告
「ご主人様、食後のお茶です」
「ありがとうシスティナ。じゃあシスティナも座って。これからのことをちょっと相談しよう」
「はい」
俺達は露天風呂を上がってから少しだけ仮眠を取って早めの朝食を済ませた。寝不足の頭と戦闘で昂った精神状態では判断を間違いかねないと思ったからだ。
「今度はこちらから攻め入るか?」
蛍さんが緑茶を飲みながら問いかけてくる。
この緑茶はその存在を知ったシスティナが叡智の書庫を使って緑茶の詳細を学習しこの世界にも似たような物があることに気づいて入手して来てくれた植物を茶葉に加工してくれたものである。
味や風味は日本の洗練された茶葉には及ばないがそれでも緑茶が飲めるようになったことはかなり有難い。日本家屋や蔵があるような環境で暮らしてきた俺には緑茶はあるのが当たり前だった。
この世界に来てこの屋敷で暮らすようになるまではそんなことを気にしている余裕はなかったが、生活の拠点が出来、風呂も完備、お金にも余裕が出来て生活が安定してくるとどうにも緑茶が恋しくてたまらなくなっていた。
それを寝物語にぽろっとシスティナにこぼしたのがきっかけだったのだが、システィナはなんと次の日の夕方には緑茶が飲めるようにしてくれたのである。本当にシスティナに最初に出会えたことは俺の最大の幸運だと思う。
俺にとって考え事をしたい時やリラックスしたい時の緑茶は必須アイテムだった。
「本気で言ってないよね蛍さん。桜、追跡した盗賊はどうしたんだっけ?」
緑茶を啜りながら思わず苦笑する。いくらなんでも4人でまだ100人以上いる盗賊団をなんとか出来る訳もない。
「アジトが判明した時点で仕留めたけど持って帰る訳にも行かないし、悠長に穴掘って埋めるとかも出来ないから一応盗賊達が使ってるっぽい道から離れた所に捨てて見つかりにくいように偽装はしてきたよ」
「うん、さすが桜、完璧。ということはメイザがこの屋敷に攻め込んだのは知ってたとしても襲撃に失敗したことに気が付いて何か行動を起こすには2、3日はかかるかな?」
「それは楽観的に過ぎるな。あの女幹部が戻らないとなれば、やつらの幹部がこれで2人消えたことになる。奴らも黙っていられないのではないか?」
「なるほど…システィナはどう思う?」
システィナはちょっと考えた上でゆっくりと口を開く。
「そうですね…盗賊団にとって悪名と言えどもその名前の持つ力は重要です。その点『赤い流星』はその規模の大きさと残虐さで世に知られています。
この悪名というのは各地の領主などから目をつけられやすくなりはしますが逆に自分たちを守る鎧にもなりえます」
「…なるほどのう。中途半端な戦力では手が出せないと思わせることが出来るのか」
「はい。後は襲撃の際にも赤い流星だと知らせるだけで相手の抵抗する気をなくさせることもあるでしょう。もっとも逆にどうせ死ぬならと決死の抵抗をされる可能性もありますが」
ということはどういうことだ?
幹部を立て続けに失うような盗賊団だということが世間に知れ渡ることはあまりよくないということか?それなら…
「この辺で団を引き締め直さないとあっちもきついのかもしれないね」
「さすがご主人様です。私が言うまでも無かったですね」
「え~桜わかんない。なんのこと?」
『下っ端の中には赤い流星の悪名を頼りに加わっているのも多いのではないかということですわ。ここで赤い流星はたいしたことはないと噂になれば団を見限った下っ端が離脱、もしくは離反するかもしれないと主殿はそう言っているのですわ』
葵の声が聞こえないシスティナが桜の問いに答えようとするのを一旦手で制止する。
「葵の言う通りこのまま副頭目だとされる幹部を2人も失ったのに放っておくと団が落ち目だと判断したヤツが離脱する可能性があるかもしれない。まだ残りの人数も多いし、トップと参謀が健在しているから可能性としては低いけどあり得なくはない」
「そうするとディアゴの時と違い、今回は相手がはっきりしているからな。事態が発覚したら早々に報復にくる可能性があるのう」
蛍さんの言うとおりだった。そうなると俺が考えていた2、3日という猶予は確かに楽観的だったかもしれない。場合に寄っては今晩にでも報復がある可能性もある。
「そうなるとやはりこちらから一方的に奇襲をかけられるのは今日しかないであろう」
げっ、蛍さんってば4人で奇襲する案は本気だったのか……
一応検討してみるか?
奇襲を前提にして相手のアジトの近くまで行けたとする。敵の密集地帯とかがあれば桜に大規模な範囲魔法を放り込んでもらって頭数を減らす。
その後は混乱に乗じて斬りこんで、要所要所で蛍さんに目くらましとか使ってもらって常時相手を混乱させたまま立ち直らせないように立ち回れば意外と……
っていやいや無理だから!そんなうまく行く訳無いし。
「とりあえず今日はこれから冒険者ギルドに行ってアジトの報告と賞金の申請をしよう。同時に領主に話を通して貰って兵を出して貰えるなら俺達も同行する。
こんな感じでどうかな?」
とりあえず無難な対応だと思うんだけど即座に頷いてくれたのはシスティナだけだった。桜は何を考えているのかよく分からないが、蛍さんの沈黙は不服の沈黙だろう。
「……仕方あるまい。確かにソウジロウの言うとおりにするのが一番間違いがない。儂の感覚はどうしても武器としての思考にかたよるようだしな」
「それ分かる!桜も『え~攻めないんだぁ』って思っちゃった」
う~ん、やっぱりそうだったか。気持ちは分かるけどどうしても俺達だけで行かなきゃならない理由がなければそんな無茶は出来ない。
「とにかく!これからギルドへ向かう。戦闘予定はなし。最低限の装備だけして全員で行くから準備できたらリビングへ集合」
「うむ」「はい」「は~い」『はいですわ』
「フジノミヤ様!どうされたんですかその荷物は」
ギルドへ着いた俺達は早速ウィルさんに発見され全員が背負っていたサンタクロースのような荷物に驚かれていた。
「ははは…ちょっといろいろありまして。また別室を用意して貰っていいですか?説明はそこで」
「もちろんです。それではこちらへお越しください」
ウィルさんに案内された部屋で背負っていた荷物をがしゃりと降ろす。1人では持ち切れなかったのでシスティナ達も俺よりは小さいが大きな荷物を降ろした。
「あ~重かった。この世界には異世界定番のアイテムボックスとか無いのかなぁ。あればちょっと高くてもすぐ買うんだけど」
「アイテムボックス?………………あぁ、そういう物ですか。確かにそんな物があれば便利ですね。でも残念ながらそう言った機能がある道具や能力は聞いたことがありません」
叡智の書庫で詳細を把握したシスティナが申し訳なさそうに教えてくれるが、無い物は無いのでそれは仕方がない。システィナのせいでもないしね。
「いいよいいよ。言ってみただけだから。落ち着いたらリュスティラさんとかに作れないかどうか聞いてみるのもいいかもね」
「ふふ、作れたら良いですね」
「お待たせいたしました。フジノミヤ様。それでこの荷物はどうされたのですか?」
「はい。実は…」
「それは…大変でしたね」
昨夜の経緯を聞いたウィルさんが驚いた表情で絞り出した言葉がそれだった。
「それにしてもさすがはフジノミヤ様です。こちらの装備品は武器の方はこちらで確認して賞金を確認しておきます。防具の方は買取でよろしいですか?直接鍛冶屋や防具屋に持ち込まれた方がいくらか高くなるかも知れませんが?」
「いえ。大した物はありませんしギルドで買い取って貰って有効活用して下さい。武器はメイザの物だけは一応こちらで引き取らせて下さい。弟子の中でアーリが細剣術を持っているので使うかどうか確認してみます」
メイザが持っていた長細剣は通常の細剣よりも剣身が長いが軽量技能が付いていて取り回しは悪くない。素材には魔材を使っていないようだが良質の鋼を使っているらしくランクはさほど高くないがいい武器ではある。
「分かりました。そう言って頂けると助かります。初心者に最低限の武具を貸し出そうとする試みもありますし、今建設中の訓練場にも一通りの武具を備え付けようと思ってますので。
すまんが人を呼んでこれを頼む。武器の方は懸賞金の確認と賞金の申請。防具等については買取の査定を頼む」
ウィルさんの指示でギルドの職員が荷物を持って行くと、本題のアジトの件を切り出す。
「それは貴重な情報ですね。ただいくらフジノミヤ様が幹部とその部隊を減らしてくれたとはいえどもすぐにどうこう出来るような話ではなさそうです。
先日コロニ村への部隊も帰ってきているようですので領主軍から人が出せるかもしれません」
良かった。ウィルさんも『今すぐ攻め込むべきです!』とか言い出したらどうしようかと思った。
「フジノミヤ様。情報の方は一足先にギルドの者に手紙を持たせて領主館へ走らせますが、アジトの場所などの詳細な説明には桜様の言葉が必要になると思います。それに、先日のディアゴ隊の殲滅に加えてメイザ隊も殲滅したとなれば領主もフジノミヤ様に会いたいと言い出すと思います。
というか既に何度か面会を打診されているんですが…フジノミヤ様があまり目立ちたくないと思われているのをうすうす感じていましたのでやんわりとお断りしていたのです」
「それは…ありがとうございます。領主サイドから何か言ってくるかもと覚悟していたのに何もなかったのはウィルさんが止めて下さっていたんですね」
俺達がのんびりと暮らせていたのはウィルさんがお偉いさんからの呼び出しを断っていてくれたからだったのか。本当にウィルさんには世話になりっぱなしだ。冒険者ギルドだって俺が冒険者をやってみたかったから唆したものだし。
偶然レイトークで出会っただけの俺達にこんなに良くしてくれて本当に感謝が絶えない。
「いえそれは構いません。ただここまでフジノミヤ様の功績が大きくなってしまうと断り続けるのも逆に失礼になり兼ねません。ならばこの機会に一度会っておいた方が今後のためにもいいと思います」
確かにあんまり拒否しているのも疚しいことがあるみたいで面白くない。それにあの屋敷は気に入っているからこの街から転居するつもりはない。それなら領主といい関係を築いておくことはむしろ必須だろう。あの屋敷の元の持ち主でもあるしね。
「わかりました。フレスベルク領主と会うことにします」




