帰還
討伐隊の隊長と情報の交換をした後、俺達は一足先にフレスベルクへ戻ることを告げる。
「ああ、構わない。君たちは依頼以上のことをしてくれたからね。あ、そうだ街に戻るなら私からの報告を領主館まで届けて貰えないだろうか?」
「いいですよ。どちらにしろラーマを返却しに領主館に寄る予定でしたから」
「有難い。この村の様子では人手はいくらあっても足りないのでね。報告に人員を割かないで済む」
確かに盗賊の死体の検分や処理。村人の遺体の埋葬。生き残った人達の対応など人手は多いにこしたことはないだろう。俺達は隊長が報告文書を作成するのを待ってからコロニ村を出発した。
今度は特に急ぐ必要もない。蛍さんと桜を騎手として俺が蛍さんの後ろ、システィナが桜の後ろに騎乗した。
来た時はとにかく急いでいたため振り落とされまいとするので精一杯だったが、今回は並足での道行である。こうしてゆっくりと馬に揺られているのは意外と気持ちがいい。落馬の危険があるので危ないのは分かっているのについウトウトとしてしまう。
「ソウジロウ。前を見てみろ」
こっくり、こっくりと舟を漕ぎ出していた俺は軽く頭を振って意識を覚醒させると蛍さんの横に顔出して前方を確認した。
「あ…」
そこは俺達がミラを安置していた場所。そこにはミラの冷たくなった手を握ったまま蹲っているジェイクの姿があった。
俺の残した手紙で村の危険が去ったこと、村が近くなったことで道案内が不要になったこと、ジェイクの本来の目的はミラに会うことだったことから討伐隊と離れここに残っていたのだろう。
手紙には俺達が見つけた時には既に手遅れの状態だったと書いておいた。だが実際にどういう状況だったかは細かに書く訳にはいかずミラの遺言のようなものも書けていなかった。
村に来た時に話すつもりだったのだが討伐隊の中に姿を見かけなかったので結局伝えることは出来ないままだったのだがここで姿を見た以上は伝えない訳にはいかないだろう。
「ジェイクさん…」
1人馬から降りてジェイクに声をかけるが反応がない。
「ミラさんは俺達が見つけたときかろうじてまだ息がありました。両手足の腱を切られた状態でしたが回復術を掛けることでなんとか傷を癒すことはできましたが…それまでに流れた血が多すぎて助けることは出来ませんでした」
しばらく反応を待つがジェイクの動きがないため、俺は先を続ける。
「ミラさんはジェイクさんが無事にフレスベルクに着いたことを喜んでいました。そして最後にあなたに『生きて』と残して息を引き取りました」
ジェイクはそれを聞いて初めて肩を震わせたがこちらに振り返ることも何かを喋ることも無かった。
「それでは私達はフレスベルクに戻ります。
…最後にコロニ村には今回なんとか助けることが出来た人達が20人くらいいます。子供が5人に後は全て女性ですが彼女たちは子供たちを皆で助け合いながら育てていくそうです。
彼女たちも辛い目にあった人達です。生活していく上で男手が必要になってもなかなか助けが求められないかもしれません。そんな時に同じ村の出身の方が居ればきっと彼女たちの助けになれると思います」
俺はそれだけを言うと肩を震わせ続けるジェイクに背を向け蛍さんの後ろに跨る。
「行こう」
「む」
2頭の馬は蛍さん達の指示によりゆっくりと歩き出す。
「大丈夫でしょうか?」
未だに身動きしないままのジェイクを心配してシスティナが振り返るがこれ以上俺達に出来ることはもうない。
この後ジェイクがどうするかはもうジェイク次第だろう。1人で生きていくのも、村の生き残りと生きていくのも、ミラの後を追い自ら命を絶つのも……
「フジノミヤ様!」
冒険者ギルドに入ると目敏く俺達を見つけたウィルさんが駆け寄ってくる。
「ご無事で良かったです。うまくいったのですね」
「…出来るだけのことはしたと思います」
「…そうですか。ここではなんですので奥の個室の方で報告をお願いしてもいいでしょうか」
のんびりと帰って来て、領主館に手紙や馬を届けてからギルドに来たため既に時間は一番陽の高い時間を大分過ぎていた。
にも関わらず冒険者ギルドの中は喧騒に包まれていた。一番多いのは新規登録希望者が列を作ってがやがやとギルドについての話をしている音だろう。
それ以外にも既に塔に行って帰って来たのか買取カウンターにも冒険者が何人か並んでいるし、依頼票の掲示板の前にも3人程の冒険者がたむろしている。そしてギルド内に設けた飲食スペースも既に利用者がいるようだった。
「いいですよ。それにしても初日から盛況のようですね」
「おかげさまで想像以上の反応でした。既に登録者も3桁に迫ろうとしています」
「それは凄いですね!フレスベルクにはそんなに探索者がいたんですね」
奥の応接室に通されてソファに腰を下ろすとすぐに冷えた果実水が出される。
「今日の所は積極的に塔に入っていた人達だけですね。これから冒険者ギルドの話が広まれば塔に入るのを躊躇していたような人や新しく探索者になろうと思っていた人達も登録に来てくれると思います」
「順調な滑り出しみたいで良かったですね」
「はい。これも全てフジノミヤ様のおかげです。もう少し軌道に乗ればフジノミヤ様に何かお礼をしたいと思っていますが今はその話は置いておきます」
「そうですね。では依頼の結果について簡単に報告しますね」
俺はウィルさんに昨晩からの一連の話を報告すると同時に依頼完了のサインを貰った紙をウィルさんに渡した。
「はい、確かに確認いたしました。今回の指名依頼を達成して頂いたことで皆さんの冒険者ランクを『F』にに上げさせてもらいますので皆様のカードをお預かりいたします」
おおっ!さっそくランクが上がった。
確か当初の予定では指名依頼はDランク以上の冒険者にしか出せない仕組みにするって話だった。それなのにギルドは立ち上げ前日で『新撰組』と『剣聖の弟子』しか冒険者登録をしている人はいない状態で、しかも当然ランクはG。本来なら領主の依頼に応えられる状態では無かった。
それでも緊急事態だったことと、ここで領主に恩を売っておくことでギルドが受ける利益、そして俺達ならなんとかしてくれるという信頼からウィルさんは無理を承知で俺達に依頼をもちこんだのだろう。
そう考えれば領主からの指名依頼を完璧にこなした俺達に対するスピード昇格の措置は贔屓でもなんでもなく妥当なものだと言えなくもない。
「それと依頼の報酬として金貨10枚をお預かりしていますのでお納めください。とはってもフジノミヤ様達がしたことは依頼の主旨であった先行偵察の範囲を逸脱するほど大きな功績です。
これはあくまでも私の予想ですが追加の報酬が出る可能性も高いと思います」
おぉ…既に100万円相当の報酬を支払った上に追加報酬か。まあでも今回の件を考えたら追加報酬を貰ったとしても貰いすぎだとは思わないかもな。正直心身共にしんどい依頼だった。
「それとフジノミヤ様が得た情報についてギルドの方でも情報を集めさせます。『赤い流星』というのは南方では災害の1つと言われる程に恐れられている盗賊団だったはずです。掛けられた賞金も莫大な額です。
私が行商で南方にいたとき…もう400日以上前ですがその当時で既に幹部1人につき大金貨5枚、頭目のシャアズに至っては大金貨10枚が懸けられていたはずです。そして、『赤い流星』の壊滅報酬は大金貨50枚です」
幹部1人で500万!ボスが1千万、幹部が残りの兄弟と参謀の4人だとしたら全員倒せば3千万?さらに壊滅報酬が5千万か、凄い金額だけど…つまりはそういうことなんだろう。
「賞金がそこまで高額になるほどに手に負えない…手強い盗賊団ということですね」
ウィルさんが重々しく頷く。俺は改めて赤い流星が穀倉地帯を東回りに迂回してパクリット山方面へ向かったこと。場合によってはフレスベルクも襲われる可能性が捨てきれないことなどを念押ししておく。
「わかりました。ギルドから依頼を出してしばらく街の周囲の警邏と調査を定期的にしてもらうようにします」
「それがいいと思います」
冒険者が見回ることで街の治安も少しはよくなるかもしれないし、冒険者にとっても街の周りを歩いて気になったことを報告するだけで小銭が稼げるのなら悪くないバイトだろう。
「っと、すいません。長くお引き留めして。この時間にお戻りだということは昨夜はほとんど寝ていないのでは?
今日は早く戻られてゆっくりとお休み下さい」
ウィルさんがしまったと言う顔をして慌てて立ち上がる。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます。ただ、盗賊団の情報については適宜私達にも教えて下さい。ご存知の通り私達の屋敷はパクリット山の麓にありますので…」
「…そうでしたね。もし警備等で人手が必要なら仰って下さい。ベイス商会でも商隊の護衛をする私兵を何人か抱えておりますので」
「はい、その時は是非お願いします」
俺達はウィルさんに促されて部屋を出るとロビーからギルドを出る。
「そう言えば今日は『剣聖の弟子』はギルドに顔を出しましたか?」
「ええ、今日も午前だけでかなりの数の魔物を倒したらしく結構な数の魔石を売却して行きました。
その後はギルドの依頼を手分けして引き受けてくれています。引っ越しの荷物運搬や家屋の掃除、留守中の子供の預かりなどですね。どれも報酬は安い上に人気のない依頼だったようなのでギルドとしては助かりました」
多分、引っ越しがフレイで掃除がアーリかな。子供は何故か子守+のスキルを持っているトォルだろう。どうやら塔の方も順調みたいだし頑張っているみたいだ。
ウィルさんの報告に満足した俺達はウィルさんに頭を下げて1日半ぶりに屋敷へと帰ってきた。
「ほんのちょっと離れていただけなのに帰ってきた感が半端無いな」
「はい。わずか十数日の間にすっかり私達の家になったということかもしれないですね」
玄関を入って思わず呟いてしまったがどうやらシスティナも同じ気持ちだったらしい。
「疲れたでしょソウ様。でも寝る前にひとっ風呂浴びようよ」
「む、そうだな。システィナ、いつものやつ頼めるか?」
「ふふふ、わかりました。着替えやタオルなども準備しておきますので3人で先に行っていてください。すぐに私も行きますから」
「システィナも疲れてるのになんか悪いな、俺も手伝おうか?」
蛍さんのいつものやつというのは当然お酒のことである。蛍さんは入浴の際はほぼ毎回酒を飲みながらなのである。そのためシスティナはいつでも晩酌セットが持って行けるように準備がしてある。
「いえ、これも侍祭の仕事ですから」
「まあ、当然システィナはそう言うよね。わかった、じゃあ先に行ってるから早くおいで。今日はまだ明るいし室内風呂の方にするから」
「はい。早く行きますね」
昼間から露天も全然気持ちいいが、今日のところはとにかく早くくつろぎたいので室内風呂だ。
「じゃあ行こう」
「はぁい。どうせ蛍ねぇはまたお酒ばっかり飲んでるだろうから、また桜がソウ様のこと洗って上げるね。ソウ様はちゃんと桜とシスを洗ってね」
よっしゃ!のぞむところだ!疲れ果てているが故にいきり立つ我がエクスカウパーの力を見せてやろう!
結局3人がかりにかなう訳もなく…残っていた体力を全て絞られた。




