桜の趣味
露天風呂と野外での癒しを満喫したのと引っ越し関係が一段落したので翌午前中はお休みにした。
午後からは大工さん達の慰労晩餐会の準備でシスティナを手伝うことになるが,食材等の買い出しもベイス商会に配達を依頼してあるので街まで買い出しにいく必要もない。
俺だけはウィルさんと精算の話があるので昼前から活動開始になるがそのくらいはたいした労力じゃない。
露天風呂から上がった後も寝室に移動して魔精変換が活躍したりもしたので朝はそれぞれ自分のタイミングで起床して思い思いに自由行動に向かっていった。
一番早く動き出したのはやはりシスティナで皆が起きたときに軽くつまめるような朝食を作ってくれていた。
ほぼ時を同じくして蛍さんが起床し裏庭から山の中に入っていったのでまた1人で鍛えるのだろう。俺の鍛錬は蛍さんが自分の鍛錬に一区切りがつくまで基礎鍛錬をみっちしやっておけと言われている。
最後まで俺にくっついてうにゃうにゃ言っていたのは桜だったが,いちゃいちゃしているうちに盛り上がってきたので朝から愛の錬成作業に突入しお互いに満足するとお出かけしてくると言い残してベッドを出て行った。
賢者タイムに入っていた俺はそのまま室内風呂に直行し汗を流してゆったりと余韻に浸ったあとさっぱりとした気分で食堂に行くとシスティナが作ってくれていた朝食,薄く切ったパンにハムのようなお肉とちょっとピリ辛なソースを挟んだサンドイッチのようなものをおいしく頂く。
システィナが何処に行ったのかと思って探すと台所で既に下ごしらえなどの準備に取りかかっていた。
しばらく後ろからふりふりと揺れるお尻を眺めていたらいたずらしたくなってきたので後ろから双子山をぐわしと握ったら包丁を使っていたらしく大層怒られた。だが怒られている最中も双子山をあきらめずに揉みしだいていたらシスティナの目が潤んできたのでちょっと憧れていた台所えっちに突入して大変満足した。
システィナは昨日の露天もそうだったがベッド以外での行為がもの凄い恥ずかしいらしく良い感じに乱れてくれるので楽しい。これもマイホームを購入したからこそ発見出来たことだ。
システィナと2人で乱れた服装を整えているとウィルさんが来たので,残念ながら俺の休日はここまでだ。有意義な休日だった。
応接室にウィルさんを通すと飲み物を持ってきたシスティナと一緒に対応する。
「今回は何から何まで本当に助かりました」
「いえ,こちらこそ。魔石の売却から屋敷の改装,各種備品の購入まで一括でご依頼下さったのでこちらも良い商いが出来ました」
「それでは精算の方を先にお願いします」
基本的に値段交渉はシスティナがする。今回は特に交渉術等を使う必要はなく不当な値段でなければ言い値で良いと伝えてあるので揉めることはないはずだ。
「はい。まず屋敷のお値段ですがこちらは当初の値段通りの475万マールとさせて頂きます」
「はい」
「それから,ベッドや布団なども含めて各種家具の購入に2万,裏庭と屋敷の改装にはうちの棟梁より新しい技術や発想を得られたから勉強してやってくれとたのまれていますので35万マールのところを20万マールにさせて頂きました」
おぉ!大工さん達め、粋だな。
でも確かに水路のひき方とか小屋の建て方とか素人知識でいろいろ提案したけど、そんなにためになるようなこと言った記憶はないんだけどな。
ていうか…この見積書、屋敷内の改装項目が異常に多くないか?
「あの,ウィルさん。屋敷の中の改装なんですけど私の方で依頼してないものが含まれてるようなんですがこれは?」
「え?そんなはずは…
途中で桜様から追加注文が入りましたのでその工事の分が追加になっていると思うのですが」
は?桜が?
桜は屋敷内の改装については特に意見を出してなかったはずだけど…
そのとき俺の脳裏に1週間前のベイス商会本店での会話が天啓のように脳内に響いた。
『ていうか桜,屋根裏部屋とか欲しい!』欲しい…欲しい…ほし…ほ…
桜のわくわくした声が脳裏にリフレインする。まさかとは思うが…
「システィナ,ちょっとこの場を頼む」
「はい」
システィナも何か思うところがあったのか何も聞かずに了承してくれる。俺はウィルさんにちょっと席を外すと告げて部屋を出ると桜に割り当てられている部屋へ直行する。
「桜!いるんだろう」
2階の桜の私室に充てられた部屋を開けるとちゃぶ台や文机,丸座布団などが置かれ壁には掛け軸までかけられた、畳じゃないのが残念な部屋が広がる。
そしてその部屋の天井からは縄梯子が…
「やっぱり…ていうことはもしかして」
俺は視線を壁の掛け軸に移す。確か隣の部屋は俺の私室だ。ちなみに各自の私室と寝室は別である。各私室にも寝具は用意されているが、基本的には寝室の大ベッドで皆で寝たいという俺の意向によるものだ。
掛け軸自体はこの世界で見たことがないのでおそらく桜がそれっぽく作らせたものだろう。書かれている物も墨字や水墨画などではなくこの世界のインクで書かれた漢字っぽい何かである。
その掛け軸を俺は嫌な予感とともにめくる。
「ベタなことを…大工さん達はこういう技術に感銘を受けたのか?」
そこの壁には予想通り人一人が通れるくらいの縦長の四角い線がある。その四角の端を指で軽く押すと四角の中心線辺りから壁が回り始める。その向こうに見えるのは俺の部屋のクローゼットだ。
どうりの俺の部屋の隣に固執していた訳だ。別にドアからいつ入って来たって構わないのに、こんな小仕掛けを作ってしまうのは桜の忍者かぶれのせいだろう。
「あ~!ソウ様!もう見つけちゃったの!
いつかびっくりさせようと思ったのに~」
その声に振り向くと天井に空いた四角い穴から部屋を覗き込む桜がいた。
その顔はまさにいたずらが見つかってしまった子供が見せるような無邪気な笑顔である。それを見ると勝手に屋敷を忍者屋敷化しようとしたことについてもまあいいかと思わなくもない。
「桜,勝手に家を改造するのはやめてくれ。一応屋敷の強度の問題もあるし,変な罠に関係ない人がかかるのも困る。今はお金には困ってないけど無駄遣いされるとお金なんてすぐなくなるもんなんだから。
だからこれからもし改造したいときは必ず皆に了解をとること」
「そっか…そうだよね。うん分かった!ごめんねソウ様」
一応注意はしたが別に怒ってる訳じゃない。こうして勝手な改造が出来るのも桜達が頑張って倒した階層主の魔石で持ち家とお金が手に入ったからなんだからある意味当然の権利だ。
ただ強度の問題と危険の問題はあるので釘は差しておかなくてはならない。
「うん。じゃあ戻るけど…後で皆にどこにどんな仕掛けがあるのか一応説明してよ」
「え~!それじゃ面白くないんだけどな~。でもシスとかが掃除してて穴に落ちたりしたらマズイもんね。分かったよソウ様、ちゃんと説明するね」
やっぱり落とし穴とかあるのか…知ってさえいれば防犯になるからいいけど。俺はよろしく頼むと告げてウィルさんの所に戻る。
「お待たせしました。謎は全て解けましたので改築代もそれで結構です」
「そうですか。わかりました」
ウィルさんもなんとなく桜の暴走だと理解したようで笑顔で頷いてくれる。
「ソウジロウ様。今生活用の各種魔石の話が終わったところです。全て込みで30万マールとのことでしたのでお受けしたのですが構いませんね」
「もちろん。システィナが良いと思ったなら間違いないよ」
「はい。むしろかなり抑えて頂いたようで申し訳ないくらいです」
「いえ,これだけまとめての発注なら仕入れが大分安くなりますのでこちら側にも十分な利益を頂いています」
内訳をざっと確認すると一番高いのはリビングや食堂などにいれた広い空間を照らす用の光魔石だった。大きめの魔石を使用する上に光の付与術師が希少なため高くつくらしい。
「それら全てを合わせて527万マールになりますので,それを魔石の買取代金1500万マールから差し引かせて頂きまして…残りの973万マールがこちらになります」
ウィルさんはいつものアタッシュケースから袋を取り出すとどちゃりとテーブルの上に置き,それとは別に金貨を3枚テーブルに置いた。おそらく袋には大金貨が97枚入っているのだろう。
「何から何まで本当に助かりました」
本当にウィルさんにはお世話になってしまった。ウィルさんが居なければ魔石が売れてお金が出来たとしてもこんなに短期間にこれほどの理想的な環境を整えることは出来なかっただろう。
そう思った俺はテーブルの上に置いてあった金貨三枚を手に取るとウィルさんの手に握らせた。
「これは商いではなく私達からの感謝の気持ちです。どうか受け取ってください」
「そんな!受け取る訳には……いえ,ありがとうございます。このお金は私が私だけの商いをする時が来たら使わせて頂きます」
そう言って大事そうに金貨を懐にしまうウィルさんを見て俺は以前ふと思ったことを伝えてみる。
「…なるほど。確かにそれは面白いかもしれません。
それなら探索者達の増加や育成も期待できますし,人脈や人材の確保もしやすくなります。領主様にご協力を仰ぐ必要もありますし魔道具の開発なども必要になりそうですが…領主側にとっても利益が大きい…」
俺の話を聞いたウィルさんが目を輝かせながらメモ帳的な物に何かを書き付けていく。かなり俺の提案に乗り気らしい。
「フジノミヤ様ありがとうございます!なんだかやる気が漲ってきました。すぐさま行動に移りたいと思いますので失礼させて頂いてよろしいですか?」
「は,はいそれは構いませんが…今日の晩餐会にはお父様と一緒に出席して下さいね」
「もちろんです!必ず伺います。では失礼いたします」
ウィルさんはそう言うと応接室を出て行った。
「凄い勢いだね…」
「はい…私にはよく分からなかったお話ですけど」
「はは…まあ異世界転生物の定番な物なんだけどこの世界には無かったからちょっと言ってみただけだったんだけど」
俺の小さな呟きはシスティナには聞こえなかっただろうが聞こえても意味は分からなかっただろう。
そんなことを考えているとバタバタと足音がして,先ほど帰って行ったはずのウィルさんが再び顔をだした。
「すいませんフジノミヤ様。大事なことを伝え忘れていました。頼まれていた腕の良い『魔工技師』と『魔道具技師』が見つかりましたので夕方の晩餐の時に詳細をお伝えできると思います」
それだけを告げて走り去るウィルさんに俺とシスティナは顔を見合わせるとくすりと笑い合うのだった。




