契約
「えっと,なんで…かな。理由を聞いても?」
あまりの意外な展開に俺はよっぽど間抜けな顔をしていたのだろう。システィナがくすりと笑う。はっきり言ってすっげぇ可愛い。もう理由なんか関係なく二つ返事でOKしてしまえばよかった!
「はい。難しいことじゃありません。理由は3つあります」
え?そんなに。この短い間に俺のどこをそんなに買ってくれたんだろう。
「1つはあなたに助けられた恩を返したい。あなたは全てを知りたいと仰いました。全てをお教えするには街までの道のりではとても足りません」
確かにこの世界の常識を全く知らない俺がこの世界を知っていくにはこの世界をよく知っている同行者がいてくれればとても有難い。特殊技能持ちのシスティナなら問題ないどころかおつりがくる。っていうかお金を払ってでも仲間になって欲しい!
「2つ目は…もう今日みたいなことは2度と嫌だからです。
力があるのに守りたい人を守れないなんてやっぱりおかしいです。私は侍祭としての力を存分に奮える自分でいたいんです」
そりゃそうだよな…目の前で誰かが殺されてるのに何も出来ないなんて俺なら耐えられない。クズどもをクズらしく処分する。この世界はそれが出来る世界のはずだ。
俺が契約することでシスティナもうそうすることが出来るならその方がいいに決まってる。
「そして最後3つめはあなたがなんの目的もないと仰ったからです」
「えっなんで!」
「ふふ…あなたはあれだけの力がありながら目的がない。それは今現在縛られているしがらみが全くないか極度に少ないのではないでしょうか。
そしてそれは裏を返せばこれからどんな目的でも設定できるということです。
私でも分からないような職にあるあなたがこれから何をするのか興味があります」
「…本当にたいしたことはしないと思うよ」
「構いません。正直言えば,あなたの言うとおりただ毎日を生きていくだけの人生もそれはそれで有意義な気もしています」
確かに俺にはなんのしがらみもない。この世界のルールから弾き出されるようなことをしない限り自由である。
…うん,もうやめよう。どんなに取り繕ったって仕方がない。
結局のところシスティナは可愛い!一緒にいたい。それだけだ。
「蛍さん,いいよね」
「良いに決まっておる。男子たるものおなごの1人や2人や3人や4人を囲える位の器量がなくては情けないぞ」
おお!さすが蛍さん。心に響くぜ!
「よし。システィナ…さん。こちらからもお願いします。俺と契約してください」
俺の言葉にシスティナの顔がぱぁっと明るくなる。本当に喜んでくれているみたいでこっちもかなり嬉しい。
「ありがとうございます!」
そう言うとシスティナは手の平を前に突きだして何かを呟く。
「おぅ!なんか出た」
俺の目の前にさっきの窓のようなものが3つ表示されていた。
よく見てみると左の薄い青のやつは『雇用契約書』,真ん中の薄い黄色のやつは『主従契約書』,一番右のやつは薄い赤で『従属契約書』と標記されている。
「もしかしてソウジロウ様は読めるのではありませんか?」
「えっと…雇用,主従,従属かな?」
「やはりお読みになられるのですね…侍祭の契約書は侍祭にしか読めない秘字で書かれているとされています。
侍祭がどの契約書を出して契約するかは本来侍祭次第なのです」
システィナが説明してくれた契約は3種類。
『雇用契約』-対価を伴う契約。契約内容に違反があったときは侍祭側から一方的な破棄ができる。
『主従契約』-対価を伴わない契約。双方合意の下でのみ破棄できる。
『従属契約』-主のために尽くすことを義務づけた契約。主側からのみ破棄ができる。
契約は雇用,主従,従属の順に侍祭側に制約が重くなる。だが制約が重い契約を交わすほど侍祭の能力は底上げされる。
だが,侍祭側はよほどの事情がなければ従属契約をすることはないとのことだ。理由は聞かなくても分かる。絶対服従というリスクはよほどの信頼がなければ選択できないからだろう。一歩間違えば奴隷契約と変わらない。
逆に雇用契約は侍祭側に有利すぎる部分もあるため,一般的なのは主従契約の内容に特例として対価の項目を別契約で盛り込む形だそうだ。
雇用契約は侍祭側が本契約前のお試し期間的な意味合いで持ちかけられることも多いらしい。
「ソウジロウ様…どれでも好きな契約書に署名をしてください。
署名欄に指で書けば署名できます」
「ちょ,ちょっと待って!なんでそんなに…」
従属契約すら辞さないというシスティナに思わずたじろぐ。
「運命…ですかね?」
そう答えたシスティナの顔は心なしか赤く見える。まあ焚き火のせいかもしれないが。
「運命?」
「はい。旦那様と奥様が神殿にいらっしゃらなければ私はまだ神殿内で修行にあけくれていたはずです。
そうしたら旦那様達は死なずにすんだはずで,当然ソウジロウ様に助けられることもなかったでしょう。
ですが実際はそうならず旦那様達は神殿にいらして,私を神殿から連れだし,それを見ていた盗賊が襲撃して,旦那様達が亡くなる,私は無理矢理契約を迫られ盗賊と契約を結ばされていたかもしれないところをソウジロウ様に助けられた。
そして,知識を求めるソウジロウ様と主を求める私がここにいる」
「…」
うん,運命だ。それで納得しよう。
となるとどの契約をするか…当然房中術を余すことなく活用できるであろう従属契約をしたい。
ちょっと従属契約の内容を読んでみるか。
なるほど…
主に絶対服従。力の行使も主のためのみ。解除権も当然主のみに与えられる。と
確かに従属だな。その分システィナ本人にも能力の恩恵がかなりあるみたいだけど…さっきのシスティナの決意には力の行使の制限が邪魔すぎる。
「あ,そうか!」
そう言って従属契約書に手を伸ばす俺をシスティナは緊張した面持ちで見守る。
なんか『やっぱりね』的な雰囲気があるような気がするのは勘違いだと思いたい。
そんな緊張しなくてもいいのに…えっとまずはここを。
「え…ソウジロウ様なにを?」
「『主の命に絶対に服従すること』これにちょっと書き加えて『ただし,一の機会による一つの命に対し一度のみ拒否権を持つ』っと」
「…ちょ!ソウジロウ様?」
「次はこれか『侍祭としての力はその主の為にのみ行使する。違反せし時はその力を失う』を『侍祭としての力は原則その主の為にのみ行使するが,聖侍祭システィナが必要と認めた時のみ自身の正義と責任においてその力を行使することを認める』にして『違反~』以降の罰則を削除っと…」
もう一度内容を良く確認して…うん!これでよし。拒否権がお願いに対して1度ずつなのは…まあいざという時に便利かなっと。
も,もちろん強要するつもりはない!…でも例えば『一緒にお風呂入って』『嫌です』『お願い!』『もう,仕方ないですね』的なやりとりが出来たら最高だ。ていうか2回連続で断られたら心が折れる。
そして,ぶっちゃけると2度目のお願いをしないでいられる自信は全くない。
そのまま俺は契約書の下の方にある署名欄に富士宮 総司狼と書き込んだ。
「これでどう?システィナ」
ちょっと鼻息が荒いのは健全な男子高校生として仕方がないだろう。
だが,これなら従属契約だからシスティナのスペックは十全に発揮出来るし一度は拒否出来るからシスティナが本当に嫌がることはさせないで済むし,俺がいないところで今回みたいなことがあってもきちんと戦うことが出来るはず。
それなのにシスティナは口を半開きにしたまま俺を冷たい目で見ている。
ぐぬぬ…やはり拒否権が1度だけというのはまずかったか…
「ななな,なんで勝手に契約書書き換えてるんですか!そんなこと出来る訳ないのに!」
おおう!システィナが焚き火をかすめるぐらいの最短距離で俺の胸ぐらを掴みに来た。
顔が近くてちょっと照れる。
「なんでって…俺の技能見たらわかると思うんだけど」
「分かりませんよ全然!侍祭の契約書は改変が出来ないからこそ絶対なんですよ」
「あれぇ,もしかして『言語』とか『読解』も俺の固有スキルなのかな?」
俺の呟きにシスティナが動きを止める。自身のエクストラスキルで検索をかけているのだろう。
「…本当だ。言語と読解という言葉としての意味は出てくるけど,技能・言語,技能・読解としては出てこないです」
「多分俺の技能の『言語』というのはあらゆる言語で会話が出来るってことで,『読解』っていうのはあらゆる言語を読み書き出来るってことなんじゃないかなぁって。
だったらこの契約書も書き換えられるかもって思ったら出来ちゃったね」
ポリポリと頭を掻きながら照れ笑いをする俺をきょとんとした顔で見たシスティナは徐々に湧き上がってきたものに堪えきれずに可愛らしく吹き出すと肩を震わせる。
「えっと…大丈夫システィナ?」
「あはははは!あなたって人は本当に…」
システィナはひとしきり笑った後おもむろに従属契約書に手を添えた。
「侍祭システィナは富士宮総司狼を主と認める!『契約』」
システィナの宣言と共に契約書は一瞬輝きを増し砕け散った。予期せぬ光に思わず目を庇う。
「終わりましたソウジロウ様。これからあなたの侍祭として仕えさせていただきます」
システィナの声に目を開けると目の前でシスティナが微笑んでいた。
蛍と桜がいるとは言ってもやっぱり生身の可愛い女の子がいてくれるのは嬉しい。しかも戦えて,物知り。
異世界送りにされて一日目でこんな幸運に恵まれるなんてこの先悪いことが起こらなければいいと疑ってしまいたくなる。
「本当に何も知らない俺だけどよろしく頼むシスティナ」
「はいお任せ下さい」
なんかいいなぁ,ちょっと調子のってみようか。
「うむ。これからは俺をご主人様と呼ぶように」
「わかりましたご主人様」
うお!ノータイムで返してきやがった。やるなシスティナ。真顔で返されると恥ずかしいぜ。
「ごめん,調子に乗りました。ソウジロウでいいです」
「ふふ,遠慮しないでくださいご主人様。
では,こうしましょう。周りに誰かがいるときはソウジロウ様とお呼びします。それ以外の時はご主人様と呼ばせて頂きます」
それは素晴らしい。ナイスな提案である。まあ一般的な日本人としてはやっぱり様付けとかは気恥ずかしいが。
「じゃあ,それで頼むかな。でも呼び方とかは本当はどうでもいいし話し方とかも別に敬語とかじゃなくていいから」
「はい,ご主人様」




