ひとまずの決着
「…くくく」
俺の言葉がこのうえもなく本気だということを理解して気が触れたのかメイザが肩を震わせる。
「こりゃぁ…とんだ見込み違いだったねぇ。あまっちょろそうな顔してるから良いように使えると思ったんだがとんだキチガイだよ。
あと半歩立ち位置がずれたらあたしらと変わらないじゃないか」
おお。さすがに悪党街道を突っ走って来ただけあって鋭い。メイザが言ったことは多分正解だと思う。俺は俺が悪人だと判断した者にはとことん冷徹になれる。それなのにその基準は俺の中にだけあるんだからちょっと判断の基準がぶれればとんでもないことになる可能性はあるかもしれない…ていうかある。
でも、だからこそ俺には、俺の傍には刀娘達やシスティナが必要なんだと思う。彼女達なら俺が間違った判断をしそうになったときに俺を止めてくれると思うからね。まあ、逆に止められない限りは大丈夫なんだと思って好き勝手やらせてもらおうと思ってもいる。
「行き着く先は変わらないと思うけど1つ選ばせてあげようか?
1、領主に生きたまま引き渡される。
2、ここで死ぬ。
どっちがいい?」
「はっ!そりゃお優しいこった。どうせほっとかれてもそろそろ死にそうだ。あんた達でとどめを刺すが良いさ」
「いやいや、領主に引き渡すならそれまでは生きてて貰う必要があるから治療するよ。そうしたら連行は陽が昇ってからになるし、なんだかんだでもうしばらく生きてられるんじゃないの? その間に助けがくるかもしれないし、脱出の機会もあるかもしれませんよ?」
「…本当に嫌な奴だねぇ。領主なんかに引き渡されたら碌な目に遭わないのが分かりきってるじゃないか。死なない程度に拷問されて情報を吐き出させた後は、最低でも手足の腱を斬られた状態で街中で晒し者にされるだろうねぇ。
その間はありとあらゆる物を投げつけられるだろうよ。石なんかは可愛いもんさ。刃物、熱湯、糞尿なんかがよくあるかねぇ…変わったもんじゃ鍋、釜、後は形見シリーズで思いも掛けないような物が飛んできたりするなんてのもあるね。 まぁ、さすがに街中で慰み者にされることはないだろうけどねぇ」
「ふぅん。市中引き回しのうえ打ち首獄門的なことがこの世界でもあるんだ。
まあ、でもそれだけのことをしてきたんだから仕方ないね。そうするとむしろ領主に引き渡した方がいいのかな。フレスベルクにはコロニ村の生き残りも来てるだろうしどんな形であれ仇を討たせてあげれば…」
「ソウジロウ様。私の意見でしかないのですが…」
「うん。何?」
「ジェイクさんはわかりませんが彼女達は復讐を望まない気がします。彼女達は皆で協力しあって未来を育てるという決断をしました。
未来の苗である子供達のために自らの私怨には流されないような気がします」
なるほど…確かに最後に見たあの人達の様子を考えれば、盗賊が討たれたことを喜びはしても自らの復讐のために何かをしようとは思わないかもな。それほどまでに生き残った子供達の為に生きることを覚悟しちゃってた目だった気がする。
「そうだね。システィナが正しいと思う」
「どこの世界のいつの時代も母は強いな」
蛍さんの長い刀人生…はおかしいから、刀生?の中で見てきた母親達もやはり強かったのだろう。
「という訳で、そういうことになったから希望通り最期まで俺が面倒みるよ」
「へっ!なんだか気が抜けるねぇ。あたしの最期を相談されているはずなんだがね。まあ、好き勝手に生きてきた最期の時がこんな緩い感じなのはなんだか恵まれすぎてる気もするがねぇ」
そろそろ出血量も無視できない量になっているらしく痛みなどは既に感じていないっぽいメイザが儚い笑みを浮かべる。
「ソウジロウ様。私が…」
「いや、いいよ。これは俺がやるべきことだと思うしね」
メイザの介錯を変わろうかと問いかけてくるシスティナに笑って首を振る。最近システィナはスキルを駆使して地球の知識をがんがん取り入れているらしく俺がいた日本の常識まである程度理解し始めている。
その日本の常識に照らせば殺人、加えて言えば女性や子供の殺人は忌避感が強いということを知ってしまったので俺の精神状態を気遣ってくれたのだろう。
だが、俺に関して言えばその社会感に適合出来なかったからこそこの世界にいるようなものなので悪人相手ならば問題ない。その証拠にシスティナと出会った時にさくっと盗賊達を殺めている。
「はい」
システィナもその辺は分かってるみたいで素直に納得してくれる。俺の為を思って一応聞いてくれるところがシスティナらしくて可愛い。うん今すぐ抱きしめてベッドに突撃したいくらいだ。
と言ってもそれどころじゃないので今は我慢我慢。
「じゃあ、楽にしてあげるけど……言い残すことはある?って言っても盗賊相手に伝える言葉はないし謝罪も今更ウザいだけだから…あ!そうだディアゴに伝えておきたいことはある?」
「な!……生きて、いるのか?…まさか領主に」
死にかけだったメイザが一瞬目を見開く。ディアゴは死んだと思い込んでいたから驚いたのだろう。
「いや…別に関係ないね。あたしらの間に姉弟の繋がりは皆無だからね。なんであいつが生きていてこれから先も生きるのかどうかは知らないが……あたしらには関係のないことさ」
「了解。『これからは盗賊稼業なんかにかかわらず自由に生きろ』って言われたと伝えておくよ」
「…け!随分と男には優しいんだね。そっちの方が趣味だったかねぇ。とにかくそんなこと伝えたって鼻で笑われておしまいだよ!」
憎まれ口を叩きつつ唾を吐いたメイザは震える身体に力を入れゆっくりと上半身を起こす。
「やりな」
「ん!」
カポーン
という幻聴を聞きながら露天風呂に肩までつかった俺はくはぁと盛大な吐息を漏らす。寝不足の上に寝起きの運動をして疲れ、強ばっていた身体が解きほぐされていく。
手桶で濡らしたタオルを絞ったものを畳んで頭の上に置きながら空を仰ぐ。いつの間にか空が青くなりつつある。まもなく太陽が顔を出すはずだ。
メイザの首を落とした後、桜も帰って来たので報告を受ける予定だったのだが先に死体の処理と所持品の回収、落とし穴の再設置をしておくと言われた。それならば俺も手伝うと申し出たのだが却下されてしまったので1人寂しく風呂に入っている。
コロン…
露天風呂の縁に後頭部を乗せて空を見ていると耳元で何かが転がった。俺は一旦起き上がりそれを手に取ると再度『簡易鑑定』を掛けてみる。
『破約の護符 ランク:A+』
手の平にすっぽりと覆えてしまう程度の大きさで透明感のある淡い水色の丸い宝石。首を落としたメイザの死体を漁って見つけたものである。
首を落とした後にメイザの死体をまさぐりだした俺に「ご主人様そっち系はちょっと…」と呟いたシスティナに拳骨を落としつつ見つけたものだが…これって結構貴重なものなんじゃなかろうか。
俺の鑑定では効果までは分からないが、名前やメイザが持っていたということから考えるとおそらくなんらかの契約を一方的に無効化出来る物だと思う。
使い捨てで1回で壊れる可能性があるため試せないため結論は出せないが、もし想像通りならあるかどうか調べたことはないけど魔術的なものを伴う奴隷契約とか、従属契約とか、魔物とかとの使役契約とかがあれば破棄出来そうな気がする。
ただ現段階で確実に破棄出来るだろう契約として侍祭が執り行う契約がある。これはメイザがこれを使おうとしていたことがほぼ間違いないため信頼性は高い。
契約内容によっては死すらあり得る侍祭の契約を一方的に破棄出来るならかなり危険な道具ということになる。
商取引1つを取っても侍祭契約しますからこれこれをン千万マールで買って下さい。品物は明日全部まとめて持ってきますので先払いでお願いしますって言えばその価格が適正なら相手は先払いを快く承諾するだろう。それだけの信頼がこの世界の侍祭契約にはある。
後はお金を受け取った後でこの護符を使って契約を破棄して代金を持ち逃げすればそれだけで大金持ちになれる。
侍祭契約が世間での信頼を失っていないみたいだから数が出回っている訳では無さそうだけど、後でシスティナが何か知らないか聞いてみよう。護符自体は簡単に使う訳にもいかないしひとまず使用は保留して保管だな。
「ソウ様おっまたせ~!!!」
「おわ!」
空を仰いでいた俺の視界の中を突然、白くて可愛いお尻と綺麗な割れ目ちゃんが通り過ぎていった。
ドッッッパァァァァン!!
「ぶほっ!」
おっ!と思ったのも束の間激しい水音と共に派手に水しぶきを浴びた俺は半分口を開けていた事もあり盛大にむせかえることになる。
「ごほ!…ごほ」
「これ桜。風呂には飛び込むなと何度も言っておろうが」
「だ、大丈夫ですか?ご主人様」
「あはははは!ごっめぇぇん!ソウ様。でも良い眺めだったでしょ?」
むう…なんて奴だ桜め。そんなこと言われたら俺は黙って親指を立てるしかないじゃないか。
システィナに背中をさすられつつ顔を拭かれながら凛々しく立てた親指を桜の声のする方へ立ててやった。
桜の喜ぶ声とあきれる蛍さんの溜息を聞きながらシスティナのお陰でようやく落ち着いてきた。
「ありがとうシスティナ。もう大丈夫そうだ」
システィナの手を取り目を開けるとシスティナがにっこりと微笑んでくれる。本当にシスティナはええ娘やのう。
視線を巡らせると俺の足下にはころころと笑い転げる桜がいて右隣には形の良い爆乳を湯船に水風船のように浮かべた蛍さんがいた。システィナは左隣で絶賛俺を介護中で中腰でいるので形の良い双子山がゆらゆらと魅惑のダンスを踊っている。
いやあ俺は幸せだな。この幸せはなんとしてでも守りたいものだ。そのためにはもうひと頑張りしなきゃいけないか。
「システィナ処理の方は終わったの?」
「はい。死体の方は全部埋葬済みで装備品等はまとめてありますので後で検分をお願いします。警報や罠に関しても桜さんの方で再設置済みだそうです」
「そっか…大変な仕事任せちゃってごめんね。お疲れさま」
「いえ、今回ご主人様は幹部を倒されたのですから。あんっ…」
あまりにも可愛かったので取りあえず揉んでおいた。
「このまま皆で布団になだれこみたいところだけどそうもいかないよな。桜、報告を頼む」
「は~い」
元気のいい返事をした桜が表情を引き締めて俺を見た。その眼は既に刀としての鋭い眼だ。
「予定通り逃がした1人を追跡したところ、赤い流星団のアジトだと思われる場所を見つけたよ」




