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魔剣師の魔剣による魔剣のためのハーレムライフ  作者: 伏(龍)
第1章

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21/203

 階層主は焦るつもりはないのかゆっくりした動きを変えようとしない。それがわざとなのか巨体故の仕様なのかは分からないが今はありがたい。

 おかげで主よりも早くなんとかフレイの下にたどり着く。


「何してる!早く逃げろ!」

「あ?ひぃ!…いやぁ…」


 ちっ!

錯乱して腰を抜かしているだけでなく失禁までしているフレイにやっぱり悪人認定して見捨ててしまおうかと一瞬本気で考えるが脳裏に浮かぶシスティナの顔が怒っているように見えたので諦める。


「言う通りにしろ!今言う通りに動けば俺はお前を殺さない。約束してやる!」

「ひ!え?…こ,殺さない?」

「そうだ!だから動け!まずは俺のポーチを返せ!そしたら後ろの通路まで死ぬ気で走れ!」

「は,ひゃい!」


 殺さないという一言が効いたのかいくらかまともな思考を取り戻したフレイは震える手でポーチをその場に置くと這いずるように後退していく。立ち上がれるまではもう少しかかりそうだ。

 そこまでは面倒見きれない。床に置かれたポーチを腰に戻すと間近に迫りつつある主を見上げる。わざわざポーチを返して貰ったのはトォル達から聞いた話の中でバクゥが時間稼ぎに魔石を使用していたからだ。この中にはあの大きな火魔石が入っている。いざという時は役に立つかもしれない。


 にしてもやっばいなこれ。ていうか高階層に行くとこんなのがごろごろいるんだろうか。本当に普通の人間達がこいつら相手に勝てるとはとても信じられないんだが。

 取りあえず俺がしなきゃいけないのはこいつを倒すことではない。注意だけを引いて領域から脱出することだ。


『桜!後ろは?』

『……』


 まだ半分か。桜にも気配察知のスキルがあるため俺にもなんとなく周囲の状況は分かるのだが確実を期すなら桜に確認した方がいい。だが桜が不満気に返してきた回答はまだ半分だった。

 そしてその間に階層主はもう目前に迫っていた。俺の間合いからはまだ3歩以上先だがあの折りたたまれた蟷螂のような鎌を使えば主の間合いには十分入っている距離。

 それを証明するかのように主の右鎌が大きく後方へと引かれている。ヤバい!超怖い!死ぬ!


『…!』


 一瞬硬直しそうになった俺を反射的にしゃがませたのは桜の『下!』というイメージだった。そしてその一瞬後に俺の頭上を緑色の暴風が通り抜けていく。


「うお!」

 

 その暴風に体勢不十分だった俺は吹き飛ばされるかのように地面を転がされる。武器だけは絶対手放さぬように気を付けながらすぐさま立ち上がると『…!』桜の警告。

 慌てて後ろに跳ぶと目の前に緑の壁。どうやら踏みつけ攻撃だったようだ。くそ!やられてばっかりだと思うなよ!

 

「喰らえ!」


 俺は渾身の力を込めて目の前の足に右手の大剣を横殴りに叩き付ける。


バキャ!

 

 鈍い音がするが主の足はやはり斬れてはいない。脚を覆う鱗の一枚が割れただけだった。やはりこの大剣では斬るための力が圧倒的に足りない。完全に打撃武器に成り下がっている。

 相手の動きが鈍いのを良いことに更に左の桜で足を斬りつけてみる。


 グギャぁ!


 やはり日本刀の斬れ味は抜群のようで主の足から何とも言えない濁った赤色の飛沫が舞う。斬れる。斬れるけど桜のリーチでは深く斬りこめないためこれでは何度攻撃しても決定打にはなりそうもない。


『…!!』


 危ない!そんな考察をしている間に左の鎌を振り上げていた主が俺の頭上に鎌を振り下ろしてくる。必死に斜め前方へ跳びこむように身を投げ出すとすぐに立ち上がる。


「あれは!…行けるかもしれない!」


偶然にも立ち上がったその位置は主のやや斜め後ろの位置。そして開けた目の前の空間に見えたのは2階層へと続く階段だ。そしてフレイはほっといても間もなく通路へと逃れる。

事前の情報では階段を上ると100%次層の外周部に出るはず。ならば階段を上ればすぐに2階層から飛び降りて脱出が出来る。このままいけば引き返してきた蛍さんたちもフレイと合流し俺が2階層へ上がったことも伝わる。2人ならフレイを連れて1階層から脱出できるはず。

瞬時に全ての問題が解決する妙案だった。問題は階層主よりも早く階段へ辿りつけるかどうかだが今までの主の動きは鈍いが歩幅を考えれば俺と変わらないくらいの早さはあるだろう。だが今なら階層主は方向転換をする必要がある。

途中で転ぶとかのヘマをしなければ主よりも先に階段を上り2階層へ届くはずだ。


 という結論に辿りつく前に俺は既に走り出していた。この作戦が失敗したらおそらく俺の未来はほぼ詰む。

 領域の中央に向かって行って失敗するということは階段以外の退路が遠くなるということだからだ。

 なんで異世界に来て命がけの全力疾走をしてるんだと愚痴りたい気持ちを抑えてひたすら走る。階層主の気配はまださっきの位置から動いていない。方向転換に手間取っているのかもしれないがこちらにとっては願ってもない。

 階段まであと15メートル…10メートル。

 よし!これだけ差を付けてここまで来れば絶対に俺の方が早い。

本当に今日はハードな一日だった…もう今日は早く帰って寝たい。今日ばかりは夜のいちゃつきタイムも無しでもいいから2人の温もりに包まれてひたすら寝てやる!


 あと7メートル,6,5メー…


『………!!』

「…な…んれ?……」…ごぶっ!


 さっきまで見えていたはずの階段が緑の壁に変わっていた。そしてドラゴマンティスの鎌の肘の部分から出ていた杭の様な棘が俺の右脇腹を貫通していた。

 なんでだ…理解できない。俺の方が圧倒的に早かったはず…気配はずっと後ろにあったのは間違いない…のに。

 よろよろと後ろに下がりつつ棘を抜くとどくどくと血が溢れる。あ…この出血やばいかも…噴き出す血に意識が遠のきカランと落とした武器達にも気づかぬまま脇腹を押さえながらその上に倒れ込む。

 階層主は俺に気づいていないようだ…というか奴自身なぜここにいるのか分かっていない?

そこまで考えた俺の脳裏に昔読んだライトノベルの先駆け的な冒険小説の設定を思い出す。


 それは宝物を守るドラゴンは宝物を守るという呪いをかけられていて,巣を留守にしていても宝物を狙う冒険者が巣に進入すると強制的に宝物の前に転移させられるというものだった。


 主を階段前から誘い出して倒さずに階段を上ろうとすると階段前に階層主が転移させられる。そういうことなのか…

 くそっ!しくじった。油断してなきゃここまで深い傷受けずに済んだかも…

 視界を塞ぐ階層主の踵がゆっくり方向転換していく。あれが180度回転したら確実に殺される。でも…身体に力が…


『……!』


 あぁ…桜ちゃんの叫び声が聞こえる。ごめん…俺が桜ちゃんを誘拐されなければこんなことには…


『……ま!……様!………ちゃ駄目!』


 あれ?本当に声が…蛍さん?…の声じゃない。


『ソウ様!起きて!諦めちゃ駄目!せっかく,せっかく桜しゃべれるようになったのにソウ様が死んじゃうなんて駄目なんだから!』

「…桜ちゃん?どうして…」


 思わず呟いてから気がつく。桜を身体の下敷きにしていたことに。


「…俺の血を浴びてランクアップしたのか」


 うわ…死にかけのはずなのにテンション上がったかも。せっかく桜ちゃんと話せるようになったのに死んでる場合じゃない!

 力の入らない身体に全力で喝を入れて無理矢理身体を起こすがそこまでが限界で立ち上がるのは厳しそうだ。

 荒い息を吐きながら目の前でとうとうこっちを向いた階層主を見上げる。だが階層主は周囲を見回すだけで俺の姿を見つけられないようだった。


『ソウ様!桜の力でちょっとなら相手の目を誤魔化せるみたいだから今の内にポーチの薬全飲みしちゃって!』 


 そうか!傷薬は俺が全部預かってたんだった。俺は震える手でポーチを探ると薬を入れた巾着を逆さまにして全ての薬を手の平にぶちまけるとゴルフボールの半分位の大きさの緑色の玉5つ全てを口に放り込んでバリボリと噛み砕く。

 噛み砕くと中からどろっとした液状のものがが溢れ出てくるがそれごと咀嚼して飲み込む。傷薬はポーションのような液状の物を薬草をすりつぶして固めた物に閉じ込めて作ってあるらしい。塗り薬としても使えるし嚥下しても比較的すぐに効能が表れるとのことだった。


「お…」


 確かに脇腹の傷が修復されていく気がする。さすがに完治は無理だろうが出血が止まって体力がちょっとでも戻ればなんとか動ける。失った血までは戻らないだろうから結局激しく動き回るのはきついだろう。こんなことになるならけちらずもっと高価な回復薬を準備しておくんだった。

 とにかくもう少し回復して動けるようになるまでの時間に桜を鑑定しておく。


『桜  

 ランク: C  錬成値 50  吸精値  1

 技能 : 共感  意思疎通 気配察知  隠形  敏捷補正 

 命中補正  魔力補正』


 確かにランクが上がっている。『意思疎通』と更に『隠形』まで覚えている。そう言えばハイドベアーと戦っている時,妙に桜のテンションが高かったような…

 となればこのスキルは相手の自分に対する認識力を薄くしてくれるスキル?

…うまくすればこのまま撤退できるかも。


『駄目だよソウ様!桜経由じゃたいした効果は無いと思う。多分もろに視界に入ったくらいですぐばれちゃうよ』


 さすがにそんなに甘くはないか…

 それでも今俺に出来ることはなんとか逃げきることだけだろう。


「桜。隠形のスキルは常時発動で頼む。なるべく階層主の死角を移動しながら撤収する」

『分かったよソウ様。桜,一生懸命ソウ様を守るから絶対生き残ろうね。もう少しすれば蛍ねえも来てくれるから』

 

 桜ちゃんはそう言っているが実際に蛍さん達がここに来るまでにはまだまだ時間はかかるだろう。俺の予想では早くてもようやくトォル達を脱出させたくらいだろう。

 さて…そろそろなんとか動けるくらいにはなったみたいだし,階層主も気づいたらしい。


「いくよ」

『うん!』


 俺を見下ろす主の視線を意識しながら移動を開始する。と言ってもこの至近距離で視線を外すのは怖すぎるので正対したまま後ろに下がる。

 主の右の鎌が振り下ろされるのをサイドステップで外側へとかわす。そこで一瞬死角に入った隙をついて素早く下がって距離を取る。気づかれたらまた主の攻撃を敢えて待ち死角になりそうな方向へとかわす。そしてまたその隙をついて下がる。

 桜の隠形が効いているおかげで視界からはずれると俺を見つけるまでに一瞬タイムラグが出るらしく素早い追撃が出来ない主は徐々に苛立ちを募らせているようだ。


『ソウ様!次は右!』

「はぁはぁ…了解」

『しゃがんでから後ろ!』

「うぷ…おぅ」

『ソウ様!とにかく避けて!』

「おい!」


 苛立つ主のやみ雲とも言えるような連続攻撃を桜の気配察知に助けられつつかろうじてかわし続けるが徐々にかわすだけで精一杯になってきて死角に入る動きも出来なくなってくる。

 しかも血が足りない状態で動き回っていることで身体は重いし頭はふらふらするし,気を抜くと意識が持って行かれそうになる。だがここまで来てようやく領域を出るまでの距離の半分。

 このままだとジリ貧だ…仕方ないあれを使うしかないか。

 体力に余裕のあるうちにやれることをやる。主の攻撃をかわしつつ大剣を鞘へと戻すと空いた手で火魔石を取り出す。

 もったいないが命には代えられない。これだけでかい火魔石ならかなりの威力があるはず。起爆した俺もただではすまないかもしれないが確実に死ぬ現状よりいくらかましだ。

 えっと確か魔石に魔力を通せば良かったんだよな…


 ………………………


 ていうか俺魔力外に出せないし!うあ,俺使えねぇ~!しまっとけよこんなもん!


『ソウ様…がんばです』


 桜ちゃんの励ます声が虚しく聞こえる。

 結局火魔石をしまいつつ大剣を抜いてなんとかする方針に戻るしかない。でも足が動かなくなってきて既に攻撃をかわせなくなってきている。

 大剣と桜を駆使して微妙に直撃受け流してなんとか凌いでる状態だ。


『ソウ様!』

「まず!」


 一瞬朦朧とした意識の中で反応が遅れた主の横薙ぎの一撃を正面から大剣で受けてしまう。


 ガキィぃぃン!!

 

 受け流せない一撃を受け数メートルを弾き飛ばされる。ごろごろと転がり脇腹の傷に激痛が走るが大剣の防御が間に合わなければ真っぷたつにされていた。

 既に痛くないところを探した方がいい身体に鞭打ち即座に立ち上がって次の攻撃に備える。


「あ…」


 自分の構えに違和感を感じた理由はすぐわかった。


「バスターソードが折れた…」

 

 ここまでの激闘で既に受けていたダメージの蓄積に加えて,受けを間違え正面から受けてしまった今の一撃に俺の大剣は中ほどから折れていた。

 …結局名前もつけてやれなかった。


『ソウ様!駄目です!今は集中しなきゃ!』

「え…」


 折れた大剣に目を奪われ一瞬動きが止まっていた俺は桜の悲鳴のような叫びに視線をあげた。


「あ…やっちまった」


 その視界には遠心力によって加速されたドラゴマンティスの尾が一杯に広がっていた。

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